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06 繊細を適当に撫でられたら


話の概要はこうである

目の前の老人、手潟潔斎が村長を務める園田村はオーマガトキ領にある小さな村だ

そして、オーマガトキとタソガレドキは現在戦の真っ最中である

と、いっても現在優勢なのがタソガレドキというのも、また有名な話であり、今回の相談事の要因の一つだ

タソガレが優勢だというのはもう数週間前から鴇の耳にも入ってきているような話であり、ここに疑いの余地はない

戦の敗者になれば、自身がどうなるかは皆認識をしている

配下に治める、と言えば聞こえはいいが、実際のところ小さな村に対する仕打ちは苛烈だ

食糧や家財を奪われ、田畑を荒らし、家々を焼き払う

村の制圧に必要な行為と主張されるが、実際は強欲と暴力に塗れた行為である


(…………)


鴇は少し視線を外へと逸らした

鴇自身はこういった戦に巻き込まれた被害とはまた別のもので色々と失った身であるが、何度か忍務でこういった行為を目の当たりにしている

悲惨、の一言では片付けられないものがある

一方的な暴力が全てを蹂躙する

筋の通らぬ主張が、あそこでは大義名分のように掲げられ、容易に通ってしまう

武器も持たぬ幼子が焼かれ、助けを乞う女は陵辱され、贅沢もせず人々が蓄えてきた財産が溶けるように消えていく

そんな力無き者が取る手段なんてのは限られている


(諦めろ、と言うのは酷な話である)


目の当たりにしたからこそ、これを無碍にすることは鴇には出来ないし、学園長の行動も理解している

対策が全くないわけではない


「そこで…」


手潟の話は続くが、こんな時の取りうる手段は1つくらいしかない

そして、それが議題だと鴇は嫌になるほど理解していた


『かばいの制札』


手潟の口から出た言葉に、何故か同席した1のはの忍たまがきょとんと首を傾げる

そのあたりの説明は、彼らの担任である土井半助が一手に引き受けてくれるようだ


(かばいの制札、なぁ)


寺社や村落が大名・国人に対し、兵火災害から自己を守るために交わす公的な文書のことである

軍勢の乱防や村民たちへの不当な行為を禁止を示すものが多い


「放火をするな、荒らすな、殺すな 不正な行動を禁止するものだ」


大分噛み砕いた表現をする半助の言葉に、ふむふむと1年生たちが頷くが、現実はそう綺麗に成り立つものではない

恐らく問題はここからなのだろう


「それで、手潟さんは制札をもらえたのですか?」


核心をついた猪名寺乱太郎の言葉に、手潟の表情が曇る

半助が一年生達にも理解しやすいよう順を追って聞いてはいるが、この先は正直聞くほどのことはない

相手は評判の悪い黄昏甚兵衛である

小さな、しかも圧倒的優位に立った敗者の村がいくらこの制札を求めようが、まともに取り合うわけがない


(そもそも、この制札発行のための金品だって、馬鹿にならない額だろう)


放っておいても自陣の捕虜となる村が、綺麗に金品を揃えて頭を下げにきた

それを搾取し、更なる要求を重ね、最後に反故にする

これで当初の強奪よりも更なる金品資材は回収できるのだ


(そして、これは村側から出す方が圧倒的に不利だ)


