- ナノ -


04 この後の季節のことはしらない


時刻は亥の刻

夕飯や湯浴みも終え、皆が就寝態勢に入る頃

湯を張った桶を片手に、三郎は鴇の部屋の前に立っていた

外から声をかけたが応答はない

ただ、中に人がいることと、状況が想像できて三郎は静かに障子に手をかけた

部屋の真ん中に敷かれた布団に1人の忍たま

その傍らで胡座をかいた鴇が指を顔の前に汲んで静かに物思いに耽っていた

眉間に深い皺を寄せた様子を見ると、単に疲れているだけではなさそうだ


「委員長」


そっと、声をかけたがやはり返事はない

まあ、これで返事がされるのであれば入室の時に返って来ただろう

こんなのは三郎には慣れたことで、鴇の隣に静かに腰を落とし、鴇の服の裾を軽く引いた


「あ?……あぁ、鉢屋か」

「新しい湯持ってきました」

「ん、すまん そこ置いといて」

「少し休まれては」

「馬鹿言うなよ 休み明けだ これからが本業」


ヒラヒラと振られた手に、まあ想定内の返事だと三郎は思った

しかし、ここで引き下がると鴇は1人でどんどん進んでしまうことも知っている

チラリと鴇の傍らにあるソレについて、三郎は問うた


「…少し、過剰ですね」

「たがが侵入者に、なぁ」


不服そうな溜息をついた鴇に三郎も小さく相槌を打った

鴇の傍に置かれたのは矢尻であった

言うまでもなく、兵助の肩を射抜いたソレである

記載が遅れたが、兵助の治療自体は無事に終わった

本来、矢傷だけであればそれほど大掛かりなものではないと言うのに、これだけ鴇が不機嫌そうなのには理由がある


(…そうだ、実に、悪質だ)


