- ナノ -


ガヤガヤと、広間は人で賑わっていた

外は雨が降り続いているからか、室内は灯りを灯さねばいけないが十分な明るさである

思えばここに来てからは医務室と隣接する部屋くらいしか行き来をしておらず、こういった食事処にくるのは初めてだ

そして、ここにくるのが初めてということは


(…まぁ、こうなるよな)


清光や光忠に連れられて一歩部屋に踏み入った途端、空気が変わったのがはっきりと感じられる

ザワザワとしていた室内の、音が2段階くらい収まって視線が一気に自分に向くのを鴇は認識した

しかしだからといってどうこうできるものでもない

居心地がいいとは決して言えないが、見るなと強要するものでもない

とりあえずはこちらが新参者だ

こっち、と清光に招かれるがままに鴇は静かに着席した


「席は特に決まってないよ 好きなとこで食べたらいいし、時間帯もある程度の自由が利く」

「ま、遅くなるにつれて量は減るし、冷めるからな 早いに越したことはないぜ」

「厨当番にも都合があるからね 薬研君は不規則の常習犯だけど」

「熱中するとどうにも時間が過ぎるのを忘れる」


じゃあ、朝飯とってくる、そう言って席をたった薬研たちを鴇は見送った

自分のものくらい自分で取りに行くと言った鴇に、まだ大人しくしてろと薬研が釘をさす

肩の傷もそれなりに深いが、やはり至れり尽くせりな環境はどうにも馴染まない

それでも駄目だとはっきりと言い切った薬研に溜め息をつけば、いい子にしてなと薬研がニヤリと笑った


(…だからといって、何も一人置き去りにしなくたっていいではないか)


光忠が来て早々に出していった茶を一口啜って鴇は小さく溜め息をついた

視線は相変わらず刺さるように向けられている

その視線を真っ向から捉え返すような真似はまだしない

向こうは付喪神で、自分は人の子

敬意もこめていくらでも品定めしてくれればいい

不躾にならぬ程度に広間内の様子をそっと伺う

既に室内にいた者は十数人、その後もパラパラとやってくるところをみるとこの本丸意外と所帯は大きいようだ


(それにしても、歌舞いているというか、色とりどりというか)


髪の色、着ている衣服、背丈も様々

一部は印象の似た衣装を着ている集団もあるが、基本は自由なのだろう

個性ははっきりと出ており、見分けがつかないという事態は避けられそうだと鴇は考えていた

こういうのは人の狭い概念に当てはめてはならぬということくらい理解している

鴇だって南蛮人を何度か見たことがあるが、人の世でさえ海を少し挟めば髪の色も肌の色も違うのだ

そこに驚くことはない、ないのだが


「……………」


するりと膝の上に乗ったソレには流石に鴇も驚いた

ジッと大きな眼でこちらを見上げてくるソレに、鴇もジッと見返した

それは意思疎通を図るというよりは、こういった時目をそらしてはいけないという本能からくるものだ


(…何だって、虎?)


