- ナノ -


七松×鉢屋×皆本×黒木


●月▲日当番

 七松小平太・鉢屋三郎・皆本金吾・黒木庄左エ門


「最悪」

「こら、鉢屋」


当番表を再度見て、うげぇと舌をだした三郎の頭を鴇がコツンと叩いた

思わず口をついて出た悪態を悪びれた様子もなく、三郎の機嫌は悪そうだ

昨日当番表が貼りだされてからずっとこの調子の三郎は、眉間の皺がとれることがなかった

鴇だって、まあこの表情の理由は知っている

だからこうして当番ではないが、食堂に様子を覗きに来ているのだ


「で?今日の献立は?」

「さあ」


肩をすくめて、やる気のない三郎に鴇が困って傍らを振り返った

気まずそうに芋の皮をむいている一年生コンビがそこにいた


「学級委員長委員会と体育委員会の組み合わせ お前達は仲良くできるのにね」


初めての当番で緊張している庄左エ門と金吾に笑いかければ、少しほっとしたように笑い返してくれた

山のように積まれている芋はまだまだ剥くものが多い

ひょいと数個摘まみ上げ、小刀で皮を剥くのを手伝い始めれば、金吾たちが慌てたように口を開く


「嘉神先輩! 大丈夫です 僕たちで、」

「まあまあ、冷やかしに来てるわけじゃなくてさ 暇だから手伝わせてよ」

「でも、」

「献立は聞いてるの?」


先ほど三郎が答えなかった献立の答えを1年生達に問えば、金吾が困ったように視線をそらした

その意図がわからず庄左エ門の方を見遣れば、庄左エ門も困ったように苦笑して口を開いた


「その、七松先輩からは「今日は肉だ」、と聞いてます」

「……何となく想像はつくけど、肝心の小平太は?」

「裏山に行ってくると出発されたのが、1時間半前です」


シュルシュルと、鴇の掌のなかであっという間に剥かれていく芋を片目に、三郎は小さく溜め息をついた

三郎だって鴇に不貞腐れた様子を見せ続けたいわけではないが、どうにも気乗りはしない

ガシガシと髪を掻いて、眉を顰めながら口を開く


「いつものことと言えば、いつものことだ 明確な指示を出さずにあっという間に消えてしまう」

「ある意味明確じゃない?」

「……何です 七松先輩を擁護する感じで?」


ジロリと睨むような視線を寄越した三郎に鴇が、怖い怖いと笑って芋を剥き続ける

まあ、そこ座れと調理台の横の椅子を示されて、三郎も渋々と腰かけた


「いつもあんな感じさ 肉か魚かだけ言って、消えていく」

「それが困ると言ってるんですよ 副菜にしろ、汁ものにしろ、メインが何かで変わります」

「そのあたりはお前が折れてやりなよ 猟の方はその時の運に左右されるから」

「……まーた、七松先輩贔屓ですか」


実に面白くないのだろう、鴇が同調しなかったことに気分を害した三郎が小さく舌を打った

鴇は別に慣れているのだろう、それを特に気にかけた風もなく庄左エ門達に芋剥きの指導をしている


「黒木 包丁の方じゃなくて、芋の方を動かして そうそう、良い感じ」

「委員長はいつもそうだ 七松先輩のことは放任してるかと思えば、しっかり擁護して」

「皆本、芽はちゃんと取らないと 毒があるから気を付けるんだよ」

「………………」


段々と、言葉数が少なくなってきた三郎の様子に、一年生の金吾の方が気まずく思っていた

鉢屋三郎は1年生である金吾にとってもよく見知った忍たまである

変装名人でどちらかというと人を掌の上で転がす側の人間だが、どうしたことか鴇が絡むとその様子は全く異なる

委員会活動を見ていると、それはとてもわかりやすい

この人にとっての一番は嘉神鴇だ

5年生と6年生といった上下関係とはまた違った空気を2人は纏う

鴇が他の5年生と接するよりもずっと距離が2人は近い

そして、金吾はもう1人、鴇との距離感が恐ろしく近い忍たまを知っている

それがここにはいない自分の委員長、七松小平太である

彼にとっても、一番は間違いなく嘉神鴇、その人である

では、彼の、


「で?そろそろ献立決めた?」


空気が淀む一歩手前、何もなかったかのように問うた鴇に、チラリと三郎が視線を寄越す

不貞腐れて姿勢を崩していた三郎が、大きな大きな溜め息をつく

そして、


「…茄子と芋の味噌汁と、茸の炊き込みご飯」

「いいなぁ 秋らしい」

「ちなみに、味噌汁には練りゴマをいれようかと」

「はは、賛成賛成 あれ、美味いよな」

「もう1品 和え物を何にするかと」