抽出した矢尻には、「返し」がついていた

肉に刺さったそれを抜こうとすれば、更に肉体を抉る余計な返しである

兵助が自力で矢を引き抜けなかったのも当然だ

刺さった時よりも更に痛みを伴うコレは、余程の力と覚悟がなければ難しい

現に、治療でこれを引き抜く際も、痛みで暴れた兵助に麻酔を打ち、結局切開で取り出したと聞いている

矢を一つ引き抜くだけと言うのに、大量の出血が伴ったらしく

治療終わりの鴇の部屋には濃い血の匂いが充満していたし、新野の補佐をした鴇の医療着には大量の血液が飛んでいた

鴇の機嫌が悪いのもそのせいだろう

大切な後輩がこんな目に遭わされたのだ

いかにも戦好きな城のやりそうなこと、というか何というか

薄暗い部屋の中、チラリと見えた横顔に、三郎は釘を刺すように口を開いた


「…お礼参りにでも行きそうな目つきになってますよ」

「そうだな、それくらいには胸糞悪い」


苛立ちを隠さない鴇に、少し驚きながら三郎はまぁまぁと茶を勧めた

あまり粗い言葉を使わない鴇にしては珍しい

ずずっ、と小さく茶を啜った鴇がまた小さく溜息をついた

眉間のしわが取れない鴇に手伝えることは、と三郎は問うた


「いや、今日出来るのは此処までだな」

「まだ戻ってない生徒もそこそこいますね」

「毎年数人は最終日ギリギリに帰ってくるからなぁ」


鴇の机の上のリストを覗き見れば、残り4分の1程度が空いたままだ

そして、鴇の顔を微妙に晴れないのもこれのせいだろう


「悩ましいよな 1番埋めたい5、6年と1、2年が埋まらん」

「…これ、課題が複数逆転してたら目も当てられないですね」


年次の差がある宿題が当たった時が問題だと言うのに、空白が目立つのは上記の学年

予想ができるようなものでもないだけに悩ましいものである


「1のはがまだ結構登校してない」

「…あぁ、気持ちわかります」


鴇は特別どの学年を危険視している事はないが、それでも「1のは」が何かと面倒事に巻き込まれやすいと認識している

現に一学期だけでも何度土井半助から救助要請を受けたか、悪意はないにしても「そういう」ことに遭遇する何かを彼らは持っているのだろう


「まぁ、愚痴ってても仕方がない 鉢屋、お前も今日はもう休め」

「委員長は」

「私はもう少しやりたいことがあるから」


先にお休みよ、と言う鴇にジトリと不服の視線を投げれば、それに気づいた鴇が首を傾げる


「何、どうした」

「何で私がこんな時間に来たとお思いで」

「?湯、持ってきてくれたんだろ 助かった」

「…そうじゃなくて」


ずい、と身を乗り出すように鴇の方へと詰め寄れば、鴇が驚いたように少し身を引く


「兵助の看病、夜通しされる予定でしょう 交代します」

「だから、やることあるからいいって」

「なら尚更手が要るでしょう」


夏休み明けの初日から、この人は徹夜するつもりなのだろう

全く、と頬を膨らませて鴇に三郎は口を開いた


「いいですか、委員長 どうせ明日もややこしい話が盛り沢山くるんです 少しは寝るべきです」

「…それとこれとは話が、」

「一緒ですよ 身体は一つ 休める時に休まないと」


鴇が多少寝なくても問題ないことは知っているが、ここで意地を張る必要もないだろう

ましてや、保健委員でも何でもないのだ

鴇が兵助の看病をすることは義務ではない


「何か心配な要素でも?」

「切開したからな 想定よりも傷口が大きくなった 熱が出るなら今からだ」

「薬は」

「新野先生に処方いただいたのがある」

「でしたら尚更」


どうぞ、ともう一組の布団を示唆すれば、何となく納得のいってない鴇の表情

それを見て、三郎は小さく笑った


「…何がおかしい」

「ふふ、いえ 随分気を許してくださるようになったなと」

「この表情でどういう解釈だ それ」


鴇が顔を顰めても、本気で不快に思ってることではないのは明白である

ひと昔前の鴇であれば、表情すら大して変えずにいただろう

頼み事はしてくれず、こちらの申し入れも受け入れないことが多かった

表情が読みやすくなったのも、軽口を叩くようになってくれたのも鴇が心を許してくれている証拠だと三郎は理解している


「…お前は年々、扱い辛くなる」

「貴方ぐらいですよ 私を扱いやすいと思っているのは」

「お前ほど、わかりやすい奴もいないと思うがな」

「そうですかね」

「そうさ」


その言葉を証明するとでも言うのか、

委員長、と三郎が鴇を呼ぶ直前に、鴇がはらりと髪紐を解く

鴇の灰色の髪が行灯の光にキラキラと反射する