猫かと思って放っておいたが、ようよう見ると違う

いや、よく見なくてもはっきりとわかる これは白猫ではなく、白虎である

ソレはしばらく鴇の膝の上でガサゴソしていたが、ゴロゴロと小さく喉を鳴らして小さな頭部を擦りつけてきた

こうなっては猫と同じような気がしてきて、鴇はそっと虎に触れた

ふわりとした毛並みの下には小さな鼓動があり、熱がある

ゆっくりと頭部から背に向けて撫でれば、虎がまた小さく鳴いた

それを数度繰り返せば、虎の動きが段々と遅くなっていく

ゆっくり、そして静かに撫で続ければやがてソレは子猫のように鴇の膝上でぷうぷうと鼻息をたてて静かに寝落ちた


「やあ、虎を手懐けたか」

「……こちらが手なずけさせられただけでしょう 暖もとれて外敵からも守ってくれそうな体の良い寝台代わりだ」

「はは、新しい主は謙虚なことだ」


至極自然に自分の前に陣取った男に鴇は静かに返した

皆が遠回りに鴇を見つめるなか、何の抵抗もないようにやってきた男もまた独特の雰囲気がある

鶯色の癖のある髪が片目を隠しているが、はっきりと見えるもう一つの眼も透き通るような鶯色だ

全体的に落ち着いた色合いで整っているからか、本人の空気もひどく穏やかだ

特に何かを話すわけでもなく、男は鴇の前に座り、これまた静かに茶を啜っている

それが逆に鴇にとっては戸惑う要因でもある


(……用があるわけでは、ないのだろうか)


