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適熱度恋愛
「寂しい」
「そう」
寂しいと言う割に、機械越しに響く彼女の声はとても冷静で。けれど普段滅多なことでお互い電話をしたりしないので、彼女が本当に今寂しいと思っているんだということは判る。
さっきまで眠っていたせいで寝ぐせだらけな髪の毛を更にぐちゃぐちゃとかき乱し、ティーシャツの裾から手を入れて腹をボリボリと掻いた。
これが付き合って二カ月目のカップルの常態なのかと言われれば、普通は違うんじゃないのかと言わざるを得ない。
…が、俺たちにとってはこれが普通なわけで。
「珍しいな、お前が寂しがるって」
「たまたま今日テレビでやってた恋愛映画を暇だったんで一人で観てた」
「なるほどな」
「うん」
「そういや二週間会ってないっけ」
「せやで」
関西出身でもないはずなのに、彼女の口調には時折関西弁が混じる。純粋なそれじゃない分、たまにイントネーションが変。
けれど別に会話がそのせいで滞ることもないので放置している。
「会いたい?」
「今夜中だし、そっちが来るの大変でしょ。だから別にいい」
「お前が俺ンとこ来るって選択肢はないわけ」
「夜中に彼女を外に出歩かせるっていう選択肢が彼氏の頭の中にある方が問題だと思う」
「せやな」
ふわあ、と再度欠伸して答えた。彼女と話すことが増えるにつれ、俺の口調にも彼女の癖が移ったのか関西弁が時折混じるようになった。
何だかんだ、彼女からの影響は大きい。
友達からは「本当に付き合ってんの?」と疑問視されるほど俺らの関係は付き合う以前のそれと変わりはなくて。
呼び方だって未だにお互い名字なのだからそれも当たり前かもしれないけど。
別にお互い、付き合うことで関係を大幅に変える気はなかった。だって付き合ったのだって、単純に理由が必要だったから。
互いが寂しい時に、互いを必要とすることに。
お互いがお互いを必要とし合い、時折指を絡め合って外を歩くことに。
けれどさっきの会話の流れで、「会いたくない」と否定する言葉が出てこない辺り、きちんと俺らは彼氏彼女を全う出来ているような気もするんだけど。
「…眠い?」
「眠い」
「電話切る?」
「お前が寂しくなくなったら切っていいよ、俺寝ちゃって寝息聞こえるかもしれないけど」
「んー…じゃあしばらく切らない」
「何、そんなにいちゃいちゃのこっぱずかしい映画だったの」
「別に。よくある切ない感じの映画だったよ」
「んじゃ何でそんなに寂しくなってんの、お前」
「んー…」
しばらく答えを探すように彼女がそんな曖昧な返事をする。
そしてやっと言いたいことのしっぽを見付けたように、淡々と言った。
「結構、面白い映画だったから。二人で観たかったな、って」
しばしの、沈黙。ああ、…もう。
友人に本当に付き合っているのかと疑われるような関係の俺らだけど。
でもこんな彼女が愛しくて堪らない。
大丈夫だよ、お前ら。少し心配そうに俺らの関係について訊ねてきた気のいい友人に内心でそっと答えを返す。
高校生カップルにありがちないちゃいちゃなんてなくても。お互いを名字で呼び合っていても。二週間会わなくても。
面白い映画は二人で観たいと。そう言えるから、俺らは大丈夫だ。
「…んじゃ今度は家デートにするか。何か面白いDVDでも観ようぜ」
「ホラーがいい」
「俺ホラー苦手なんスけど」
「知ってるけど、恐かったらあたしに縋ればいいよ」
「男のプライドって知ってる?」
「別に誰にだって恐いものってあるし。あたしだって恐い時はアンタに縋るつもりだし」
「…うん」
「お互いをお互いの逃げ場に出来るんならいいじゃん」
「せやな」
「せやろ」
ベッドに寝転べば、眠気などはとうに吹き飛んでいた。
「なあ」
「ん?」
「俺お前が好きだよ、結構」
「あたしもアンタのこと好きだよ、割と」
「素直じゃねーな」
「お互い様でしょ」
「なあ」
「ん?」
「…互いが互いの逃げ場になるっていう考えは気に入ったけど、ホラーはマジで勘弁して」
適熱度恋愛
俺らにとって心地よい温かさを保っていればそれでいい。
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