- ナノ -


薄暗い灯りの中、ぼんやりと目を開く

ざあざあと外は相変わらずの雨模様だが今は少しこの音が落ち着く

布団から起き上がり、傍らを振り返れば薬研が畳の上で胡坐をかいたまま眠っていた

周囲には調合するための薬草やらすり鉢やらの道具が散乱している

種類を確認すれば毒抜きの配薬のようで自分のために煎じられたことは明らかであった


(…世話になりっぱなしだ)


まいった、とため息をついて周囲を少し片づける

そして自分が寒い時のために用意されたと思われる毛布を薬研の身体にかければ、猫のように丸まって自然と身体が畳へと倒れこんだ

下手に動かすと起きてしまう、そう思った鴇は静かにその場を離れ、窓際へと歩を進めた

ふと、そこに大きな姿見があることに鴇は気づいた

ここ数日はそんな周囲に気付く余裕もなかったこともあり、その前へと静かに立つ

寝着を上半身脱いで姿見を再度見れば、大小の傷が入り乱れている


(一番酷いのはやはりこれか)


念入りに包帯が巻かれた腹の傷はまだ塞がらないようで、少し触れてもジクジクと痛む

これだけの厚みがあるのにまだ包帯を赤黒く染めているところから、傷口は生々しいのだろう

小さく溜め息をついて、ぼんやりと姿見に映る自分を見る

学園を卒業して数年、あれからまた少し手足が伸びた

自由気ままに、とまでは生きられなかったが比較的縛りのない生活をしてきたと思う

ややこしいことに巻き込まれた、という愚痴を言うつもりはない

薬研に言った言葉は心の底からの感謝であったし、彼が困っているのであれば手を貸したいとも素直に思う

ただ、残してきた者を想う

鴇はここが自分の生きた時代とまた違うということに気付いていた

建物の仕様や所々に見る道具に見たこともない素材が混じっている

南蛮のものかとも思ったが、それだけでは片付けられないような技術がそこかしこに見えている


(また勝手なことを、とお前は怒るだろうね)


もう久しく会っていない友に鴇は小さく笑った

いろいろな生き方を模索し、試してきたがこういった事態は想定していなかった

だが、一度口にした以上、中途半端は自分の生き方に合わない

揺れる感情をそっとしまって、姿見から離れようとした鴇であったが、あることに意識がいった


「………………」


じっと姿見に映る自分を見て、鴇は少し考えた

ちらりと後方に眠る薬研を見て、また姿見に視線を戻す

うーむ、と眉を潜めていれば、突然声がかかった


「何してんの 主」


きょとりとした表情で部屋に入ってきたのは近侍に指名した加州清光であった

薬研と交代する気であったのだろう、身支度も終えた清光はまだ朝方だというのに袖もまくって準備万端である


「…おはよう 加州清光」

「何でフルネーム? 清光でいいって言ったじゃん」

「……おはよう、清光」

「はい、おはよう 主」


昨夜の宣言から一変して態度が変わった清光は可笑しそうに笑って答えた

自然な笑顔だと思う

あの毛の逆立った猫のような、ひりつくような緊張感は今はない

そうなると彼はとても好意的で、薬研や蜻蛉切とはまた違った気配りのできる男であった

薬研が推した意味がなんとなくだがわかる気がした


「どうしたの?お腹減った?」

「いや、そういうわけではない」


朝ごはん、もらってこようかと言う清光にやんわりと鴇はストップをかけた

まだ時間は夜明け前だ、厨の体制をよく知らないが普通の時間でないことくらいは鴇にもわかる


(そう、今は夜明け前、だ)


それに無理やり納得して、鴇も諦めようと姿見から離れた

さっさと布団に戻った方が清光も安心するだろう、そう思ってのことであったのだが


「ああ、髪洗いたい感じ?」


まるで見透かされたようなタイミングでかけられた言葉に鴇は反射的に振り向いてしまった

それが何だか気恥ずかしくて、鴇はどうしたものかと固まった


「い、や あの」

「…え、何その反応」

「こ、こんな時間に言う話ではないのは理解してるんだ」

「?うん?」

「だから、井戸さえ貸してもらえたら、自分でパッと済ませて…」

「はぁっ!!?」


申し訳なさそうに呟いた鴇の言葉にそれまでは不思議そうに耳を傾けていた清光が突然眉を顰めて大声をあげた

その音量にビクっと肩を震わせた鴇は鴇で見た目以上に焦っていた


(やはり、非常識な申し出だった)


