- ナノ -


01


忍術学園はとても広い

広大な敷地を有しており、その気になれば丸3日、誰とも遭遇せずに過ごすことだって可能である

もう少し進んだ世の中になれば、自らの居場所を意図的に発する装置やらもできるのかもしれない

この時代、狼煙をあげることくらいしか思いつかないなと鴇はぼんやりと思いながら歩いていた

鴇がこんなことを考える理由、それは


「鴇先輩?」

「やぁ、今福 おつかい ありがとう」


両腕いっぱいに備品を抱えてきた彦四郎に気付いた鴇はひょいとその荷の大半を自分の手中に収めた

1人でいけるか心配したが、きっちりとおつかいを果たしてきた彦四郎が、その様子に少し慌てた様子をみせる


「鴇先輩っ! 僕、これくらいもっていけます」

「まあまあ、そう言わないでよ 2人で分ければ、軽いものさ」

「でもっ、鴇先輩の方が明らかに重いっ…」

「そりゃあ、先輩ですからね」


にっこりと笑って、申し訳なさそうに自分を見上げる彦四郎の頭を鴇がゆるゆると撫でた

こうドン、と構えた鴇が絶対に譲らないということも彦四郎はよく知っていた

それならば、せめて自分はこの荷物を背筋を伸ばしてしっかりと運ぼう

そう気持ちを切り替えて荷を抱えなおした彦四郎を横に、並んだ鴇が満足そうに見ていた


「鴇先輩、どこか行かれる途中だったのでは?」

「ん?ああ、いや、そういうわけでもないんだ」

「?」

「鉢屋、見かけなかった?」


そういえば、と切り出した彦四郎の言葉に鴇が思い出したように問い返す

周囲を見回しながら歩いていた鴇の様子が気になって声をかけたところから始まったのだが、どうやら彦四郎にとっては委員会の先輩である鉢屋三郎を探していたらしい

しかし彦四郎には覚えがなかった


「いいえ、お見かけしてません」

「そっか どうも昨日から会えなくてなぁ」


本来、長屋も学年も違う忍たまに会えないことはそれほど珍しい話ではないのだが、鴇が探しているのは"あの"鉢屋三郎である

2人はいつも一緒にいる

そう言っても過言ではないくらい鴇と三郎はよく一緒にいる

三郎に至っては連れだっている忍たまは誰かと問われれば、顔を模している不破雷蔵か同じ委員会の先輩である尾浜勘右衛門

そして三郎が慕ってやまない嘉神鴇、この三択しか思いつかない

初めはこの委員会の上下関係がとても厳しいのかと彦四郎は思っていた

温和な鴇が三郎に四六時中何か用事を言いつけるために三郎が常駐してるのかと勘違いしたがそうではない

明らかに三郎が本人の意思で鴇の隣に身を寄せているというのは数日共に過ごせばすぐにわかる話であった

鉢屋三郎は鴇と2人でいるとガラリと様子が違う

普段は冷静沈着で、どこか人を寄せ付けない空気を纏う彼が鴇の前ではコロコロと表情が変わる

鴇も鴇で他の下級生達と委員会の直属の後輩である三郎と勘右衛門に対しては少し態度が違う

遠慮がなく、意外と平気に無理難題を言っている

ただそれは、意地の悪いソレではなく、その無理難題を平然とこなしていく三郎と勘右衛門の実力をわかったうえでのものだ

自分と庄左エ門はいつも驚かされるばかりである

そんな右腕のような鉢屋三郎が、見つからないと鴇が言う

しかも意図して鴇が探しているのに、である

それならば、と彦四郎はおずおずと口を開いた


「何か、お手伝いした方がいいものがあるんでしたら僕が手伝います」

「やあ、嬉しい申し出なんだけど、そういうわけじゃないんだ」

「…そう、ですか」

「ありがとうね」


あっと言う間に却下されてしまい、少し俯いたがそれとほぼ同時に鴇が笑った

今福は優しいね、とまた頭を撫でた鴇に彦四郎は顔を赤くする

鴇は自分達をこうやって小さい子のようによく扱う

いや、間違っているわけではない

自分達は六年生の鴇からしてみれば、まだ雛鳥のようなものなのだろう

だからこうやって荷物だって大半を巻き取ってしまうし、何か困ったことがあっても自分達にはあまり開示がされないのだ

