- ナノ -


嘘をついても正しいままで(三郎)


「い、委員長………」

「五月蠅い、今なんか言ったら顔の面剥ぐからな」


そう言って自分に抱きついてくるこの人は、紛うことなく男だったと思うのだが、胸元にあたるこの柔らかい熱は何なのか


面の下の頬が熱くなってくるのを隠すように、三郎は視線を下に逸らすのであった















それは突然の出来事であった

朝っぱらからバタバタと廊下を駆ける足音に顔を顰めていた三郎であったが、その足音が除々に自分の部屋に近づいてくることに気付いた

今日は休日であり、委員会も珍しく休みだ

同室の雷蔵は、勘右衛門と甘味巡りに行くと言って外出中

兵助は委員会の連中と町に行くと言っていた

久しぶりに何の予定もない休日で、午前は本でも読みながらゴロゴロしていようと思ったのに


(…なんだ?八左ヱ門か?)


また毒虫が逃げたから捕まえるの手伝ってくれ、そんな用件だろうかと思ってとりあえず扉が開くのを待つ

面倒ごとでなければいいがと本を伏せてじっとしていれば、


「鉢屋!!」

「は?いいんちょ…!!?」


スパン、と障子が開いて一瞬で閉じる

想像していた相手とは全然違う相手に戸惑ったのと、普段の彼なら絶対に有り得ない荒々しさに目を丸くする

それに加えて、


「なっ、どっ、は?」

「匿え!!」


半分泣き声の鴇が自分の胸のなかに飛び込んでくる

条件反射のように抱きとめてはみたものの、どうも何かがおかしい

柔らかい身体と甘い香り、抱きとめた時に乱れた寝着から豊満な胸が揺れていて


「鉢屋っ、」


一瞬石のように固まった三郎であったが、再度助けを求める鴇を見捨てられるわけもなく、咄嗟に羽織りを巻き付けて自身の押し入れに押し込む

数秒の早業

これが鉢屋三郎の適応力の高さと理解の速さを物語っている


「誰も近づけない、それでいいですね」

「いい、すまん」

「問題ありません お任せを」


半泣き状態になっている鴇を大丈夫だから、とあやしてパタリと押し入れの襖を閉じる

バタバタと続くような足音と、騒がしい声 

きっとこれをまず追い払わねばならないのだろう

先ほどの慌てた表情はどこへやら、三郎はすっと落ち着いた表情を作って障子を見つめる


「鴇!!」


先ほどの鴇と同じように勢いよく障子を開いたのは、どこか予想の範疇にいた七松小平太であった

ズカズカと入り込もうとする小平太の前をすっと阻み、欠伸ひとつ眠たげな目を向ける


「寝ぼけてるんですか?七松先輩 此処、五年長屋ですよ」

「鴇!私何もしてない!ちゃんと我慢だって出来る!!」

「人の部屋で意味のわからない宣言をしないでください」

「鴇!!」


自分で尋ねておきながら、話を聞いていない小平太は三郎の部屋で鴇を呼び続ける

沈黙を守る鴇が出てくるわけもなく、部屋は小平太が黙ればシンと静まりかえるだけだ

む、と機嫌の悪そうな小平太の目が三郎の部屋のあちこちを観察する

それは大層ヒヤリとするものでもあったが、此処で反応するわけにはいかない

鴇を隠している押し入れに小平太の視線が向こうとも、三郎は決して動じなかった

かくれんぼなんて動揺した方の負ける遊技だ

腕を組んで小平太の行動を冷静に見つめる、下手に止めに入れば余計な手間が増える


(それにしても、不躾な人だ)


三郎にとって、七松小平太は相容れない存在であった

先輩であるからこそ口には出さないが、普段から三郎は小平太に関わろうとしない


大らかで自由奔放で明るい

良く言えばそうなのかもしれないが、三郎に言わせてみれば小平太は全部否定的にみえる

大雑把で自分勝手で騒がしい

腕がたつというよりは、本能のままに動いている

豪快というよりは雑

そんなイメージが先行し、それは間違っていないと三郎は確信している


(どうして委員長は、この野生児を気にかけるのか)


それだけがつまらないのだが、それは自分が否定してよい話ではない

鴇には鴇の人間関係があるのだから

早く帰らないかと思っていれば、ひくりと小平太の鼻が動いて三郎を捉えた

睨むように自分を見つめる小平太が何を言いたいのか、三郎も瞬時で理解している


「ああ、香の匂いが移ってますか?」

「……忍に匂いのつくものは厳禁だぞ」

「委員長が最近寝付けないというもので、導眠効果があるという香を渡しました」


さっき抱きとめた時に移ったのだろう

しれっとした顔で告げども、小平太は気難しい顔をしたままだ


(私から委員長と同じ香りがする、それが気に入らないだけだろう)


此処に彼がいるとばれたわけではないと判断して、三郎も深く相手にしないことした


(乗らなければ、問題ない)


