- ナノ -



鴇が聞いて驚いたのは、この「本丸」という単位は此処だけではないらしいということだった

全国各拠点、様々な時代にこの「本丸」は存在し、それぞれが独立して歴史修正者と対峙しているという

本丸の形状もそれぞれ違っており、各本丸の特徴というものがあるらしい

ピンとくるわけではないが、フムと鴇は思案にふける


(と、いうことはある程度仕組みがあるということだ)


全く初めて起きた事象、たとえば突然変異等で彼ら刀剣男士が生まれ、人として生きる術を模索しているというのであれば、鴇は恐らく試行錯誤していく必要があっただろう

しかしどうもそうではない

何百、何千とあるという各本丸で、刀剣男士と呼ばれる付喪神達は人の姿を経て過ごせているということは、ある程度地盤を固めれば安定期に入れるということだ

そうアタリをつけた鴇が少し息をついた時、薬研がちょっといいか、と入室した


「大将、少し休んだ方がいいんじゃねぇか?」

「休みすぎると判断力が鈍る」

「そんなもんかね」

「そういうものさ」

「薬研」


特に意味のない会話をしていたことに痺れを切らしたらしい一人の青年が、薬研を咎めるように呼んだ

薬研と共に入室してきたのは黒髪の青年であった

薬研よりも背が高く、赤と黒で纏めた装いに野暮ったさはない、むしろかなり身なりに気を遣っているように見受けられた


「何で俺 連れてこられたわけ?」

「ああ、悪い 大将、さっき連れてきて欲しいって言ってた奴だ」


数刻前、広間での全体との顔合わせを終えた鴇と刀剣男士一同であったが、少し時間を要したこともあって一度解散となった

改めて自己紹介をさせると言った薬研は鴇の身体の負担を気にしたようだ

鴇は大丈夫だと言い張ったが、これまた蜻蛉切がひょいと鴇を担ぎ強制退去となった

ちなみに、鴇としては子どもではないからこうやって簡単に担がれることには思うところがあるが、手間取らせるわけにもいかないので黙らざるをえない状態である

こうして、再び医務室に戻ってきた鴇は薬研がしつこく言うので少し仮眠をとることになった

どの程度悠長にしてられる状況なのかよくわからなかったが、やはり体調はまだまだ万全どころか軽視できない状態であることは明らかであった

焼けた身体は奥底に熱が籠り、破れた腹の傷は響くほどには痛む

そんな鴇が眠る前、鴇は薬研と蜻蛉切にあることを頼んでいた


『お前達が、次に私に会わせたいと思う者を紹介してくれないか』


突然の申し出に2人が顔を見合わせる

曖昧な頼みだとは鴇も理解していたが、あえてそれ以上は言わずじっと2人の回答を待つ

しばらく考えていた2人だが、意図を正確に押さえたかったのか薬研が少し悩んで問う


『大将の要望はないのか?ほら、話しやすそうな奴が、とか何に詳しい奴がいい、とか』

『私の思いつく範囲なんて、たがが知れてるからな』

『だけど、大雑把すぎねぇか?大将』

『誰でもいいとは言ってない 次に紹介するなら、と思う者を、だ』


そうだった、と言って薬研が再考する

そうすれば今度は蜻蛉切が口を開いた


『某達が薦めても、相手が主君に好意的かはわかりませぬぞ』

『勿論だ 構わないよ』

『…下手すれば、会話すらせぬやもしれませんが』

『構わないよ』

『…おい、蜻蛉切』

『…言ってくださるな 薬研殿 某もまだ少し悩んでいる』


どうも蜻蛉切は鴇に会わせたいと思う者がいるようだ

少し具体的な質問になってきたところで薬研も誰か該当者が浮かんだらしい

名をだそうとした薬研を蜻蛉切がやんわりと制し、腕を組んで小さく唸った

その姿をぼんやりと見ながら、鴇が少しぐらつく

先ほど薬研が飲ませた薬湯が効いてきたのだろう

傷ついた身体は本能で回復に必要な体力を睡眠で補おうとしているのだ

それに気づいた薬研がそっと肩を抱いてゆっくりと鴇の身体を布団へと横たえる

うつらうつらと意識が混濁しだした鴇に薬研が再度問う


『俺っち達が、大将に紹介したい奴でいいんだな』

『…ああ』

『少し厄介かもしれんが、わかった 起きたら会わせる』


薬研は決心したようで、よしと呟いて立ち上がる

そして鴇の横に控えている蜻蛉切に声をかけた


『ちょっくら席を外す 大将のこと、頼んでいいか?』

『もちろんだ』

『大将、大人しく寝てるんだぞ 薬効いてるからな、無理に動いてもふらつくだけだからな』

『…前科持ちは、疑われるよなぁ…』

『大将、返事』

『…はいはい ちゃんと寝るよ』


最後の返事が一番の心配事だったのだろう

少しほっとしたような薬研が場を離れた後、蜻蛉切をちらりと見れば、彼がにこりと笑った


『某が控えております 安心して休まれよ』

『…こういった扱いは慣れてない 申し訳ないな…』

『これから慣れてゆきますよ』

『…薬研には、ああいった手前があるが、"厄介"というのはどういった類なのだろうか』


もう大分薬が効いて目蓋を重そうにした鴇が呟くように蜻蛉切に尋ねた

