nostalgia

悔の話



「……おそ、われ、た? 叔父さん、それってどういう……」

「……何者にやられたかは判らんとのことだ。おそらく盗賊の類か何かだろう。お前が一番知っているとは思うが、あんなに小さな村だ。……生き残ったのは、お前を含め、たまたま村を出ていたほんの数人だそうだよ」


 淡々と言葉を紡いでいくのとは裏腹に、叔父の顔は酷く暗く落ち込んでいた。俺は思わず叔父に縋りついた。信じたくなかった。全滅だなんて。
 脳裏によく見知った人たちの顔が浮かぶ。マオ、と俺を呼ぶ人たちの声が耳元に蘇った。
 嘘だよと、冗談だよと言ってくれることを期待していたのに、それでも彼は表情を変えぬままだった。そのことが既に、彼の語る内容が真実であることを物語っていて絶望する。


「嘘だろ!? なあ、父さんと母さんは!? 死んだなんて、なあ、嘘だよなあ叔父さん! みんなは、っ、ランは……!!」

「……兄貴と義姉さんは、殺されたらしい。ランちゃんの一家も、皆殺しだったと……」

「そんな……」

「住民を殺して、そして火をつけたようだよ、犯人は。……村にはもう、何もないと。もう、ただの焼け野原だと……」


 足からがくんと力が抜けた。そのまま床に膝をつく。呆然とすることしか出来なかった。そんな、だって、そんな、嘘だ。父さんと母さんが、ランが、みんなが、もう、この世にはいないだなんて。
 奈落の底に突き落とされたかのような気持ちだった。叔父が何か言っていたが、それらは全て音となって意味のある言葉に聞こえない。ぼんやりと自分の手のひらを見つめる。そしてぐっと拳を握った。柔い手のひらに爪が食い込む。力を緩めないまま更に握り続ければ、そのうちぷちりと爪が皮を破った。たらりと真紅が垂れる。
 痛みも何も、感ぜられなかったのだ。まるで夢を見ているように、意識がふわふわとどこかへと飛んでしまっていた。叔父にもう部屋に戻れと言われ、そのままふらふらと自室に戻る。現実感はない。

 ベッドに倒れ込めば、ぎしりと簡易なベッドのスプリングは悲鳴を上げた。茶色い革の小袋を取り出して、俺は中身を血の出ていない方の手に乗せる。ランに貰った琥珀の石。あたしのことを忘れないでねと、涙を堪えて笑ったランがくれた、石。
 途端、猛獣のように凶暴な感情が腹の底から込み上げた。熱い衝動がまるで意思を持った生き物のようにうねり、突き上げ、俺はそれに身を任せてひたすら叫ぶ。畜生畜生畜生……!!
 獣のように慟哭した。そうすることでしか、自分を保つことが出来なかった。絶望が、怒りが、悲しみが、混ざり、うねり、暴れては俺を叫ばせる。


「どうして……っ」


 なあ、父さん。俺を一人前の職人に育てるって言ったじゃないか。なあ、母さん。帰ってくるときにはご馳走を作って待っているって、言ったじゃないか。
 ――なあ、ラン。お前、待っているって、俺の言葉をずっと待っているって、言ったじゃないか。大人になって俺が嫁さんを貰えなかったら、お嫁さんになってあげるって、言ったじゃないか。

 何で、どうして、みんな約束を破って、――俺一人を、置き去りに。

 ぎりっと噛み締めた奥歯が軋む。乾いた唇の端からは血が垂れていた。それでも俺は、自分を止めることが出来なかった。犯人に対する怒りは勿論、だがしかし、凶暴な怒りの矛先は、自分にも向いていたからだ。
 どうして、俺は一人で街になんか。どうして、一人で生き残ってしまったんだ。そんな怒りは当然、しかしもっと大きな怒りは、最後の最後までランに対して素直になることも、優しくしてやることも出来なかったことに対してだった。

 一生懸命に涙を堪えて笑ったラン。待っているよと言ってくれた。なのに、俺は。最後の最後まで優しい言葉一つも掛けてやれずに彼女を置いて行ったのだ。もし、一回でも彼女に優しく出来たのなら。もし、一回でも彼女に対して素直になれたのなら。
 もう今更取り返しのつかない『もし』ばかりが脳内を駆け巡る。少し前まで、ほんの少し勇気を出して手を伸ばせば届いたはずのものたちは、全てもう遠くへと行ってしまった。


「畜生――っ!!」


  ***


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Character

マオ

ラン

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