てっきり物言いか興味半分で質問攻めにでもあうかと内心身構えていたがどうもそんな雰囲気はない

ただそれに不満があるわけでもなく、鴇だって静かに過ごせるならそれに越したことはない

膝上の虎のこともあり、ただ静かに待っていた時である


「鶯丸様!」

「やあ、平野 君も毎朝早いなぁ」

「突然主様に話しかけたと思ったら、その後放置とは何事ですか!」

「?」

「平野、主君が驚かれている 突然声を荒げてはダメですよ」


突然あがった声に鴇が小さく肩を刎ねれば、もうひとつの声が静かに通る

声の方向を見遣れば、薬研よりも少し小柄の少年二人が朝餉の膳をもって佇んでいた

先ほど皆はっきりとわかるほど個性があると述べたところだが、前言撤回

2人の少年はよく似ていた

桑茶色の髪の少年と、黒茶色の髪は短く綺麗に切りそろえられており、背格好のわりには2人とも整然とした空気を纏っている

大きな違いは桑茶色の少年の衣服だろうか、外套のような羽織がひらりと舞う


「し、失礼しました つい、」

「…いや、気遣いどうもありがとう こちらも気の利いた会話がどうもできなくて申し訳ない」

「案ずるな 無理やり続ける会話程、不毛なものはない」

「鶯丸様!!」


はっはっは、と笑う男に、平野と呼ばれた少年がまた咎めるように名を呼んだ

まあ、少年が焦る一方で男の方はまるで介さないような態度だが


「主君、失礼します 朝餉です」

「あり、がとう えっと…」

「ほら、平野 ご挨拶を」


栗茶色の髪の少年の言葉に我に返った平野少年が持っていた朝餉の膳を鶯丸と呼んだ男の前に配し、慌ててその場に正座する

栗茶色の少年も隣に座して、背筋をまっすぐ伸ばしてそっと目を伏せる


「初めまして 主様、平野藤四郎と申します」

「同じく 藤四郎の眷属に座します前田藤四郎と申します」


見事に整った名乗りに思わず鴇の背筋もさらに伸びる

ただ、鴇はこれに返せる挨拶がない

名乗ってはならぬというのがここでの唯一設けられた鴇の縛りだからだ

どうしたものかと躊躇すれば、その2人を横目に茶を啜っていた男と目があった


「気に病むことはない そうかと答えればいい」

「……鶯丸様っ!」

「…こんな恰好で申し訳ない これから世話になります どうぞよろしくお願い、」

「こーら、大将」


鴇も深く頭をさげようとすれば、背後からそっと顎を掴まれ引き戻される

それが耳慣れた声でなければ、触れられる前に鴇は手を叩き落としただろう

それもなく、なされるがままになりながら鴇はジロリと声の主を見上げる


「…薬研」

「主がそう簡単に深々と頭を下げるもんじゃねぇ」

「これは礼節のひとつだ」

「それでも、だ 大将はよくとも、弟達は恐縮しちまう 勘弁してやってくれ」

「…弟?」


自分達の朝餉をもってきたらしく、ゾロゾロと戻ってきた集団の雑音の中、気になる言葉を発した薬研に鴇は視線を合わせた

それが意外だったのか、ん?と首を傾げた薬研に鴇も疑問を口にする


「彼らもお前の弟か?」

「?ああ」

「前田も君の弟だろう」

「そうだぜ?」

「……何人兄弟だ?」


思わずそう問えば、意図を理解したらしい薬研がああ、と声をあげた

よく見れば、似たような服装を纏う少年たちが目の前の2人ともまた別にこちらを見ている


「おい、全員集合 まとめて挨拶だ」


パン、と薬研が手を打てば、ゾロゾロと集まってくる


「乱と厚は?」

「すぐ来られます 膳を下げに行かれてたので」

「博多は?」

「まだ寝てる 昨日も帳簿遅くまで整理してたって」

「あー、主さん!凄い、綺麗な人だったんだね!」

「乱、さわんな まず並べ」

「薬研ばっかり主さんと仲良くすんのずるいー」


(7人、兄弟)