こんな朝方から井戸を借りたいなんて、不躾だったのだろう

手を煩わせたくない気持ちもあったのだが、やはり体裁が悪いのかもしれない

これだけの手当と看病をしてもらっているくせに我儘を言うものではないなと鴇は大人しく布団に戻ることにした


「い、や すまない 聞かなかったことにして」

「何で井戸なわけ?」

「水も貴重だった 我儘言って申し訳ない」

「そうじゃなくて、風呂場にいこうよ お湯もあるし」

「へ?」

「え、何 風邪ひきたいわけじゃないと思ってんだけど?」

「や、まぁ、そりゃもちろん」


何となく噛み合って、何となく噛み合っていない

どうも鴇の態度が煮え切らないと思った清光が、スタスタと鴇の前へと近寄りしゃがむ

そしてすっと髪に手を伸ばす


「だから 髪、ドロドロで気持ち悪いんでしょ?俺洗ってあげるからさ」

「い、や そこまで手を煩わ…」

「俺を近侍に指名したの、主でしょうが」


近侍というのはそんなことまでさせられても仕方のないものなのか

それでは申し訳なさすぎると思って撤回しようと口を開けば、ぶすりと清光が不貞腐れたようにこちらをじとりと睨む


「ちょっと、もしかして撤回しようとしてる?」

「あ、の」

「そういうのほんといらないし、身だしなみ整えたいなんて普通の欲求でしょ?」

「だ、けど」

「俺だって主には身ぎれいにしてほしいし」


そう言われれば、やはり洗髪をしたいと強く思う

身体は丁寧に拭いてもらっていたようだが、髪はそうはいかない

ハリや艶なんてものは求めていないが、連日の熱で汗もかいて気持ちが悪いというのは確かで

少し手櫛をとおせば、パラパラと乾いた土が落ちる

そんなことから、第三者が気づくほど酷い状態なのかこういった身だしなみに気を遣っている清光だからの気づきなのかはわからないが、鴇は素直に頼むことにした

ここまでくれば、体裁なんてないようなものだ


「…初めの仕事がこんなので、申し訳ないんだけど」

「はいはい そうと決まったら早速いくよ」


ようやく補助を願い出た鴇に、清光は嬉しそうに笑うのであった












「おお…」


思わず零れ出た鴇の感嘆の息に、清光は小さく笑った


「なかなかでしょ?」

「いや、至極立派だ 恐れ入る」


鴇の手を引きながら清光が連れてきたのは湯殿であった

資材こそないが、この本丸は水回りの設備には強い

湯殿もそのなかのひとつで、高い天井と広い浴槽はこの本丸の風呂の自慢である

丁寧に組まれた高い組木の天井に、かけ流しの湯

硝子張りの一面の向こうは青々とした竹林が広がって奥行きを感じられる

ましてや外はしばらく雨が続いている

水に濡れた濃い緑は目を引く美しさである

外にいるような解放感がなんともよくて見とれていれば、清光が主、と手招いた


「本当は湯舟に浸からせてあげたいけど、もう少し傷口が落ち着いてからね」

「ああ、楽しみにしとく」


風呂椅子に座るように手招かれ、鴇は大人しく従った

勝手は正直わからぬが、ここは清光に任せるべきだろう

しかし、ここからどうやって髪を洗うのか

言ってはなんだが、手が足りないように見える


「…清光、私は前向きの方が楽じゃ」

「お、やってるね」


突然降りかかった声に鴇が驚いて顔をあげた

いくら風呂場で音が聞こえにくいと言ってもここまで近づくまで気がつかないなんて気を抜きすぎだ

ビクリと身体を震わせた鴇であったが、近づいてきた男を見て小さく息をついた


「…清光」

「ああ、呼んどいた」

「補助、いるでしょ?」


ニコニコと笑いながらやってきたのは燭台切光忠であった

鴇はこの男との面識がある

と、いうより毎日のように会っている


