- ナノ -


02 目を瞑ると目は合わない


「隠す?はは、無茶言いますね」

「こら、鴇」


さて、と退室しようとした鴇は一年生教諭達に呼ばれて輪にとどまった

とにもかくにもこの事案、誰に何の宿題が割り振られたかを調べないことには始まらない

先に学園に戻ってきているもの、これから戻ってくるもの含めて課題の回収がまずの作業である

そんななか、話に上がったのは「どこまで生徒に説明するか」である

1年い組教科担当、安藤夏之丞から上がったのは「事情は説明せず、速やかに回収しては」という案であったが、鴇は即座に却下した

半助が鴇に発言をもう少し穏やかに、という意味を込めて抑止するが、鴇はあまり気乗りがしなかった


「一年生だけならまだしも、全学年で混じってるんです 隠し通せるとは思えませんね」

「しかし、開示すれば面白おかしく騒ぎ立てるぞ」

「まあ、それなりの珍事です お覚悟を」


先生方はどう思っているか知らないが、鴇はこんなものには生徒の口の戸は立てられぬと思っている

夏休み明けの会話なんて決まっている


『久しぶり、夏休みどうだった?』

『○×に遊びに行ったんだ そうそう、宿題はやってきた?』

『それがさぁ、僕の宿題……』


初めの数回でヒットする話題を抑え込むことは不可能だ

それであれば初めから事態を開示したほうがいい

どうやったって隠蔽はできないのだから


「不満がでるのは当人よりもレベルの高い課題を課せられた者です これ以外は疑問こそあれど、大揉めはしないでしょう」

「やはりそうなるか」

「危惧すべきは、終えられなくて諦めたものではなく、何とか終わらせようとしてくるものです」

「それは、」

「ええ、身の丈に合わぬ課題 しかも実技は危険が伴います」


鴇が案じているのはこの1点のみだ

自分に出た課題だって、他所の城に潜り込んで物品を回収するものであった

四年生以上のものの課題は実務が多いと聞いた

責任感の強いものは宿題放棄なんて考えはない

死に物狂いで終わらせようとするだろう


「宿題の一覧はありますか?」

「それが、事務室に積んでいた資料の山がごっそり紛失しているらしい」

「は?」

「夏休み中に書庫の整理を吉野先生と小松田君でやったらしいのだが」

「……吉野先生は、本当にご苦労が堪えませんね」


本当に小松田秀作の仕業かはわからぬが、9割程度の確率で彼が関与しているだろう

悪気はないかもしれないが、ここまで害が及べばそれは悪意である

また吉野の険しい表情を思い浮かべて鴇はため息をついた


「ただ、各学年担当がほぼほぼ覚えている 課題一覧の再作成はまあ可能だ」

「では、私は上級生達から宿題の内容を確認していきましょう 五年、六年の宿題が当人たちの者であれば基本大きな心配はなくせるはずです」

「手間をかける」

「いえ、問題ありません」


長期休暇後の課題の回収は基本事務員の仕事であるが、時折学級委員長委員会が手伝っているのは生徒達にとっても周知の事実だ

雄三は先ほど鴇が事務の手伝いをすることに難色を示したが、思いがけないところで助けになる

こういうのが学級委員長委員会の仕事のひとつだし、情報収集としてもそこそこ役に立つと鴇は思っている

さてと、と鴇は巡回を始めるのであった










「あ、鴇先輩」

「あれ、いつ戻った?」

「さっきでーす …全然焼けてませんね」

「低学年じゃないんだ 夏休みを謳歌するような過ごし方はしてないな」

「つーまんないの」


廊下を進む鴇の先に見慣れた後輩が佇んでいた

五年い組学級委員長の尾浜勘右衛門、鴇の後輩である

勘右衛門もこちらを見つけてパッと表情を明るくさせ、駆け寄ってくる


「久々の帰省はどうだった?」

「楽しかったー 美味しいもんたくさん食べたしー、実家でゴロゴロできたしー」

「目方が少し増えてるものな」

「え、見てわかります?」

「まあ、自覚がある分くらいは?」


やっばい、と呟いているものの、カラカラと笑っている勘右衛門は充実した夏休みを過ごしたらしい