1人いないという博多少年は置いておいて、ここに6人

容姿もバラバラで顔も似ているわけではないが、服装はどこか統一性がある


「や、薬研兄さん 五虎退がいません」

「あ?どこいった」

「虎さんがいないって探し回ってましたよ」

「……一匹、大将の膝にいるけどな」


ひょいと鴇の膝上を覗き込んできた短髪黒髪の少年と鴇は目が合った


「大将、そいつもらってもいい?」

「あ、ああ そうしてもらえると助かる」


三白眼だが別に人相が悪いわけではない

鴇の膝から白虎を回収した少年がニッと見た目相応に笑った

それに少し安堵して、鴇もそっと笑う


「俺、厚藤四郎 よろしくな、大将」

「あー、厚っ!抜け駆けずるい あるじさん、ボク 乱藤四郎っていうの よろしくね!」


薬研と同じくらいの背丈の2人が立て続けに名乗りをあげる

眩い金色に紅梅色がうっすらとかかる見事な髪の持ち主はとても華奢な少年である


「大将、乱はこんなナリだけど男だからな」

「ん?あ、ああ そのあたりは見分けつく 大丈夫」

「…へぇ、どこで見分けてんだ?」

「え、骨格」

「「……………」」

「もうっ!デリカシーってもんがないわけ?」


職業柄上、変装を見破るのだって日常茶飯事であった鴇にとって、それは別段難しい話ではなくて

さらりと述べたら逆に薬研の方が引いたらしい

妙な間に乱が割りいって、はっと我に返る


「…そうだね 無粋な言い方だった 申し訳ない」

「そうだよー 折角可愛い恰好してるんだから、褒めてほしいな」

「このタイミングだと気恥ずかしいけれど、とても華やかで愛らしいと思っているよ」

「やーん!聞いたっ薬研、愛らしいってぇ!!」

「おう、よかったな」


薬研の方はさっさと紹介してしまいたいらしい、キャッキャと嬉しそうな乱をあしらって、まだ紹介の終わってない兄弟を探している


「あ、あの」

「やあ、前田 元気かい」

「はい あ、あの 主君もお身体の具合どうですか?」


気がかりであったのだろう、恐る恐る尋ねてきた前田に鴇も静かに笑って大丈夫だと背筋をまっすぐ伸ばす


「見ての通り、順調だ」

「そ、そうですか よかったぁ」

「お兄さんによくしてもらっているからね 大分調子もいいんだ」

「薬研兄さんは凄いんですよ」


ふふふ、と桃色の髪の少年が嬉しそうに笑えば、思わず鴇の口元も緩んだ

そんな他愛のない会話をしているところに薬研が戻ってくる


「悪い 大将、2人ちょっとまた後で紹介する」

「え、8人兄弟?」

「いや?もっといるんだが、まだこの本丸に顕現してないんだ」


その言葉にギョッとすれど、薬研は五虎はどこいったと周囲を見渡している

そんな鴇の様子を見かねたのか、清光が声をかける


「主、ここでいう"兄弟"は同じ刀工の作って意味だからね」

「へ?」

「粟田口吉光が打ったのが彼ら粟田口兄弟 短刀が多いけれど、脇差と太刀にも作がある」

「ああ、そういうことか 理解した」

「同じ刀工の作で固まっていることが多いから、後で刀帳も見せるよ」

「ありがとう 薬研が長兄かい?」

「…長兄は一期一振だね この本丸にもいるよ」


少しだけ空いた間と、ぴりっと揺れた空気

気まずそうに下を向いた粟田口兄弟達が確かにそこにいた

それを問うてよいのかわからず、思わず薬研を見れば、薬研が困ったように笑った


「…一兄のことは、また改めて説明する も少し待ってくれ、大将」


そう言われてはこれ以上問うこともできず、鴇もただ静かに頷くしかなかった


「ちょっとちょっと、折角温かいご飯運んでもらったんだからね 先に食べたらどうだい、君達」


空気を換えるかのように、パンパンと手を叩いて現れたのは燭台切光忠であった

蜘蛛の子をまき散らしたかのように各々が席についていただきます、と手を合わせる

鴇は相変わらず粥であるが、小さな土鍋を開ければまだほわりと湯気が立つ


「今日は卵粥にしてみたよ そろそろ栄養つけていった方がいいからね」

「…自分で、」

「君の仕事は食べること まだ左腕に力も入らないでしょう」


流れるように鴇の膳の茶碗をとり、粥をよそう光忠の言葉に鴇が小さく眉を顰める

はいどうぞー、と差し出された茶碗にはご丁寧に匙までついている


「何なら食べさせてあげようか?」

「お気遣いどうも しかし結構だ」


断られることは想定内だったらしい光忠がニコニコと笑って鴇の食事を見守る

気まずいと思いながらも粥を口に運べば、温かい粥が胃にそっと落ちる


「…これは、君が?」

「光忠って呼んでほしいな」

「………」

「燭台切の旦那 あんま構いすぎると嫌われるぜ」

「それ、薬研君が言う?」

「俺に対しては大将の方が先に折れた」

「ずるいなぁ」


ちぇっ、と心の底では思ってなさそうな舌打ちをして、光忠が鴇の質問に答える


「…感想を、聞いても?」

「美味しい 今までに作ってくれていた食事、どれも美味しかった」

「…そう、……そうか ありがとう」


そう答えれば、心底安心したかのように光忠が顔を綻ばせて笑う

それが普段の少し体裁を意識するような印象とは違って、本当に嬉しそうに笑うものだから鴇は思わず目を見張った

そんなじっと見つめる鴇の視線に気付いたのだろう、光忠がん?と首を傾げる


「え、…どうかした?」

「いや、そうやって笑うと本当にモテるだろうなと」

「へ?」

「男にあまり言ったことないのだけど、恰好いいなって話」


添えられた沢庵をポリ、と齧りながら、何の気なしに鴇は呟いたのだが、光忠はそれどころではなかったらしい

一気に赤く染めあがった顔に、思わず光忠は腕で顔を隠した


「ぼ、僕 お茶とってくるよ!」

「?まだある 光忠、君も朝食をとった方がいい」

「!そ、そうだね!僕の分もとってくるよ」


ただでさえ、不意をつかれたというのに突然解除された名前呼びがさらに光忠の平常心を正面から崩しにくる

完全に殺し文句だ

今まで散々距離をとりたがるような素振りを見せておいて、いきなり褒めてきた鴇に光忠は不意をつかれてしまったのだ

しかも本人は意図してではない

率直な、自然と零れたような言葉だったから余計に込み上げてくる何かがある

当然気持ちの準備もなければ、一瞬で立て直せるだけの破壊力ではなかった

思わず逃げるように立ち去るのは無様だが、この顔を皆に見られ続けるよりは何倍もマシだ


「俺がとってこようか?」

「わざとでしょ!薬研君!!」

「?何か、変なことを言っただろうか」

「そういうとこだからね、君達!!」


ニヤニヤと笑う薬研と、きょとんとした表情の鴇

その場にいるのが堪えられなくて、光忠は逃げるように一旦厨へと退散するのであった



09 君とぎくしゃくしたい



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