「なますは?柿も大量にあるだろ」

「ああ、いいですね 柿なますですか」

「この時期ならではだよな あ、器まで凝りだすなよ?」

「流石に50近くのくり抜きはしませんよ」

「お前の飾り切り自体は、見るの好きだけどな」

「…夜食の差し入れで期待してもらえれば」


やった、と笑う鴇に三郎がようやっと小さく笑った

先ほどまでアレだけ空気がピリピリしてたというのに、あっという間に融解したソレに金吾がキョトンと目を丸くする


「あんまり、気にする必要ないよ」

「えっ?」


ショリショリと、芋剥きに集中しながら庄左エ門が呟いて、金吾は驚いて声をあげた

ようやく手を動かし始めた三郎の隣に立ちながら、鴇がいくつか問うているのを横目に見ながら庄左エ門が困ったように笑う


「いつもあんな感じ 鉢屋先輩は鴇先輩に構ってほしいだけだし、鴇先輩もそれがわかってるからあまり気にされない」

「い、いつも?」

「そう、いつも」


うーん、綺麗に剥けないやと首を傾げながら次の芋に取り掛かる庄左エ門が今度こそはと、姿勢を正す


「鉢屋先輩は、七松先輩が何を狩ってこられるかのアタリくらいはついてるんだと思う」

「そうなの?」

「全く手も足もでないなら、鴇先輩がきめてくれると思うけど、鴇先輩も特に助言はなかったし」


言われてみれば、あれだけゴチャゴチャ言って作業に着手しなかった三郎が、鴇が当然のように聞いた献立をするりと答えた

しかも、とってつけたような献立ではない どれも、少し時間のかかる献立である


「鉢屋先輩が作る献立は、大体が鴇先輩の好物だね 少し手が込んでいて、季節の食材を必ず使う」

「へぇ」

「七松先輩は、時々その繊細さを無視するから、完璧なものを鴇先輩に食べてもらいたい鉢屋先輩としてはやりづらいんだろうね」


こうやって肩を並べて会話をしても、やはり庄左エ門は一つも二つも飛びぬけて洞察力があると思う

これは学級委員長委員会で培われたものなのかは知らないが、動じずに語る彼が大人びて見えた


「しょ、」

「戻ったぞ!!」

「うわぁっ!!」


食堂の裏口がバン、と開き、そこには全速力で駆けてきたのだろう

少し呼吸の乱れた七松小平太が立っていた

ようやっと笑みを浮かべた三郎の口元が、また真横一文字にきゅっと締まる


「お?鴇?」

「おかえり 成果は?」

「今日は鹿だな 鉢屋、取りに来れるか?」

「待て待て小平太 私が行こう 血抜きはしたか?」

「もちろんだ 今川に晒している」

「外で皮剥ぎと解体をある程度済ませ 手伝うから」

「委員長、私が」


鴇に生臭い作業をさせるのに抵抗があったのか、間に入ろうとした三郎に鴇が笑って止める


「鉢屋、先に残り作ってしまえ 中途半端にやり残すと、変に匂いがつくぞ」

「…わかりました」

「ちなみに、メインが来たけど 何にする?」

「焼きものか、それか」

「唐揚げにしてくれ 鉢屋の揚げ物は上手い」

「生憎ですが、私、何でも上手いんでー」

「はいはい、揉めない いいじゃん、唐揚げ 黒木達も好きだよな」

「「好きでーす」」


三郎と小平太が揉める前に、テンポよく鴇が小平太を回収する

それに気づいている三郎は、また小さく溜め息をつく


(柿なますは、そういうことか)


七松小平太が揚げ物をリクエストすることも、鴇は予想していたのだろう

だから口直しのできる酢の物をあげたのだと今なら理解できる

今日は鹿か猪だろうとアタリはつけていたものの、やはりどこか面白くはない

ただ、


「面倒な下処理はやっとくからさ そっちは頼むよ 鉢屋」

「…はい」

「お前の作るご飯、好きなんだ 楽しみにしてる」


やはりこの人が嬉しそうに笑うのであれば、と素直に思う

同じ食卓を囲んで、自分の作ったものを美味そうに頬張ってくれるのであれば、作り甲斐というのはいくらでもある


(炊き込みご飯に、銀杏もいれるかな)


小さく鼻歌を歌いながら、三郎もまた調理に取り掛かるのであった

 


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(いやぁ、七松先輩と三郎の当番の時は、何だか献立豪勢だよね)

(肉がっつり食えるし、全体的に具沢山だよな)




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