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ロボットだなんてとんでもない!


「まるでロボットみたい」


 人は皆、彼女を見ると、一言、そう評した。

 冷たいまでに整った顔立ちと、感情に乏しい平坦な声。成績は優秀で、運動にも秀でている。悪いことはしないのだが、自分から何かを決めて行動するという動きも見られない。

 そう、彼女はまるで、完璧に人の形をしたロボットのようだった。プログラムされた通りに動く機械人形。

 それが、他人からの一般的な彼女の評価であった。


「気持ち悪いね」

「だってあの人が表情を変えるの見たこと無い」

「あの人、ボールが顔面に当たったときだって、少しも声を発しなかったんだよ」

「アンドロイドみたい」

「本当に感情あるのかな」

「近寄りたくないよ、本当」


 そしてそれ故に、人は彼女を嫌悪した。近寄りたくないと陰口を叩き、遠巻きに眺めては眉を顰める。特に彼女が人に何をしたわけでもないというのに、それでも忌み嫌われてしまう存在だった。

 だがその声が耳に届いているのかいないのか、彼女はそれでも凛と背筋を伸ばして立っていた。涼しい顔でいつも通り、学校の規則に沿って一日を終える。やはりその姿もロボットのようで、益々彼女の株を下げるばかりだったのだが。


  ***


「で、それについてお前は何か思わないわけ」


 顔を伏せ、細かい几帳面な字で日誌の欄を埋める彼女を見ながら、僕は独り言に似た調子で問い掛けた。すると彼女はゆるりと怠惰な仕草で視線を持ち上げ、じっと何の感情も篭らない、硝子球のような目で僕を見る。

 その視線に慣れているとはいえ、一瞬僕の背中にはぞくりとしたものが走った。しかしその悪寒に似た何かを振り払い、また同じ問いを口にした。


「だから、お前は、ロボットみたいとか言われていることに対して、何か思うところはないわけ」


 ……嗚呼。

 判っているんだかいないんだか、聊か曖昧な返事を彼女は洩らす。その声は息とも言葉ともつかない不確かなもの。ふわふわと漂っては消えてゆく。その様に、僕はうっすらと苛立ちを憶えた。

 だが特に意に介した様子もなく、彼女は再び日誌を埋めることに精を出し始めた。答えるつもりはなさそうだ。と、いうことは、何も感じていないということか。

 幼馴染特有の勘でそう判断し、僕は緩く息を吐く。これでは彼女が誤解を受けても仕方ないと、改めてそう感じた。だって本人が何とも思っていないのだ、改善の仕様もない。


「……今日もさあ。お前のことについて、言われたよ」


 かりかりと、細いシャープペンシルの芯が紙に文字を刻む音が教室に落ちる。この場にいるのは僕と彼女の二人だけ。

 教室はもう灯りをつけねばほんのりと薄暗い。クラスメイトたちは、とうに帰路についたか部活に行ったか、ともかく残っているのは日直である彼女と、暇人である僕だけだ。
 いつも一緒に帰宅している友人に、今日は急いでいるからと振られたのである。

 薄暗い教室に可憐な美少女と二人きり。そのシチュエーションは、それだけ聞けば中々に心を擽られるものがある。しかし、腐れ縁の幼馴染、それもロボットのような彼女とでは、そそられれるものもそそられない。否、そそられるそそられない以前の問題だ、これは。


「あんな幼馴染気持ち悪くないのか、とか。あの人変な人だよな、とか」


 彼女は答えない。僕も特に返事を期待していたわけではなかった。
 しんみりとした静寂に響く、彼女が文字を書く音だけをBGMとして気まずさを感じないほど、僕と彼女の間に強い絆があるわけではない。一緒にいてだんまりはあんまりにも気まずいので、無理矢理話をしているだけだ。無論、彼女はそんなこと全く気にしてはいないのだろうが。

 幼馴染と聞けば、甘い妄想をする人がいる。強い絆だとか、甘酸っぱい恋情だとか、フィクションにはお決まりのもの。だけれど僕に言わせて貰えば、妄想は妄想でしかない。
 確かに他の人よりは一緒にいる時間が長いし、だから多少の信頼はある。しかし他の友人と較べて彼女の存在が特別であるかと問われれば、答えはノーだ。

 だって僕は彼女よりも、高校で出会った男友達との方が気心が知れているという自覚があるし、彼女の全てをきちんと知っているわけでもない。現実はあくまで現実で、夢物語とは全く異なるものだ。


