- ナノ -



行動するなら早いに越したことはない

十分な策を練れた、ということは相手にもそれだけの時間を与えているということだから

当然勝率や備えというものは必要だろう、ただそれは相手のことを把握できていたら、の話である

身ひとつ、知らぬ土地のど真ん中

事態が進まぬうちに、と思わざるを得なかった




「…………っ、」


少し走っただけでコレか

ズキズキと痛み横腹を押さえて鴇は自嘲気味に笑った

医務室を出てくる前に置かれていた予備の晒しを強く巻き付けてきた

これなら身体を捻っただけで傷口が破れるようなことにはなるまい

ついでに自分の手荷物の一部も回収した


(…とはいっても、苦無数本と小太刀1本だが)


忍び装束は破られて使い物にならなく、こんな薄い着物しかないのは正直心もとなかったが贅沢はいえない

木張りの廊下は歩けば軋む音が小さく響く

ただ、こんなのは忍である鴇にとっては何の障害でもない

着地時に特有の足の降ろし方をすればよいだけだ

間取りが正直わからない

抜け出した医務室が繋がる居間は外には面していなかった

耳を澄まして空気の流れをよめば外気の通り道くらいはすぐにわかる

それにまだ大雨は続いているのだろう、ざあざあと強い雨が地に叩きつけられる音は途切れることがない

強い湿気と雨独特の匂いはずっとこの城のなかにも蔓延している


(外にさえ、出られれば)


忍務で忍び込んだのであれば目的を達しなければ脱出できないが、今回は違う

この装備と怪我で荒れた空の下に出るのは正直厳しいが、状況が状況だ

別に危害を加えられたわけではない

薬研と蜻蛉切、出会った者には悪意の欠片もなかったし、むしろ善意しかなかったことは鴇も理解している

申し訳なさと仁義に欠いた行動であることなんてのは百も承知だ

ただ、ただ落ち着かない要素


(人、ならざる者とは)


鴇は知っている、こういうのは関わってはならないと

学園にいた時だってこういうのには何度か遭遇している

無害なものはあまりなかった記憶があるし、それが恐らく正しい距離の取り方なのだ

暗い廊下を進み、少しずつ外に近づくのがわかる

冷たい空気が流れ込んできたのがはっきりわかった時、大きな渡り廊下にでた


(よし、)


やはり外は大雨だが文句は言ってられない

気を引き締めて外に降りようとした時だ


「………っ!!」

バチンっ!!


目の前を火花が散った

強い衝撃に弾かれて鴇は背後の壁に打ち付けられた

突然のことに受け身を取り切れなかったため体制が崩れたが、まさかと思い今度は恐る恐る手だけを外へと伸ばす


バチンっ!


先ほどよりは威力が弱いが、何か見えない壁に弾かれる

指先に巻いた包帯がうっすらと焼ける

多少は大丈夫そうだが、無理に押し切ろうとすれば身体が焼ける

飛び出さなかったのは正解だ

ただ、


「大人しく、部屋に戻るがよい 人の子よ」


渡り廊下の向こう、2人の男たちがそこには立っていた

竜胆色の髪の男と象牙色の髪の男

それが悪いモノかはわからないが、やはり浮世離れはしている

ニコリとも笑わない、笑うわけもないが比較的大柄な男たちは鴇をじっと見つめている

ちらりと男たちの向こう側を見遣ればどうもあちら側の方が主な部屋らしい

鴇が今までいた方が離れに近いのかもしれない

人は確かに離れの方が少ないだろう

ただ、通常離れなんてのは奥まった方側に作る

外を求めるのであれば本線を行く必要がある

ちらりと両側を見る

先ほどの衝撃を忘れたわけではないが、2人を躱すのと外への強行突破、どちらが骨が折れないだろうか


「そこから外へは降りられないし、おすすめしない」


鴇の思惑を汲んだのか、竜胆色の髪の男が溜め息交じりに呟いた

癖の強い髪の間から見える目はとても静かだ


「身を焼きたくはないだろう それに、その傷に重ねれば今度こそ死んでしまうよ」

「……………」

「お主は"招かれた者"、正式な手順でしかこの本丸からは出れん」

「…だから、拘束具のひとつでもつけておいた方がいいって言ったんだよ 僕は」

「そう言うな歌仙、後々揉めるから駄目だとなったではないか」

「しかし、結局こうなって騒ぎになるわけじゃないか 大体……!小狐丸っ!」


言い合いながらこちらにゆっくりと距離を詰めてくる男たちに向かって、鴇は駆けだした

手負いで舐められているのだろうが、こちとらそんなことは知ったことではない

息を止めて、ふっと強く吐き出すと同時に廊下を強く蹴る

確かにこの渡り廊下からは外にでれないのかもしれない

外に出るためだけに身を焼くわけにはいかない、その後闇夜を駆けなければならないのだから

姿勢を低くし、突然駆けだした鴇に怯んだ男達へ鴇はさらに加速した


「抜くな!歌仙!」

「素手でつかまえろとでも言うのかい!」

「…生憎、鬼事は得意分野だ」


歌仙と呼ばれた男の懐に入る手前で鴇は渡り廊下の欄干へと足をかけた


「なっ!」

「しまったっ…!」


欄干から屋根を支える梁へと手を伸ばし、くるりと身を丸めて一気に持ち上げる

タン、と梁の上に登った鴇はそのまま駆けた

相手をするつもりは最初からない

消耗戦になればなるほどこちらが不利なのだから

長い渡り廊下を一気に駆け抜ける

先ほどの男が呟いた「正式な」手順というのはわからないが、「招かれた」のであれば、正面からでるしかないのではないだろうかと鴇は考えていた

安直かもしれないが、正面玄関を見つけて試すしかない


「すまない!そっちに逃げた!」


後ろから響く声に鴇は眉根を潜めた

やはりこの先にも何人かいるらしい

帯に差した苦無にそっと手を伸ばす

戦闘をするつもりはないが、必要になるかもしれない

そんな考えが頭を過ぎった時である


「歌仙さん?」

「秋田!出るな!!」


渡り廊下を抜ける手前、突然障子が開き、何かが鴇の前に飛び出してきた


(!子どもっ…!)

「えっ…!」


最速で駆けていた鴇が何とか止まろうと踏ん張るが、腹の傷が酷く傷んだ

止まれなかった鴇がぶつかったのは本当に小さな子どもであった

薬研よりももっと小さい桃色のふわりとした髪の少年に鴇はぶつかった


「わっ…!」


当然鴇の方が体躯がいいし、速度をもってぶつかった

弾かれるのはどうあっても少年の方であった

しかし、

(…そっちは!)


縁側から庭へ落ちようとするその姿を見て、鴇は反射的に手を伸ばした

少年は当然受け身なんてとっていないし、ましてや先ほどの衝撃がまた来た時にこの小さな身体が堪えれるようには思えなかった

無理やり少年の身体を抱え込み、頭を守るように抱き込んだ


「!大将っ!!!」


倒れる手前、時間が止まったようにゆっくりと流れる

強い声に導かれるように視線をあげれば、そこには一人の少年がいた

こちらに駆けてくる少年、薬研が何かを叫んでいる

あのカラリとした笑顔が似合う少年が大きく顔を歪めて、何かを叫んでいる

それが何だか申し訳なくて、


「…ごめんな 薬研」


何と言っているかよく聞こうと思った次の瞬間、バチンと左肩から全身に痺れるような強い衝撃が走って鴇は意識を飛ばしたのであった


05 感傷は感情じゃない



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