- ナノ -


03 こんなに空虚な幸いがあるか


しん、と静まり返った部屋に鴇がそういうわけだ、と息を吐くように告げた

話を終えてみたものの、大きな混乱はない

と、いうよりは呆れているのだろう

ちらりとい組とろ組の面々を見遣れば、反応はそれぞれだ


「どおりで……」

「……………」


文次郎と長次は逆にすっきりしたようで、先ほどまでの気難しい表情は解消されている

折角の大作だ、下級生達にとっても良い資料になる

とりあえずこれは成果として学園に修めてもいいかと問えば、好きにしてくれて構わないと承諾が得られた


「あと、仙蔵も課題の内容教えてくれ」

「ああ、私のは―…」


確認したところ、仙蔵も本人の課題で間違いなさそうであった

さらさらとメモを終えた鴇はとりあえず安堵の息を吐いた

やはり致命的であったのは、文次郎と長次が互いの課題の確認をしてしまったことであろう

同じ六年で同じくらいのアバウトさでの課題設定に納得してしまったため発見が遅れた次第である

確認結果も書き止めた さてと、と鴇は立ち上がった


「報告か?」

「いや、まだ各学年聞いて回らないといけない」

「手伝うか?」

「そうしてもらえると、とても助かる」


暇を持て余しているというのもあるのだろう、申し出た仙蔵の好意をありがたく頂戴することにした

そうなればゾロゾロと連鎖反応で手伝いは増えていく


「五年は尾浜が確認してくれている」


三年四年生は文次郎に、一年二年は仙蔵に任せて鴇は同級の2人を振り返った

当然長次も小平太も手伝ってくれる気は十分ある

何でも来いとこちらを見る2人に鴇は少し悩んでこう言った


「留三郎と伊作を、見つけてきてくれないか」

「?迎えにいけという理解で合ってるか?」

「ああ、帰ってきて早々で悪いんだが、近くまで来てないかちょっと見てきてほしい」

「……その意図は?」


少し遅れているのやもしれないが、学園に登校してくることがわかっているのにあえて迎えにいけという鴇の真意を測り損ねているらしい2人に鴇がガリガリと髪を掻いて唸る

鴇だって迷っているが、隠しても仕方がない


「六年の課題が想定以上に他の学年にいってる 残りを至急確認したい」

「課題一覧はないのか?」

「今先生方が復元中 ただ、全生徒が登校しないと答え合わせはかなり厳しい」


ここにいる5名中、3名は個人の課題が違っている

それは鴇にとってもかなり想定外であった

誤差の範囲くらいに思っていたかったが、そうは問屋が卸さないらしい

吉野先生を安堵させられる結果にはならんかと鴇自身もかなり頭が痛い状態である


「わかった それくらい朝飯前だ」

「…急ぎ連絡が必要なものは、追って連絡しよう」

「ああ、すまない ありがとう」


それでは解散、と新学期に入るための準備に入る

六年生に指示を出し終えた鴇も部屋を出て職員室へと向かう


(5割…いや、6割なんとかなるか…?)


集まってきた情報を書き止めていきながら鴇もまた、険しい表情をしていた

低学年の忍たまは家が近いこともあって、まだ登校していない生徒も多い

ただ、現在のところ上記の割合で宿題は本人のものの方が何とか上回っている状態である

また、違う学年の宿題と思われるものが当たっていても、大きく年の離れてない課題が当たったのが目立つ


(…とは、言っても まだ半分くらいしか確認できてないしなぁ)


小さく溜め息をついて、委員会室の縁側から外を見つめ、物想いに耽る

ミンミンと、遠くに蝉の声が聞こえる

夏休みが終わる

あっという間に秋が過ぎて、また冬がくる


(後期は、また違った意味で課題に追われるんだろうな)


