- ナノ -


果てまでは何度でも言おう(小平太)


男と女、どちらに生まれたいと問われれば、鴇は間違いなく男だと言う

別に女が嫌だというわけではない

花のように笑う少女は愛らしいと思うし、簪の色ひとつを真剣に悩む女性だって艶がある

髪の結い方、着物を選ぶ真剣な眼差し、紅の差し方

どれも大変そうに思えるがそれは彼女達の美しさへのこだわり


男のようにブンブンと刀を振るい、川に飛び込んではしゃぐのに比べたら非常に繊細で優美な世界

それでも美しいとは思えども、なりたいとは正直思わない

鴇は愛でる側でいたいのだ

華奢な彼女達を手助けし、恥じらうように笑うあの顔を眺めている側でいたいのだ

それなのに、












「………なんだって、」


起き抜けの回らない頭で呟いた言葉を拾う者はいない

いつもどおり早くに起きた鴇は、顔を洗いにいこうかと布団から立ち上がったところで己の違和感に気付いた

何かが胸元で揺れる感触

その違和感に導かれるまま、胸元を開いてみれば あら吃驚


(これまた、どうして)


自分でいうのも何だが、なかなか魅力的な大きさで、形もよい胸が鴇の視界のなかで揺れていた


「………………」


いやいや、女性の胸なんて凝視するものではないと崩した寝着の胸元をそっと戻す

数歩歩いて

止まって


「……………マジか」


しばらくぼんやりと立ち尽くしていたが、次第に覚めてきた意識に突っ込む

どうすればいいというよりは、そもそも何故こんなことになっているのか

とりあえず鴇の頭には、原因になり得る者がすでに浮かんでいた


(朝、低血圧でよかった)