「正直僕も、お前のことよく判らないよ」

「そう」


 唐突に発された相槌に目を見開いた。今のは本当に彼女が言ったものなのか、と一瞬疑う心が顔を出す。だがじっと彼女が僕を見つめたときに、先ほどの声は確かにこいつが言ったものなのだと納得をした。だからこそ、僕はゆっくりと、しかしはっきり頷いて見せる。


「だって、お前感情を表に出さないじゃん。言葉にはおろか、表情でさえも出さないから、よく判らない」

「だろうね」

「……たまにお前のこと、気持ち悪いと思うことだって、ないわけじゃない」

「ふうん」


 傷付いている様子など微塵も見せず、僕の告白に彼女は相槌を打ってゆく。日誌を書く手は完全に止まっていた。生真面目で、やることだけはきっちりとやる彼女にしては、珍しいことだった。だからこそこちらも嘘を吐くことは許されないような気がしてきて、素直な感情を吐露してゆく。


「お前ロボットみたいだし、特に僕らは仲がいいわけでもないし。……でもお前のこと悪く言われるのは、腹が立つんだよ。勝手だよな」

「そうね、とても、勝手だと思う」


 一句ずつ言葉を区切り、自分の声を味わうように、彼女は目を閉じながら言った。その唇が音を紡ぐその様に、僕は思わず魅入ってしまう。
 ロボット、と最初に言われ始めたのは、そういえば彼女の顔があまりに端整すぎたせいだということを思い出した。


「でも、そんな勝手な貴方のこと、私、嫌いじゃないよ。……感情も、貴方には少しだけ見せていたつもりでいたし」

「……え? そうなの?」

「ええ。でも、あくまで『つもり』だったみたいだね」

「……うん、僕、全然判らなかったし」


 そう、と彼女は頷いた。何を考えているのやら、やっぱり僕には五分の一も察せられない。それでも彼女がそう言うのなら、きっとあれでも自分では僕に感情を晒しているつもりだったのだろう。彼女は嘘だけは吐かない人間だ。


「まあ、別に理解して貰う気もない。どうでもいい人に、悪く言われようが興味が無い。関心が、働かない。……そんな私は欠陥品かもしれない」


 すっと彼女が目を開く。漆黒の色をした眸が見えづらい、と思い、そこでようやく完全に日が暮れつつあるのだということを知る。彼女との距離感ですら、今の僕には判らなかった。
 緊張はなかった。ときめきもない。ただ心底落ち着く空気だけがそこには在った。しっくりと自分が空気に馴染んでいることを感じる。呼吸がし易かった。


「だけど、貴方は別に『どうでもいい人』じゃない。自分と家族と親族の次くらいに、大切な人」

「……そこで『一番』って来ない辺り、中々どうして現実的だよね」

「だって本音だもの。それに私は貴方を好いてはいるけれど、恋慕の相手としているわけじゃないし」

「僕もお前のことをそういう対象に見たことはないけどさ」

「そう? ならいいじゃない。貴方は大切な人よ。少なくとも、そうね、他人の中では、一番」


 しれっと発された言葉に僕は撃沈し、思わずその場に蹲った。僅かに頬が熱い。このロボットもどきは時折こういうことを言うから始末に負えないのだ。しかも本人は無自覚と来た。

 急にそういう攻撃を仕掛けてくるな。

 だが彼女は羞恥に塗れた僕の内心など気にも留めず、困ったわと困っていないような調子で口にする。


「電気を点けて。これじゃあ日誌が書けないわ。あと一行だけなのに」

「……とてつもないロボットだよね、お前」

「何、いきなり」

「別に。……ただ、僕もお前のこと、そこそこ大切だなって自覚したって、それだけ」

「それはどうもありがとう」

「どういたしまして?」

「とりあえず電気点けて」

「はいはい」


 仕方なしに立ち上がり、教室の電気を点す。パチッと軽い音がして、少しの間を置いてから、蛍光灯特有の白い光が教室に満ちた。その眩しさに、反射的に目を細める。彼女もさすがに眩しかったようで、軽く顔をしかめていた。

 その表情のあまりの珍しさに、くすりと小さく笑みが洩れる。人間だ、と呟いた。


「ほら、早く書きなよ。待ってるからさ。一緒に帰ろう」

「判った」


 再び彼女が日誌を書くことに没頭する。その様子を眺めながら、最近で一番穏やかな気持ちに浸るのだった。


ロボットだなんてとんでもない!
彼女は確かに人間だ。それもとびきり厄介な部類のね。

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