「今日は顔色がいいね 何よりだ」

「…どうも」

「ははっ、そう身構えないでよ」


困ったように笑う光忠と、何となく警戒している鴇を見て清光が首を傾げる

ただ、ここでグズグズしてるのもイマイチだ


「じゃあ、燭台切 よろしく」

「オーケー 主、安心して背を倒していいよ」


やはりそういうことか、と鴇はじとりと清光を見た

清光が鴇の髪を洗うのに専念するのであれば、両腕を開ける必要がある

これは忍術学園でもけが人の入浴補助をしていた鴇にだってわかることであった

鴇よりも小柄な清光には難しくないかと思っていたが案の定だ

その点、清光に比べて、いや鴇と比べても燭台切は背がかなり高い

手足が恐ろしく長く、筋力も十分にあるであろうことは自明である

本来なら安心して身を預ければいいのだが


「ほら、主 もっと力抜いて」

「……………」

「僕に委ねちゃったらいいから」


この男、何と言うかスマートすぎるのだ

エスコートなれしているというか、そつがないだけでなく距離感が近い

それもあからさまにでなく、気が付けば、である

なんだかんだしているうちに、鴇は横抱きにされた状態にまで追い込まれていた

光忠の厚い胸板に抱かれているこの状況は何というか酷く落ち着かない

蜻蛉切相手だとこうならないのは、彼がとても気を遣って鴇を抱えてくれるからだろう


「何というか、張り切りすぎじゃないだろうか」

「そりゃあ張り切るよ いつもは薬研君や蜻蛉切さんに占有されてるからね」

「主、ほんと力抜いときなよ そのために燭台切呼んだんだから」

「…蜻蛉切でいいのに」

「蜻蛉切は力はあるけど、こういうのの補助には向いてないの」


たしかに清光の言うことは一理あるのだろう

結構ザブザブと清光が鴇の髪に湯をかけても顔には一滴たりとも水が飛ばない

それは光忠が安定して支えているのと、清光が作業しやすいように角度等を気を遣っているからだ

これを鴇がしようとすれば、腹に力がどうしても入る

そして腹筋を使うにはまだ時期が早い

それをしなくてすんでいるのは確かに光忠のおかげなのである


「っていうか、燭台切は何でこんなに警戒されてんの」

「ほんとにね 僕としてはもっと気兼ねなく接してほしいんだけれど」

「…ノーコメントで」


何かをされたわけではない

ただ、何となく苦手なのだ

それは彼が利吉によく似ているからだろうか

スマートでそつがなく、鴇を甘えさせたがるような言動はよく似ていた

これほどの美丈夫が嫌味のひとつもなく、だ

この距離感をいきなり詰めるほどの器用さは鴇にはない

そんなことを考えている間に清光の洗髪は進んでいく


「清光、これは何だ?」

「ああ、シャワーだよ 気持ちいいでしょ」

「しゃわー?」

「近代にはね、いちいち桶で水を汲まなくても吸い上げてくれる機械ってのがあるの」


よくわからないが、温かい湯が柔らかく鴇の髪へと降り注ぐ

頭皮に湯が行き渡り、汚れが落ちていくのがわかる

そこに清光の細く長い指が梳くように鴇の髪をほぐしていく


「…えらく、泡立ちのいい石鹸だな」

「これはね、洗髪専用の石鹸みたいなものだから」


しゃんぷーって言うんだよ、とやはり清光は聞きなれない言葉を口にする

そのあとりんすして、と清光が言えば、とりーとめんとも使ったらと謎な言葉が上空で飛び交う


「…匂いがつくのは勘弁してくれ」

「えー何で」

「忍に香モノは厳禁だ」

「無香料のあったかなぁ」


よくはわからないが、柔らかい花のような香りと温かい湯にクラクラする

それに加えて清光のほどよい力の入った指先が緩やかに鴇を撫でる


(これは、駄目だ)