結えていた力も加わって、少し癖のついた髪を鴇が無造作に掻き上げた

それにソワソワとし出した三郎を見て、鴇がクツクツと笑えば三郎が不貞腐れたように頬を膨らませた


「焦らす気ですか」

「いや?好きにしたらいい」


その余裕綽々な姿に腹はたてど、誘惑には勝てないことを三郎は知っている

いそいそと鴇の背後へと座り直し、櫛を懐から取り出せば鴇がまた小さく笑った


「な、実にわかりやすい」

「いじらせてもらえるなら、何でもいいです」






静かに、三郎が鴇の髪を梳く音だけが聞こえる

さらりさらりと流れる鴇の髪はこれ以上梳く必要などないのだろうが、それでもこれが日課であった

時折交える言葉が心地よく、静かに流れる時は何にも変え難い

数週間、できていなかったルーティーンのようなこの時間を経て、初めて日常に戻れた気がした

夏休みの報告をあらかた話し終えて、少し沈黙が続いて、そして


「…委員長」

「なあ、鉢屋」


ほぼ同時にあげた声に双方が少し止まる

そして、いつもの通り三郎が鴇に会話を促せば鴇が困ったように笑った

三郎の言葉を遮って鴇が会話を切り出す時は、大事な話であることも三郎にはわかっていた


「何も根拠のない話で悪いんだが、どうにも嫌な予感がする」

「…貴方の勘は外れたことがないですけどね」

「はは、いいのか悪いのか」


鴇は、少し困っているようであった

言葉にしづらいソレを、三郎はいつもじっと待った

少し待てば、鴇はそれを形にしようと物思いに耽るからだ


「…“外“の情勢が少し騒がしい このタイミングで学園内に閉じ切れない問題が起きた」

「ええ」

「久々知が隠れた戦跡、アレもどうにも引っかかる」


偶然が過ぎた気もするのだ

伊作を探しに行ったはずの小平太達が彼処で伊作ではなく兵助に遭遇したことも

兵助が身を寄せた跡地、彼処までナルト城の手が伸びたのも、いささか出張りすぎな気がした

返しのついた矢尻もそうだ

確かにあの城は戦好きだが、此処まで殺傷することに力を入れるような城ではなかったはずだ

アレは何を警戒しての威嚇だったのか


「そもそも、彼処はオーマガトキの、」


そう呟いた鴇が、何かに気づいたのだろう

黙り込み、再び思案に耽る

今度は深く、全神経を集中させて


(しまった、覚醒させてしまった)


休ませることに失敗したことを悟った三郎が、天を仰ぐ

こうなってはしばらく此方に戻って来ないだろう

それもわかっている三郎は、静かに鴇から離れることにした

小さく溜息をついて兵助の看病に徹しようと思ったのだ


トプン、


少し冷めた湯に手拭いを沈め、強く搾りあげる

熱が上がり出したのだろう、じんわりと背に汗を掻き出した兵助の汗を拭う

時折、鴇を伺い見れば、入室した時と同じように顔の前に指を組み、静かに目を閉じている

それは、1枚の静止画のようであった

細くすらりと長い鴇の指先も、伏せられた長い鴇の睫毛も、何もかもが完成された姿に三郎には映った

そんな中、三郎は思う


(もう、夏も終わってしまった)


最後の一年、きっとあっという間に秋が終わり、冬が来る

もう目の前にちらつき出した鴇の卒業が、やはり三郎の胸をジクジクと締め付ける

今年の夏休み、鴇と過ごすことを1日たりとも逃したくないと思っていた三郎に鴇は無慈悲に却下を申し渡した

いや、鴇から何も「お前と過ごしたくない」と言われたわけではない

帰省しない、と言い切った三郎に、何処か羽でも伸ばしてこいよと軽い口調で告げられた

そんなのは必要ない、と言おうとした時である

何の悪意もなく雷蔵が言ったのだ


「なら、僕の家に遊びに来るかい?」と


(楽しかった、嗚呼、確かに楽しかったさ)


ニコニコと屈託のない笑みで申し出てくれた雷蔵の誘いを断るのは憚られた

そして何より、雷蔵の家の心地よさだってよく知っていた

状況的に断れるようなものはなく、ましてや十二分に楽しんできたのだ

今、夏休みの過ごし方を悔やむかと言われると、これはこれで意味のあったものだと三郎は思う


(思う、のだが)


親友との大事な時間と比較できるようなものではないが、それでも三郎にとっては貴重な夏休みのはずだったのだ

たがが1週間、されどの1週間だったのかもしれない


(勿体…なかったなぁ)


ぼんやりと、そしてはっきりとそう思う

先程のような、ただゆっくりと流れる時間をもっと大切にしたい

鴇が自分を見て、鴇が笑って、もっと触れて、


(それから、私は)


