- ナノ -


02


「と、いうわけで今回の勝負 乱太郎が逃げきったので両者引き分けにする!」

「いやいや、勝ち負けははっきりさせたい 乱太郎きり丸しんべえ、もう1度宝の役をやってくれ!」

「馬鹿なことを言うな」


結局、引き分けで終わろうとした五年生と六年生の勝負だが、一部は不満があるらしい

留三郎が継続を申し出た時、その声が静かに割って入った


「い、委員長」

「鴇っ!戻ったのか」


夕日を背に現れたのは、眉間に小さく皺を寄せた嘉神鴇であった

スタスタとやってきた鴇は他の者たちの言葉を全て素通りし、乱太郎達の前で歩みを止めた

疲れ切った3人は次は何かと身構えたが、鴇がにこりと笑って懐から小さな包みを取り出し、乱太郎の掌に乗せる


「嘉神先輩?」

「悪かったね これ、お詫びにもならなくて申し訳ないんだが」

「?何ですか、これ?」

「鶯亭の金平糖 美味しいから三人で分けてお食べ」

「私達だけ、いただいてもよいのですか?」

「他の学年の子達のところには別途お詫びにいくよ それは取り急ぎということで」

「わぁ、ありがとうございます!」

「さぁ、もうお戻り ゆっくり休むといい」


ポン、と背を押し校舎へ戻るようにつげれば、にこやかに帰っていく1のはトリオに背後から声があがる


「あ!ちょっと待て まだ勝負が」

「け、食満先輩 僕らもう…」

「話があるのは、私の方なんだが」


まだ勝負に拘る留三郎に、それを止める八左ヱ門、そこに割って入った鴇の言葉に一同が視線を注ぐ

ちなみに、気付いているか微妙だが、勘右衛門と三郎は土下座でもしそうな神妙な面持ちで下を向いている


「鴇 邪魔をするでない」

「学園長先生 まずはご説明を 何故こんな有様になってるのです?」

「た、たまには真剣勝負もいいじゃろう 切磋琢磨し合ってこそ、技術の向上が」

「先生 学園内の様子はお聞きになってます?」


大川平次の反論をぶった切って、鴇がニコリと笑って校庭を指し示す

校庭は小平太が掘り返した塹壕で荒れ果て、土足で駆けまわった校内は下級生たちが掃除をしている


「お気づきかどうかは存じませんが、非常時の脱出経路も全解除されてました 明日にでも張り直しが必要です」


本来であれば、1年生の乱太郎達がそんなところを使用するはずないので探す必要もないのですが、と鴇が六年生達を睨めば、思い当たる節がある者たちがそっと視線を外した

言われてみれば、普段使わぬ経路を優先的に探した覚えがある


「大体、上級生の演習に1年生を巻き込むなんて以ての外です 怪我でもしたらどう責任をとるんですか」

「し、しかし」

「しかしも案山子も知りませんよ 追われる方の心境は考えましたか トラウマにでもなったらどうするんです」


鴇の怒りは沸々と込み上げているらしい、心底嫌そうに睨みつける様子にやり過ぎたと大川平次が後ずさる

鴇は普段、自分の我儘に付き合うのは慣れていて上手く間を取り持つよう運営しているが、それを鬼の居ぬ間にと強行開催したからだろう

自分を見る目が酷く冷たく、言葉は辛辣だ


「ま、まあまあ、鴇 そこまで言わなくても…」

「一番悪いのはお前らだ 揃いも揃って、何してる」


見かねた伊作が取り持とうとしたものの、それは鴇の怒りを煽る材料にしかならなかったのだろう、鴇の非難の先が今度は六年生に向いた

その視線もまた冷たく、怒りが滲み出ている


「何故止めない 学園長先生の許可を得たからか?自分の後輩が恐ろしい思いをしてるのに?」

「そ、それは」

「お前達がやったのは、宝探しという名の狩りだ 追う側の自己満足だろう」

「そんなことは、」

「大体、猪名寺達は了承したのか?無理強いしたのでは? 勝負がしたかったのであれば、相対でも何でもあったはずだ」

「うっ………」

「そもそも、原因は五年生が我々への不満があったことだと聞いている そちらは解決したのか」


ちらりと鴇が五年生達を見遣れば、フルフルと首を振っている

はあ、と溜め息をついて、鴇が眉間の皺を一層深める


「力で我を通すな ここは学園だ 秩序と規律を乱すような真似を最上位生が率先するなんて論外だ」


ピシャリと告げた鴇の言葉に気まずそうに六年生が唸った

冷静に考えれば、少々度が過ぎていた

それは反省できるほどには理解しているのだろう

空気がソレを物語っている


「とりあえず、戻ったら現状復帰をする いいな」

「待つのじゃ 鴇」


校舎に戻ろうと背を向けた鴇に、学園長の声が降りかかる

何だと振り向いた鴇に、学園長が問うた


「決着は、つけねばならん」

「…まだその話ですか いいではないですか、痛み分け 満足できませんか」

「できんな 大体、お主さっき乱太郎達に渡したのは」

「ええ、お使いの品ですね」


しれっと答えた鴇に、学園長がきーっ、と拳を突き上げる


「あれは儂に買ってきたんじゃないのか!」

「そうですよ 先生が実習の近くだからと言って私の荷物に忍ばせたメモにあったもののひとつです」

「何故勝手に乱太郎達にやったのじゃ!」

「私も少々腹をたててるからですよ どこが実習先から近いんですか あの店」


ぷんすかと怒っていた学園長であったが、鴇のその一言に動きがピタッと止まった

確かに実習先の「方角」としては同じだが、実習先から二山を越えたところにある町の菓子で

並ばねば変えぬ有名店のものである


「店主とは懇意にさせていただいてるから、何とか用意してもらえたものの、本来なら売り切れで無駄足ですよ」

「うっ……」

「買えなかったはずのものを、私の功で得たのです 私が自由にしても何ら問題ないでしょう」

「だったら!」


先ほどからの説教続きで学園長は学園長で鬱憤が溜まっているのだろう、ビシッと鴇を指さして恐ろしいことを言い出した

人間、追い詰められるととんでもない方向に跳ねるものだ


「お主は実習を受けておらん 補講を受けてもらおうか」

「…何を馬鹿な これは実習ではないでしょう」

「実習じゃ 儂が言ってるのだから、間違いない 儂のおつかいに行っておったならば免除と考えていたが、あれは私用の買い物だから自由にするというのであれば、あれは無断外出じゃ」