それに少し目を丸くしたが、すぐにフォローするように蜻蛉切が穏やかに笑う


『はは、手がでるといった類ではないからご安心を』

『…そこが基準?』

『いやいや、そうですなぁ』


鴇の額にじわりとかいた汗をそっと拭う蜻蛉切は、どう説明したものかと少し宙を見ていたが

静かに、そして少し寂しそうにこう言った


『誰より主君に応えたかった者、とでも伝えておきましょうか』


そんな蜻蛉切の言葉をぼんやりと聞きながら、鴇は再度深い眠りについたのであった









「……………」

「おい、加州の旦那 なーに拗ねてんだ」


互いに名乗らないというのは何と居心地の悪いことだろうか

横で鴇より先に気まずくなってしまった蜻蛉切はそっと新しい主を伺い見た

彼の方は加州清光のそんな態度をあまり気にしてないようで、ただ静かに加州の反応を待っている

加州は正座こそしているものの、主君と目を合わそうともしなければ、声を発する気などないとばかりに畳のヘリをじっと見つめていた

何度か薬研がきっかけ作りの話題を振ってみたが一向に乗らない

十数分の時をかけたが状況は変わらず、薬研がガリガリと髪を掻いて重たい口を開いた


「あ―…悪い、大将 やっぱちょっと無理やりすぎた」

「私と話すのが嫌なのか この本丸が変わるのが嫌なのか どちらだろうか」


加州との対話を諦めた薬研が撤収を切り出した時である

特に怒りもしなければ取り繕うこともしなかった主君が一言問うた

その言葉にピクリと肩を震わせた加州が眉を顰めて視線を初めて合わせた


「…何なわけ?その質問」

「前者だというなら、幼稚だなと思って」

「!!」

「加州殿!」


カッと怒りから顔を赤くした加州が目の前に座る鴇に怒鳴る

鴇は特段の抵抗もなく、ただ静かに加州を見つめている


「何なんだよ、お前っ!」

「不敬であるぞ 加州殿!」

「喧嘩売ったのはコイツだろ!」

「主君に対して、何たる口の利き方か!」

「何でいきなり主君なんて呼べるんだよ!!」

「蜻蛉切 大丈夫だ」

「しかし、」

「喧嘩を売ったのは私だ」


加州の言葉をそのまま使った鴇に蜻蛉切は眉を顰めた

状況がよくないのははっきりしている

ただ、少なくとも蜻蛉切は加州が鴇に手を出そうがものなら止めねばならない

あまり強い衝撃は鴇の身体の傷口を破る可能性がある

しかし、そんな自身の不調状態も全部分かったうえで加州を煽った鴇の意図がよめないのも事実である

しばらく悩んだ蜻蛉切であったが、目のあった薬研が仕方なさそうに首を横に振る

それに従い、蜻蛉切も加州から少し距離をとった


「何、やる気なわけ?」

「再度問う 本丸が変わることに対しての不満があるわけではないのだな?」

「…………選択肢なんか、ないんだよ」


ぎり、と歯をくいしばった加州に鴇がそうかと両手を軽くあげる

そして横に控えていた薬研に声をかけた


「薬研 彼を紹介してくれないか」

「ん?いいぜ 加州清光 沖田総司が使用していたとされる打刀の付喪神だ」

「そういう紹介じゃないのがいい」

「?何かおかしかったか?」

「薬研は何で彼を連れてきた?あれだけいた者のなかから、何故彼を」

「何でって、」


ん―、と少し考え込んで薬研が不思議そうに答える


「大将、この本丸の事情知りたいんだろ?」

「ああ」

「だったら加州の旦那が一番だ この本丸の懐事情から刀剣男士達の状況から何から、大体のことは押さえてる」

「薬研!俺、そんなこと」

「知らないとは言わせねぇ」


苛立ちと焦りを織り交ぜて抗おうとする加州をじっと見て、薬研がまっすぐ彼を指さす


「前の主の初期刀 この本丸の最初の刀」

「!!俺はっ、」

「他にも理屈はあるけれど、とにもかくにも次に大将に紹介するなら俺たちは加州清光を推す」

「わかった」


薬研の初めの一言に酷く顔を歪ませた加州と薬研の間で鴇がパン、と軽く手を打った


「それでは、加州清光 貴方にはこれから1週間、私の近侍になってもらう」

「は?」

「身の世話とかは要らない 基本的には私の質問に答えてくれたらそれでいい」

「ちょっ、何勝手に」

「大丈夫だ 大将の身の世話は俺と蜻蛉切でやるから」

「…薬研、さっきも蜻蛉切には言ったけど、あまり甘やかさないでくれていい」

「まだ駄目だ」

「…ま、いいや それではさっそく」


慌てる加州の手を鴇が半ば無理やり握った

そして、


「これからよろしくどうぞ 加州清光」


にこりと笑うのであった












近侍という存在がある

審神者の側仕えをする者を指す言葉で、審神者業を始め、私生活をサポートする存在である

主である審神者の一番傍に置くことから最も力がある者を選ぶことが多いらしいが明確な指針はない

そういうことに向く向かないというのもあるし、近侍業が得て不得手というのもある

ただ、近侍の命というのは、刀剣男士にとっては一種の誉れであった

主が自分を求めてくれる、それだけは変わらず誇りであった


(俺だって、そう思ってた)


