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散らない花はうつくしい?


 これっぽっちも美しくなんてない、と彼は乱暴に吐き捨てた。生白い指先は規則的なリズムを刻み、苛立たしげな様子で机をとんとんと叩いている。表情も僅かに歪み、彼の持つ美醜への執着がどれほどのものであるかを知らしめた。まあ、それも仕方のないことだろうか。

 男の目の前に座る青年の顔は、空恐ろしいほどに麗しい。美人、というより、佳人、とでも呼んだ方が相応しいほどに端整である。顔のパーツは一つひとつ芸術品のように整っており、それらは小さな顔の中で完璧なバランスを保って配置されていた。見事に完成されたジグソーパズルを思わせる整合性だ。

 これだけ自分の見目が麗しければ、他に対する美醜の基準も自然と上がることだろう――。男はそんなことを考えながら、顎に生えた無精ひげを無意識のうちになぞり上げる。それから自分の手には聊か小さいカップを不器用そうにひょいと摘み上げ、濃く淹れられた珈琲をぐいとその喉に通した。そして思わず口元を押さえる。珈琲が今まで飲んだ中で最も不味かったせいでもあるが、火傷しそうに熱いせいでもあった。

 粘膜が刺激されたのか痛む喉を擦り、男は小さくため息を吐く。それから甥である青年の顔を再びじっと見つめた。彼は未だに怒りが収まらないのか仏頂面だ。しかし、そんな表情でさえ、額縁に入れて飾りたいほど美しい。だが彼の顔を見慣れている男は胡乱な目付きで青年をじろりと見詰め、掠れた声で切り出した。


「お前さんがさっき花屋で見た花を気に入ってないのは判ったけどよ、だからってここで苛々するな。不機嫌が俺にまで移りそうになる」

「花じゃないよ、叔父さん。さっきのはね、紛い物。本物の花だったけど、偽物にされちゃったわけ」


 ふん、と青年が不服そうに鼻を鳴らす。彼の言っている意味がよく判らずに、男はきょとんと目を丸くした。先程気まぐれに覗いた花屋で見た例のアレンジメントを思い出す。あれは造花だったということだろうか? それにしては花びらも瑞々しかったような気がするのだが。そもそも本物を偽物にしたとはどういうことだ。

 考え込んだ叔父を見て、青年は軽んじた視線を送る。そこには、いまどきの若者にありがちな、年配者を敬わぬ姿勢が顕著なまでに現れていた。やれやれ、と言わんばかりに頭を振って、彼は説明をしようと口を開く。


「プリザーブドフラワー、知らないの? もしくはブリザードフラワー。後者は間違った名前だけどね。簡単に言えば、生花に特殊な技術を施して作った素材だよ。水分を必要としないし、劣化が生花と較べてだいぶ遅いからアレンジメントとかでよく使われてる」

「へー……そんなモンがあるのか。でもそれの何が悪いんだ?」

「ばっかだな。美しさっていうのはね、短い時間だけしか維持出来ないからこそ尊いものなの。無理矢理永らえさせた美しさなんて興ざめだよ。枯れない、散らない花なんて、一体どこが綺麗なんだか」


 僕にはさっぱり理解出来ないし、理解したいとも思わない。

 右親指の爪を噛み、苦々しい表情で青年は言葉を締めた。対して男はぽかんと間抜け面を晒している。彼の言った内容を半分も理解出来なかったせいだ。

 今まで、男は美しさについて深く考えたことなどない。おそらくはこれからもそうなのだろう。自分が綺麗だ、美しいと思えればそれで満足だし、それ以上を求めたことなんてないからだ。男は根っからの凡人だった。

 よく判らんがお前は大変だなあ、とのんびり感想を述べ、ようやく冷め始めた不味い珈琲を啜る。青年はそんな叔父を腹立たしそうに眺めていた。


「…………叔父さん、僕の言ったことちゃんと捉えられてないでしょ」

「そりゃそうだ。俺は見て満足出来りゃそれでいい。あと花にも然して興味はないな。花より美人の姉ちゃんを眺めていたいタイプだ」

「おっさんくさっ。今言ったことナツミさんに報告しとく」

「やめろ、我が家はカカア天下で俺は常に尻に敷かれてるんだ」

「叔父さんだっさー」


 ばっさり男を斬り捨てて、青年は机に肘を付いた。崩れかけたショートケーキを食べることなくフォークで突き、しなびた苺をころんと落とす。憂鬱そうに目を伏せて、男には聞こえない声量でぼそりと小さく呟いた。


「――ん? 何だ、何か言ったか」

「別に? 叔父さんとうとう耳まで悪くなったわけ?」

「……お前はここ数年ですっかり性格が悪くなったな」

「仕方ないでしょ、叔父さんと違って若いんだから。思春期も抜け切ってないしね。あとこのケーキ全然美味しくない。甘すぎ」

「ここを選んだのは失敗だったなー。珈琲も苦すぎる」


 頷いた男に対し、青年はぐいとケーキの皿を押し遣った。もう要らない、という意思表示である。俺は残飯処理かと苦りながらフォークを手に取る叔父を見て、青年はまたため息を零した。


――ほんの少しだけだけど、叔父さんのことが羨ましいよ。



散らない花はうつくしい?
単純に綺麗なものを愛でられたらどんなに楽だったことだろう。

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