それはそれでよかったと鴇は笑って、ちょっと付き合えと勘右衛門を連れて再び歩き出した


「鉢屋は?」

「三郎? まだ帰ってきてないんじゃないです?」

「今年は不破の家に厄介になると言ってたか 2人セットで戻ってくるな」

「鴇先輩が追い出したんでしょ?」

「何だそれ、人聞き悪いなぁ」

「だって、三郎不貞腐れてましたよ 夏休みもベッタリ鴇先輩と過ごすつもりだった顔じゃないの?アレ」

「前半はガッツリ付き合ったつもりだし、鉢屋も延々私に付き合うのは気が休まらんだろうよ」


思い当たる節がないらしい鴇の横顔を見ながら、勘右衛門はこういう温度感の違いが気の毒だなと思っていた

長期休暇に鴇が帰省しないことは有名である

そして三郎はそれを利用して鴇を独り占めするきらいがある

昨年の年末なんか、1週間程度ではあったが年末、年明けとがっつり2人で過ごしたのであろう

再会した時の三郎のなんと満足そうな表情であったか

あまりモノに執着しない三郎が、鴇との初参りで買った厄除け守りやら初売りで鴇に買ってもらったらしい手鏡やらが少し増えていて

分かりやすいなと揶揄えど、三郎はそんなのを歯牙にもかけずに嬉しそうであった

ちなみに、鴇はあからさまな贔屓はしないし、そういうところには気を配るタイプだから年明けに勘右衛門や庄左エ門達も帰省もしていない鴇からお土産をもらっている

まあ、物が云々ではなく、とにかく三郎は鴇さえいればいいのだ

鴇が思うような迷惑、負担なんて一切ない むしろご褒美くらいに思っているのは見ていて明らかなのだが鴇はそれに気づいていない


(…のか、気付かないふりをしてるのか)


ふわぁ、と欠伸をしながら勘右衛門は鴇の隣に並んで歩いた


「ところで、どこ行くんです?」

「…仕事」

「ふーん、……えっ!まだ夏休みなのにっ!?」

「固いこと言うなよ」

「いやいや、鴇先輩 何してんの!?」


ぎゃあぎゃあ喚く勘右衛門に鴇は面倒臭くなってきた

これが三郎であれば、空気を読んで事情を聴くだろうが勘右衛門はそうはいかない

この後輩、基本仕事と私事は明確にしたいタイプであるし、残り2日の休みもまだまだ遊ぶつもりなのだろう

それならば、と鴇は問う


「わかった ならひとつだけ」

「何です?」

「尾浜、宿題やった?」

「?もちろん」

「課題の内容は?」

「―――、ですけど」


怪訝そうな表情の勘右衛門であったが、口にした課題はそれなりの難易度をもつものであった

手持ちの半紙にソレを走り書けば、何事かと勘右衛門が首を傾げた


「え、何か起きてます?」

「まあ、夏休み返上して動かないといけないくらいのことはね」

「俺、何したらいいです?」

「いいの?あと2日 ゆっくりしたいのかなと」

「…意地悪だなぁ 鴇先輩だけ働かせるわけないじゃん」


少し先ほどの仕返しとばかりに笑って返せば、勘右衛門がぷーっと頬を膨らませてこちらを見た

前言撤回、この後輩 学級委員長なんて面倒な役職についているのだ、基本他人の困りごとは放っておけない性質である


「聞いたら休み終わるけど?」

「いい、いい 早く教えて」


今更だろうという表情に戻った勘右衛門が、情報を催促する

結局、学級委員長委員会のメンバーの特性というか何というか、こういう巻き込まれ事には理解があるのだ


「実は、」


申し訳なさ半分、けれどどことなく笑いながら鴇は勘右衛門に事情を説明するのであった












「うぇ、面倒くさ」

「言い方」

「えー、それ以外に言い方ありますぅ?」

「ノーコメント」

「ほらぁ 結局はそういうことですって」

「それ、吉野先生の前では言わないでよ?」

「そこらへんは抜かりなく」


ささっと作った名簿一覧の一部を勘右衛門に渡せば、どこから行くかなと勘右衛門がぼやく

五年生は勘右衛門以外はまだ帰っていないらしく、今日戻ってきてる忍たまはそんなに多くないはずだ

とりあえず行ってきますと言った勘右衛門を見送って、鴇は再び歩き始めた

向かうは六年長屋である


(誰が帰ってきてたっけな)