書庫から大量の資料をかき集めながら、人がいないことを良いことに清光は深い深いため息をついた

こちらの返事もろくに取り合わず、あの新しい主という人の子は早速清光にこう言った


『この本丸の見取り図と、備蓄状況がわかる資料はないだろうか』

「…まずは寝てろってんだ」

「加州殿?」


その声は思いのほか響いて、しまったと口を慌てて押さえる

書類の山を運び出すのを手伝ってくれている蜻蛉切の耳に届いたのだろう

ひょいと覗き込んだ彼に何でもない!と怒鳴るように返して清光は悶々としていた

突然現れた一人の人の子

室町の乱世に生まれたというその人の子は、清光が接したことのないタイプの人間であった

彼を受け入れる必要があるというのは無理やりにでも理解せねばならぬことだ

ただ、自分にとってはまだその気持ちは全然固まっていない

こちらとしては徐々に、と思っていたのに急に距離を詰められたことに清光は戸惑っていた

薬研と蜻蛉切は何故か自分を巻き込んで、そして人の子もソレに何ら疑問をもたずに傍受しているように見える

そして、この人の子


「おい、大将 ちょーっとペース上げすぎじゃねぇか?」

「……薬研 そっちの書類もう1回見せてくれ」

「大将ー」

「ああ、加州 すまないのだけれど、もう1度この仕組みを教えてくれないか」

「……だから、ここが基準になって、」

「前提として、ここを利用する制約はないと思っていていいんだろうか?」

「…素人が着目するところじゃないでしょ ソレ」

「ないと思っていても?」

「いいよ 何ら制約はないし、関連性もない」

「理解した ありがとう」


とにかく異様に吸収率が高い

少しの嫌がらせも兼ねて、清光が準備したのは大量の書類であった

無駄なものは何一つない

ただ、何も事情を知らぬものが目を通すには億劫になるくらいの専門性と量を渡した

清光の知る人の子は、こういうものにあまり興味をもたないものであった

前の主は別として、数度行われた演練で見た審神者も、どれも目先の派手さや刀剣男士との交流ばかりに気を遣るものが多かった

理解はしている

こういう生活基盤を支えるものが何かなんて、年頃の人の子が気にするようなものではない

綺麗なもの、楽しいもの、面白いもの、派手で優雅で目新しいものばかりが目につきやすいなかで、この人の子が初めに手をつけようとしているのは基盤も基盤である

本丸の見取り図を見せた次の瞬間、この写しはあるかと彼は聞いた


「これ自体写しだから、好きに使ったらいいよ」

「では遠慮なく」


彼は、見取り図に片っ端から筆をいれていった

方角と縮尺の正確さ、そして用途等

鍛冶場や手入れ部屋等、用途だけを聞いてもピンとこなかったのはそこが審神者業特有のものだからか

そのあたりは実際に目で確認すると言って、彼は手をつけられそうな箇所を中心に清光に問うていく







「……よし、強制終了だ 今日はここまで!」

「薬研、待ってくれ ここのところだけもう少し知りたい」

「何と言っても駄目だ 6時間ぶっとおしだ、食事もとれ」

「薬研、」

「駄目ったら駄目だ 薬だって飲んでもらう」

「食事も摂るし、薬も飲む だから、ここだけ」

「…俺っちだって学んだことがある、大将 アンタ、すっごい頑固だ 聞き分けがいいようで、実はすごく聞き分けが悪い」

「私のことを聞き分けがいい奴と思ってた時点で見当違いだよ」

「よーし、よく言った 俺はもう遠慮しねぇからな」

「お前は遠慮なんか初めからしてないでしょうに なぁ、蜻蛉切」

「…某は中立の立場をとらせていただこう」


とりあえず、食事と着替えをとってこようとプンスカ怒る薬研を宥めて蜻蛉切と薬研が少しの間席を外せば、室内には清光と鴇の2人だけが残った

静まり返った部屋に気まずいと清光は思っていたが、彼は違うらしい

薬研と蜻蛉切がいなくなった途端、手元の資料をいくつか手繰り寄せて清光を見た


