- ナノ -


01


「大変です!」


バタバタと廊下を駆ける足音が近づいたのと同時に障子が勢いよく開く

書類に筆を走らせていた三郎と勘右衛門が何事かと顔を上げれば、そこには一年生コンビの庄左ヱ門と彦四郎が息を切らせて立っていた


「あー… 庄ちゃん、彦四郎 廊下は走らない、んで戸を開ける時は一声かけて?」

「あ!すみません! でも大変なんです!」


日頃の習慣というか、礼儀を気にした勘右衛門が2人に注意を促せば、しまったと庄左ヱ門達が慌てた様子をみせる

今、委員長である鴇は不在だが、彼は礼節に関したところを疎かにしない

その性格や指導が後輩にも行き届いていることは三郎達がよく知っているところである

とりあえず障子をそっと閉め直した庄左ヱ門達に笑いながら三郎は2人を室内へと招き入れたのであった






「委員長改選?」

「そうなんですっ 学園長先生の思いつきで、各委員会の委員長を選びなおすって!」


庄左ヱ門と彦四郎の会話をまとめるとこうである

最近バタバタと六年生達の問題行動が続いたこともあったからだろうか

現在の委員長の個性が強く出すぎており、業務に支障がでているのでは、と学園長の判断が入ったらしい

突然の委員長の改選

真面目な提案のように聞こえる話だが、やはりいつもの思いつきのような気もするのは学園長の普段からの行動から考えると仕方のないことだろう


「と、ところでさ うちは、どうなった?」


ふーん、と聞いていた三郎であったが、勘右衛門が恐る恐る尋ねたことではっと我に返った

どこか他人事のように聞いていた三郎であったが、途端に背筋に悪寒が走った

そうだ、学級委員会にも六年生の鴇がいる

今まで鴇が委員長であるのが当たり前であったため、改選なんて発想がすっぽり抜けていた


「い、今、学園長先生の庵で決められてるみたいで 鴇先輩も、そこに呼ばれたってっ…」


何故彦四郎達があんなに青い顔をして駆け込んできたのかこれで合点がいった

他人事どころではない、学級委員長委員会始まって以来の大問題だ


「行くぞ勘右衛門」

「は?」

「盗み聞きでも何でもしてやる このまま此処で待ってなどい」

「どこか行くのか?折角いい茶菓子が手に入ったのに」


いてもたってもいられなくなった三郎が立ち上がったのと委員会室の障子が開いたのは同時であった

そこには手に茶会の道具を持った鴇が不思議そうに此方を見て佇んでいた


「い、委員長」

「声かけたんだけどな 尾浜、そこ片して」

「せ、先輩 委員長改選をしたって」

「まず片して」


騒がしいのは嫌なのだろう、有無を言わさない鴇に勘右衛門が慌てて机の上の書類を片付け始める

はっと気づいた庄左ェ門が鴇の持つ盆から湯呑一式を受け取ると鴇が礼を言ってにこりと笑った


「鉢屋、出かけるのか?」

「い、いえ」

「そう 話があるからいてほしいと思ったんだ」


この落ち着きがもどかしいと思う

どんな話がされるのか、何だか死刑宣告を待つようで嫌だと思いながら三郎も場の片付けを手伝った

コポコポと、鴇が注ぐ茶を委員会のメンバー全員で見つめる

誰も何も発さないのは、これからの話が重い話だと全員が認識しているからだ


「話、聞いてるかもしれないけれど委員長改選がさっき行われた」


鴇が色とりどりの生菓子を配りながら話を切り出せば、全員の視線が集中する

鴇の表情も声も落ち着いたもので、どう転んだのかはさっぱりわからない


「引き継ぎとかは委員長間ですることになって、取り急ぎ新委員会にそれぞれの委員長が出向いてる」


学園長先生も無茶をおっしゃる、と愚痴りながら鴇が静かに茶を啜る