無事、委員会室について荷を下ろすなか、少しシュンとした自分に気付いたのか、鴇がそれならば、と口を開いた


「今福、もうひとつ、伝言を頼みたいのだけれど」

「?はい」

「今日は、委員会休みにすると尾浜と黒木に伝えてくれる?」


突然の休会に戸惑いながら、確かに承りましたと彦四郎は返すのであった








ぼんやりと、ただただ静かな空間に座する

冬の図書室なんてのは、とても冷えるのは知っていた

火薬庫と図書室で共通しているのは火気厳禁

火薬庫のように一発ドカンという危険性こそないものの、図書室には貴重な蔵書が大量にある

ましてやここは忍術学園

情報が命を左右することを誰よりも痛感している自分達にとってはここは宝の山だ

少々の寒さなんてものは些末な代償である


(しかし、よく冷える)


吐く息もほんのり白いなか、厚手の半纏を着込んでじっと座る

へっくし、とクシャミをすれば、ぶるりと身体が反射的に震えた

それでもここに居るのには理由がある

ここがどこよりも静かで、人と遭遇せずに済みそうだからだ


(人と、というか)

「邪魔するよ」


そんな考えを打ち消すかのように聞こえた声に、背筋を伸ばす

予定外だったのは来訪者があったことだけではない、この声は


「鴇、先輩」

「本の返却に来たんだが」

「はい、受け付けます」


数冊の本を小脇に抱えてやってきたのは見慣れた忍たまであった

にっこりと笑って貸出カードを受け取れば、六のろの嘉神鴇が室内を見渡す


「何だ 今日は誰もいないのか?」

「ええ、この季節はあまり此処で本を読んでいく人もいませんね」

「火鉢でも置いてやりたいが、そうもいかないからなぁ」

「あはは、お気持ちだけ受け取っておきます」


さらさらと貸出カードに受領印を書き込み、帳簿につける

鴇が借りる本は兵法書が多いが、時折御伽草紙のようなものが混じる

この割合が増えていれば、気分転換がしたいのだろうということくらいは読み取れる

今日は史書と古書が数冊、課題で必要だったのかもしれない

そんなことを考えながら、流れるように手続きを進めていく


「はい、では後はやっておきますから、お戻りいただいて大丈夫ですよ」

「つれないね 追い出さなくたっていいじゃないか」

「追い出すなんて!ここは冷えますから、長居する必要も」

「じゃあ、お前はここで何してんの 鉢屋」


テキパキと本を仕分けていた忍たまの肩がぎくりと跳ねた

しばらくの沈黙の後、ゆっくりと振り返れば、腕を組んで不満そうに頬杖をつく鴇がいた


「えーっと?」

「あ、まだやる?この茶番」

「何の、」

「そもそもさ、お前そこの受領印発行できる権限ないだろう 不破に成りすますのは百歩譲るが、承認印まで書くのはやめろ」


越権行為だぞ、と眉を顰めた鴇に、降参だと三郎は両手をあげた

鴇が入室してからなるべく目を合わさないようにしてきたつもりだったが、考えれば不破とは一度も呼ばれていない

どうやら鴇は三郎がここにいると狙い撃ちでやってきたらしい

まいったと口元を引き攣らせれば、鴇が小さく溜め息をついた


「お前も懲りないね 私がお前と不破の見分けがつかないとでも?」

「…思ってませんよ」

「何してんの、こんなとこで」

「ちょっと、考え事がしたかっただけです」

「部屋でいいじゃないか」

「まあ、そうなんですけどね …あっ、すみません、何か御用でしたか?」


追求されても躱せるだけの材料を持ち得ていない三郎は、はっと気づいて声をあげた

自分を探しているということはそっちが主旨だ

しまったと思って顔をあげれば、また一段と眉を顰めた鴇がそこにはいた

その表情の意味がよくわからなくて、三郎は反応に困った


「何、用がないとお前に会いに来てはいけないの?」

「い、いえ そういうわけでは」

「じゃあ、何で逃げ回ってんの」

「何のことで、」

「へえ、しらばっくれるんだ いい度胸してんね」


前言撤回

鴇は不満そうにしていたわけではなかった、これは


(…かなり怒ってるな)


