- ナノ -


01


「留三郎」

「…何だ 伊作」

「僕、自分の才能が怖い」

「俺は怒り狂っている鴇の方が怖ぇよ」


ポツリと呟かれた言葉に留三郎は口元を引き攣らせる

この場の空気が読めず、真剣に自分の才能に酔いしれている相方に及ばずながらの警告を告げる

ただ、相手は待つ気は一切ないらしい

今のやりとりを聞いて、そうかと呟いてニコリと笑う


「そろそろ、その無駄な脳みそ1回潰しとくか」

「ま、待て鴇っ!もう少しだけ待ってやってくれ!」

「お前も大変だな留三郎、いい加減この馬鹿の擁護をやめたらどうだ?随分楽になる」


ぽーん、ぽーんと毬のようについていたバレーボールを掴む手に力が入ったのか、ボールはパンと弾けて床へと落ちる

予算を無駄にするなと文次郎が口を尖らせたところで一睨みした鴇に文次郎は両手をあげた

今の鴇に喧嘩を売るような真似はしないらしい


「ガタガタ言わず、さっさと治せ 早くしないと、」

「おお、やはり鴇の身体は細いな 折れそうだ」

「…私の身体がバラバラになる」


そう言って溜め息をついたのは、見た目は小平太な鴇であった








時は早朝に遡る

目が覚めた時、鴇の目の前にあったのは長次の寝顔であった


「………………?」


驚きはしたものの、じっとその顔を見つめながら鴇は考えていた

昨夜はちゃんと自室で寝たはずだ 

借りた本が面白く、睡魔に襲われるギリギリまで粘ったのだってよく覚えている


(…長次が、部屋に紛れ込んでくるわけはないし)


小平太であれば勝手に人の布団に潜り込んでくることはよくあったが、長次に限ってそんなことをされた覚えはない

別に仲が悪いわけではない、むしろ長次は鴇が絶対の信頼を置く相手だ

まず部屋に来たらどんなことがあっても彼は一言断りを入れてくる、それは自信をもって言えた


(さて、どうしたものか… あれ?)


むくりと起きて周囲を見渡すと、鴇の予想に反して、そこはどうみても小平太と長次の部屋であった

本来なら同室の相手との間には仕切りがあるのだが、小平太には仕切りなんて在って無いようなものなのだろう

この2人は適当に自分達のスペースをもって住み分けている

どこでどちらが生活をしてるかなんてのは、一目でわかる

綺麗に片付いているのが長次のスペース、ごちゃごちゃと乱雑にものが散らかっているのが小平太のスペースだ

そして鴇が寝ていたのは後者であった

どうも部屋に潜り込んだのは自分の方だったらしい


(……何だって、小平太の布団で寝たんだか)


散らばっている着物や手拭いをさっさと畳み、布団も端をそろえてきちんと積み上げる

教科書や巻物も傷まないように片付ければ、視線を感じて振り返る

寝起きの長次がこちらをじっと見つめていた


「あぁ、長次 おはよう」

「……どうした?」

「いや、覚えてないんだが、此処で寝ていてな」

「?何の話だ?」

「?ん?長次こそ何の話だ?」


どうも長次の聞きたいこととは違ったらしい

少し怪訝そうな顔をした長次が首を傾げながら、すっと片付けた布団やらを指さす


「小平太にしては、随分几帳面な畳み方だ」

「ああ、私が畳んだからな」

「ん?」

「ん?」


どうも会話が噛み合っていない気がする

じっと此方を見る長次に何か可笑しいか、と問えば、戸惑いながら長次がコクリと頷いた


「…鴇みたいな話し方をするんだな」

「?すまん、長次 言っている意味がよく、」


わからんと言いながら身支度をするかと髪に手を伸ばせば、自分の髪が酷く硬く量の多いことに気付く


(は?)


ごわつく髪は自分のものではないが、知らない手触りではない


(いや、むしろ毎日のように、)


改めて手足を見てみれば、覚えのない傷がいくつもある

手もゴツゴツと節だっており、足だって鴇はここまで筋肉は発達していない

自分のものではないが、見覚えも馴染みもあるこの身体、これはまさか


「ちょ、っと 待って」


長次、鏡ないかと震える声で問えば、すっと手鏡が手渡され


「…………ちょっとあいつ、しめてくるわ」


そんな物騒な言葉を吐いて出て行った鴇を、とりあえず長次は追いかけることにした

その後ろ姿は、どう見ても小平太なのだがと首をかしげながら












「説明しろ 言い訳はいらん」

「中身が入れ替わる薬、できました」

「よし、いっぺん奈落の底に落としてやるからその腐った性根を入れ替えてこい」

「無理言わないでよ 蛸壺でさえまともに登れないのに」


この怒り狂った鴇にそれほどの言葉を平然と吐く伊作を留三郎は時々怖く思う

きっと普段の不運からのストレスと鴇の怒りの気に当てられて感覚が麻痺しているのだ

可哀相な相方だと適当に理由づけてまたもや被害者となった鴇を、今は別人となってしまった学級委員長委員会委員長の姿をみる


「大体、何でお前は私ばかりを狙う」

「それはほら、僕なりの鴇への労いってやつ?少しのスリルとサスペンスを与えてあげようかと」

「鶴町の口癖は、あの子が言うから可愛いのであって、お前が言うと殺意が沸くからやめろ 伊作」

(…変な感じだ)


会話だけでは第三者からはわかりづらいが、実際目で見るとその異様さは顕著である

どうも伊作の試薬によって小平太と鴇の中身が入れ替わったらしい

今、留三郎の目の前で冷静にキレている鴇は小平太の姿形をしている


(小平太が、賢く見える)