同じく沈黙を守る三郎に小平太が小さく舌打つ

嗅覚が異常に優れている小平太にとって、鴇の匂いの混じるこの部屋は不愉快なだけだし、踏み入る理由がない

そして、八左ヱ門や勘右衛門が相手であれば、ゴリ押しも可能なのだが、三郎が小平太に関わろうとしないのと同じように、小平太もまた三郎が得意ではない

別に嫌いだというわけではない、ただムシが好かない

鴇は何かことある度に鉢屋を頼り、しかも鉢屋には時折甘えるような仕草をとる

鉢屋がそれに調子にのれば小平太だって喧嘩のひとつもふたつも売れるのだが、公の場では決して鴇に手を出さない彼を小平太はどうこうできない

いや、何度か八つ当たりのような勝負を挑み、これまた負けず嫌いの鉢屋がのってきてボコボコにしたことがあった

その際鴇に叱られたのは小平太ばかりで、三郎は鴇の部屋で看病を受け、小平太は三郎が完治するまで鴇と口を利いてもらえなかった苦い過去がある

鴇は恐ろしく後輩に甘いのだ、しかも自身のお気に入りに手を出されると容赦がない


「………………」


じっと小平太は三郎を睨みつけるように見つめていた

腕を組んで向こうもこちらを見据えているが、奴も自分には向かってこないようだ


「……邪魔したな」

「いえ、こちらこそお構いもしませんで」


完全に不完全燃焼な顔つきの小平太が退室するのを、三郎は静かに見送るのであった








パタリと閉まった障子に背を向けて、静かに、深く息を吐く

小平太が立ち去った今頃になって、汗が噴き出してくる


(気付いて、るな)


押し入れとまでは気付かれずとも、部屋のなかにいることはバレている

それでも押し入ってこなかったのは単に委員長の意志を尊重しただけだろう

これが全く別の用件で、委員長が絡んでいなければ容赦はなかったはずだ


(まあ、結果オーライだ)


何だってこんな嫌な汗を朝っぱらからかかねばならないのか、


「ちゃんと、説明してもらえるのでしょうね?」

「例によって、いつものやつだ」


助かった、と困ったように笑った鴇を見て、三郎もまたですかと溜め息をつくのであった

























「…善法寺先輩は、その、なんというか」

「遠慮は無用だ 屑と呼べ」


"朝起きたら、女になっていた"


そんなふっとんだカミングアウトをうけた三郎は、大きく大きく溜め息をついた

部屋に逃げ込んできた時点で七松先輩か善法寺先輩絡みだろうとは思ったが、これは想定外だ

よくよく話を聞くと、七松先輩には既に襲われた後らしい

顔を青くして問いただせば未遂で終わったらしく、彼に手をださないよう釘もちゃんと打っているとのこと


「それなら、何故逃げているので?」

「神経がやすまらん」

「?」

「飢えた狼の前で、くつろげる羊はいないんだよ」

「…おあずけ状態に保証があるわけじゃありませんからね」

「そういうことだ」


困ったように笑う委員長は確かに普段より空気が幾分か柔らかい

普段とはまた違った魅力がこうも目につくのだ

七松先輩のリミッターなんて風前の灯火なのだろう


「我慢できるといってもな、どこまで信用できるものなんだか」


口では辛辣だが、ふふ、と小さく笑った表情はどこか楽しそうだ

この表情は時々鉢屋の心臓をちくりと刺す

委員長は私を大層かってくれるが、最終的にはやはりどこか七松先輩を特別視する節が確かにある

一体どんな甘言をあの暴君は吐いたのか、想像するのは鳥肌が立つが、委員長のこの表情を引き出した言葉も正直気になるもので

モヤモヤとした気持ちを振り払っていれば、委員長がどうしたと問う

なんでもないと返せば、おかしな鉢屋と言ってまた小さく笑った


「着物、どうします?女物もありますけれど」

「んー 今日はじっとしておくからいいよ」


ふと目に着いた自身の変装用の着物を見て着替えを尋ねれば、遠慮された

男と女の違いが如実にわかるのは体格だ

もともと線は細かったが、今回のように華奢な肩と豊満な胸は比較する意味もない

男であった時でさえ自制の効かないことのある七松先輩には大層辛いだろう

だって、


「…………っ、」

「鉢屋?」

(ま、ずい)


不思議そうに小首を傾げた委員長にカッと顔が熱くなる

状況に改めて気付いてしまって今更脈がドクドクと鳴る

布団の上に寝着を一枚羽織った状態、

しかも上目遣いされたら男ならグッと来るものが確かにあった


(意識しては駄目だ)


そう思って慌てて話を変える

何が悲しくて小平太と同じ轍を踏むようなことをしないといけないのか


「髪を、結っても?」

「ああ、任せる」


身嗜みを整える暇がなかったという委員長を布団の上から自分の前に移動させて髪を結い上げる

さらりと流れるこの灰色の髪は性別が変わっても健全な状態だ

個人的には高く結って、繊細な編み込みをいれるのが気に入っているのだが今日は下手にうなじを見せない方がいいだろう

どうしようかと櫛で髪をとかしていれば、するすると手触りのいい髪が流れ落ちて

ふわりと揺れる髪とどことなく甘い香りが、


(そうじゃなくて、)