相槌を簡単にできる心境でもなく、三郎たちは固唾をのんで見守るばかりだ


「委員会構成の見直しも入ったんだけど、まあ基本は現状据え置きだな」

「「……………」」

「大きな変更としては、保健委員会と体育委員会が合併して保健体育委員会になった」

「「……………」」

「保健と体育は表裏一体だからとかなんとか、まあわからなくはないがね」

「…っ、鴇先輩っ!」

「ん?どうした 今福」


気質が真逆の委員会をまとめるのは骨が折れそうだと鴇が呟くが、三郎達にとって重要なのはそこではない


「が、学級委員長委員会の、新委員長はどな、たなんでしょうか」

「ん?」


なかなか話を切り出さない鴇に堪えかねたのか、彦四郎が話に割り込めば、鴇がようやっと手を止めて皆を見た

不安の方が先に込み上げてしまったのか、正座した背中はまっすぐに伸びるが俯いた彦四郎から出たのは涙声で

ぐすりと彦四郎の鼻が鳴ったのに気付いた鴇の動きが止まる


「え、ちょっ、今福?」

「鴇、先輩じゃなくなるの、嫌…です けど、そんな我が儘も、言えない、ので教えて、ください」

「へ?」

「い、っしょうけんめい、ついていきますが、寂しくなったら、会いに伺ってもっ」


言っているうちに悲しさの方が上回ったのだろう、うー、とぐずりだしてしまった彦四郎を勘右衛門があやすように肩を抱く

動揺が伝わったのかいつもは冷静な庄左ヱ門もどことなく目が潤んでいる


「わ、私は残留だが!」


その姿を見て慌てた鴇が状況を悟ったのだろう、叫ぶように伝えればピタリと全員の動きが止まった


「「………………」」

「…な、何だ 変わった方が良かった…っ!?」

「本当に、本当に残留なんですね!?」


鴇が戸惑うより先に、吹っ飛びそうな衝撃が訪れた

三郎が鴇の両肩を掴んで真偽を問いただしたのだ

あまりにも真剣なその表情に、鴇が溜め息をついて問うた

鴇の方は一周回って落ち着いたらしい


「…学級委員長委員会に所属する条件は?」

「は?」

「学級委員長であること 今の各委員会委員長で条件に当てはまるものが私以外いない」

「……そう、ですね」

「学級委員長委員会は学園長先生のお膝元の組織だからね 簡単には入れ替えんよ」


つまり残留

少し考えればわかる話でもあった

学園のあらゆる情報を管理し、一学年継続するのだってこの委員会は一苦労だ

ましてや学級委員長委員会委員長ともなれば、情報の塊

いくら学園長といえど変更はできなかったらしい

大体、入れ替えて一番被害を被るのは学園長自身だ

鴇が委員長だからと好き勝手しているきらいが学園長にはあるのだから


「と、いうわけで学級委員長委員会は変更なし これまでどおりだ」

「そ、そうですか」

「だからそんなに動揺するな 大丈夫だから」

「よ、かったぁ…」


大きな安堵の息を吐く委員会のメンバーに鴇が驚かせたみたいだと謝る

こちらの早合点であったが、心配したところは皆同じだったのだ

押さえつけていた両腕を慌てて離し、すみませんと謝れば鴇も気にするなと三郎の肩を叩いた


「うちはいいんだけどな 他所が結構悲惨なことになりそうだ」


勘右衛門からぐずついていた彦四郎を受け取り、鴇が自分の隣におろした

初めは恥ずかしがっていた彦四郎であったが、鴇の近くに座れるのは嬉しいのだろう

新委員会体制を紙に書き始めた鴇にぴったりと寄り添って紙面を覗き込む

連なるのは新委員会委員長の名前である


「保健体育に文次郎、作法が留三郎、用具に長次で生物に仙蔵」

「会計が善法寺先輩、…えっ、図書に七松先輩ですか」

