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殺すきもちもわからなくもない、わ
「阿部定って知ってる?」
つい先程まで自分の世界に入り浸り、ぽけっと意識を飛ばしていた少年は、唐突にそんなことを言い出した。まあそのうち現実に戻ってくるだろう、と高を括って彼を放置していた幼馴染の少女はぱちりと大きな目を瞬く。聞き憶えのない名だった。
ううん、と素直に少女が首を横に振る。すると少年は「……知らないんだ」と呟く。それは妙に脱力した声であり、聞く人によっては馬鹿にしていると思われてしまうようなものだった。しかしそこは幼馴染の間合いである。それが単純な感想であると判っている少女はにこりと優しく笑い、「だから教えて?」と甘えたように言った。
「……昔の女性で、恋人の男性を殺した殺人犯だよ。……あれ、恋人だったかな。愛人だったかもしれないけど、まあそれはいいや。その人を殺して、局部を切り取って、捕まるまで持ち歩いていたって人」
少年は眉一つ動かさないまま淡々と説明する。反して少女の顔はさあっと青褪めた。色の失せた白い唇を軽く前歯で噛むとこくりと喉を鳴らす。彼女はそういった話題が滅法苦手な性質だった。
「恐いよその人……」
「うん。恐いね。でもね、その人はその男性を、心から愛してたんだって。愛しているから、殺したんだって」
要領を得ず、少女はふうん……と小さく頷く。彼女にとって、その理由はあまりよく判らなかった。少女は非常に純粋で心優しい性格だったからだ。そんな彼女の困惑が判ったのか、少年はぽんぽんと軽く彼女の頭を叩く。
「……みぃは判んなくてもいいよ。そういう人も、いるって話」
「…………ひぃくんは、『そういう人』?」
恐々と少女が訊ねる。すると何でもないというように、少年はこくりと頷く。少女の顔がひくりと引き攣った。そのすぐあとに、少年はしれっと言う。
「でも大丈夫。みぃは絶対に殺さないから。みぃのこと、好きだけど、愛してはいないから。だから殺さないよ、安心して」
おそらくそれは、彼なりの慰めであったのだろう。しかし少女はその一言に瞠目し、そのままゆっくり俯いた。そっか、と小さな声で呟いて、それきり何も言わなくなる。少年は特に気にせずに、再び自分の世界に戻っていった。鳶色の眸は焦点が合わなくなり、ぼんやりとどこか遠くを見詰めている。
そんな彼のことを、少女はこっそりと盗み見た。そしてもやりと心の中にわだかまる黒い感情を噛み締めて、今しがた彼が言ったばかりの台詞を思い出す。
『その人はその男性を、心から愛してたんだって。愛しているから、殺したんだって』
何も感情を込めずに言った彼の声を反芻し、気付かれないようにため息を吐く。なるほどなあと、今更ながらに内心で深く納得した。まだあどけなさの残る彼の横顔を眺め、きゅっと眉を寄せる。
(――ひぃくん、あのね。わたしも『そういう人』の素質、あるのかもしれないよ)
殺すきもちもわからなくもない、わ
それは、わたしが女だからかな。
[mokuji]
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