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月と祈り


「……まだ、お帰りにならないのですか」


 夜が訪れる前の一瞬、僅かに見える藍を切り取ったような色をした、引きずるほどに裾の長いドレスをその身に纏った少女は、ぽつりと囁いた。彼女は優しく月光が降り注ぐバルコニーに立っていた。何かを求めるように手を伸ばしては、何も掴めず手は虚しく宙を掻くばかりである。何て無力な手。誰に宛てるでもなく言葉を零し、彼女は寂しげに眸を伏せる。

 少女は、薄暗い森にぽつねんと建っている、朽ちかけた洋館にたった一人で住んでいるのだった。否、昔は彼女の家族も一緒に住んでいた。しかし、皆死に絶えてしまったのである。唯一の肉親である兄は、随分と前に屋敷を出てから唯の一度も帰らない。

 だが、そんな兄のことを、彼女はずっと信じているのだった。きっといつかは戻ってきてくれる、自分のもとへ帰ってきてくれると信じるほか、彼女には生きる糧が無いからだ。


「――お兄様、ずっと、ずっと待っています。わたくしは、ずっと、お兄様のお帰りをお待ちしておりますから。……だから、帰ってきてください。一日でも早く、一秒でも早く、わたくしのところへと帰ってきてくださいまし」


 少女がそっと、胸の前で手を組んだ。これでもかとばかりに輝きを放つ満月へと純粋な視線を向けて、まるで月に祈りを捧げているようだ。彼女はそれを毎日のように繰り返すのだった。どうか、どうか早く帰ってきてくれと。どうか、一人ぼっちの時間が終わりますようにと。

 兄が遠くの街で、とうに命尽きていることなど全く知らず、唯ひたすらに願うのだ。彼女は、信じることしか、知らないのだから。


「お兄様、早く、早く……わたくしの一人ぼっちを、終わらせて、くださいまし……」


月と祈り
月は何も答えずに、祈る少女を慈しむ。

(フォロワーさんのイメージss。きほさんをイメージして書かせて頂きました)


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