- ナノ -

シトシトと、降り注ぐ雨の音に三郎は目を覚ました

部屋を見渡せば、既に雷蔵は起きて朝食に向かったらしい

片されてはいるが、大雑把な性格の雷蔵らしい布団の畳み方に小さく笑いながら、力無く溜め息をついた

いつもは三郎の方がずっと早起きで雷蔵を起こす側なのに、起こしてさえくれなかったところをみると、やはりまだ怒っているのだろう


葛葉という、三郎にとっては"見知らぬ者"が学園にやってきて、早いことに3日が経った

そしてその3日は雷蔵や八左ヱ門達と気まずくなってからの日数と同じ

一向に葛葉の存在を認めようとしない三郎に、雷蔵達もそっちがその気なら、と三郎の考えを認めなくなった

今まで食事も鍛錬も勉学も一緒にしてきた同級生達と距離を置かれた状態、つまり三郎は孤立していたのだ

ノロノロと布団から起きて寝着を脱ぐ

妙に身体がだるくなってきたのも、ここ3日だ

三郎だって、何もしていなかったわけではない

自分の記憶が誤っているのか、それともドッキリでも仕組まれているのか、そう思って学園内を捜査してみたのだ

されども結果は何も変わらない

葛葉という女は、昔から学園におり、食堂でおばちゃんの手伝いをしたり、学園内の庭の掃除や簡単な事務などを担当しているのだという


皆が皆、あの人はとても良い人だと口をそろえて言う

そんな人はいなかった、と三郎が口にすれば、6年の立花仙蔵や中在家長次は顔を見合わせ、七松小平太や食満留三郎は悪戯はほどほどにしろよと笑い、潮江文次郎には女をからかうなと溜め息をつかれ

委員会の後輩の黒木庄左ヱ門と今福彦四郎に聞いても、何の遊びですか?と純粋な疑問を投げつけられ、1年は組のよい子達にそれとなく問うても、鉢屋先輩、仲間はずれは駄目ですよと可愛いお叱りをうけた


(気持ち、悪い)


いつも飄々としている三郎だが、今回ばかりはお手上げであった

グルグルと、疑問と不安と不気味な感覚が胸と頭のなかで回り続ける

あの女が学園に居たらいけない、というわけではない

目に見えるような悪さというか、不都合なことは何もないのだから


ただ、それ以前の問題だ

何者かもわからぬものが、自分のすぐ近くで生活し、友や後輩達を纏っていく

それがどうしようもなく気持ち悪くて、三郎はまだ受け入れられずにいたのだ


(委員長、)


畳んだ布団に突っ伏して、未だ帰らぬ鴇の名を三郎は小さく呼んだ

学園長に鴇はいつ戻るかと問えば、あと2、3日はかかると連絡を寄越したと回答された

一刻も早く戻ってきてほしいと思っていた三郎にとっては、手痛い知らせだ

思わず深い溜め息が零れた三郎の様子を見た学園長が急ぎの用事か、と問うて三郎は答えを濁した

学園長にも問うたのだ、葛葉という女は存在したのかと

そして彼も答えたのだ、


「言うてる意味が、よくわからんが」と


その瞬間、三郎は自分の立ち位置が決まってしまったのだ

学園長が認める存在を、否定する自分の方がこの学園では異物であると

あれを認められない自分は、あれを認める学園から排除されてしまうと


(委員長、委員長)


誰も隣にいないこの空間で、三郎は空気を飲むように叫ぶ

何故此処にいてくれないのか、

何故帰ってきてくれないのか、

何故私を1人にするのか、

ひやりと冷えた空気と独りぼっちの部屋、悪夢のようなこの状況が酷く気持ち悪い


(早く、帰ってきてくれ)


どうしてこんなことになっているのかとわからなくなって、三郎は思わず顔を覆うのであった
















いつからこんなに弱くなったのだろう

1人でいることには慣れていたはずなのに

否定され、存在さえも危うくなってしまったからだろうか

優しい声と、温かい熱に慣れてしまったからだろうか

情けなさと不安で胸が軋む音がする

一言でいいから声を聞かせて

一言でいいから私を肯定して

こんな虚像のような現実を、どうか否定して


(貴方さえ隣にいてくれたら、もっと正気でいられるのに)


その言葉を吐く先さえなくて、また一人で耐えるのだ

03_凍えることすら一人では上手にできなくて



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