そう思ったのは確かだったが、抗うことも敵わず、鴇はゆっくりと微睡んでいくのであった











「あ、落ちた」

「ははっ、しょうがないんじゃない? これ、気持ちいいものね」


ウトウトと微睡んでいた鴇が静かな寝息をたてはじめたのを見て清光は小さく笑った

寝ているだけというのは思ったよりも退屈で、そして風呂というのは思ったよりも体力のいるものである


「ちょっと手足も洗ってしまうや 燭台切、まだ抱えてられる?」

「問題ないよ 背丈の割にはかなり軽いんだ」

「よし、ならやっちゃうか」


湯舟にこそ浸けてはやれないが、傷口のない手足くらいは洗っていいかと判断した清光がテキパキと作業を進めていく

それに合わせるように鴇を抱きかかえながら光忠は新しい主をマジマジと見つめていた

前の主に比べれば、少し年が上であろうこの青年

光忠の第一印象はあまりよいものではなかった

それは鴇がまだ目覚める前、ぼろ雑巾のような状態の彼を小狐丸が拾ってきたときの話である

血と泥に塗れた彼は、人の俗世を一身に纏っているように見えた

切り裂いた忍び装束からは暗器が大量に出てきて、そのどれもがまた血に塗れていたのだ


(それが、あまりにも生々しくて)


おそらく、出陣した先で遭遇しただけであれば何も違和感をもたなかっただろう

ただそれが、自身の主になるとなったらまた別であった

それは歌仙も似たような心情だったのかもしれない

忍というものが、華やかな武将達とは真逆の、闇に這いずり回るものであることを知っていた

人を欺き、嘘を纏い、体裁なんてものを持たぬモノ

それがどうだろう


(まだ、彼の何を知った、というほどのものは何もないけれど)