「いやいや、学園長ちょっとそれは…」


ここで学園長権限を発動させた大人げない発言に回りの方が引き始めたが、今回学園長は引く気がないらしい

余程鴇の態度が気に食わなかったのか、金平糖が食べたかったのかはわからない

ちなみに、鴇は後者だと思っているのは内緒である

自分を唸るように睨む学園長に、鴇も今回は引く気はないようだ

そもそも、鴇はそれなりに怒っている

いくら学園長のお膝元の組織と言ったって小間使いではないのだ

しかも、今回学園長は鴇に正式な依頼をしていない

ちょっと買ってきて、なノリで人の荷物に走り書きを放り込んでいたのだ

これはマナー違反だろう

しかし、そこまで口にしては学園長の面子というものを潰してしまうし、微妙な距離感ができるかもしれない

それを我慢していたというのにこの仕打ち

何とかの顔も三度までである


「いいでしょう 受けますよ 何をしたら?」

「宝役をやるのじゃ」

「「学園長!」」


売り言葉に買い言葉とでもいうのだろうか、憮然とした態度の鴇に、学園長も強い口調で命じる

その内容に先ほどから貝のように口を閉じていた三郎と勘右衛門が慌てて口を開く


「それはあんまりでは!」

「何だってそこに配置なんですか!」

「いい 鉢屋、尾浜 何も問題ない」


五年対六年の実習補講だというのに、何故そのどちらでもない宝役なのか

そして撤回を鴇が退けたということは、

恐る恐る鴇の横顔を覗き見た三郎と勘右衛門は思わずひゅっと息を吸い込んだ


「どうやら学園長先生は、私が追い回される姿をご所望のようだけど」


ぎゅっと服の裾を掴んだ庄左ェ門と彦四郎の頭を撫でて、鴇が姿勢をさらに真っ直ぐ伸ばす

淡々とした口調だが、その目はかなり据わっている

静かに、キレている時の目だ


「舐めてもらっては困る」


関節をゴキン、と鳴らした鴇が学園長に向き合う

その空気に学園長も少し引いているが、言い出しっぺは引けないのだ


「条件は?」

「これじゃ」


ブン、と何かを鴇に放った学園長から受け取ったソレは、髪紐に通した鈴であった

チリンと掌で鳴った鈴を見て、学園長を見ればそれを首に巻くように指示がある


「それを奪った方の学年が勝ちじゃ」

「私が守り切った時は?」

「…お主、本当に可愛くなくなったな」

「先生こそ、少々私を侮りすぎてやしませんかね」


二巻き、三巻きと首に赤い髪紐を巻けば丁度正面に鈴がくる

それを指先で弾けば、先ほどではないがチリチリと音が鳴る


「時刻は宵闇 私、本気で躱し切れる算段をたててますよ」

「驕りじゃな 闇を味方につけるつもりか」

「それを見越してコレをつけられたのでしょうけれどね」

「は、ハンデぐらいなら設けてやってもよいぞ」

「要りませんよ 先生、だから確約を」

「…何が望みじゃ」


鴇が自身の勝利条件時の望みを学園長に耳打てば、学園長がぎょっとした表情で鴇を見た

鴇の方はそれに動じることなく真剣な表情だ


「お、お主 本気か」

「至極本気ですとも どうなんです、先生」