丁度その時、

思考がまとまったのだろう鴇とパチリと視線が合った

何か見透かされてしまいそうで、三郎の心臓がドクンと跳ねる


「ああ、すまん 任せきりになった」

「いいえ、お役に立てるようで良かったです」


お前には敵わんな、と苦笑する鴇に、三郎も小さく笑い返す

気を張っていた鴇の気配が大分和らいだ気がする

きっと、ある程度納得のいく整理ができたのだろう

それでは、と再度敷いた鴇の布団を叩けば、鴇がまた困ったように笑った


「お前も頑固だね」

「仮眠でもいいので取ったほうがいいです」

「お前は?」

「先に少し取ってきてるので大丈夫です」

「…本当だろうな?」


疑いの眼差しに、ジトリと見返せば降参とばかりに鴇が軽く両手を挙げた

三郎だって、少し疲労はあるが、鴇1人に看病をさせるわけにはいかない

ましてや、傷病人は自分の同級生の兵助である

どちらかというと自分が看病するほうが正しいだろう

ようやっと諦めたらしい鴇が布団に横になる

体制を崩しながら、じっと自分を見上げてくる鴇に思わず三郎は手を伸ばした

「おいおい、寝かしつけまではいらないよ」

「…少し、触れてたいだけなので 駄目ですか?」

「何だ、甘えただなぁ」

「委員長」

「…好きにすればいいさ」


自分はよほど困った顔をしていたのか

三郎の要望に許可を出した鴇が静かに横向きに体制を変える

そして何も言わずに鴇は静かに眠りにつくのであった










「……や、」

「鉢屋、起きれるか」


軽く揺らされ、反射的に姿勢を起こせば、鴇が申し訳なさそうに自分を覗き込んでいた

一瞬、記憶が混じり何をしてたかわからなくなったが、自分が寝落ちしたことに気づいて三郎が慌てて姿勢を正す


「す、みませ 私」

「いや、問題ない ちゃんと交代してから寝たよ」


そうだっけか、と思いながら鴇の気遣いが入っているのかどうか不明だが、蒸し返す意味もない

ただ状況は明白だ

鴇の布団を借りていないこの状況から見るに、やはり寝落ちしてしまったのだろう

自分から夜勤を申し出たと言うのになんというザマか、ガリガリと髪をかいて溜息を一つ

肩にかけられた薄布を鴇に返却しながら、三郎も起床した




「朝から悪い ちょっと学園長先生に呼ばれててな 後、任せていいか」

「大丈夫です」


鴇はもう覚醒しきっていた

恐らく、明け方からもう起きていたのだろう

これ、久々知に飲ませてくれと処方薬を渡され、鴇が慌ただしく準備をする


「何事ですか」

「来客があるらしい 立ち会えとのことだ」


だからだろう、急いではいるものの三郎に髪を結わしてくれるのは

意図を汲んで、いつも結える高さより少し高めに結えれば鴇の印象もまた少し変わる

利発さと精悍さが前に出るような雰囲気は、来客に見下されない効果があることを三郎はよく知っていた

ただ、学園内での来客に学園長が鴇を立ち合わせるのも少し違和感が合った

学外によく鴇を連れて行くことはあれど、学内であれば教師陣もいるため、あまり鴇を学園長が指名することはないからだ


「私も構えたほうが?」

「いや、そっちの類ではないらしい」


素早く制服に着替えた三郎が臨戦態勢を取ろうかと暗に尋ねれば、不要との答えが返る

少々落ち着かないと思えど、鴇もそこまで確認してるのであれば問題ないのだろう


「とりあえず事情を聞いてくる 問題なければ後で共有させてくれ」

「わかりました」


もう部屋を出ようとしている鴇に三郎からも昨夜からの課題を確認する


「戻られるまで、私も動きます 残りの課題状況の収集優先で?」

「ああ、それでいい 頼む」


最後にまだ眠る兵助の枕元に膝をつき、鴇が兵助の脈と額の熱を確認する

少し綻んだ表情を見るに、安定してるのだろう

よし、と小さく呟いて鴇が兵助の髪をそっと撫でた


「保健委員、新野先生が寄越してくれるって 傷が熱を持つだろうから、定期的に水分補給するよう言伝よろしく」

「了解」


今度こそ部屋を出て行く鴇を見送って、三郎も身支度を終わらせにかかる

ゴソゴソと動いていれば、小さな呻き声が背後から聞こえた


「…さぶ、ろ」

「起きたか 兵助」

「……鴇、先輩は?」

