nostalgia

悔の話



 俺が生まれ育ったのは、本当に小さな田舎の村だった。どれだけ田舎かと言えば、そうだな。家系の系図を辿っていけば、村の住人たちはほぼ全て、どれだけ遠縁であっても親戚に当たるほど、と言えば判って貰えるだろうか。
 家畜が草原で草を食み、住人たちはあせくせすることもなくマイペースに畑仕事や家事などに一日を費やす。のどかで穏やかで、どこにでもあるような、欠伸が出るほどにつまらない、平和が唯一の取り得のような村だった。

 そして、俺には幼馴染の女の子がいた。まあさっき言った通り、本当に小さな村だったものだから、子供の数なんて相当限られていたし、その村の子供は全て幼馴染のようなものだったけれど。でもその中でも、彼女の存在は特別俺に近かったのである。
 隣の家に住む、俺と同い年の女の子。名前をランといった。面倒見が良くしっかり者で、女にしては聊か気性が荒いのが玉に瑕だったけれど、とても正義感の強い、ほぼ完璧と言ってもいいような『いい子』だったのである。粗野で口が悪く乱暴者で、悪ガキとして近所で名を馳せていた俺とはまるで正反対。

 アイツはいつも俺にくっついて回っていた。俺が何か問題を起こそうものなら口出しをして叱り飛ばす。正直、うざったいと思ったことも一度や二度じゃない。でもそれ以上に、俺はアイツのことが好きだった。
 強くて可愛くて、俺の憧れで、……絶対言ってはやらなかったけれど、……誰より大切で守りたいと思っていた、女の子だったのだ。


「もう、マオちゃんったら! まーた喧嘩してリョクのこと泣かせたでしょう!」

「うるっせえなあ、お節介女め。お前いつもうぜえンだよ」

「あたしの名前は『お前』じゃなくて『ラン』ですー。あーあ、マオちゃんも擦り傷いっぱい作っちゃってさ。ほら、消毒しよう? おいで」

「放っておけってば!」


 本当は、彼女が構ってくれることが嬉しくて仕方なかった。だけどその感情を素直に表現出来るわけもなく、俺は思い切りランを突き飛ばしたのだ。
 俺よりずっと小さくて華奢なランの身体は、当然そんなことでも簡単に地面へと勢い良く転がる。あっ、と後悔したことも遅く、彼女の顔は痛みに歪んだ。謝らなければ、と内心では焦りが募るのに、それでも口から吐いて出た言葉はそれとはまるで正反対のもので。


「……っ、自業自得だ、ブス!」


 ランは転がった体勢のまま、睨むでもなく静かに俺を見上げると、黙ったままゆらりと立ち上がった。ゆっくりと近付いてくる彼女に、何だよと怯えたように吼える。しかしランはそんなことは気にせずに、手を伸ばしたら簡単に触れられそうな位置にまで寄ってくると、じっと俺を見た。
 そして、彼女の手が振り上げられる。パシンッ。乾いたいい音が辺りに響いた。熱を持った痛みは、遅れて頬にやってくる。頬を押さえることも忘れ、ただ呆然と自分より低い位置にある彼女の顔を見た。すると今まで何の感情も浮かべなかった顔はほろりと崩れ、花が優しく綻んだように可憐に微笑んだのだ。そして俺の右手を自身の両手で包み込む。小さい手のひらの熱を直に感じた。


「ほら、これであたしとマオちゃん、おあいこね。早く消毒しないと、傷口にバイ菌が入っちゃうよ。それから、あたしも一緒に行ってあげるから、リョクに謝りに行かなくちゃね」


 転ばされたことや罵倒されたことに対する怒りといったものを、彼女から感じることは出来なかった。むしろこちらが清々しくなってしまうほどの晴れやかな表情である。思わず頷いた俺を見て、彼女はまた、満足そうに小さな八重歯を覗かせた。


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Character

マオ

ラン

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