1度女だと意識してしまったせいか、触れれば触れるほど煩悩がひょいと姿を見せる

これではどこぞの暴君と何ら変わらない


(雑念を捨てろ)


自分を叱咤し、手元に集中しようと神経を髪にだけ注ぐ

試行錯誤を繰り返して、ようやく決まった髪型に整えていく

右耳の下でゆるく髪を捻って1つにまとめて

派手な簪は避け、山吹色の品の良い髪紐で結わえれば、委員長の落ち着いた雰囲気に見合うソレとなった

しかし、いつもに比べれば大分時間がかかってしまった

満足いくものにはなったが、また失笑を買ってはいないだろうか


「い、委員長 すみません 終わり、」


慌てて鴇の顔を覗き込んだ三郎であったが、鴇は小さく寝息をたてていた

それを見て、ドッと力が抜けるのを感じた


(この人は、本当に)


溜め息をついて前傾になっている状態を助長するように自分の方へと引けば、ポスリと腕のなかに少し小さくなった身体が収まる

朝からバタバタしていたのと、緊張の糸が解けたのか、一定の寝息を立てる鴇の表情は実に穏やかだ


「気を抜いてはいけないというのは、私の前でも同じだというのに」


私は絶対襲わないとでも思っているのだろうか

いつも冗談交じりで抱いてもよいかと問うけれど、この人は自分がやめろと言えば本当に私が諦めると思っているのだろうか

この人の泣き顔をみたいわけではない

いつでも静かに美しく笑う、あの微笑みがすごく好きだから、衝動を抑えているけれど、最近はぐらりと気持ちが揺れることが多くて困っている

女だから抱きたいとか、そういう下世話な気持ちをもっているわけではない

けれど、好意をもっている人が異性として前にいて揺れない男もいないと思うのだが


(無防備すぎる)


七松先輩の前では一瞬たりとも気を抜かなかったということは、それは彼を「そういう」対象として見ているということだ

だったら私は?

こうやって目の前で無防備に寝られる私は意識する必要もないということか

ドロドロとした気持ちが込み上げてくる

寄り掛かった鴇が身じろぐように少し上を向いた

少し三郎が顔を寄せれば、簡単に口づけられる距離だ

ドクン、ドクンと心臓がうるさく鳴る

このままそっと倒してしまえば、鴇は自分の思い通りになるかもしれない

三郎の手が、ゆっくりと鴇へと伸びる

あと少し、もう少しで


(…何を、馬鹿なことを)


その手をぎゅっと握りしめ、三郎は自分の額を強く殴った

衝撃と一緒に目の前の景色と煩悩をかき消して、よしと息を強く吐く

そのままの勢いで、三郎は鴇をひょいと抱き上げた

簡単に持ち上がったのにやはりドキリとしたが、束の間、閉じられていた目がゆるゆると開き、眠たげな表情の鴇と目が合う


「…鉢屋?」

「少し、お休みなさい」

「…む、そういう、わけにも」

「昼前に起こしますから」


体力も落ちてるんですよ、貴方と言えば、むー、と唸ってはいたが疲れには抗えないらしくまたゆるゆると目蓋が落ちていく

勝手がどうにも違うのだろう、足りない筋力、張り詰めた神経が鴇を擦り減らしているのは明らかであった


「はち、や」

「どうしました?」

「いつも、面倒ばかり、で、すまん」


布団の上に寝かせれば、申し訳なさそうに告げた鴇の言葉に三郎が一瞬目を丸くし、そして小さく笑った

さっきまでのドロリとした気持ちが晴れていく

この小さな充足感がたまらなく好きだ

一時の本能に任せて、これを失う勇気が私にあるだろうか


(そんな馬鹿なこと、できるものか)


額にかかった髪を横に流して、額にそっと口付けて

とろりと融けるような目で見つめてくる委員長の頬を撫でる

そこまでが三郎の精いっぱいであった


「貴方の我が儘くらい、可愛いものだ」

「……なっまいき、」

「誰にも渡しませんから、安心してお休みを」

「……ありがと、な」


意識が落ちる前、そういって三郎の好きな表情で眠りについた鴇の横で、三郎は見張りも兼ねて読書に耽ることにした

これもまた、最高の休日の過ごし方ではないかと思いながら













---------------------------------

性転換 三郎視点Ver.でした

前回の小平太とのイチャコラの後のお話ですね 堪えられず脱走してます

三郎愛が止まりません

雷蔵と三郎の見分け方で面倒見のいい方が雷蔵とあに玉でやっていましたが、三郎もかなり面倒見いいイメージがあります
面倒見というより、甲斐甲斐しい?

現パロで主夫な三郎と自分に無頓着な鴇というのも考えたことがありました(笑)


一定の距離を保ち続ける関係性が好きです

だからか報われませんけれど。

すまん、三郎





>