nostalgia

ShortShort

ソファにのこる痕跡


 柔らかな布が張られたソファには、ふんわりと窪みが出来ていた。それはたった今までわたしがそこに座っていたことを証明している。思わずじっとそれを見て、そっとその窪みに触れてみた。仄かな温もりが、まだそこには残っている。


「……温かい」


 口に出して呟くと、涙が出てきそうになった。慌てて奥歯を噛み締めてそれを堪え、ぎゅっと両の拳を握る。泣くことはしたくなかった。泣くのは憎くて堪らない彼女らに屈した証になるような気がした。そこまで無様な人間になりたくはない。

 触れていた場所から手を離し、ゆるりと息を吐き出す。身体がぐったりと重かった。祈る気持ちで時計を見れば、ただ今の時刻はぴったり午前三時である。何回時計を見てみても、その事実は揺るがなかった。当然だ。けれどその当然はわたしにとってあまりにも残酷で。


「――あと、五時間で、学校に行かなくちゃいけない時間になる」


 教室の光景を思い出し、蹲ってしまいたくなった。せせら笑いの声や、根も葉もない噂を囁き合うひそひそ声に、又耐えなければならないのか。どうしてわたしがこんなことに。……いっそ、他の誰かが身代わりになってくれたらいいのに。

 醜いことを考えて、その思考に気付くと愕然とした。自分が辛いことを他人に押し付けようと考える浅ましさが無性に恥ずかしくなり、今すぐにでも死にたくなる。荒んでゆく心は、抱えて歩くにはあまりにも重すぎた。


「もう…………嫌だよ。誰か、助けて」


 こち、こちと時計の針の音が響く。助けを請うたところで誰も手を差し伸べてくれる人はいなかった。もう部屋に戻ろうと、わたしはのろのろ歩き出す。ぱちん、とリビングの電気を消すと、完全な暗闇がわたしのことを呑み込んだ。

 今日も又、わたしの存在が透明になる朝が来る。


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