仙蔵が今朝戻ってきたのは認識している

戻ってすぐ一言二言会話をして別れたので詳細は聞けていない

まずい組から行くかと思っていた時である


「鴇!」


ズシリと背に乗っかった重みと大きな声に鴇は小さく溜め息をついた

これだけの存在感が身体に触れるまで気付かないなんてのは忍失格ではなかろうか


「重い 小平太」

「はは、ただいま」


戻ってきてすぐなのだろう、まだ荷物も背に背負った状態の小平太が嬉しそうに笑う

長い帰路を連想させるように土と日の匂いがする


「土産だ 鴇、やる」

「んー?」

「桃、好きだろ」

「ああ、好きだ ありがとう」


背後からにょきりと伸びた腕があげた風呂敷のなかにはよく熟れた桃が6、7個見て取れた

ふわりと特有の甘い香りがして、鴇も小さく笑った


「……ん?」

「?どうした、鴇」

「ちょっと真っ直ぐ立ってみてよ」

「?」


のしかかるように後ろから鴇を抱きすくめていた小平太に違和感を感じ、鴇は小平太を自分の横に立たせた

何事かと小平太が横に並び立つと、違和感の正体がわかった


「…背、伸びたな」

「お、本当だ」


もともと鴇の方が少し背は高い

夏休み前までははっきりとわかるくらいに差があった身長が、目線がそろうくらいには迫っていた


「…何か異変は?」

「最近、手足の関節が痛む」

「…成長期だな」

「そのうち、長次にも並ぶかもしれん!」

「私を抜く前提か」

「?もちろんだ」


さも当然のように答えた小平太に鴇は眉を顰めた

いや、小平太の成長期をどうこういうつもりはないが、鴇だってそう簡単に抜かれるのも容認したくない

これは理屈じゃないというのだけははっきりしている

そんな鴇の心情を知らぬ小平太が真っ直ぐ鴇に腕を伸ばした


「鴇よりは、逞しくありたい」


大きな掌が、鴇の額から髪を梳くように撫でる

小平太の親指が鴇の目元をやんわりと撫でれば、高い体温が心地いい

いつからこんな、壊れ物を扱うように自分に触れるようになっただろうか

加減なく全力で抱きしめてきていた時分とはまた違い、調子が狂う気がした

じっと小平太を見遣れば、何だ?と見返してくる

先ほどのソレは、小平太の揺るぎない本心なのだろう

その疑いのない視線に居心地が悪く、鴇はふいと目をそらした


「……そうか、頑張れ」

「おう!」


休み明け早々、鴇と身長が並んだということが小平太はとても気分がよかったのだろう

まあ、そんなことがなくとも小平太はいつも前向きで細かいことは気にしない性質だ

頭の後ろに手を組んで、楽しそうに笑う

はっきりとわかるくらい伸びた手足

日に日につく腕や背の筋力が最近の小平太を大人びて見せてくる

昔は子犬のような印象だったというのに最近は随分落ち着きを見せていて


(…なんだか、こちらが落ち着かん)