委員会の引継ぎに、就職活動、そして卒業

どれも鴇にとっては気が重い行事である

そういえば、と鴇は思い出した

山田伝蔵から渡された利吉からの手紙を読んでいない

懐へガサリと指を伸ばし、少し分厚い手紙に手をかけた時である


「鴇先輩」


バタバタと廊下をかけてきのは勘右衛門であった

調査が済んだのか、そう思って懐の手紙を諦め、視線をそちらへとやれば背後にもう1人


「あぁ、鉢屋も戻ったか」

「……………戻りました」

「?」


久しぶりに会ったのだ、勘右衛門のように夏休みは充実していたかと尋ねようと思っていただけに低いテンションで答えた三郎が意外であった

ちらりと勘右衛門を見れば、勘右衛門が大きなため息をついて手をヒラヒラと振った


「鴇先輩、三郎無視しといていいよ また不貞腐れてんの」

「べつに!私は不貞腐れてなど」

「嘘つけ だったら何でさっき鴇先輩が、」

「そ、れ以上余計なことを言ったら」

「こら、五月蠅いよ」


ぎゃいぎゃい騒ぐ勘右衛門達の会話を遮るように、鴇が三郎の前髪をくしゃりと撫でた

鴇からしてみれば、何てことはない挨拶代わりだったのだが、三郎にとってはそうではない

反射的に手を払おうとした反面、ビクリと身体を震わせて鴇の視線から目をそらす


「何、夏休み 満喫できてないの?」

「…そんなことはありませんよ」

「折角の長期休暇だからな 羽を伸ばせたのならよかった」

「……委員長は、」

「ん?」

「…………いえ、いいです 何でもない」


三郎は鴇の前だと借りてきた猫のようだといつも思う

あれほど言いたいことを腹に抱え込んでいるというのに、三郎が休みをとれたことを嬉しそうに笑う鴇を見て、何も言えなくなったのだろう

自分を追い出してさぞそちらも満喫できたのでしょうね、

こう、一言嫌味でも言えれば溜飲が下がるのに、それができないのは鴇が本当に三郎に良かったなと笑いかけるからだろう


(うーん、不毛)

