- ナノ -


02


「よし、報告ー」

「はい 保健体育委員会は上手くおさまりそうです」

「へえ そりゃ意外だねぇ」

「保健委員会は受け身な委員会でしたが、新委員長の方針のもと、これからは基礎体力の向上と自給自足可能な委員会を目指すようで」

「真面目か うーん、何とも潮江先輩らしい」

「治療や薬の処方は善法寺先輩には現段階では遠く及びませんが、ご本人はしっかり習得していかれるつもりのようです」

「ふむふむ 次、彦四郎 会計委員は?善法寺先輩が新委員長だっけ?」

「はい 黙々と業務をされてますね こちらも静かなものでした」

「へえ、硯を倒すとか、帳簿が茶浸しになるとかいろいろ起きると思ってたんだけどなぁ」

「強いて報告するならば、安藤先生の親父ギャグを伊作先輩が受け流せないのが問題くらいですかね」

「あー、あれね うざったいよね」

「尾浜先輩、正直すぎます」


各委員会への調査を鴇に頼まれて、学級委員長委員会は見回りを行っていた

次々と集まってくる報告を勘右衛門が記録し、ふむと紙面を眺める

あまりややこしくなさそうなところに偵察に行った者たちは早々に帰ってきたため、先に報告内容をまとめだしたところだ


「俺も生物委員会見てきたけど、特に問題なさそうなんだよね」

「立花先輩は虫とかお嫌いそうですけれどねぇ」

「いや、でもさ、あの人もともと火薬の調合とか好きじゃんか 生物委員会で飼っている毒虫も忍術で使えるから研究する気だよ」


また恐ろしい方向に目覚めそうだなと思いながら、頼まれていた委員会の下見が終わった勘右衛門達はやれやれと息を吐いた

混乱するかと思っていた新委員会委員長のもとでの活動だが、想像よりはずっと上手くおさまりそうな感じだ


「何だか、心配していたほどではありませんでしたね」

「これだけを見るとね」

「え?」


ほっと一息をついた彦四郎が呟いた言葉に勘右衛門は苦笑する

調査した先の委員長は比較的話が通りやすそうな忍たまばかりである

潮江文次郎と立花仙蔵のい組コンビは基本根が真面目だし、善法寺伊作も不運が目立つだけで特に問題のある人ではない

基本的に六年生の忍たまは個人だけを見れば優秀でそつがない人ばかりだ


(ただ、色々絡んでいくと問題を起こすんだよな あの人達)


鴇の書き残した残りの委員会の名簿を眺めてみる

用具委員会に中在家長次

作法委員会に食満留三郎

図書委員会に七松小平太

単独でみれば、問題がありそうなのは図書委員会だけだが、その割には鴇が気難しそうな表情で出て行ったのが気になる


(こういうの、聡い人だからなぁ)


一筋縄でいかないだろうが、それでもきっと鴇は上手く収めるのであろう

そして手伝いにいったのか、その堂々たる姿を見に行ったのか無理矢理ついていった三郎も流石というか何というか


(さてさて、どうなることやら)


