- ナノ -


ぼんやりとした視界が少しずつ鮮明になる

随分高い天井と、それなりに広い間取りの部屋の中央に、鴇は眠らされていた

肩口や腹が焼けるように熱い


(…そうだ、切られて それで……)


そこからが繋がらない

ずきりと痛んだ頭と、酷く乾いた口内に息が詰まる

とりあえず此処がどこかを押さえる必要があると思って鴇は身体に力を入れてみたが、激痛が走って思わずうなり声があがる


「まだ無理だぜ 大将」

「…! …っ!!」

「ほら、言った傍からこれだ」


視界の外からかかった声に反射的に身体を向けようと捻ったところ、傷口に酷く響いて鴇はまた悶絶した

額に浮かんだ嫌な汗がポトリと畳に落ちる

少し動かしても身体が悲鳴をあげる

一体自分はどんな怪我の仕方をしたというのだろうか


「裂傷に打ち身、矢傷もあったからな どう動いてもどこかしら激痛が走るだろ」

「……………」


スタスタと歩いてきたのは少年だった

とびきり幼くはないが、それでも成人は明らかにしていない

真っ黒い髪と、透き通るような江戸紫の瞳が特徴的な少年である

見慣れぬ洋装はこの際何も言うまいというよりは、そんな余裕が今の鴇にはない


「…………ぁ」

「ははっ、ガラガラだな ほら、水だ 飲みすぎは毒だから、口に含ませる程度な」


掠れた鴇の声に小さく笑い、どこにそんな力があるのかわからないが鴇の身体をゆっくりともとに戻し、吸のみを口元へともってくる

毒でも盛られたら一発アウトだと思いながら、自然と口をつけたのは余程喉が渇いていたからか、それとも少年の態度に裏表がなかったからか

一口・二口と流し込んでもらえば、焼けそうな口内が治まる

黒い手袋を片手だけ外し、少年が鴇の額へとそっと乗せる

その手は金属のようにとても冷たくて心地がよかった


「まだまだ下がんねぇな」

「……こ、こは」


解熱剤がなかなか効かねぇ、と呟く少年に鴇が所在地を訪ねれば、少年が困ったように笑う


「俺たちの本丸だ 外で倒れていたから、保護させてもらった」

「………………」


どこぞの城というのはわかったが、状況は芳しくない

忍を拾ってこうして治療まで施したとあらば、目的は何か

鴇はいくつか所持している情報のどれかを狙っているのだろうかとぼんやりと考えた

このご時世、情報は一攫千金に値する

もう少し会話もままなるようになれば、次は情報を吐露するよう攻め立てられるのだろう


「…取り込み中悪いんだが、多分大将が思っているような事態ではないと思うぜ」


あまりにも気持ちがよくてじっとしていたが、そういえば此処に少年がいたことを思い出して鴇は視線だけを少年へと戻した

そして事情を知ってそうな言葉を紡いだ少年を見遣る


「……?ど、いう…」

「細かい話はもう少し体調が落ち着いてからな 今はゆっくり休むのが大将のやるべきことだ」


痛み止めを追加するか、と呟いた少年が席を立とうとする

そちらはそれでいいのかもしれないが、こちらはそうはいかない


「しょう、ねん」


何と呼べばいいのかわからず、無理やりあてはめた言葉を口にすれば、歩みを止めて彼は振り返った

そして、屈託なく笑う


「ああ、悪い大将 俺っちは薬研藤四郎っていうんだ」

「……わた、しは」

「ストップ」


細くて長い少年、薬研十四郎の指先が鴇の唇をそっと抑えた

先ほどまでの笑顔はなく、真剣な眼差しで正面から見つめられる


「大将、ここではアンタは絶対に名乗ってはいけない 何を差し置いても、だ」

「……?」

「理解しなくていい ただソレを守ってくれ」

「…名乗れば、」

「囚われるぞ」


透き通るような江戸紫の美しい瞳が、鴇を正面から見据える

それと同時に、何かがざわりと鴇の肌を走った

嫌なものではない、ないがこれは過去、感じたことのある気配


「……人、ならざる者、」

「!へぇ、大将いい勘してる」


きょとんと目を丸くしたと思えば、パン、と手を軽くたたいて少年は至極嬉しそうに笑った

しかし、鴇はそうはいかない

よくわからないが、相手が"そちら"であれば、あまりいい思い出はない

反射的に身構えようとしたが、また激痛が走って力が抜ける


「だから、まだ無理だぜ 大将、いいから寝てろって 別に危ないようなことはないんだ」

「…ど、の口が」

「そう睨んでくれるなよ、大将 俺は存外アンタのこと気に入ったから、変なことにならんようにするからさ」

「……………」


じとりと睨む鴇の視線に、ははっ、と薬研が笑う

そして警戒心の強くなった鴇の枕元に座り、再び手袋を脱いで鴇の額へと乗せる


「どうだい、気持ちいいだろ」

「……………」


睨みながらも鴇は強烈な睡魔に抗うことができなかった

それは鴇がどうこうというよりは、散々薬を投与され処置になけなしの体力を使ったのだから仕方のないことだ

ものの数分も立たぬうちに再び深い眠りについた鴇は薬研は見つめていた

自分は刀剣の付喪神だからだろうか、人の姿を借りたとは言え手先が冷たい自身にこの時ばかりは薬研は感謝した


「よい夢を、大将」


これから永く短い付き合いになるかもしれない人の子へと、小さく呟いて薬研はそっと笑うのであった


03 おもたげな瞼にのせる中間色



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