「……いいじゃろう その代わり、奪われたら先ほどの件はナシじゃ」

「結構 ヘムヘム」


それでは、と鴇が学園長の横にいたヘムヘムを手招く

トコトコとやってきたヘムヘムに鴇が先ほどと同じように何かを耳打てば、ヘムヘムも驚いたように鴇を見遣る


「覚えておいて ヘムヘム これを私は学園長先生と約束している」

「へ、ヘムー」

「お前が保証人ということで、ひとつよろしくね」


ぎゅっとヘムヘムを抱きしめて鴇がそっと呟けば、ヘムヘムが力強くヘム、と返事を返す

この2人…1人と1匹、こちらも鴇が入学する前からの古い付き合いだ


「…さっきから聞いていれば、随分と余裕だな 鴇」

「俺たちをダシにして、学園長と交渉なんていい度胸じゃねぇか」


よし決まり、と一人納得している鴇に流石に苛立ちが来たらしい六年生達が鴇へと詰め寄る

それをちらりと見て、鴇が腕組をしてまた首をコキンと鳴らした


「別に余裕なんてないさ ただ、一方的に使われるのは御免だ」

「目的は五年対六年だ 違う勝負持ち込んでんじゃねぇ」

「何も違わんよ 猪名寺達の時とさして条件は変わらん 少々取りづらくなっただけさ」

「謙虚な言葉と裏腹な態度がまた腹立つな」


絡んでくる犬猿コンビを適当にあしらえど、文次郎も留三郎も鴇の態度が気に食わないらしい

鴇は自分達ではなくさらにその奥の何かを見ている

それを着々と進めているのが何とも苛立たしいのだ


「何を学園長と約束、」

「勘違いしてるようだが」


それを煩わしいと思ったのだろう、鴇が再度忠告するように少し語気を強くして告げる


「私は私の目的を達成させてもらう お前達もそれなりの覚悟で来なければ、恥をかくぞ」

「委員長、」

「鴇先輩」

「お前達もだ 6年が迷惑をかけたことに関しては申し訳ないと思っているが、お前達に忖度をするつもりはない」


今日の鴇はやはり苛ついているのだろうか

強い言葉に明確な意思表示、その言動に五年と六年の間の空気がピリッと震える

鴇を気遣いだした三郎と勘右衛門さえ跳ねのけるように、鴇が宣戦布告をする

昼間のあの緩い空気はどこへやら

これが上級生たちだけの実習か、と庄左ェ門と彦四郎は唾を飲み込んだ

普段優しく、落ち着いた声色の鴇がこれだけ相手を煽り、自身のハンデをどんどん削っていくのだ

相手が本気になればなるほど、しんどくなるのは鴇自身だというのに


「これから完全に日が落ちる 私が先に裏山に入り、その1時間後に追いかけてこい」

「…範囲は」

「裏山のみだ 山に入った後、6時間後に終了 それまでに鈴を奪ったものの勝利」

「鴇先輩、」

「黒木・今福 終了の合図だけ頼めるか 学園から花火をあげてくれたらいい」

「わかりました」

「それでは私は先に行く」

「お気をつけて」


こうして、鴇は一人先に山へと入っていった

遠ざかる鈴の音だけを、響かせながら

たった一人の戦争である




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