ガシガシと髪をかいて、鴇は何だかモヤモヤとしていた

少し前まで、小平太は自分に強烈な告白をしてきていた

止めろと鴇が言っても、好きなものは好きだと、恥じらいも場も弁えず

それはある意味、とても躱しやすかった

ド正面からくる小平太の好意を、鴇はすっと違う方向に押して逸らしていたからである

適当にあしらって、話半分に聞くふりをしていれば、小平太はムキになって鴇を追い回したものだ

ただ、最近 六年になってからだろうか

小平太が上級生特有の貫禄を身に着けていくのと並行して、どんと軸をしっかり置いた応対をし始めた

相も変わらず自分に好意を向けるが、どれだけ鴇が適当にあしらおうと動じなくなってきたのだ

時折見せる柔らかい物腰と、落ち着きの払った態度は鴇を絶妙に悩ませる

いつからそんな表情と余裕を身に着けたのか

気が付けば逃げ場のないところに追い込まれそうな、それでいて小平太らしく正面から迫ってくる、そんな距離の詰め方

あまり小平太との体格差が顕著になってほしくない理由もそこにある

小平太は自分を守るべき対象として常に見ている

どんなに鴇が腕をあげても

どれだけ自分達が同等の刃を振るえる力をもっていても


(それを、か弱い女にしてやれば、大層もてるだろうに)


