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愛玩人形マリア


 愛玩されるためだけに生まれてきた、彼女はまるで人形のような存在だった。
見目は確かに麗しい。肌は淡い雪の色をして、頬は鮮やかな薔薇に染まり、眸は瑠璃の深い色を宿す。たっぷりとした金糸のような髪は空気を含んでは柔らかなウェーブを描き、思わず触れたいと手を伸ばしたくなるほどだ。細いだけでなく、彼女の身体には緩やかに程よく脂肪があり、抱き締めたらさぞ心地よいのだろう。

 しかし、ただそれだけなのだ。彼女には中身が無い。実がしっかりと詰まっていない、すっからかんの果実のように、ただ軽いばかりでこれという味が無いのである。眸は虚ろで光がなく、どこに焦点が定まっているのかすら定かでない。

 人形。その形容詞が、異様にしっくりとくる人間であった。


「――お父様と、お母様はどこ?」


 彼女が口を開く。零れた疑問に、私はいい加減うんざりと嫌気が差した。一度訊かれただけならばそんなことも無かっただろうが、もうそれは数えることすら億劫になるほどの回数繰り返し訊かれた内容であったからだ。


「お前の両親は、死んでしまったよ」

「……そう」


 悲しむでもなく、ヒステリーになるでもない。彼女は唯一言それだけ言って、小さく頷くのであった。それからまた、ぼんやりと窓の外を眺める。豊かな胸が、呼吸に合わせ微かに上下していなければ、私は彼女がもしかしたら死んでいるのではないかと疑ったことだろう。

 彼女の両親は、彼女のことを、それこそ目の中に入れても痛くないほどに溺愛していた。「嗚呼、何て可愛い私の天使。こんな子を、辛辣な世間の風になど当てられないわ」……彼女の母親が繰り返しそう言っていたのを、私は今でも忘れられない。

 そのため、彼女を広い屋敷の一室に幽閉するように閉じ込めて、温室で植物を育てるように、優しく大切に育てたのだった。その結果が、これである。両親の唐突な死にすら心を動かさぬ、人形のような娘の完成だ。


「……おい、マリア」


 乱暴に、彼女の名を呼ぶ。すると彼女はそれにぴくりと反応し、空虚な視線をこちらへ向けた。なぁに、と答える彼女の声は酷く乾燥しているようだった。


「お前は、生きているのか?」

「生きているよ。マリアは、生きている」

「……本当に?」

「信じられない?」

「嗚呼」

「じゃあ、証拠を見せてあげるね」


 それだけ言って、彼女は窓際からこちらへと寄って来る。そして机の上に置いていた、華美な装飾の為された小刀を手に取った。薔薇の蔦が巻きついているような、金色の美しい細工のものだ。それを手に取ると、彼女は初めて笑みらしきものを口元に浮かべる。何をするつもりかと問う声が、喉の奥にべったりと張り付いた。

 見せ付けるように、白い腕が私の前に差し出される。そしてその一瞬後、彼女は小刀をぴたりとその腕に当て、さっと横に引いたのだった。深く切ったのだろう、傷口から毒々しい色をした深紅が溢れ出る。思わず呼吸を止めた。ぼたり、ぼたりと大量に赤が落ちる。青白い腕が、真っ赤に染まった。


「おま、え、……」

「ほら。マリアは、生きているよ」


 乾いた声に、初めて感情が乗せられる。楽しげに跳ねる声は無邪気に響き、空気を震わせて私の鼓膜を揺らした。美しい少女は自身の腕から流れる血を見ては、嬉しそうに顔を綻ばせて私を見る。

 それは、酷く恐ろしい、光景であった。


「ねえ叔父様、……マリアは、お人形では、ないのよ。マリアは、生きて、いるのだから」


愛玩人形マリア
思わず呼吸が浅くなる。痛い、痛いわと笑う彼女は、人形よりも余程禍々しいもののように見えたのだった。

(フォロワーさんのイメージss。花咲さんのイメージで書かせて頂きました)

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