「な、もう展開が目に見えてるだろ」

「どうやって決めたんですか これ」

「阿弥陀くじ」

「はあ!?」

「いきなり呼び出されて改選するって言われて、このクジ作らされた私の身にもなってくれ」


不正はしてないことを見届けろと学園長は言ったが、鴇にしてみればツッコミどころ満載だ

そもそもこの忙しい時期に何だってこんな学園の根本に関わるところの見直しをせねばならぬのか

その理由だってはっきり教えてもらってはいない、というかいつもの気まぐれなのだろう


「適材適所を見いだしたいなら検討すべきだと学園長先生にも進言したんだが」

「こういうのは勢いが肝心だと?」

「そ、新天地で全力で取り組めと これを他の委員長に公表するのも同席させられて」

「うわぁ………」


想像がついたのだろう、勘右衛門が口元を引き攣らせて笑った

学園長の思い付きはいつものことで、学級委員長委員会委員長の鴇はきっと白い目で見られただろう

何だって止めれなかったのか、と


「ちなみに火薬は久々知が今までと同じく委員長代理として管理する」

「兵助の気持ちは微妙でしょうね」

「新委員長が欲しかったかもな でもあそこも物資の管理が中心だからな 別委員会の委員長を放り込まれるよりは現状維持で良かったと思う」

「まあ、兵助よりきっちりした人が来たらいいと思うけど、そうじゃなかったらストレスに繋がりそうですしね」


そういう意味では竹谷は喜んでるかもなと伝える鴇に新委員長の名を見た勘右衛門はどうだろうかと笑った

生物委員会は常に外で動き回る委員会だ

虫や動物に囲まれ、地べたを這い回り育てる

綺麗好きな作法委員会委員長であった立花仙蔵はどこまで対応できるだろうか


「さて、ここで私達の仕事がまたひとつ」

「…なんだか嫌な予感がしますね」

「各委員会のトップが変更になったからな 委員会の方針が大きく変わるかもしれない」

「そうか…そうですねぇ」

「下級生は戸惑うだろうし、委員長が暴走していないか気を配ってやらないと」

「見回りに行くのですか?」

「そうだね 懸念材料が6年っていうのが情けない話だが」


はあ、と溜め息をつく鴇の心情は手に取るようにわかる

各委員会の委員長は代々の委員長の気質を継いでいることが多い

屋外での活動が中心である用具委員会の委員長であった食満先輩が屋内で首実験や戦の手法、合戦の作法を大人しく指南できるようには思えない

それに本人の向き不向きだって当然ある

体育委員会の七松先輩が図書委員会委員長だなんて


(雷蔵、大丈夫かな…)


想像するだけで恐ろしいと思いながら三郎は状況を整理していく鴇をぼんやりと見ていた

さらさらと綴られる文字は流れるように美しく、思案に耽る鴇の横顔はずっと見つめていたいくらい整っている

この姿は三郎が委員会に属してから毎日のように見てきた姿だ

これが当たり前で、これ以外は有り得ないと思っている


「さーぶろ、安心しすぎじゃないのー?」


突然耳元に息を吹きかけられ、勘右衛門の間延びした声が三郎の鼓膜を無遠慮にくすぐる

ビクン、と肩を震わせ驚いた表情で振り返れば勘右衛門がニヤリと笑っていた


「顔に出過ぎ 鴇先輩が残留で嬉しいのはわかるけど、後輩の前では隠さないと」

「ばっ、私は、別に!」

「ほらほら、見回り行くんだからさっさと準備してよねー」


気がつけば彦四郎と庄左ヱ門はもう部屋を出て待機している

鴇からの割り振りは三郎が見とれている間にあっという間に終わったようだ

すぐに追いかけると勘右衛門に伝えれば、ヒラヒラと手を振られた


(くそ、勘右衛門め)