この数日、食事の間だけがメインであるが彼と過ごして思うことがある

光忠が接したことのある人の子のなかでも、鴇は誰よりも礼節をわきまえていた

小さなことに礼を述べ、軽々しい物言いをしない

見た目だけだと子ども扱いをしてもおかしくない薬研や秋田へも態度は変わらず、時折かばうような言動をみせる

そんな一方で自分には妥協を許さず、負いたくもないであろうこの本丸の悪循環な状況に何も言わず手を貸そうとする

無知が故とか、そんなのではなく勝ちをとりにいくような姿勢はとても力強く見えるのだ


「よし、完了」

「おつかれさま」


ふいー、と息をついた清光に労いの言葉をかけて脱衣所へと鴇を連れていく

まだ鴇が眠るうちに髪をかわかすかと思っていれば、そこには怒れる薬研が立っていた


「あれ、薬研」

「よう、お2人さん 朝っぱらから風呂とはな」

「え、なんで怒ってんの」


にこりと笑っているものの、目が据わっている薬研に清光が首を傾げる

その傍らにたつ蜻蛉切がどう入ったものかと狼狽しているのだからよほどのことなのだろう

ただ、何故そこまで怒っているのかわからず清光は蜻蛉切を見上げた


「まだ風呂は早ぇ 傷口に水はいったらどうすんだ」

「そんなところはちゃんと避けてるよ」

「100%なんてねぇだろうが 万が一があったら遅いんだ」

「だから無茶なことはしてないって ちゃんと燭台切にも手伝ってもらっったし、大丈夫だよ」

「それは結果論だろ 第一、」

「薬研、待った 薬研、悪かった」


背後からあがった声に清光が驚いて振り向けば、目が覚めたらしい鴇が申し訳なさそうに口を開いた

それを見た蜻蛉切が小さく安堵の息を吐くのが見える


「…大将」

「私が頼んだんだ …どうにも、髪を洗いたくて」

「ちょっと待ってよ主 別に謝るような話じゃ」

「違うんだ 清光、ちゃんと薬研に断りをいれてから行くべきだった」


スタスタと大股で鴇の方へと進んだ薬研が、すっと腰を降ろして鴇の頬に手を寄せる

それに一切抵抗せず鴇が静かに薬研の目を見る

濡れた髪がポタポタと鴇の頬に水滴を落とす

それを指先で拭って薬研が心配そうに見上げた


「熱は、ねぇな」

「おかげさまで」

「…何で俺っちが怒ってるか、わかるよな」

「悪かった こんな用件で起こすのもどうかと思ってしまったんだ」

「寝ずの番してた奴が寝てんだ 叩き起こしてくれりゃあいい」

「そうは言っても、お前 最近ろくに寝てないだろう」

「俺っちが好きでやってるから大将は気にしなくていい …それから、髪だって言ってくれれば配慮した」

「意識してしまうとどうにもね 汲んでくれた清光に甘えてしまった」

「…ほんと、声かけてくれ 心臓に悪い」


鴇の両手をぎゅっと握って祈るように呟いた薬研にまた鴇が小さく謝る

そういえば薬研に何も言わずに離れたのはあの脱出劇以来である

もう逃げるような必要性も算段も鴇にはないが、薬研はやはり心配だったらしい

少し抜け出して顔を洗いに行くくらいの気持ちだったが悪かったとしかいいようがない

そんな薬研の気持ちがわかるのだろう、静かについてきた蜻蛉切にも視線を送れば、彼は鴇の言いたいこともわかったのだろう小さく会釈を返した


「ちょっとは見れる姿になったかとは思うんだが、どうだろう」

「…ちゃんと髪、ふいてからだ 大将」

「勿論、まだ途中なんだかんね」


ようやっと薬研が納得したらしい姿を見て、清光も声をかける

清光は清光で驚いていた

あまり特定のひとに入れ込まない薬研が、まるで親鳥のように鴇の世話を焼きたがることに

そして、鴇は鴇でそれに配慮を示している

本来、鴇がどこで何をしようが薬研の許可を取る必要はないのに、だ


ブオォォォ…!


そんな中、清光の手に握られた筒状のものから突如でた音に鴇がビクリと肩を震わせた

そしてそれをもって近づこうとするのに思わず背を仰け反った


「な、んの音、だろうか」

「え?あ、あぁ、これ?」

「やってもらいな 大将 ぬくい風がでるんだ 髪がはやく乾く」

「て、手拭いを貸してくれたら自分で」

「大将、郷に入ってはなんとやらだ」


耳元で聞きなれない音をだされることに抵抗があるらしい鴇が助けてくれと薬研を見るが、薬研は手っ取り早いドライヤーを薦めてくる

大丈夫怖くないよと清光があやすように鴇の髪を乾かし始めた


「大将、息とめなくていい」

「そ、はいっても うわっぷ…」

「そのうち慣れるよ 俺もこれ、慣れなかったけど今となっては便利だなって思うもん」


ぎゅっと目を瞑った鴇をよそに、清光も機嫌よく髪へと指をとおす

さらさらと、絹糸のように通りのよくなった髪が本来の彼の姿なのだろう

キラキラと、光る灰色の緩い癖のついた髪は人の子にしては珍しいが純粋に美しいと思う

それから数分、堪えるようにじっと鴇へのドライヤーも無事に終わった

そして、


「…へぇ」

「ほう、これはこれは」

「ね、やっぱ大分印象変わるよ これ」

「?」


身だしなみというものの威力がよくわかるいい例であった

熱をだし、寝込んでいたのだから仕方がないがどことなくよれていた様子が綺麗さっぱり拭われて

ふわりと灰色の髪がそよぐ姿はどこか雰囲気がある

何より鴇自身の表情が明るい

その姿をみれば、薬研だって認めざるをえなかった


「折角なのだから、審神者の服を着てしまえばいいのに」

「…白は落ち着かない」

「まあまあ」


清光の内番服とよく似た格好で黒の袴と松葉色の着物を選んだ鴇に光忠は笑った

折角さっぱりしたのだ、寝着に戻らなくても進言すれば、それもそうかと薬研から了承がでた

どうも薬研は鴇の身なりについては自分よりも清光や光忠の助言に従ったほうが確かかと思い直したらしい

それならばといくつか見繕えば、一番無難そうな衣装を鴇は身に纏った

派手な差し色や生地は選ばず、落ち着いた配色である

本来の審神者の衣装は白を基調としている

こちらは静かに却下された

忍である鴇には眩しいのだとかなんとか

このあたりは追々説得である


「そんじゃ、広間に行こうか」

「は?」

「そうだね、折角だもの 朝ごはんくらい皆と食べるといいよ」

「…そうだな、そろそろ粥にも飽きてきただろ 大将」


鴇の両脇をがっちりと清光と光忠が固め、薬研も腹減ったと特に反対の意を唱えない

着替えなり食事なりと急展開に鴇はついていけてないのだろう、少し不安気な表情でこちらを見たのを蜻蛉切は見た

しかし、いつまでも姿を見せぬというのも皆にとっても鴇にとってもよくないだろう

そう思って蜻蛉切もそっと広間の方角を手で差し、後ろをついていくのであった



08 夜明けはお静かに



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