どこから突っ込んだものかと勘右衛門は悩んだが、本題の方をなかなか報告しないことの方に鴇が先に首を傾げた


「尾浜?」

「へ?」

「報告」

「あ、はいはい」


本来の用事を思い出した勘右衛門は、慌てて背筋を伸ばして、そして引き攣った笑顔で告げた


「五年、多分半分以上は違う課題やってマス」











「学園長先生」

「鴇か 何じゃ」


鴇は、1人学園長の庵にきていた

時は夕刻、夏なので日は高いがあとは暗くなる一方だ

外から伺いをたてれば、入れと静かな声が返る

失礼します、と返答して戸を開けば、そこには山田伝蔵と野村雄三もいた


「…こちらでしたか 山田先生」

「鴇、すまんな 最後の夏休みだというのに」

「いえ、お気遣い不要です」


やはりお題は昼間の課題の件なのだろう、経過報告らしく広げられた半紙に目をやれば、伝蔵も隠す気はないらしく鴇に前へと場をすすめた

課題一覧と生徒の紐づけはまだ半分程度しか埋まっていない

戻ってきていない生徒が多いからだ


「鴇、お前の方の状況報告をしてもらってもよいか」

「大丈夫です」


渡された筆を受け取り、さらさらと書き込みながら鴇は報告を続ける

六年生は全て確認がとれ、登校してきている生徒達の状況を書き込んでゆく

五年生のところに筆が来た時、鴇は静かに筆を置いた


「鴇?」

「先生 私に2日、時間をいただけませんか」


険しい表情の鴇に何かを悟ったのであろう、伝蔵達の姿勢も自然と伸びる


「詳細を」

「恐らく、久々知が6年の課題を受けてしまっています」

「?」

「先生、ナルト城に関する課題はありませんでしたか」


真剣な表情の鴇の言葉に、学園長が伝蔵達へと視線をふった

学園長は報告は受けるものの、詳細はやはり教師達の方がわかるからだろう


「ある 潮江文次郎の課題がナルト城に関するものだった」

「内容は」

「ナルト城の軒丸瓦を持ち帰ること、だ」


雄三がそう告げた時、鴇が思わず表情を顰めた理由もわかっていた

ナルト城はいわゆる好戦的な城である

非人道的な戦をするタイプではないが、力押しを好み、戦力は十分なものである

力押しを好む、ということは圧倒的な武力をもっていると同義だ

ここの城に集う忍者もまた、優秀であるという情報がある

文次郎の課題がこの城というのも、そういった事情は汲まれた上での課題だったのだろう

だから城内部に侵入するような課題ではないものの、見つかる可能性のある軒丸瓦を剥ぎ取るようなそれなりの難易度の高い課題だ


「…兵助がその課題をしているというのは、確度の高い話か」

「ほぼ確定です 尾浜がナルト城について久々知から質問を受けていました」


勘右衛門自身は自分の課題に沿ったものだったため、詳細は聞かなかったものの兵助にも難易度の高い課題がでたのだと思ったらしい

険しい表情で別れた兵助が、課題を放棄するとは到底思えない


「久々知はいつも、長期休暇の時は始業式の5日前には必ず学園に戻ってます あの子は時間にも期限にも正確です それなのに今回に限ってまだ登校していない」

「…捕らえられてる可能性は」

「ないとは言い切れません しかし、我々くらいの年の忍が掴まれば、それなりの情報が回ってくる 少なくとも、私の情報網にそれらしいものはありません」


これは、学級委員長委員会委員長である嘉神鴇の言葉である

まだ20にも満たないこの青年は、他の忍たまとは決定的に違うものをもっている


「鴇」

「はい」

「―…の、伝手は確認したか」

「はい ―…―の方も特に情報はあがってません ただ、……―で気になるものがひとつ」


矢羽根に近い、暗号化された言葉で二三学園長が呟けば、鴇もそれに応じる

そう、嘉神鴇は学園長直下に形成された学級委員長委員会の委員長である

しかもこの年に至るまでのほとんどをこの組織に属し、委員長を務めあげた忍たまだ

学園長が鴇を散々仕込んできたのを教師たちは知っている、これは


(ある意味、情報の塊のような忍たまだ)