パニックを起こす元気もなく、フラフラと隣の六のはの部屋へと足を運んだのである

















「痛い痛い痛い痛い!!鴇許して!!」

「お、お、お、お、落ち着け!鴇っ!!伊作、とりあえず謝れ!!」

「謝れば許されると思ってるから反省しないんじゃないのか ああ?」


朝っぱらから絶叫のあがった六のはコンビの部屋に、何事かと仙蔵と文次郎が踏み込んだ時、場は修羅場と化していた

伊作に跨り、頬を思いっきりつねあげている鴇と激痛に暴れる伊作、止めようと慌てふためいている留三郎

まるでコントだ


「何事だ」

「お、俺もよくわかんねぇんだけど!」

「さっさと戻す方法を吐け、この頬、引きちぎるぞコラ」

「い、いひゃい!!待って、鴇、待っへ!!」


どうやら察するに、また伊作が何かしらしでかしたらしい

普段温厚な鴇をここまでブチ切れさせるのは伊作の特権というか、

口調までガラリと悪くなっているところを見ると、今回は余程のことをしたらしい


「痛い……ってば!!」

「………っ!!」


あまりの痛さに堪えかねた伊作が、跨る鴇を突き放せば、何故か容易に鴇が吹っ飛んだ

小平太との取っ組み合いでもなかなか良い勝負をする鴇が吹っ飛んだことに違和感を感じながらも、弾かれた鴇を文次郎が受け止めてやれば、やはり何か違和感があった


「おい、大丈夫か 鴇………は?」

「くそ、力がはいらん…」


すまん文次郎、と鴇が謝れば文次郎の目が崩れた寝着の胸元に向かう

華奢な肩に豊満な胸、文次郎を見上げる鴇の目も心なしか男心をくすぐる何かがある

文次郎が状況をなんとか理解し、顔を真っ赤に染め上げるまで残り5秒といったところでまず文次郎の身体が部屋の押し入れへと吹っ飛んだ


「鴇、胸元を直せ」

「………ほんと、お前は理解が早くて助かるよ 仙蔵」


文次郎に回し蹴りを喰らわし、自分の半歩後ろに誘導した仙蔵に礼を言い、鴇が胸元を閉じ直す

これも羽織っておけ、と羽織を渡してきた仙蔵に感嘆の息を吐く


「こういうところが女には堪らないんだろうな」

「何だ、惚れたか?」

「残念ながら でも、グッとは来た」

「そうか、もし戻らなかったら嫁に来い 愛でてやる」

「はは、愛が重そうだからパスだ」


軽口を叩きながら、伊作を見れば、真っ赤に腫れ上がった頬を抑えてヒンヒンと泣いている

それを慰める留三郎の姿を見れば、微笑ましいのかもしれないが、泣きたいのはこちらだ


「で、伊作 また貴様か」

「せ、性別を入れ替える薬、できちゃいましたー…」

「できちゃいました、じゃねぇよ」

「お前はどうしてこれほどまでに才能の無駄遣いができるのか…」


懲りずにピースサインを出す伊作の頭を留三郎がペチンと叩く

その緩さに留三郎が伊作を甘やかしているのも原因だと皆が思った


「何故まずは留三郎で試さなかった」

「その流れ、おかしいだろ!!」

「だ、だって、どうせ女の子にするなら、美人の方がいいじゃない!」

「馬鹿、伊作 黙ってろって…」

「と、留三郎だって、女の子にするなら鴇か仙蔵か久々知だって言ったじゃ…」


守る立場から一気に加害者側になる言葉を吐かれ、留三郎の動きがピタリと止まる

そうか、つまり今回はターゲットまで選んでの犯行だったのか

仙蔵の後ろから鴇がゆらりと前に出て、伊作の肩を強く掴み呟く


「……いつ、仕込んだ」

「ゆ、昨夜の味噌汁にちょっと…」

「鴇、私は全面的にお前を支援するぞ」

「それは心強い」


とりあえず2,3発焙烙火矢投げといてくれと口にした鴇の言葉通り、仙蔵が懐に手を入れた時である

部屋の外に新たな人の気配が現れたのと障子が開いたのは同時であった


「何を騒いでるんだー?」

「「!!!」」

「!あ、鴇っ!!」


突然後ろの障子がガラリと開き、小平太が遠慮なく踏み込んできた

その後ろに長次の姿も見えたが、鴇としてはそれどころではない

朝一で鴇の姿を見つけた小平太が、嬉しさをそのまま体現するように飛びついてくる


(ま、ずい)


