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ネバーランドにさようなら


 幼い子供の脳みそを、かち割ってみたいと考えたことがある。又、眼球を抉り出してみたいと考えたこともあった。

 最初に一つ言っておくと、私は決して異常性癖の持ち主というわけではない。グロテスクなものに興奮したことはないし、むしろそういった表現物は頗る苦手な性質なので意識的に避けてきたような人間だ。しかし、それでも私は考えた。――幼子の脳みそや眼球は、もしかして私たち大人とは異なった構造をしているのではないだろうか。だからこそ、考えられないくらい突飛な発想が出来るのではないか。彼らが見る世界は、私たちが見ているそれとは全く違うものなのではないか?

 無論、理性ではそんなことがあるわけないということはきちんと理解出来ていた。子供の想像力が大人よりずっと豊かなのは、物事を知らないからだ。大人は常識や世間の理を身につける代わり、そういった自由な発想を捨ててしまっている。

 それでも私は思った。嗚呼、幼子の脳みそや、眼球や、それら全てをこの目で見て確かめてみたい、と。それくらい、私は子供の柔軟な考えに焦がれたし、彼らが見ているだろう世界を欲した。表現物を生み出すことに執着している私にとって、子供たちのそれは喉から手が出るほどに羨ましい代物だったのだ。



「そりゃアンタ、人間はいつまでもピーターパンではいられないんだから仕方ないでしょうよ」

「……的確な指摘をありがとう」


 皮肉を込めて低い声で礼を述べる。そして舌に痛いほどに冷やされたコーラを思い切り吸い上げた。もう中身がないのかじゅるじゅるっと情けない音が鳴る。私は紙コップをがしっと掴んで持ち上げる。重量はそれなりだ。つまりメインよりも氷が多く詰め込まれているということか。

 そんな小さいことにでさえ苛立ちが募り、私は安っぽいテーブルに紙コップを叩きつける。脚にガタが来ているらしいテーブルはぐらりと危なっかしく揺れた。友人はそんな私を呆れた目で眺めつつ、細長いポテトを口に運んだ。


「あたしは創作しようと考えたこともないから判んないけどさあ、仕方ないんじゃないの? いつまでも子供な奴って現実世界生きるのには向かないだろうし」

「…………私は現実生き難いから創作始めたんだけど」

「嗚呼ごめんそうだった」


 絶対に悪いと思ってない。

 塩がついた指先をぺろりと舐めて、友人は小さくため息を吐いた。こんなこと愚痴られても困るわよと思っているのが筒抜けの態度だ。実際そうなのだろう。彼女はしっかりと逞しく現実世界で生きている人だし、私はどうにも相性が悪い現実という社会から逃げ出した弱者なのだ。それでもこんなことを話せる相手は彼女の他に見つからなかった。


「そもそもアンタ、創作で飯食おうってわけじゃないんでしょ? 何でそんなに悶々としてんの? 創作は趣味って言ってたじゃん。楽しくない趣味ならやめたら?」

「まあ……そうなんだけどね」


 ご尤もとしか言えない意見に今度は私がため息を吐いた。お行儀悪く肩肘を付き、ぼんやりと視線を店内に彷徨わせる。

 安価で手軽なことが売りのファストフード店は今日も今日とて大賑わいだ。客の中には家族連れも少なくない。可愛らしい幼子の姿もちらほらと見えた。私は羨望の視線を彼ら一人ひとりに送る。今この瞬間も、あの子たちは私が忘れ去った綺麗で楽しい世界を見ているのだろうか。


「でも、私が創作を趣味にしてるのって、それを本業に出来るだけの力量がなかったからだしさ。……簡単にやめられるならこれだけ執着してないし」

「そりゃそっか」


 芝居がかった仕草で友人が肩を竦める。難儀ねえ、と呟かれた言葉は先程までのそれとは異なり、多少の憐れみが篭っているようだった。難儀だよ、と声には出さず私は返す。例えるなら、さしずめ私は無理矢理ネバーランドを追放され、行き場をなくしてうろたえているピーターパンというところだろうか。


「ネバーランドに入る方法が見つからないなら、いっそきちんとそれを忘れてさようなら出来たら良かったのにねえ……」



ネバーランドにさようなら
離れたくないのに、出たくないのに、どうして私は大人になった?

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▼水島家キャラクター etc.……

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