来年からはこういったことも自分達の仕事だ

面倒くさがってばかりもいられないと思い、庄左ヱ門と彦四郎を連れて勘右衛門も後を追うのであった







「さて、用具委員会ですが」

「長次が新委員長だ 問題ないだろう」

「…一年生は中在家先輩に怯えているようですが」

「始めだけだろ 長次はたしかに強面だけど、優しいし面倒見もいい 何も心配いらんよ」

「いつも思いますけど、委員長は中在家先輩に絶対の信頼をおいてますよね」

「当然 私が女で結婚するならば断然長次がいい」

「それはまた大分飛躍した話ですね」

「例えだよ 例え それくらい安心できる人って話」


手始めに用具委員会の様子を見に来た三郎と鴇は、外からそっと様子を窺う程度に留めることにした

用具委員会は低学年が主なメンバーとなる委員会である

三年生の富松作兵衛に一年は組の山村喜三太と福富しんべヱ、ろ組の下坂部平太

しっかり者で兄貴肌な富松と甘えたがりな一年生トリオを父親のように懐の深い長次がまとめられないわけがないと鴇は思っている

積極的なコミュニケーションを図る兄のような留三郎と比べれば、しばらく気苦労があるかもしれないが、長次は無茶なことも強いなければ無責任なこともしない


「…あ、ほら 作兵衛も緊張しっぱなしですよ」

「富松は留三郎にだって緊張してるじゃないか 根が真面目なんだよ、あの子」

「まあ、委員長と話する時も緊張してますからね」

「だろ?少しは次屋や神崎に見習わせたいくらいだ」

「…三之助や左門がかしこまりだしたら気味悪がるでしょうに」

「それはそうだな」


そんな軽口を叩きながら室内の様子を盗み見る

なかなか重い空気だが、長次もそれに気付いていないわけではない

リラックスしろと発言したところからみれば、充分やっていけると鴇は小さく笑った

こんな空気も初めだけ、あとは慣れの問題でそれは時間が解決してくれるだろう

もそもそと、新委員会の必読事項や方針を述べる長次の横顔をそっと盗み見て、鴇と三郎は静かにその場を去ることにした


「ちょっと期待外れだったというか、何というか」

「もっと揉めてた方が面白かったか?」

「あ、いえ そういう意味では」


用具倉庫からの移動中、ぼそっと呟いた三郎の言葉に鴇が笑う

今回三郎が鴇についていこうと思ったのは、勘右衛門達が調査を頼まれた委員会とは別にこちらの方が扱いが難しいだろうと判断したからである

そもそも鴇はいつだってそうだ

面倒事、厄介事は自ら引き受けて処理する傾向があるから、三郎はそれではいけないと思ってついてきたのだが思ったよりも円満であったため拍子抜けをくらった気分だ


「用具はな、心配してなかったんだよ 長次が下級生と上手くやれなかったら少しフォローしようかと思ってたくらいで」


見たら問題なさそうだったし、と少し安堵した表情の鴇であったが、ガタン!と響いた物音に眉間の皺を寄せた


「むしろ心配してるのは、用具を去った留三郎が就任した作法委員会だ」


ガタン、バタン、と部屋の中から物音が響く

続いたのはやめてくれと懇願する浦風藤内の声

それを聞いて鴇は小さく溜め息をつくのであった







「食満新作法委員会委員長 生首フィギュアを蹴るのやめてくださいっ!」


必死に止めようとする藤内を無視し、留三郎はギロリと鋭い視線で室内を見渡した

留三郎の機嫌が悪いのは慣れ親しんだ用具委員会を離れただけでなく、就任した作法委員会に原因がある

今まで活動してきた用具委員会のブラックリストに載っているのは留三郎と犬猿の仲である潮江文次郎と備品を壊しまくる七松小平太、そして


(作法委員会には用具委員会の天敵ともいえる穴掘り小僧がいる…!)


