- ナノ -

ざあざあと、滝のような雨が容赦なく降り注ぐ

ずぶ濡れの衣類から滲み出る水滴は、赤の色が馬鹿みたいに目立っていた


(いのちが、)


いのちが零れていく様というのは、こういうことを言うのだろうか

酷く冷たい指先はもう感覚がない

ぼんやりと霞む視界で小さく浅く息を吐く

思えばここ数年、ろくに休みをとってはいなかった

我武者羅に生きてきたと言えば聞こえはいいが、闇雲にいろんなことに手を出していただけかもしれない

結局、自分のやりたかったことは何だったのか

学園を卒業して数年、さらに手足も伸びて、見える世界は変わった

恥じるような生き方はしてこなかったつもりだ

ただ、誇れるような何かを達成できた覚えは正直ない

時折学園時代の友に会って、近況を確認すれど曖昧な報告をしていた


鴇は思う

自分は自分に興味がないのだと

昔から何となくは気づいていた

何か明確な目的があって、そこに向かってならいくらでも努力ができるのに、その"何か"を見いだすまでが自分は酷く長く迷うのだと

一瞬で家族も家も失った時、鴇はモノの価値観がよくわからなくなってしまったのだ

だから願った

自分の手が届く範囲、自分が身を委ねた居場所くらいは全力で守りたいと

学園の友も、師も、それに当てはめることができた

ただ、外の世界は広くて囲いなんてものがなかった

本当に自分が心から願うには、卒業してから出会ったそれらはあと一歩及ばなかったのだ

我儘な話だと思うし、勝手な解釈だと思う

ただ、鴇は明確な何かが欲しかった

命を賭けるだけの何かが


(中途半端に、望んだからこうなるのだ)


自嘲気味に笑って、空を仰ぐ

真っ暗な空から矢のように強い雨が降り注ぐ

布団の上で天寿を全うできるとは思っていなかったが、こんな暗い森のなかで尽き果てるのは御免だと思っていた

ただ、今となっては受け入れるしか仕方がなさそうだ


(このまま、しずむように)

「見つかったか!?」

「このあたりのはずだ!」


バシャリと水溜まりを踏みつけて、いくつかの人の気配が突然現れた

追手が来たのだ

鴇は小さく溜め息をついた

こちらはもう動けない

はてさてこれから自分はどうなるのか

打ち首 拷問 晒し首

はたまた慰み者にでもされるのか

どれをとっても碌なことにはならないだろう


「死を、望むか?」


ポツリと、しかしはっきりと聞こえた言葉に目を開く

ぼやける視界の奥に、白い何かが映り込む

長く白い髪、山吹の着物を纏った大柄な男がじっとこちらを見つめていた

ずぶ濡れになった男が真っ直ぐ問うた

バラバラと、銃弾でも注ぐような音をたてて雨が降る

多分、それほど大きな声だったとは思わないが、その声は鴇にははっきりと届いた


「…どう、だろうか」

「未練や後悔はないのか」

「ない、な」


けほりと吐いた息は、血の味がした

煩わしいくらい、雨が五月蠅い

冷え切った身体には雨が痛い


「このまま、沈むように 終われるな ら」













ザアザアと、馬鹿みたいに振り続ける雨の中、小狐丸はじっと地面に倒れた男を見つめていた

闇を纏うくらい深い黒は、雨に打たれて塗羽色が不気味なくらい際立っている

そんな中、全身の黒から零れ出た灰色の髪と


(濃い、命の色よ)


足元に広がる血の海は、もともとの出血量もあるのだろうが水溜まりを真っ赤に染めていた

バシャバシャと踏み入れれば、小狐丸の白い足袋を容赦なく赤く色づける

意識を飛ばした男の青白い頬に手を添えれば、陶器のように冷え切っていた


(…こんな、死にかけのぼろ雑巾のような人の子をよこしおって)


はあ、とため息をついてどうしたものかと空を仰ぐ

真っ黒い空、雷鳴が止まない夜

荒れ果てた地と脳裏を過ぎったのは仲間たちの姿


「…選択肢など、端からないか」


ガシガシと艶も何もなくなってしまった髪をかき上げて、小狐丸は男をひょいと担ぎ上げた

背のわりには酷く軽いソレを肩に担ぐ


「悪いが、付き合ってもらうぞ」


そう言って、暗い林道を戻るのであった


01 冷たさがすべての理由になる



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