学園長と鴇が交わす会話の半分程度は伝蔵も雄三も知らぬものである

学園長が各地に潜らせている根の者たちから情報を受けることを学園長は鴇に許可しているのだろう

またその情報を鴇が上手く使えるものだから学園長も色々試したくなるのか

普段はふざけた好々爺なイメージの強い学園長が念じるように次々と何かを呟けば、鴇もまた表情を変えずに何かを諳んじる

随分大人びた横顔を伺い見ながら、雄三はさてと、と呟いて立ち上がった

それに気づいた学園長が口を噤めば、鴇も視線を雄三へと向けた


「鴇 お前は此処に残れ」

「雄三先生?」

「お前が現場を離れてどうする 久々知の捜索は私が行こう」

「…しかし、あくまで気になるというだけで確証のある話では」

「それでもお前が此処を離れてまで行こうとした情報だ 全くの空回りにはなるまい」


鴇はどうしたものかと眉を潜めた

鴇の情報網に引っかかったものがひとつある

ナルト城から近い宿場町で、ナルト城の忍らしきもの達がしばらくうろついていたという

何でも城の地下から捕虜が逃げただの、若様が逃げただの、情報は錯そうしているが誰かを探しているといったものだ

今朝届いた情報の1つだ、それほど古い情報ではない

忍術学園の生徒とは全く思っていなかったが、これは今なら状況を確認したいものである

ただ、

「…ただ、3日ほど前の情報です もう城下にはいないかもしれません」

「そんなのは想定の枠内だろう」

全て鵜呑みにするわけではない、あくまで参考情報だというのは理解していると雄三が口にすれば、鴇が小さく頭を下げた

空振りに終わる可能性だって普通にある、久々知が逃亡を続けられていたら近くまで帰ってきているかもしれない

それならそれでいい、最悪なのは


「場を離脱できてなければ手遅れになる 今すぐ立つ」

「ではせめて早馬を、手配しています」

「流石、手回しがいい」


雄三がすぐの出立を伝えれば、鴇が少しだけ猶予をと声をだす

鴇は昔からそうだ 山田伝蔵・大木雅之助・野村雄三とこの3名の教師には頭が上がらないのだろう

下手すれば学園長よりも気を遣っている節が見られる


「先生、他に必要なものは」

「城下に潜める拠点はあるか」

「連絡をしておきます 呉服屋が3件あり、一番東にある「笠松屋」は利用いただけます」


学園長先生、構いませんよねと視線を送ってきた鴇に大川平次もヒラヒラと手を振る


「必要物資はそちらに伝えれば大概のものは用意されましょう 金子と応急処置道具が入ったものは此方に」

「他、気になるところは」

「ナルト城は昼夜問わず、城壁周りを巡回している子飼いの忍がいます これがなかなか腕がたつと ご注意を」

「わかった それではこれより、」


発つ、と雄三が口を開こうとした時である

強い、強い風切り音が鳴った

ハッとした鴇が立ち上がり、スパン!と庭に面した学園長の庵の障子を開く


「先生!」

「来いっ、鴇!」


鴇が学園長に離席の許可を取るのと、傍らにいた雄三が鴇を連れ立つのは同時であった

学園長の庵から南東、先ほどの風切り音が鳴った方へと2人は駆けた

あの音が何か、鴇は知っている

あれは、


「小平太っ!!」

「鴇っ!」


六年長屋の一番奥、鴇の部屋の前の廊下に人だかりができていた

と、言っても六年の忍たまばかりであり、その中央に1人の青年が横たわっている


「新野先生は!」

「文次郎に呼んでもらっている」

「保健室には今日二年の能勢が熱出して寝込んでいる」

「わかった 私の部屋を使え」


泥と血に塗れた青年、久々知兵助の前に鴇は膝をついた

乱れた黒髪から見える肌は蒼白く、息も浅い

そして、


「久々知」

「……………」

「久々知、意識はあるか」


髪を掻き分け、ペチペチの頬を叩けば薄っすらと兵助が目を開いた

ぼんやりとした視線が、覗き込んだ鴇の視線と合い、そして困ったように小さく笑った


「…鴇、せんぱ」

「よく帰った」

「俺…失敗、して」

「馬鹿言え、帰ってこれたんだ 成功だ」


額に滲む脂汗を手拭で拭いながら鴇が力強く答えれば、兵助がまた困ったように笑った

兵助は恐らく課題のことを言っているのだろうが、それよりも先にせねばならぬことがある

ウトウトと瞼を落とし始める兵助は疲労のピークなのだろう

その様子に眉を潜めながら、鴇が再度小さく兵助の頬を叩いた


「久々知、まだ飛ぶな」

「…せん…ぱ、」

「……とても心苦しいが、背中の処置をさせてくれ」


俯せに横たわる兵助の、背の右肩あたりにソレは深々と刺さっていた

藍紺の忍装束だから目立たないが、大きな血の染みが広がっている

矢柄の部分は兵助が折ったのだろう、彼の拳が届く範囲で折れているが、これはこれで痛みが伴ったはずだ


「…抜け、…なくて」

「大丈夫だ 任せろ」


無理やり起き上がろうとした兵助を制し、横に待機していた長次が兵助を抱える

布団に運んでくれ、と頼んだ鴇に長次がコクリと頷いた


「鴇」

「小平太、状況教えてくれ」


静かに待機していた小平太が、ガリガリと髪を掻いて不機嫌そうに息を吐いた


「伊作がいそうな戦場跡でも見に行くかとなってな ほら、4日ほど前に丁度あっただろう」

「オーマガトキとタソガレドキの小競り合いか」

「そうだ あの近くに差し掛かった時、いきなり襲われた」

「は?」


襲撃を受けたと突然吐いた小平太に、鴇の動きが一瞬止まる


「お前、怪我はっ…」

「ないない 慌てるな」


動揺する鴇に何もない、とヒラヒラと手を振った小平太が話を続ける

小平太がこんな態度をとるときは本当に何もない時だ

その額面通りの言葉を受け取って、鴇は再び耳を傾ける


「向こうも忍者で、いい腕をしていたんだが、妙でな タソガレでもオーマガトキでもない」

「……ナルト城か」

「お、そこまでわかってるのか」


何だつまらん、と呟いた小平太に鴇は眉を顰めた

ここまで聞いたら後の推測は容易である

つまり、


「久々知は、戦の跡地に隠れたのか」

「そういうことだな 木を隠すなら森の中 負傷者を隠すなら戦場跡地ってな」

「…よく見つけてくれた」

「まあ、合図がなければ私も見つけれなかった」


忍術学園では仲間を探すときによく使う手法がある

救援信号としての花火と指笛である

先ほど、小平太が学園に戻った時も鳴らしたアレである

風を切るような、高く、よく響くソレは広範囲での索敵にはうってつけである


「そんなわけで、すまん 伊作たちはまだ見つけられていない」

「いや、いい 本当に助かった ありがとう、小平太」


深く息を吐いた鴇が、感謝の意を込めて小平太を抱擁し、ポンポンと背を叩いた

珍しい鴇のその行動に小平太は笑って鴇を抱きしめ、背を叩き返した

これで鴇の心労のひとつが無くなったのであれば、それでいいのだ


「鴇 私はもう1度出る 付けられてはないと思うが、一応念のため周囲を確認してくる」

「ああ、すまん 小平太 面倒をかける」

「細かいことは気にするな」


名残惜しさはあるものの、鴇の腕からそっと抜け、小平太は口布をつけ直した

長次、と小平太が呼べば兵助を運び終えた長次が鴇の部屋から静かにでてくる


「ついてきてくれ」

「…わかった」


申し訳なさそうに見る鴇の視線に気付いたのか、庭に降りようとした長次が小さく笑い、鴇の髪をくしゃりと撫でた


「長次、」

「…久々知を、看てやってくれ」


それだけを呟いて、あっという間に小平太と長次は再び裏山の方へと駆けていった

何も心配することはないのだろう、そして自分がすべきことはまだ残っている


(切替えろ ついて、いる)


不幸中の幸いとはこのことだ

気がかりであった兵助を、このタイミングで、雄三を手配する直前で回収できたのだ

芳しくない状況であることには変わりはない

ただし、これなら学園内で対応できる


「鴇 新野先生を連れてきた」

「…よし、始めよう」


1度だけ大きく息を吸って、深く吐く

そして、鴇は両頬をパンと叩いて自室へと足を踏み入れるのであった




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