「鉢屋」


手早く手元の湯呑みやら懐紙を片していれば、鴇に名を呼ばれて振り返る

話を聞いてなかったのがバレたのだろうか


「?はい」

「そんなわけで、私は残留なんだが」

「はい、本当に良かったです」

「あまり、私にこだわるなよ」

「…それは、どういう」


自分は安堵したというのに、それを咎めるような鴇の言葉

眉を潜めて問い返せば、鴇がこちらを真っ直ぐと見つめて口を開く


「お前も尾浜も、もう5年生だ 次はお前達が学級委員長委員会を引っ張っていくんだ」

「……それは、理解しています」

「学園長先生の思いつきはいつものことだけど、いい機会でもあるとは思ったんだ 視野も広がるし、下級生達の自立にも繋がる」

「………………」

「私は残留だとおっしゃった学園長先生に、私は問うたよ 何故ですか、と」

「…委員長は、学級委員長委員会を抜けようと思ったということですか?」

「少し語弊があるが、抜けれなくはないと思ったよ」


学級委員長委員会に所属する条件は、学級委員長であることだ

それ以上でも以下でもない

実情は理解している

自分が抜けた時の影響の具合を考えれば簡単には抜けないのだろうと

ただ、「抜けれなくはない」

そこは学園長の腹の括り方次第だと思った


「…学園長は何と」

「特に何も 抜けたいのかと言われた」

「それに対しては」

「ズルい聞き方ですね、と」


鴇が何と返しても都合よく反論されそうな答えであった

抜けたいと言えば理由を問われ、学級委員長を全うできたのかと言われそうで

抜けたくないと言えば理由を問われ、それを盾に新しい我儘を言われそうだと思った


「抜けたいかどうかと言われれば、私だってこの委員会に思い入れがある 今すぐ抜けるには心の準備が足りない」

「…………」

「でも、永遠なんてないだろう 私は今年でおしまいで、新しい体制は常に考えておかないといけない」


慣れるまでは大変だがね、と呟いた鴇に三郎の血が沸々と沸く

そんな三郎の様子に気付かないまま、鴇が言葉を続ける


「それとは別に、こんなご時世だ いつ私がいなくなっても問題ないようにしておけ」


それだけの指導もしてきたつもりだと呟いた鴇が、それだけは言っておきたくてと言って背を向けた

その背に思わず三郎は手を伸ばした

立ち上がろうとした鴇がガクンと崩れ、三郎は引き寄せるように背から抱き着いた


「……鉢屋、」

「わかってますよ もう1年もしないうちに、貴方が卒業してしまうことくらい」

「…だったら、何を戸惑う」

「新しい委員長なんかいらない 私がついていきたいと思っているのは貴方であって、他の6年生ではない」

「…それが頭が固いと言ってるんだ」

「何とでも言ってください もしまた学園長の気まぐれで強制異動でもされようがものなら、速攻で取り返しにいきます」

「何を子どもみたいなことを、」


溜め息をついて有耶無耶に終わらせようとする鴇を黙らせるように、三郎は強く鴇を抱きしめた

ぎゅうっと細い身体を抱く腕に力をこめれば、苦しそうに鴇が息を吐く

それだけでは物足りなくて三郎は身動きがとれない鴇の手をとり、指を絡めた


「委員長、私の委員長」

「…子どもの駄々みたいじゃないか 鉢屋」

「駄々をこねて手に入るなら、いくらでも我が儘言います」

「自分の年を考えろ 別に適応できないわけじゃあるまいし」

「…いやだ 貴方がいい 貴方しかいらない」


どろりと汚い感情が胸を覆う

それでも伝えなければこの人はするりと抜け出てしまう

自分は欲しい、この人が

委員会という唯一で絶対の繋がりを手放すわけにはいかない

鴇がどう望んでいようがそれだけは譲りたくない

新しい体制、鴇のいない生活

あと一年後に迫ったとしてもそんなことを今から考えていたくない

ましてや鴇がいるというのに、何故鴇を抜いた体制のことを考えねばならぬのか

鴇が抵抗しないことをいいことに、三郎は鴇の首元に顔をうずめた

その白い首すじが三郎の目の前にある

ムラムラと何だか沸いてきた欲に抗うことなくそれに噛みつこうかと思えば


ゴンッ!

「…俺、さっさとしろって言ったよね?」

「〜〜〜!?勘右衛門!?」


ガツン、と頭部の走った衝撃に涙目になって振り返れば、口元を引き攣らせた勘右衛門が仁王立ちしていた

ニコニコと笑ってはいるが、握りしめた拳と低い声色は勘右衛門の苛立ちを示している


「昼間から盛ってんじゃないよ この馬鹿三郎」

「尾浜、黒木達の前だから言葉を選びなさい」

「鴇先輩、あんまり甘やかしてると襲われますよ」

「え、そんな手前までいってた?」

「大分際どい感じかな、と」


緩んだ三郎の腕の隙間からするりと鴇が抜け出る

離れていく熱に寂しさを感じていたが、ずるいと見つめてくる庄左ヱ門と彦四郎の視線が気まずくて三郎は視線を逸らした

そんな三郎をそっと笑って、気を取り直すように鴇が言う


「よし、それじゃあ行こうか」


その号令をきっかけに庄左ヱ門と彦四郎が雛のように一生懸命鴇の後をついていく

その様子を見守りながら、ジクジクと痛む頭部に現実を追う

小さく溜め息をつけば、横に並んだ勘右衛門がそっと呟いた


「でもさ、三郎」

「何だ」

「鴇先輩の言っていること、理解してるんだろ?」

「……………」

「そろそろ、考えないといけない時期だ」


勘右衛門が告げた言葉に三郎は答えを返さなかった

鴇は時々離別を匂わせる言葉を告げる

それは当たり前のことで、理解できる言葉だが、まだ受け入れたい言葉ではない

寂しいという言葉が妥当だろうか

恋しいという言葉が妥当だろうか

鴇の卒業も考えねばいけなくなってきたこの年次、明確にせねばいけない課題だが、まだ流されていたいと思うのはこの関係の居心地がよいからだ


「まあ、もう少し甘えていたいけどね」


険しい表情をした自分を見たからだろう、これ以上は可哀想かと気持ちを汲んだ勘右衛門がわざと明るい声でそう言った

それにも三郎は特に何も言い返すことはできなかったのであった




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