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適熱度純愛
パートナーの好きなところを十個挙げなさい。……なんて言われたら、世の中の恋人たちはそれを実行することが出来るのだろうか。最近恋人が出来たらしい友人の惚気を適当に聞き流しつつ、くだらないことを考えた。
昼休みだというのにまともに食事も摂らず、エンドレスで愛しの彼を語る友人の顔は見たこともないくらい生き生きとしていた。この子ならきっと十個どころか十五個でも三十個でも、下手したら百個くらい好きなところを挙げられるのかもしれない。真に天晴れ、あたしにゃとても真似出来ん。内心で賛美して冷めたおにぎりを齧る。あ、今日の塩加減絶妙。
「ほんっともー、恋したら視界がピンクに染まるとかそんなん嘘だろって正直思ってたけどマジだったね! もう毎日薔薇色! 最高! 生きるのが楽しいって感じ!」
「あーあーあー良かったねー暑苦しい」
「ちょっと最後、最後本心隠し切れてないわよ、ねえ」
「こりゃ失敬、この十数分間黙ってたからとうとう我慢の在庫が切れたっぽいわ」
だからお詫びにこれ貰う、と手を付けていない彼女の弁当箱からミートボールを掻っ攫う。あー何すんの! と友人は絶叫したが、食べていないほうが悪いと開き直りを決め込んだ。それに惚気にずっと耐えていることがいい加減苦痛になったのも本当だ。
指に付いたソースを舐め取る。ケチャップ感の強い甘くて酸っぱい懐かしい味。……それにしたって、と食べ終えたおにぎりのラップをくしゃりと丸めてゴミ箱に放った。お、ヒット。
「……幾ら好きだからって、そんなにずっと話してて飽きないの?」
「むしろ何でアンタらはそんなにローテンションなのかそっちのほうが疑問だけどね」
ため息混じりに問い掛けると、逆に呆れたような声が返された。アンタら、と言った彼女の指があたしを指して、次に自分の席でリズムゲームアプリに没頭する我が恋人を指し示す。イヤフォンをしているとはいえ横向きに持ったスマートフォンと左右に揺れる身体で何をしているかバレバレだ。というかノリノリだな、楽しそう。もしかしたら順位抜かされるかも。あとでランキング確認しとこう。
思考が脇に逸れる。ちょっと水流(つる)? と訝し気にあたしを呼ぶ彼女の声で何を話していたのかをやっと思い出した。
「何でって……別に、普通にしてるだけっていうか」
「普通ってアンタね! いちおーまだ付き合って三か月も経ってないカップルでしょーが! ないのか、ときめきとか、切なさとか、一緒にいるときの幸福感とかさぁ!」
「ないな、そういう恋人っぽい感情は」
「っぽいって。恋人だろうがよ。え、日向(ひゅうが)のこと好きじゃないわけ?」
「え、好きやよ?」
件の恋人にしょっちゅう指摘される似非関西弁が口から飛び出す。特に関西に関わりがあるわけじゃないのに喋っちゃうのは何でなんだろう。それよりお腹いっぱいだと眠くなるし窓際のこの席はかなりやばい。日光がぽかぽかだ、午後の授業寝るかも。
「好きでもない奴と付き合うほどあたし馬鹿じゃないし、日向のことはちゃんと好き。でもいちゃいちゃしたいわけじゃなくて、何つーか、あたしがうたた寝から覚めたときに当たり前みたいに隣でゲームしてて欲しいっていう、そういう類の好き、みたいな」
白いカーテンをはたはたと揺らす五月の風は青臭い。葉っぱの匂いがする。頬杖を突いて大欠伸をした。――次の授業って日本史だっけ、世界史だっけ。たぶん日本史だったと思うんだけど、どっちにしたって寝ちゃうだろうな。
しょぼ、と重くなって下がり掛けた上瞼をようやくの思いで持ち上げる。友人は「寝るなよ」と釘を刺してから「なるほどねえ」と呟いた。
「隣にいて欲しいわけだ」
「んにゃ、違う」
「違うんかよ」
「違うんよ。別に隣じゃなくていい、おんなじ空間にいてくれたらそれで重畳」
そう、別に隣なんかじゃなくていい。奴の隣にいるのが可愛い女の子だろうが何ら文句はない。ぶっちゃけ日向の好きなところなんか熟考しても一つ二つ考えられるかも怪しいレベル。もしかしたら世間様じゃこの感情に恋と名を付けたりはしないのかもしれない。
だけど日向の存在がない毎日は味気ない。同じ空間にいることが当たり前の関係は男女間であれば恋人というのが一番自然だった。彼を恋人と呼ぶのに抵抗はなかった。日向とのキスに不快感はなかった。幸いにも、日向も全く同じ感情をあたしに対して向けていた。
熱量が足らないと周囲からはよく指摘される。お前らさらっと別れそうだよなと心配されたことも片手で足りる回数じゃない。でも正直大きなお世話。あたしたちがこの感情を恋と呼んだ、だから紛れもなく繋いだ手に宿るのは恋心だ。
「――純愛だねえ」
「純愛ですよ」
「ところで水流、アンタ完全に寝ようとしてない?」
「授業終わったら起こして」
「それもう遅い」
天気もいいしお腹もいっぱい、今夜は毎週欠かさずにチェックしてるアニメの放送日だ。同じ教室にはいつも通り日向がいるし、授業も今日は五時間目で終わりだったはず。
嗚呼、今日もいい日だな。
適熱度純愛
幸せって思えるならそれでいいです、勝ち組だ。
[mokuji]
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