いつもの鴇なら踏ん張って受け止められるが、今は女の腕力しかない

当然小平太を受けきれるわけもなく、グラリと傾いた身体があっという間に畳に押しつけられる


「痛っ………」

「鴇?なんか少し小さく………?」


簡単に倒れてしまった鴇に小平太が違和感を覚えたのと同時に、右手の柔らかい感触に首を傾げる


「?何だ?」

「馬鹿、小平…っ、ひ、ぁっ」


もう一度握ってみれば、身体の下の鴇がびくりと跳ね、艶めかしい声が小さく上がった

ゾクリと小平太の背中に何かが走り、驚いて鴇を見れば、鴇も自分から出た声に驚いたのか、慌てて口を腕で隠した


「こ、小平太 退け………っ!!!」


流石暴君と言うべきか

遠慮無くガバリと鴇の胸元を広げて柔らかさの正体を確かめた小平太には恐れ入る

誰も止められない状態のなか、いくら中身は男だからといっても公衆の面前でこうも裸体を露わにされてしまえば羞恥心が忽ち込み上げてくる

人の胸と顔を交互に凝視してくる小平太を一発ぶん殴っておこうと振り上げた鴇の手は虚しく小平太に掴まれた


「こへい、」

「わかってる 大丈夫だ!」


ぱぱっと胸元を寝着に直し、ついでに仙蔵に借りた羽織をグルグルと巻き付けた鴇を小平太がひょいと担ぐ

おお、意外と紳士的だったかと鴇は感心したのだが、その後小平太は妙な言葉を吐いた


「ありがとう 伊作!!」











「ちょっと待て、ちょっと待て、待てっ!小平太っ!!」

「待たん!!」


こいつやっぱり肉食系だった

廊下をもの凄い勢いで走った小平太に担がれた鴇は、バランスが上手く取れず酔いかけていた

大体、女を運ぶのに俵担ぎなんて無粋な真似するやつがどこにいる

そんなことを思いながら気を紛らわしているなか、どこかの障子がスパンと開き、スパンと閉じられる

ボスン、と柔らかい何かの上に落とされ、それが自分の部屋の布団だと気付いた瞬間、自身の危機を悟った


逃げ出そうとする前に、再び人の上に跨った小平太の影が鴇の上に落ちる

あっという間に羽織を剥ぎ、寝着まで脱がせにかかった小平太に鴇も必死で抵抗する

何をもってしてコイツは大丈夫などとほざいたのか


「盛、るな!!」

「朝っぱらからヤるのが嫌いなのは知ってるが、私も我慢できない すまん、鴇!」

「ヤるとか言うな!少しは理性というものがないのか!」

「ない!据え膳食わねば、男の恥だ!!」

「武士は食わねど高楊枝とも言うだろうが!」

「私、武士じゃない」

「それもそうか…って納得するか 阿呆!!」


どれだけ暴れようが、男であった時でさえ抑えきれなかった小平太が女の身体となった今では抑えきれるわけもない

胸を押し返しても、その腕さえ掴んで嬉しそうに指を絡めてきた小平太に溜め息もでない


「鴇っ……」

「や、めっ………」


胸元に顔を埋め、押さえつけるように求めてくる小平太に鴇の背中にも何かが駆け上る

自分よりも骨格がしっかりとした小平太に太刀打ちできる気がしないではないか


(まずい、)


女の身体というのは、どうしてこんなに感度の高いところが多いのか

色の勉強をした際は、あの手この手を考えられたものだが、いざ受ける側になるとその気の毒さにようやっと気付く

絶対的な力の差に抗えない根本的な身体の違いに今更ながら戸惑って

勝手にあがりそうになる息と喘ぎ声を手の甲で何とか押さえてみれば、それに気付いた小平太がむ、と眉根を寄せた


「鴇、声が聞きたい」

「だ、れが…聞かせ、るか」

「なら、鳴かせるまでだ」


寝着はもうほとんど役目を果たしていない

露わになってしまった上半身を抱きすくめて小平太が首元に唇を寄せる


「や、めろ」

「やだ」

「こ、へいた 本当に、」

「鴇、じっとしてろ」

「…っぁ…」


なおも逃れようと藻掻く鴇に不満をもったのか、仰け反った鴇の喉に小平太が犬歯をたてる

急所をさらけ出す格好となったその状態に、鴇も思わず動きを止めた


「それでいい」


満足そうに笑って、本格的に愛撫を始めた小平太を相手に、鴇も焦る

言ってはなんだが、小平太は実技とこういった色事に関しては優れている

1度こうやって主導権を握られてしまうと、なかなか奪還できないことは鴇が一番知っていた


(…なんだって、こんなことに)


触れられる度にビクリと跳ねてしまう自身の身体が情けない

押し返すことのできない自身の落ちてしまった腕力が嘆かわしい


「鴇っ……」


吐息と同時に囁かれた自分の名前にゾクリとする

普段は甘えてくるばかりの小平太の視線から目が離せない

今はきっと何を言っても躱せないだろう

(熱い、)