女性の目線で見れるわけではないので、本当にもてるかは知らない

それでも、小平太には小平太の魅力がある

少々のことで揺るがない体躯と精神力、当たり前のように人に手を差し出し、間違ったことが嫌いなこの親友が自分とはまた違った人の惹きつけ方をすることを鴇は知っている

そんなこと、小平太がこれっぽっちも望んでいないことなんて誰に言われるまでもなく鴇が一番知っているくせにそうやって鴇は自分の悩みをはぐらかそうとしている

それくらいの自覚はあるくらい、最近思うところなのだ



「で?鴇は何をしてるんだ?」

「ちょっと手伝い」

「それはまた、大変だな」

「…小平太、お前課題は?」

「?やってきたぞ」

「内容、聞いてもいいか?」

「?おう」


聞いた内容を手持ちの半紙に記載する

これも恐らく小平太専用の課題だ

かなり難易度が高く、小平太が嫌がりそうな環境下での忍務

しかし、愚痴も何もなく当然のようにこなしてきた小平太はやはり腕が上がっているのだろう

ふむ、と少し安堵の息をついた鴇の顔をひょっこりと小平太が覗き込む


「何だ?また厄介事か?」

「まあ、一言で言えばな」

「昼飯、一緒にとる時間もないか?」

「いや、それくらいは大丈夫」

「!そうか」


おばちゃんの飯、久しぶりだなと言う小平太にまだ食堂は開いてない旨告げれば、驚いた表情をした

先ほどの変な空気はもうそこにはなく、鴇は再び前を向いた


「さっき、長次と文次郎も帰ってきてたぞ」

「やぁ、それは丁度いい は組の連中は見たか?」

「あー…留三郎は見たな」

「伊作は?」

「見てない どうせギリギリだろ」


そうか、と呟いて鴇は歩を進めた

どうせ伊作は帰り道に何やら巻き込まれてるのだろう、いつも予定を超過して帰ってくるのはやつの常だ

とりあえず、い組の部屋の前につき、鴇は小平太に長次も部屋に来てもらいたいと言伝を頼んだ

こうなれば全員いっぺんに確認した方が早い、そう思ったからである


「仙蔵、文次郎 入るぞ」

「鴇か?入れ」


先にい組の連中と会おうと鴇が入室の許可をとれば、仙蔵の声が戻る

障子に手をかけ、鴇が開口一番、課題を聞こうとした時である

とんでもないものが目に入ってきたのは


「……………」

「おお、鴇」

「……何だ、それ」

「まあ、そうなるわな」

「何って……」


鴇が眉間に皺を寄せれば、まあ座れと仙蔵が自分の横をポンと叩いた

何から話せばいいかも鴇自身よくわからなくなったため、とりあえず腰を落ち着けてソレを見た

何となく説明しづらそうな文次郎に問うのはいけないことなのか、傍らの仙蔵に視線を向ければ、仙蔵も肩をすくめてこう言った


「文次郎の夏休みの課題らしい」

「………何て指示がでたら、これになるんだ」


並んでいたのは木枠に入った大量の昆虫の標本であった

しかも十数個

ご丁寧に種別に分けたのだろう、蝶や蜻蛉に始まり、蝉や飛蝗、蜘蛛に至っては珍しい毒蜘蛛まで勢ぞろいである

それは真面目な文次郎の性格をよく表しているというか、どれも保存状態は良好で、良い資料になるなと第一感想はそう思った

しかし、謎である

これは一体、何なのだろう


「昆虫採集」

「こんちゅうさいしゅう?」


目の前の立派すぎる成果と、告げられた課題のテーマのギャップが酷すぎて鴇は思わず復唱した

鴇が言いたいことは文次郎もわかるのだろう、先回りして小難しい表情をしているのは自分だって違和感には気づいているという自己防衛に近い反応である

どう切り出したものかと互いに悩む2人を面白そうに見て、仙蔵が助け船をだした


「夏休みの課題、昆虫採集だったようだ それ以外の指示がなかったので、この季節捕獲できるものを全て採集 証拠の品として標本にしてきたというわけだ」

「…虫の死骸をひとつの籠にいれて持ってくるのも気色悪いだろうが 証拠提出が原則だ こうするしかないだろう」

「………………」

「鴇?」

「やってて、何とも思わなかったのか?」


頭痛い、そう思いながら呟くように尋ねれば、文次郎の眉間の皺もさらに深くなった

文次郎にだって言い分があるのだろう、鴇はそれを聞くことにした

しかし、返ってきた言葉は想定外の言葉であった


「そりゃあ、俺だって何だってこんなことと思った しかし、長次も似たような内容だった だから今年の課題は一風変わったのかと…」

「待て、長次も?」


半分流して聞くつもりであった鴇は文次郎の口から聞き捨てならない言葉が飛び出たことにまた姿勢を伸ばした

嫌な予感しかしない

慌てて立ち上がろうとした鴇の袖を仙蔵がくいっと引っ張った


「おい、鴇 お前、何か知ってるな」

「待って ちょっと一旦確認してからに」

「鴇、長次連れて来たぞ」


鴇が笑い飛ばさず、妙な反応を繰り返しているからだろう

何かを察した仙蔵が鴇に問うたのと、小平太が長次を連れてきたのはほど同時であった

何事かと首を傾げる長次を他所に、部屋に広げられた昆虫標本に小平太が目を丸くする


「何だ?文次郎 お前も妙な課題が出たもんだな」

「長次、お前も鴇に言ってやれ 夏休みの課題が何だったか」

「?」

「ごめん、長次 ちょっと事情があって 夏休みの課題を教えてほしい」


文次郎が少々喧嘩腰なのと、それに気づいた鴇がどう説明したものかと困った表情をしているのを見て長次が少し躊躇う

まあ、気にするなと小平太が長次の肩を叩き、言葉を促せば長次がもってきた冊子を鴇に手渡す

この時点で、長次も実技ではなく座学的な課題だったことがわかり鴇の頭痛は増した

しかし、聞いた以上見ないのも失礼極まりない

パラりと捲れば眩暈がした


「ほう、」

「何だ?小難しいことをやってるな」


隣から覗き込んできた仙蔵と小平太が思い思いの感想を述べるのも当然である


「…長次、これのテーマは?」

「……朝顔の観察」


どう考えても1年生の研究テーマだと思われるそれが、六年生、しかも博識の長次の手にかかればこうなるのかと言わざるを得ない出来である

朝顔についての基本用語の解説から始まり、品種・発芽時の胚軸の色から推測される花色との相関、その裏付け、さらには病害虫についての分類や対処方法まで記載されている

もう1冊と渡された冊子には、それらの図解や色調も丁寧に整理されており、そこらの文献よりもしっかりとした根拠と見解が述べられている


「…これ、作るの大変だったろう」

「……どこまでまとめるべきかは、少々悩んだ」


文次郎にしても長次にしても根が真面目でしかも凝り性だ

そして、課題が悪い

これは恐らく両方とも1年生の課題だ

だから細かい指定はでていないし、とりあえずやり遂げることが大事という類のものだ

だが、六年生にかかればその簡潔な指示が要らぬ憶測を呼ぶ

どこまで、何を、どのように

こういった細かい指示もなく精度の高い成果を求められることに慣れている

それが故のこの成果だし、それが2人も似たような課題であれば誤配布だなんて考えはないだろう

ストイックの一言で片づけるには申し訳ないくらいの出来映えのソレらを鴇は丁重に預かることにした

そして、


「話がある」


とても言いづらそうに口を開いたのであった







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