「丁度今、出て行ったよ」


そっか、と呟いて兵助がぼんやりと三郎を見つめる

まだ記憶もあやふやなのかもしれない

水飲むか、と聞けばコクリと兵助が頷いた


「仕事、増やしてごめん」

「何言ってるんだか 兵助だって被害者なんだからな」


そう答えたものの、兵助は事務トラブルの内容を知らないから何のことかわからないか、と思って説明をしようとすれば、兵助が大丈夫と困ったように笑った


「鴇先輩に、軽く教えてもらった」

「何だ、昨夜記憶あったのか」

「痛み止めが切れて、目が覚めたんだ」


三郎が寝ている時だったのだと思う

焼けるような痛みに耐えれなくなった兵助は、それでも無理やり寝つこうと思っていた

ただでさえ迷惑をかけているのだ

これ以上騒いで皆を困らせるわけにはいかなかった


『久々知?』


ぎゅっと敷き布を握って痛みに耐えていた兵助は、突然降ってきた声にビクリと身体を震わせた

その動きでまた背が引き攣り、思わず小さな悲鳴が自分の口から溢れでれば、鴇が悪い、と謝った


『すまん、もう少し早く気づいてやれば良かった 薬、切れてるな 追加で飲めるか』

『…鴇、せんぱ、い?』

『覚えてるか?肩を後ろから射抜かれててな 矢は抜いたが、切開したからしばらくは安静が必要だ』


自分がうつ伏せで寝ているのはそういうことなのだろう

身体の向きを変えたいが、少し動けば痛みがついて回る


『痛み止め処方してもらっているから、飲んだほうがいい』


そう言って口元に薬を持ってきてくれた鴇の動きに逆らわず、兵助は丸薬を口に含んだ

何とか水も数口飲めば、おつかれさん、と鴇がまた兵助の髪をそっと撫でた


『すみま、せん』

『謝るようなことは何もないよ 久々知』


額に滲んだ汗を手拭いで拭う鴇が、困ったように微笑んだのが声色からわかった

ゆっくりと、鴇が兵助の髪を撫でる

触れられれば、そこに神経が集中し、痛みが分散されるからだろう

先程までの息が詰まるような痛みが少しずつ引いていく気がした


『事務トラブル、と言うには代償が大きかった お前も被害者さ』

『俺、は もう少し上手くできると、おもって、ました』


事情は聞いたものの、それとこの失態はまた別だ

あれが6年の課題で、難易度が高かったのだと言われれば理解はできるが、納得はしきれなかった

目的のものは取れずとも、戦線離脱くらいは難なくできると思っていたのがこのザマである

それが情けなくて兵助はくしゃりと表情を歪めた


『あの時、もっと』

『6年の課題と言うのは、そんなに易しいものではないよ』


何処か、これ以上の問答は不要と言いたげな鴇の一言に兵助は小さく息を呑んだ

何となくだが、鴇が苛立ってるような気がした


『お前達も実力はしっかり蓄えてきている それでも、6年と5年は違う』

『……………』

『そうでなくては、こうしてお前達に偉そうなことは言えないさ』


まあ、私はそう言いながら課題に挑戦していないけれど、と何処か自嘲気味に鴇が笑う

ゆるゆると、鴇が撫でる手の心地よさに眠気が込み上げる

鴇が怒っているのか、それともそんなことはないのか、今の兵助には判断がつかなかった


『こうやって、無事に戻った 今はそれだけで充分なんだよ、久々知』


ありがとう、と小さく呟いたその音を最後に、再び兵助は意識を飛ばしたのである









「思ったよりも情報が上手く集まらなくてな 委員長も少し気がたってる」


掻い摘んで説明すれば、三郎がふむ、と上記の言葉を返した

だから気にするな、と告げた三郎に、兵助はコクリと頷いた

先ほどの鴇と三郎の会話だって、何となくだか聞こえていた

学級委員長委員会特有の空気なのかもしれないが、何処か割り込めない空気が確かにあった


「申し訳ないと思うのなら、さっさと治してしまえ 恐らく手が足りなくなる」

「え?」


いつもの何処か巫山戯た様子はなく、何かを見透すような三郎の視線に兵助は気づいた


「委員長のこういう時の勘は、外れたことがない」


そして、この言葉どおり、状況は大きく変わっていくのであった




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