慌てふためく藤内に比べ、穴掘り小僧、もとい綾部喜八郎は留三郎が来た時から無視を決め込んでいる

本人も自分を自由にさせてくれていた仙蔵と比べて今後動くことにとやかく言われるであろう予測はたてているのだろう

つまらなさそうに小さく欠伸をするその態度が留三郎の機嫌をさらに逆撫でる

作法委員会は留三郎にとってどちらかというと屋内で細々と活動しているイメージが強い

合戦上での作法や生首フィギュアの手入れ、兵法や策略を考察する そんなあまり外に出ない印象だ


「いいかお前らっ!おれが作法委員長となったからには、これから当作法委員会は武闘派作法委員会を目指す!」

「作法委員会が武闘派って…」

「意味わかりませーん」


それでも留三郎だって新委員会を停滞させるわけにはいかない

今までと違った体制を発表すれば、賛同どころか不安気な声の数々

そして、こんな時にだけ反応を返す喜八郎に留三郎の血管がブツリときれた
リフティングしていた生首フィギュアを強く蹴れば、鞠のように室内を跳ね回る

荒れる室内、騒ぐ後輩達

その勢いにのるように、不満が思わず口をつく


「ああ、くそっ!何で俺が作法委員会なんだっ!」

「阿弥陀で決まったからだろうが 阿呆」


突然聞こえた声に留三郎の動きがピタリと止まった

声の方へと視線をやれば、跳ね回る生首フィギュアを鷲づかみにした学級委員長委員会委員長、嘉神鴇が険しい表情で立っていた

いつの間に入室したのか気付かなかったことが少し気まずくて、苛立ちのままに留三郎は鴇に問うた


「…何だよ 鴇 何か用か?」

「用具への思い入れが強かろうとは思っていたが、この有様は何だ 留三郎」


言われるがままに室内を振り返れば、想像以上の荒れっぷり

生首フィギュアが当たったせいで所々の物が壊れた室内

留三郎の荒れっぷりに敬遠してしまっている一年生

藤内にいたっては完全に萎縮している

しまったと思いつつ、なんと宥めようかと考えていた留三郎よりも先に鴇が動いた


「浦風 大丈夫?」

「あ、うぇ、はい」

「全然大丈夫じゃないんですけど 鴇先輩」


泣きそうな表情の藤内の頭を鴇が撫でれば、少し落ち着いたのか藤内がコクコクと頷く

一方で我慢というか留三郎の体裁を守る気は一切ないのであろう、喜八郎が鴇へと不満を口にする

それにやはり苛立ちが治まらない留三郎が咎めるように尋ねた


「俺の方針に文句があるのか 穴掘り小僧」

「鴇先輩 作法委員長やってくれませんかー?」

「綾部 委員長は学級委員長委員会の委員長だ」

「学級と兼務でも構いませんよぉ」

「簡単に言うなよ綾部、委員長はただでさえ多忙の身なんだ」

「なら鉢屋先輩が人一倍働かれたらよろしいじゃないですかぁ」

「…お前は口の利き方から教えてやろうか」

「鉢屋、これ以上話をややこしくしないで」


何故喜八郎と鴇との会話が喜八郎と三郎とのいがみ合いになるのか
 
違うところでまた喧嘩が起きそうなことにうんざりして鴇が三郎を窘めれば、不満そうな表情をしながらも三郎が身をひいた

収拾がつかなくて鴇が苛立ってきているのを察したというのも理由のひとつだ


「綾部、各委員会の委員長の改選は学園の決定事項だ これを変える気は、今のところ学園長先生にはない」

「えー…」

「えー、じゃない お前はこの委員会で委員長を支える年次でしょう お前が率先して反発しててどうするの」


口を尖らせて黙りこくった喜八郎がつまらなさそうに鴇を見上げる

その物言いたげな視線に小さく溜め息をついて鴇が喜八郎の髪をわしゃわしゃと撫でた


「そんな様子では、仙蔵にだって合わせる顔がないだろう」

「………………」

「しっかり務めなさい いいね」

「………………」

「返事」

「はぁい」


鴇の言うことであれば黙って聞く喜八郎に留三郎がちっと舌を打つ

それを皮切りに、気持ち良さそうに目を細めた喜八郎から一歩下がって鴇が留三郎へと向き合う

その表情は後輩達に向けていたものに比べると酷く険しい


「留三郎」

「綾部と上手くやれってか?わーかったって」

「そんな低次元の話をしたいわけじゃない」

「あ?」


ガシガシと髪をかいていた留三郎の手が止まる

ピリっと空気が震える


「新組織への配属だ 初日からそう上手くいかないことはわかる」

「………………」

「だが、後輩達への配慮も含めて、最上級生らしい行動をとってくれ」

「…お前はいいよな 学級委員長委員会は継続だ」

「仕方がないだろう 6年に学級委員長がいないのだから」

「へーへー、学級委員長様になるには敷居が高いもので」

(………まずい)


