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醜く歪んだ愛の鳥籠


「愛しているよ」


 愛おしそうに眸を細め、彼はわたしの首へと手を伸ばした。否、正確に言うなれば、わたしの首に嵌められた赤い拘束具……首輪へと、だ。

 繊細なその指は、革の感触を楽しむように、幾度も丹念に首輪を撫ぜる。わたしはそのことに対して一切の反応を示さないまま、柔らかなベッドの上に四肢を投げ出していた。何をするのも億劫だった。彼を拒否することも、怯えることでさえも。

 この豪華な部屋に監禁され、鎖付きの赤い首輪を嵌められてから、一体どれくらいの月日が経ったことだろう。すっかり時間感覚が麻痺してしまったわたしには、もう何も判らない。少なくとも、逃走の意志がすっかり萎えてしまう程度の時間が経っていることは確かだけれど。


「……ねえ、何か言ったらどうかな」


 首輪を撫ぜていた指が、今度は頬へと移動した。ちらりと一瞬彼を見遣るも、わたしはすぐにその視線を逸らす。そしてお情け程度に見える、天井近くの小さな窓を眺めた。その外にはわたしの小さな手でも簡単に手折れそうな細い月が昇っている。

 今が夜であることだけを確認し、わたしはそっと瞼を下ろす。何か言えという彼のリクエストに答えずに、沈黙を貫いた。そういえば、もうだいぶ声を発していない。


「……ねえ、ねえ、ねえってば! 聞こえているんだろう!? 何か言えよ、言えったら!」


 不意に耳に入る声が激昂する。しかし特に恐いとも思わない。嗚呼またか、なんて面倒くさくなるだけだ。訪れるであろう頬の痛みに備えて更にきつくぎゅっと目を閉じる。だがいつまで経っても、彼が頬を叩く気配は無かった。

 どうしたのだろう、と薄く目を開くと、その瞬間にふわりと優しく抱き締められる。驚いて身体が強張った。気にする様子もなく、彼はわたしを抱く腕に力を込めた。痛いくらいのその力に、思わず眉間にしわが寄る。


「愛している、愛しているんだ、誰よりも何よりも、誰の目にも触れさせたくないくらいに、君を愛しているんだ」


 ぺらぺらと早口で、熱に浮かされたように彼は「愛している」と言う。声は揺れ、段々と涙交じりになっていることが判った。しかし、その声にわたしの心は動かない。唯(ただ)憐れな人だと思っただけだ。


「ねえ、愛してよ、僕を、俺を愛してよ。……頼むから。乞うから。俺を、愛してよ」

「……愛せないわ」


 意図せずして、言葉が口から滑り出た。それはとても冷ややかで、彼の心臓を一突きする刃物の如く鋭い響きを孕んでいるようだった。……否、それはきっと、本当に刃物だったのだろう。今はもう遥か遠い、わたしたちの蜜月の想い出を切り裂く刃物だったのだ。

 彼は少しだけ身体を離すと、ざっくりと傷ついたような表情でわたしを見た。両眼から、はらりはらりと涙が溢れ出る。そしてそれを拭わぬまま、ゆるりと彼は口元を綻ばせた。悲しそうなその笑みはとても儚げだ。わたしの愛した彼の片鱗を、垣間見たような気がした。


「そう、だよね。愛せないのも、当然だと思う。だって、こんなこと、したんだから。君を縛り付けて、どこにも出さないように閉じ込めて、思う通りにならなかったからと時折手を上げて。……愛せないのも、当たり前だ」


 わたしと彼の視線が絡む。漆黒の眸に映ったわたしの顔には、酷く冷めた表情が浮かんでいた。するりと再び彼の指がわたしの頬を撫ぜる。冷たい指先だった。


「……でも俺は、こうすることでしか、自分の愛を表現出来ないんだ。…………ごめん、ごめんね。……正しくなんて、愛せないよ」


醜く歪んだ愛の鳥籠
歪んだ愛の鳥籠に、囚われているのはどちらかしらね?

(フォロワーさんのイメージss。紫月さんのイメージで書かせて頂きました)

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