人間発言や仕草で此処まで変わるものなのか

キレまくってはいるものの、腕を組んでじっと伊作を睨む小平太は普段の5割増しで知的に見える

そして、留三郎の脳裏にふと疑問が湧く


「…そういやぁ、鴇 お前自分の身体は…」

「鴇っ!!」


どうなってるんだ、と留三郎が問う前に部屋の戸がスパンと開く

振り返ればそこにあったのは、嘉神鴇の姿であった

あったのだが、


「おお、私がいる!!」

「…くそ、起きる前に戻ってしまいたかったのに…!」


額を押さえているところを見ると流石に1度は自分の身体を見にいってはみたらしい

状況から察するに、小平太が寝ている間に元に戻ってしまいたかったようだ


「やっぱ中身って小平太か?」

「そうだ!凄いな伊作、今度は私が鴇で、鴇が私か!」

「褒めるな これ以上調子に乗られると本気で埋めたくなる」


小平太が素直に感心しようとするのを、鴇のきつい一言が阻止に入る

その言葉に反応した小平太が、ぱっと顔を輝かせて鴇に飛びつく

いや、この場合外から見る分には逆か


「鴇!私のなかに鴇がいるのも変な感じだな!!」

「…私はそんな無邪気に抱きついてくる私の姿がおぞましくて堪らんよ」

「私は楽しいぞ!鴇がずっと傍にいるみたいだ!」


人の捉え方というのは人それぞれで自由だが、此処まで意見が違うと滑稽だ

無邪気に小平太に甘える鴇と、それを面倒くさそうにあしらう小平太

いつもならば正反対の光景だが、こうやってみると確かに違和感がありまくる

いや、ぎゅうっと小平太に嬉しそうに抱きつく鴇も可愛いといえば可愛い

ただ、そんなことを口にすれば異常な腕力を誇る小平太の腕で記憶が飛ぶほど強烈に殴られるだろう


「ほう、これはまたよくわからんことになっているな」

「…厄介なのに見られた」


騒がしくしていたからだろう、煩いぞと入り込んできたのは立花仙蔵であった

部屋の違和感にはすぐに気づいたらしい、仙蔵は持ち前の賢さで瞬時に状況を理解したようだ


「失礼だな 鴇 お前は私がいたほうが何かと楽だと思うが」

「その反面、絶対楽しんでるだろう 仙蔵」

「いやいや、知的な小平太とあどけない表情の鴇、なかなか見られない構図で、っ」

「笑いをこらえるくらいなら、いっそ笑え」


腹を押さえて声無く笑う仙蔵に溜め息をついて鴇がくっついてくる小平太を引き剥がす

いや、この場合逆…ああ、面倒くさい


「と、とにかく、伊作はいつも通り元に戻る薬を作れ」

「えー 僕いつもソレばかりで検証も観察もできてな」

「伊作、悪いことは言わねぇからマジで作れって」


鴇の姿で凄まれても寒気がするが、小平太の姿で凄まれると殺気さえ感じる

口を尖らせて自身の欲求を述べる伊作に留三郎が懇願するように命じれば、伊作も渋々やる気になったようだ


「ところで、お前達今日は委員会活動があるだろう」

「あ、」


話の矛先をひょいと変えた仙蔵の言葉に、珍しく忘れていたのか鴇がしまったと天を仰いだ

授業は休日のためないが、今日はどの委員会も活動日和だからと予定を入れていた

当然、鴇も学級委員長委員会の活動日である


「…仕方ない、この姿で行ってくるか」

「いや待て、そうは行くまい」

「は?」


小平太の姿のまま委員会に向かおうとした鴇に仙蔵が待ったをかける

何だと振り返った鴇に至極もっともそうな顔で口を開く


「考えてもみろ 人間の中身が入れ替わりましただなんて、誰が信じる」

「…そこは相手の懐の差だろう 私は鉢屋は信じてくれると思ってる」

「仮に鉢屋は信じてくれたとしよう その先はどうなる」

「?意味がよくわからんよ」

「人間の中身が入れ替わる薬がある、それだけで学園がパニックになるぞ」

「…パニックというよりは、試したがる奴も多いだろうな」


特に下級生達は面白半分で試したがるだろう 

人間、1度は誰それのようになってみたい、と幼心に思うものだから

仙蔵の言葉になるほどなと文次郎が頷く


「そんなことを、よりにもよって最年長である私達が引き起こしたと知られたらどうなる 六年の面目が丸つぶれではないか」

「………………」

「また六年か、そんな言葉を吐かれた日には表を歩けんぞ」

「…お前、そんなことを言って 私と小平太が入れ替わったのを見た後輩達の様子を観察したいだけだろ」

「ばれたか、そうだ」


鴇の率直な意見に素直に頷いた仙蔵に頭が痛い

開き直った仙蔵の目は駄目だ 完全に面白がっている

仙蔵は味方につけばこれ以上なく心強いが、非協力的になると徹底して遊びにかかるから厄介だ

じろりと仙蔵のストッパー役である文次郎を睨めば、お手上げだと肩をすくめられる

そうだった、文次郎が仙蔵を止められたことなんてただの1度もなかった


「…………………」

「つまり、私が学級委員長委員会に出ればいいんだな!任せろ!!」

「ちょ、待て 小平太…っ」

「鴇も体育委員会の方頼む!」


あっという間に走っていってしまった小平太を追いかけるべきか悩んでいる鴇の肩を長次がポンと叩いて小さく首を横に振った

これは長次でも手が負えないようだ

気の毒そうに見やる長次に鴇も小さく溜め息をつくのであった







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