要は、自身の領土の城主とは違う城主に向けての嘆願書だ

自分達だけは助けて欲しい、これを明記したものである

手潟が全く関係のない忍術学園に泣きついてきたのもこのせいだろう

自分達の手に負えない、しかし本来頼りにすべき自領の城主にはこの内容は見せられない

見せたが最後、見限られてしまうからだ

小さく、本当に小さく鴇は溜息をついた

学園を頼ってきた手潟にはもちろん、同席している一年生達にも当然気付かれないくらい小さくだ

ちらりと山田伝蔵に視線を送れば、退室の許可の瞬きが返ってくる

それに軽く頭を垂れて、鴇は静かに退室した








「機嫌、悪そうですね」

「……また盗み聞きか 尾浜」

「人聞き悪いなぁ、あれだけ開放してたら聞こえますって」

「そもそも、お前も同席しろよ」

「やですよー」


学園長の庵の廊下を進めば、ひょっこりと現れた勘右衛門が困った顔をして笑っていた

この後輩、こういった事案には聡いのだが如何せん傍観者の位置付けに立とうとする傾向があった

まあ、ある意味賢いとは思うが、こちらは巻き込みたいのだ

そちら側で優雅に過ごさせるつもりは毛頭ない


「で、どこまで聞いてる」

「三郎が鴇先輩との外泊逃したって」

「…今、そういう軽口はやめろ それなりに苛ついてる」

「えー、でも合ってるでしょう 鴇先輩、こっちに引き留められてるって」


それがどう合ってると言うのか、よくわからんと思いながら、鴇は今度はあからさまな溜息をついた

ここに尾浜がいることは偶然ではない

おそらくというか、十中八九、鉢屋が鴇の手足に使えと送り込んできてくれたのだろう

鉢屋と違い、何処か間延びした物言いをするソレは、余裕があれば乗ってやるが今はそんな気持ちになれそうになかった


「やる気がないなら外す」

「先輩と同じですよ 気乗りはしないけど、やる気はありますって」


これ以上の冗談を今日の鴇が望んでないことをようやく悟ったのか、すっと笑みを引いた勘右衛門が懐から小さい巻物を鴇に差し出す

委員会の中で取り決めている藍色の組み紐で結われたソレに、鴇も静かに目を通した


「皆が集まれる廃寺はいくつか見つけました 最終判断いただけるなら、一時的な備蓄の手配も始められます」

「…ここは最近夜盗どもが使ってたと聞いている 妙なものに巻き込まれても敵わん、此方で頼む」

「了解です」

「備品はこれでいい、どうせ一夜程度だ 変に余ると荷物になる」

「ご尤も 別便はこれで?」

「ああ、これだけ準備を進めておいてくれたのは助かる」


サラサラと、手持ちの半紙に幾つか数字を書き連ね、勘右衛門に手渡せば、さっと目を通して勘右衛門もそれを懐にしまった

三郎とはまた違って、勘右衛門もこういう下準備はそつがないといつも思う

手堅く、何手も先を見据えて見積もる三郎に対し、勘右衛門は必要最低限のものに幾つか意図が分かりにくいものを入れてくる

一見無駄に見えるそれが、実は後から喉から手が出るほど欲しくなるものだというのを鴇は何度か経験している

そして、少し時間をかけて考えてみると、意図ははっきりと汲み取れるのだ

先程鴇が勘右衛門に手渡したのも似たようなものだ

勘右衛門が提案してきた物資に、それならばと鴇も追加の依頼を出して、勘右衛門がなるほどと頷いた



「どうせすぐに俺達も出立だと思ってますけど」

「そうだろうな」

「委員会で集まった方がいいですかね」

「いや、今である必要はない 鉢屋ともそこは合わせてある」

「鴇先輩はどうする感じです?」

「私も出るよ 途中までは山田先生の部隊の付き添い」

「タソガレ側ですか」

「…なんとも、気乗りはしないがね」


鴇はあまり感覚でものを言わない

それに曲がりなりにも学園への依頼、そして人助けな内容である

どうにもずっと気乗りのしないと言う鴇をちらりと勘右衛門はみた


「…俺、そっち代わりましょうか」

「んー?」

「気乗りしてないの、1のはだからってことないです?」


そう問えば、鴇が少しきょとりと呆けて、そして軽く顔を顰めた


「何だ、それ」

「冗談半分、本気半分ですけど」

「ば、」


馬鹿を言うな、と言おうとした鴇が、少しそのまま固まった

勘右衛門は何も冷やかしや非難のつもりで言ったのではない

鴇は学級委員長委員会委員長なのだ

勘右衛門がこの提案をしたのだって、理由がある

じっと鴇を見つめていれば鴇も真剣に考え込んで、そして



「………そうか、そうだな」

「ね? 俺とチェンジしましょ」

「悪かった 頼んでいいか」

「もちろん」


にっこり笑った勘右衛門が掌を鴇に見せれば、鴇が少し困ったように笑って、パン、とタッチを交わした

そこからの鴇は憑き物が落ちたように早かった

と、いうよりはこれが通常の速度である


「尾浜、道中コレを」

「はいはい、了解です」

「山田先生もある程度の装備は持たれてるけれど、お前もこれくらいは持っていっておいて」

「はーい あ、鴇先輩、さっき立花先輩達が終わったら長屋の方に来てくれって言ってましたよ」

「ああ、頼みたいことがあったからな ありがとう」


キビキビと状況整理と指示を出していく鴇をみて、勘右衛門はホッと息を静かについた

自分の提案は、やはり鴇には必要な提案だったのだ


(鴇先輩は、意外とハッキリしてるよね)