ピリッと震えた空気に三郎はびくりと肩を震わせた

鴇は気づいている

昨日から三郎が鴇に見つからぬようあちこちを転々としていたことを

どこまでバレたかわからないが、下手に隠し立てした分、怒りは深そうだ


「お前は私の予定を押さえているものな 少し意識すれば、会わないようにするのもお手の物だろうよ」

「……い、や そんな……」

「ここまで見つけれないものかと、逆に感心したよ お見事お見事」

「あ、の 委員長…その、これには」

「ガチャガチャ五月蠅い」


腕を掴まれ、三郎は反射的に身構えた

殴られるとは思ってないが、ここまで腹を立てさせたとは思ってなかった

そもそも、鴇は自分に何の用があったのか、皆目見当がつかなかったせいもある

一体、


「ほら、部屋帰るぞ」

「………へ?」

「鍵貸せ 施錠して長次に返しとくから」

「な、んで」

「お前が熱だしてんのにこんなとこいるからだよ 馬鹿鉢屋」

「!わ、たし 別に」

「はい、終了」


次の瞬間である、首の後ろに鈍い痛みが走り、三郎が意識をとばしたのは

いわゆる鴇による"強制終了"であった














パチパチと、小さく炭が爆ぜる音に三郎は目を覚ました

ぼんやりとした視界を見渡せば、これまた頬杖をついて自分を見下ろす嘉神鴇の姿があった

本日2度目、少々眉を潜めており、やはりあまり機嫌はよろしくなさそうである


「い、………」

「お前はさ、」


何から弁解したものか、それをろくに思いつきもしないまま口を開こうとしたことに鴇が気づいたのかはわからない

ただ、慌てて身を起こそうとした三郎の言葉を遮って、鴇が少し強めの口調で口火を切った

その有無を言わさない声色に、三郎も思わず口を噤んだ


「いきなり、こういうことするよな」

「……?」

「私がお前の心配をするのは迷惑か」


口に出して気分がさらに悪くなったのだろう、また少し顔を顰めた鴇に三郎は言葉に詰まった

昨日の午前中である

三郎が自身の体調がよくないと気付いたのは

明らかな風邪の症状等ではなく、ズキズキと後頭部が痛み、時折ぞくりと背に悪寒が走る

ゆっくり休養をとればよかったのかもしれないが、やりたいことが溜まっていた

まだ臥せねばならぬほどではないという自己判断のもと、三郎は重たい頭と身体に鞭打って作業に着手した

鴇から預かった書類の確認に、鴇が見直したいと呟いていた来月の予算会議の帳簿整理

あと、


「そういう、わけでは」

「いい加減諦めろよ さっさと治した方が楽だろうに」


じわりと三郎の首元に掻いた汗を、鴇が手拭で拭き取る

ぽつりと呟いた鴇の言葉に三郎は何も返さなかった

理解されないかもしれないが、こんな行動をとったものの鴇の言いたいことはわかっているつもりだ


「もう互いに知った仲だ 少し体調崩しても察知できるくらいには、私もお前も互いをよく知っている」

「……はは、いいのか悪いのか」

「お前が望んだんだろうが だから、私はお前には基本隠してないよ」

「昔は、委員長だって姿をくらませたじゃないですか」

「怪我した時はな 腹に穴があいたなんて、恰好悪くて言えやしない」

「心配で、こちらがぶっ倒れるかと思いました」

「あまりにも、お前が酷い顔をするものだから隠すのやめた」

「我儘を、言いまして」

「それなのに、お前は隠す 無駄だとわかってるのに」


馬鹿じゃないの、と呟いて鴇が絞った手拭を三郎の額に乗せた

ひんやりと冷たいソレに三郎は小さく息を吐く


「私の手にかかりたくないなら、せめて大人しく寝てろよ」