「しつこくて申し訳ないんだが、ここをもう1度説明してほしい」

「…そこは刀装置き場、俺たちが出陣する時に装備するものとだけとりあえず押さえておけばいいよ」

「しかし、格納されている一覧を見れば、歩兵やら重騎兵だとか、装備品には見えないんだが」

「モノじゃないからね 言葉にすると難しいから、直接見た方がいい」

「…わかった これ以上は私の想像の範囲を超えてる気がするから、また現地での説明を頼むよ」


ふーっ、と息を吐いて、人の子が資料をパタンととじた

長時間姿勢を正していたせいか、凝り固まった身体を反射的に伸ばそうとした彼の息が小さく詰まったのが耳に入った


「まだ傷口、全然塞がってないらしいよ」

「…そうだった 痛み止めがよく効いてたから油断した」

「ほら、片付けはやっとくから、寝てなよ」

「まさか 殿様じゃあるまいし、片付けもせずに寝る習慣はない」


ヒラヒラと手を振って、道具や資料を片付けだした鴇に清光は眉根を寄せた

この人の子は、自身の立場をどう理解しているのだろうか


「あのさぁ、アンタは審神者で、俺たちは刀剣男士なわけ」

「私はまだ審神者と名乗れるようなものかはわからんがね」

「実質は名乗れるし、薬研たちはアンタを主とした 少なくとも、俺たち刀剣男士にいろいろ命令できる状態なんだけど?」

「はは、こんなボロ雑巾のような人間に、命令されても面白くはないだろう」

「何がしたいの アンタ」


大人しくするのはやめた

昼からずっと悶々としていた清光は、聞きたいことを聞くことにした

自分は彼に付き合って、聞かれたこと全てに答えた

こちらからだって問うてもいいはずだ


「審神者になったんだったら、もっと好き勝手やりゃあいいじゃん 主命とあらばいくらでもアンタの願いをかなえてくれるよ?」

「好き勝手とは?」

「何でもいいよ レア太刀侍らせて好き放題命令だってできるし、短刀連中だって主君主君ってチヤホヤしてくれるよ」

「…それは楽しいんだろうか?」

「そういうのが楽しいんでしょ?権力ってそういうもんだよ」

「天上人の発想は、凡人にはわからんよ」


まだそこまでの欲がないのかはわからないが、清光の言葉をさらりと流して人の子は資料をさっさと片付け始める

ただし、無造作にではなく、書類ひとつの扱いも丁寧で、しかも清光が渡した時の配置と同じようにヒョイヒョイと戻してゆく


「…わかった、アンタ気付いてるんだろ?この本丸はハズレだって 豪遊できるような資源もなければ、備蓄もない」

「……まあ、状況は良くはないな」

「だったら、さっさと捨てればいいじゃん 何も俺たちに付き合うことはない」

「お前こそ、何がしたいの?加州清光」


どこかぶっきらぼうに、どこか他人事のように絡んでいた清光は、その言葉にピタリと動きを止めた

はっとして視線をあげれば、人の子が真っ直ぐに自分を見つめていた

その表情には喜怒哀楽もなく、ただ視線だけが真っ直ぐ自分を突き刺している


「なに、って」

「好き放題、質問させてもらった 6時間ぶっとおし、食事もろくに取らせずに」

「それは、アンタが」

「普通は1時間もすれば投げだす 見ず知らずの余所者に、自身の懐事情を探られるなんて気分はよくない」

「…そうだよ、好き好んで話してるわけじゃない」

「その割には、説明はとても丁寧だった」

「それは、アンタがピンと来てなさそうだったから、仕方なく!」

「そこを汲んでくれたのは、君の優しさだろう 加州清光」


自分は何がしたかったのだったか

突然現れた人の子を、受け入れることに抵抗があったはずだ

だからろくに敬語も使わず、挫折するように読み切れないとわかっている大量の資料を一気に運んできて

根をあげるのをまだかまだかと思いながら、観察していたはずだ

どこか非難できるような落ち度はないか

どこか嘲笑できるような変な発言はないか

喧嘩を売られれば、次こそは追い出せるくらいの剣幕で押し切ろうと思っていた、