熱を孕んだ目は、全て射貫けそうだ

喰われる、という表現のなんと適切なことか

燃えるような熱の塊が、自分を飲み込んでいくのと同時に、鴇の抵抗は除々に弱まっていく

それを見届けて小平太が小さく笑った

絆せたとでも思ったのか、腰紐をしゅるりと抜き取られ、鴇の太腿を小平太が抱えようとした時である


「―――っっつ!!!!」


ゴンっ!と腹に響くような鈍い音と共に、小平太が頭を抑えて低く呻く

そのまま強い力で後方へと引っ張られた小平太が鴇の上から少し遠ざかる


「〜〜〜長次っ!」

「…止めろ、小平太」


振り返ってみれば六のろ、第二の保護者である長次が仁王立ちで小平太を見下ろしていた

行為に夢中になっていて気付かなかったのか、相変わらず気配を悟らせることなく長次が入り込んだのかはよくわからない

ただ、鴇にとって救いの神が現れたということだけははっきりしていた


「邪魔、するなっ!!」

「……鴇を、見てみろ」


煙を立てている長次の拳が小平太の頭を直撃したのであろう

涙目で長次を見上げながら、しかし一番いいところで邪魔をされた小平太だって半分キレかかっていたが、長次の言葉に鴇を見やり、そして目を丸くした


「……………鴇、」

「見る、な 馬鹿」


ボロリと零れた鴇の涙に小平太の身体もギシリと止まる

自分でも止められないのか、ポロポロと次から次へと流れてくる鴇の涙に小平太が慌て出す

どこか痛いのか、と検討違いなことを尋ねる小平太に鴇が違う馬鹿、と言ってまた涙を零す


「ちょ、長次っ」

「……無理矢理、駄目、絶対」

「わ、わかった!!」


縋るように長次を見れば、鴇にとっては救いの言葉

長次の言葉に小平太がブンブンと首を縦に振ったのを見て、長次が部屋を去る

本当なら残ってやった方がいいのかもしれないが、プライドの高い鴇のこと

あのような失態は例え長次であっても見せたくはないはずだ


静かに障子をしめて、小さく息をつく

結構きわどいタイミングであったが、なんとか死守できた安堵の息だ

もう少し遅ければ、完全に修羅場だった


「長次、鴇は無事か?」

「…大丈夫、だ」

「……貞操も、無事か?」

「………なんとか、大丈夫だ」


部屋の外で待つように言われていた仙蔵達が尋ねれば、問題ないと長次は言う

本当に大丈夫か、と心配気な仙蔵達に比べ、伊作は性懲りもなく成果を見たいようだ

チラチラと鴇の部屋に視線を送る姿に長次は腹をたてていた


「……伊作、」

「う、あ、はいっ!」

「解毒薬」

「つ、作るよっ!!」


普段の2割増しで低い声に伊作も察するものがあったようだ

ビクンと肩を跳ねあがらせ、慌てて保健室へと戻るのであった






「鴇、鴇、すまん、もうしない」

「うるさい 馬鹿」


寝着と羽織とその上から毛布で巻きつけた鴇をぎゅうぎゅうと抱きしめて、小平太が何度も謝る

鴇の方は泣き顔を見られたことさえ屈辱であったらしく、小平太の胸元から一切顔を上げようとしない


「女になった鴇も可愛くて、我慢できんかった ごめん」

「可愛いとか、私に言うな」

「本当に可愛いんだぞ!襲いたくなるくらい、今の鴇も可愛い!」

「黙れ 襲うことを正当化すんな」

「………む、ごめん」


すん、と鼻を鳴らす鴇の髪をゆっくりと撫でる

柔らかい髪が指の間を流れ落ち、ふわりと柔らかく甘い香りが鼻をくすぐる

自分の胸にすっぽりと納まる鴇は柔らかく、とても華奢だ


(…ムラムラ、する)


髪の間から見えるうなじに噛みつきたいだとか、先ほど見せた泣き顔だってやはりそそられてもう少し意地悪をしたいだとか、色々な欲望が沸いてくるがぎゅうっと鴇を抱きしめて我慢する


「……小平太、痛い」

「今、我慢してるから、これ以上は鴇が我慢しろ」


どちらの立場が上だったのかわかりやしない

言葉の意味を理解したのか、腕のなかの鴇の耳が真っ赤に染まる

それがどうしようもなく愛しくて、やっぱり抱いてしまいたいと飢えがくる


(無理矢理、駄目、絶対)