「……予定というものが、ありまして」

「その予定は、私が絡んでないものか?」

「ええ、ま」

「下手な嘘ばかりつくなら、まずはその面から剥ぎ取るが」

「………ほんと、やりづらいものです」

「その台詞、そっくりそのままのし付けて返してやるよ」


熱の放出の妨げになっている面を本当は鴇は外したいのだろう

それを自分が心底嫌がっているのを知っているからそんなことはしないが、鴇は鴇で繰り返す自分の嘘にうんざりしているようであった


(それでも、私にだって考えというものがある)


まあ、失敗に終わったのだが、

また溜め息をついた鴇に少し苦笑いをして三郎は布団の中から手を伸ばした

細くしなやかな指先に、熱をもった自分の指をそっと絡めて自分の頬へと導けば、鴇は特に抵抗もせず三郎の好きにさせてくれた

酷く憤慨しているものの、病人である自分へは厳しく律しきれないらしい

それに甘えながら、ひんやりと冷たい鴇の手が気持ちよくて、三郎は静かに目を閉じた


「何がしたいんだか」

「……………」

「私に看病してもらうの、お前好きだろうに」

「ええ、とても」

「だったらさっさと来いよ 何逃げてんだ」

「…ですから、私にも順序というものが、あるんですー」

「こっちはそんな状態のお前に、無理してまで仕事片付けてほしいと思っちゃいないよ」


そんなのは重々知っている

誰よりも自分を気遣ってくれる鴇が、そんなことをこれっぽっちも望んでいないことなんて百も承知だ

それでも、


「いろいろと、私だって考えてるんですよ」

「私だってそれなりにいろいろと考えているさ」

「はは、」

「…まあ、上手くまとまらんがね」

「…………そうですね 難しいものです」


普段からの変装が災いしてか、三郎の隙をついて面を引き剥がそうとする輩は意外と多かった

同級生のみならず、上級生にだってそういう連中はいたもので

基本三郎はそれも平然と躱していたが、体調が悪い時はそうもいかなかった

フラフラとしながら身を隠していたところを鴇が保護したところが最初で最後

三郎が体調を崩した時は鴇が看病するのが決まりのようなもので

まだ二年生に成りたての時、鴇にまで意地を張って逃げ回った時も、鴇に引っ叩かれるくらいには怒らせた記憶は今も鮮明に残っている

ただ、それとは別に鴇には知られてしまっている

何か変化があった時、三郎が一人で床に臥せるのを嫌がることを

だから余計、この人は自分の側についていようとしてくれるのだ

純粋に嬉しいと思う一方で、これはもう卒業せねばならぬというのがわかっていた

だから、今日は曖昧な返事になりがちなのだが、


「…何も、しんどい時に、わざわざ挑戦するな」

「……………」

「それを最初にぶち壊した私が言うことではないけれどね」


鴇の顔をじっとみれば、鴇が何だと問うた

いえ、と慌てて目を逸らせば、鴇が困ったように小さく笑った

多分"互いに"気付いてる


(それでも、それを口にしたら取り返しがつかなくなってしまう)


だから三郎もぐっと言葉を飲み込んだ

今日は恐らくもう失敗だ

自分もだが、何より鴇にその気がない

そして鴇自身が"認識"している

そこに今更拍車をかけたところで意味もない

飲み込んだ言葉の代わりにケホリ、と嫌な音の咳が三郎の喉から零れ出た

それを聞いた鴇が用意していた薬湯を湯呑に注ぐ

しまった、という表情をした三郎の髪をぐしゃりと撫でて鴇が口を開いた




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