またピリっと震えた空気に三郎がジトリと汗をかく

少し棘のある会話に鴇を見つめる喜八郎の背筋もピンと伸びている

知らない者も多いが、鴇と留三郎は決して仲が良いわけではない

留三郎の同室である善法寺伊作と鴇があまりよろしくない関係にあることもあるだろう

伊作が鴇に負けそうになった時、留三郎は必ず伊作側につく

つまり、何がいいたいかと言うと


「…何だ 何か言いたげだな」

「お前こそ、何か言いたそうじゃねぇか」

「私は学級委員長委員会の人間として来ている 波風たてることなく務めてほしいと思っているだけだ」

「だから、そういう建前とかどうでもいいんだよ 言いたいことがあんならはっきり言えよ」

「留三郎、私を怒らせたいのか」

「さあ?どっちだろうな」


ブチっと血管が切れるような音が三郎には聞こえた気がした

一気に冷たくなった鴇の纏う空気に三郎が様子を窺えば、鴇の目つきが普段より大分悪くなっている

この2人、実は相性がよろしくないのだ


「…後輩に気を遣わせてんなって言っている」

「遣ってくれなんて一言も言ってねーよ」

「なら優秀な後輩に感謝だな お前がどうしようもないから気を遣ってくれてるぞ」

「あぁっ!?」

「五月蠅い 怒鳴れば相手が萎縮すると考えてる奴はすぐ怒鳴る」


鴇は普段とても穏やかだ

多少の暴言や粗相はその寛容さで見過ごしている印象が三郎にとっては強い

大人な対応とでも言うのであろうか、多少のことには目を瞑り、それが敵わぬ場合は相手を誘導して上手いこと着地点を見出す

それは粗暴な大人や礼節を知らぬ年下へ適応されることが多い

ただ、鴇のリミッターが外れやすい相手、それが同級生である

売られた喧嘩を即お買い上げなんてこと、基本的に鴇はしない

しかし、押し売りのように何度も挑発されれば気の長い鴇だってブッツンといってしまう

ましてやそれが身内に近い同級生で、放置すれば後輩に跳ね返るものであれば尚のことだ


(まずいまずいまずい)


三郎は鴇が生徒相手にぶちキレた姿を過去数回目撃している

医務室送りは序の口で、1度はやり過ぎて謹慎処分をくらったことだってある


(あれは、明らかに相手に非があったが、そんなことを言っていられない)


学級委員長委員会、そして委員長ともあれば生徒の模範であることを暗に求められる

鴇が纏う空気も処世術も礼節も、それらを意識して形成されたものが多い

つまり、あまり此処で暴れると火消しに向かった自分達の身に飛び火するだけでなく、火を煽った責任をとらされかねなくなる


「い、委員長」

「それでは食満留三郎新作法委員会委員長」


割って入ろうとした三郎の前に喜八郎が入り込んだ

いつもの間延びした口調も、崩れた姿勢もない

姿勢をピンと伸ばして、留三郎の前に膝をつく


「作法委員会の活動内容と予算の使用状況を報告します 藤内、資料出して」

「……………え?」

「藤内、資料」

「は、はいっ!」


突然改まった態度に留三郎も毒気を抜かれたのか、じっと自分を見つめる後輩達の前に慌てて姿勢を正す

先ほどまでの様子とは打って変わり、何もなかったかのように振舞う喜八郎を鴇がじっと見つめる

テキパキと進行を務める喜八郎を見て鴇が小さく息を吐いた

そして、藤内が日誌や帳簿を並べて説明を始めたのと同時に、鴇と三郎も静かに部屋を退出したのであった




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