長次の言葉を思いだし、ブンブンと首を振って理性で押しとどめる

不安気に自分をチラリと見上げた鴇に大丈夫だ、もうしないと小平太は無理矢理笑った


「……なあ、やっぱり女の方がいいか?」

「鴇?」


少し安心したのか、小平太の胸に寄りかかって鴇が問う


「いや、此処は男ばかりだし、いつもはここまで無理矢理しようとしないから」

「……………」

「ああ、おかしなことを聞いた そりゃ女の方が好きだよな 悪い、なかったことにしてくれ」

「鴇は、意外と馬鹿なんだな」

「は?」


まさか小平太に馬鹿だと言われるとは思っていなかったらしい

鴇が少しむっとして小平太を見上げれば、小平太が笑った


「いつも言ってる 私は"鴇"が好きだと」

「………………」

「口づけたいのもまぐわいたいのも鴇だけだ」

「……ほんっと、何だってそんな恥ずかしげもなく、」


正面からの告白に照れたのか、また顔を伏せようとする鴇を逃さないと小平太が頬を包む

骨ばった掌は、やはりじんわりと熱い


「男と女の違いなんて、体力と柔らかさと子が為せるかどうかくらいだ」

「……いや、もっと考慮してやる点はあると思うぞ」

「感度か?鴇はあまり反応してくれないから、今日は頑張りたいと思ったのに鴇は泣くし」

「…っ、お前はだから、」

泣いたことを蒸し返したのが気に入らなかったのか、それとも小平太の意図がわかってどうしようもなくなったのか、真っ赤になってしまった鴇を見て小平太が笑う


「笑う、な」

「鴇は女が好きか?」

「………………」

「好き合ってるなら性別は関係ないんじゃないか、って鴇が言ってるのを聞いて安心してた けど、鴇の口から男が好きだとは聞いてない」

「なんか、語弊のある言い方だな」


そして結構ずるい言い方だと鴇は思った

鴇は知っている

小平太が自分を逃がすわけがないことを

小平太が本気でかかってくれば、手足の1本や2本簡単に折られてそれでおしまいだ

鴇が鉢屋や久々知達後輩と笑っていれば普段見せないような気難しい顔をしていたし、

鴇が実習で花街に向かえば、機嫌が悪いを通り越して荒れ果て、どうにかしろと仙蔵達に鴇が怒られた

しかし、小平太がそんなことをするのは鴇がのらりくらりと小平太の想いをつかずはなれずの距離で躱していたからだ


鴇だってそれが卑怯であることはわかっている

それでも鴇には判断がつかないのだ

小平太の鴇に対する好意があまりにも、


(直情的で、忍らしい駆け引きなんか一切ないから)


花が好きだと言った2年の春には、部屋いっぱいの花を摘んできて先生に叱られていたし、

4年の夏、色の授業で贈り物は基本だと習えば、櫛や簪を鴇の髪に挿していった

自分が嫌がることを小平太が無理強いしてきた覚えはない

全力の愛情表現を鴇が戸惑い、躱しても、結局小平太は自分が好きだと叫び続けていて


「…私だって、性別で人を見ているわけではない」

「じゃあ、私が好きか?」

「……私、は」


自分が小平太を縛っていていいのか

人の想いひとつにも正面から応えてやらない自分が、太陽のような小平太を捕らえたままでよいのか

あと1年、なんとかこのまま躱していって、卒業と共に解放してやるのが互いのためではないのか

愛だの恋だの、口吸いだのまぐわいだの、一種の心の麻痺と快楽の追求だと割り切ってしまえば、こんな不安からはきっと、


「鴇」


ペチ、と本当に優しく頬を叩かれてはっと意識を戻す


「鴇が私を好きだと言ってくれたら、私はすごく嬉しい」

「こへい、」

「鴇がなかなかそういうことを言ってくれないのは、寂しいけれどもう慣れた」

「………………」

「でも、鴇が好きだと言ってくれるのを諦めてもいない」


だから、と小平太が呟く


「だから私は、鴇が私を好きでいてくれるように在るんだ」


思っていたよりもずっと、小平太は大人で、長期戦を覚悟している

真正面から見つめてくる小平太の視線から逃げたいと思った

それでもきっと小平太はそれを許さない

それはこの6年間、嫌というほど理解している


「鴇、安心して私を好きになれ 私はずっと待ってられるから」

「…すごい、自信だな」

「当たり前だ 私は欲しいものは絶対手に入れる」


困った顔が癖になった私をもう気にしないとばかりに小平太が笑う

あの獣のような目を隠して、私が安心していられる太陽のような笑顔で


「私は、鴇を誰にも譲らない」


そう言ってまた強く抱きしめた小平太を、鴇もまた抱きしめ返すのであった







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(結局、これはいつ戻るのか…)

(長次が伊作に薬作らせるって それまでは私も我慢)

(…それまでは?)

(?戻ったらいいんだろ?)

(………いや、それ、は)

(鴇、私もあまり無理強いはしたくない)

(…長次、もっかい来てくんないかな…)







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