勘右衛門は言及しなかったが、鴇は基本単独行動に近しいものを得意としているのだ

あまり多数をゾロゾロと引き連れて指示をすることを望まない

学級委員長委員会委員長というのは、取り仕切りを中心とするもので、スムーズで卒のない進行と計画を中心に行う

鴇と三郎は似ている

2人とも、言い方は正しいかわからないが、「自分でやった方が早い」というのを軸としている人間だ

周りの人材や状況は使えそうなら使うが、ある程度算段を立てて手堅く進めたい派である

今回の鴇が気が乗らなかったのもそこなのだろう

言葉を選ばずに言うと、大した戦力にもならぬ1年生達の引率、というのが、全体統括をする鴇にとっては負担なのだ

学園長が先見隊を含め、低学年の忍たまたちを道中に加えたのは、育成という観点が入っているのだろう

別に、鴇も三郎も後輩の育成に興味がないような人間ではない、そういった人間はそもそも学級委員長なんて役職を引き受けない

ただ、今回の事案のその先にあるのは戦の回避

鴇は鴇で神経を尖らせているのだ

自分の指示や采配で、園田村の住民をはじめ、学園の忍たま達も要らぬ怪我を追わされるリスクがあるということに

そこにいくら先生方が付いているといっても、それは奥の手くらいの認識で鴇は動くのだから


(それであれば、鴇先輩の両手は、塞がってない方がいい)


動きたい時に後ろ髪を引かれてしまうような、不安材料を視界にチラつかせない方が、この人は上手くやる

元々、1のはのような、大半がどこに飛び出していくかわからぬ鉄砲玉のようなタイプの忍たまは得意ではないのだ


(得意でない、というかまともに相手をする気がない、というか)


視界に入れば気づいてしまう、気づいてしまったら気にかけてしまう

本来であれば、そういった悪循環に入ってしまうが鴇はまた別の感覚があるのだろう

それを指摘してしまうのは、何だか自分がずるい気がして勘右衛門も気持ちにそっと蓋をして身支度を始めることにしたのであった









「鴇」


足早に6年長屋を目指していた鴇が視界を上げれば、今会いに行こうと思っていた忍たまが立っていた


「仙蔵」

「座って話す時間もなかろうと思ってな」

「助かる」


客人が来ていることと、一部の生徒が早々に学園を立とうとしていることから悟ったらしい仙蔵に、鴇もそれならばと情報を開示する

園田村の戦回避の手助けと、そのための情報収集、そしてその先に学園内の最終課題、山村喜三太の捜索があることを伝えれば、仙蔵もまた整った表情を歪めた


「…喜三太がどうしてそこにいる」

「こっちが聞きたいが、言うても仕方あるまいよ」


はぁ、と大きな溜息をつく仙蔵は自分の心の代弁者のようだ

自分と同じく、1のはに何かと巻き込まれやすい仙蔵があからさまに嫌そうな表情を見せた

それに苦笑いしつつ、鴇は懐から幾つかのメモを取り出す


「今、これだけの生徒は既に行き先が決まってる 私は覚えたから好きに使ってくれ」

「…おい、何故鉢屋が先見隊に入っている 奴に頼みたいこと色々あるだろうに」

「言わないでやってくれ アレもそれなりに凹んでたから」


パラパラの流し見をして、1番問題ありそうなのがそこだと気付いた仙蔵が素直に問うてきた

やはり自分と三郎はいつも一緒に行動しているからか、そこを指摘されて鴇は再び苦笑いをした


「宿題放棄組か、どうせ不破に付き合っただけじゃないのか」

「はは、やっぱりそうとしか取れないよな」


そのあたりが奴の甘いところだと言いながらチラリと仙蔵が鴇を見た


「私もそっちに放り込んでくれたら、もう少し好きに動けたんだが、それは許可いただけなくてな」

「…まあ、お前と鉢屋の2人だけならまだしも、これだけの集団の中にお前達2人は勿体無いな」


鴇と三郎を分断した学園長の指示に多少の意図は悟ったのか、仙蔵はそれ以上の追求はしなかった

そして、それを汲んだからだろうか


「では、私がお前の手足になってやろう」 

「何だ、暇なのか 仙蔵」

「それなりに忙しいが、学級委員長委員会委員長殿ほどではあるまいよ」


軽口を叩きながら、じっと鴇を仙蔵が見つめた

その視線の重さに、鴇も仙蔵が気まぐれで申し出てるのではないことを認識した

少し、意識を外にやって、それから鴇が再度仙蔵と視線を合わせた


「結構、面倒なことしてるがいいか?」

「今更だろう」

「無茶はするな 深追いもしなくていい」

「心得ている」


もらったメモをさっさと懐に入れ、鴇に片手を差し出せば、鴇が苦無を1本仙蔵に渡した

そして、音も無く2人はその場から姿を消したのであった




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