それなのに


「差し出してくれた資料の内容は、段階を追って深くなるものだった」

「初めからワケわかんないの出したら、アンタの質問がすごいことになるじゃん そしたら俺が面倒だ」

「並べている資料の配置だって、分類分けがちゃんとされている とてもわかりやすい」

「しょ、書庫に戻す都合があるんだよ」

「気付いてる?今日、山ほど質問させてもらったが、君は全て答えてくれた」

「アンタが言ったんだよ 身の回りの世話はしなくていいから、質問に答えろって!」

「うん とても助かった ありがとう」


静かに、そして満足そうに笑ったその人の子を見て、清光は身体中の血がカッと熱くなったのを感じた

ドクドクと、馬鹿みたいに強く鳴る心臓が痛い


(何だよ、コレっ…!)


じわりと、目頭が熱くなった

もうずっと、こんな気持ちを忘れていた

俺たちは刀で、主のもとに顕現して

主の望みを叶えるためのものであったはずだった

初期刀として選んでもらって、それが自分の誰にもとられない唯一の誉れであったのに

一月というまだ互いを知るには短すぎる期間で自分たちは、そして自分は棄てられた

前の主は清光に何かを求めたことはない

自分はそれこそ彼女のことばかりを案じていたつもりだったのに、双方向の感情交換は一度だって成されなかった

出来得る限りの心配りを心掛けたつもりだった

彼女が困らぬように、彼女が苦しい状況に置かれぬように

彼女が楽しく、そしてこの本丸を照らしてくれる審神者になってくれること、それを第一にしてきたつもりだった

彼女が何の断りもなく此処から消えた時、自分の存在意義を疑った

思い出してみれば、自分は彼女のことを何も知らない

言葉もろくに躱さず、触れてももらわず

ましてや礼を言われたことだったない

それなのに、


目の前の、まだ会って半日の人の子の方が、よほどどんな人間か理解できた

差し出されて渋々握った彼の手は、固いマメができていた

人の体温というものは、自分達より少し高いというのを初めて知った

着物から除く傷口は、刀や矢で傷ついたものであったし、

彼が今日正確に理解しようと努めたものは、この本丸の基盤、衣食住に関わるところが中心であった

ほんの些末な嫌がらせに近いことをしたのは確かだが、それでもこの本丸を立て直してほしいと思う気持ちは清光にだってあった

だからより理解しやすく、正しい情報をもってきた

それは初見殺しの量ではあったが、それは清光なりの抵抗であった

それをこの人の子は汲んだ

清光なりの気を配った箇所、全てを彼は認識し、そして礼を言ったのだ

前の主の口からは、聞くこともできなかった感謝の言葉を

自分の目を正面からとらえて


「ねぇ、」

「うん?」


徐に立ち上がって、清光は彼の前へと座った

それに少し首を傾げながら、鴇が何かと問う


「俺、近侍なんだよね?」

「?そうだね 一週間、お願いしたいと思っている」

「だったら、俺がここでアンタの寝食の世話しても、問題ないよね?」

「いや、そこまで迷惑かけるわけには」

「近侍って何するモンかは聞いてるんでしょ?」

「いや、まぁ、そうだけど」

「だったら問題ないじゃん」


フン、と鼻息荒く、清光がどかりと鴇に手を差し出す

審神者と近侍の関係で、握手を求めるのはどうかと思ったがそんなのはこの際どうでもいい


「加州清光 言っとくけど、俺 結構好き勝手するから」

「構わないよ 私がお門違いな振舞いをしたら、一発殴って止めてくれたらそれでいい」

「…ははっ!ほんと、変な主っ!」

「…君こそ、何がそんなに楽しいのだか」


少しだけ困ったように、そして小さく笑った鴇が清光の手をそっと握った

今度は清光もその手をしっかりと握って、はにかむように笑うのであった


07 優しさ滲んで、笑ってしまうね



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