- ナノ -


01


委員長がよくモテるということは、嫌というほど知っていた

高い身長にスラリと伸びた手足

中性的な顔立ちに、少し癖のある灰色の髪

ふわりと靡くソレが頼りなさを招くかと思いきや、崩れない姿勢とキレのよい所作はなんとも凛々しく

そして、その歯切れの良さと判断力の高さは実に清々しくて

粗暴な空気を一切感じさせない彼は、男の自分から見ても魅力的であった


「それ、自分から見てもというよりは、三郎の贔屓目が大分入ってんじゃないの?」

「贔屓目に見たとて、基準値は変わらない」

「まあ、言いたいことはわかるよ どう見たって鴇先輩格好いいもん」


饅頭を頬張りながら軽い調子で呟いた勘右衛門に、当然だと三郎は眉根を寄せた

三郎はつぐつぐ疑問に思う

同じ年数、勘右衛門と自分は学級委員長委員会に所属し、鴇の下で日々を過ごしてきた

しかし、勘右衛門はそれほど鴇に傾倒しない

三郎が崇高なものとして鴇を扱うのを時折やめろと呟くし、結構平気で好き勝手なことを鴇に注文するのだ


「で、さ それとこれが、何だっての?」

「………何だと言われてもな」


ガリガリと灰色の髪を掻いて、三郎はため息をついた

部屋にある姿見を覗けば、そこには鴇の姿があった

いや、少し誤解を招きそうなので補足しよう

三郎は今、「鴇の変装」をしている真っ最中であった

変装名人である三郎は、普段は不破雷蔵の姿を中心に様々な忍たまの姿を模している

同級生達の変装は朝飯前で、体格が大きく違わない限りは基本誰にでも模せる

一発で見破られることなんて皆無に近い

そんな三郎であったのだが、


「…似てないと思うんだがなぁ」

「そう?」

「…似てるか?」

「まあね」

「……」

「たださぁ」

「うん?」

「三郎、似せようと思ってないじゃん」

「どっちなんだよ」


似てると言えば似ているし、違うと言えば確かに違うな

そんなどっちつかずの言葉を吐く勘右衛門に文句を言えば、勘右衛門がさらにもう一つ饅頭に手を伸ばしてうーんと唸る


「いや、似てんだよ?でも、やっぱ違うんだよな」

「例えば?」

「三郎の真似する鴇先輩は何て言うの?物腰柔らかいというか、穏やかだけど、鴇先輩って一人の時は意外と男っぽいよ」

「あー、まぁ わかるか…」

「でも、その一方で、ってのもあるなぁ」

「?」

「三郎が思っているよりも鴇先輩は意外と容赦なく物事を切り捨てるよ」

「…そうか?」

「そうそう」

「…ふーん」

「他にもまあ、いろいろあるけどね 他の奴らに化けられるより、鴇先輩の変装してる方が俺は見破れる自信ある」

「……まあ、そうだよな」


勘右衛門の言いたいことはわかるつもりであった

三郎自身、鴇の変装にはこれっぽっちも自信がないのだ

姿見に映る鴇の姿をした自分をじっと見つめる

顔の造形も、髪質も、背格好も姿勢も何もかも

自分が見てきた鴇をそのまま再現できていると思う

(しかし、これは違うのだ)

三郎は思う、自分が模することのできる中で鴇の変装が一番酷いと

鏡を見ても何も納得のいくものはなく、喉から発する模した声はどこか胡散臭いのだ


(それなのに、)

「要するにさ、三郎はその状態の自分が、恋文をもらったこと自体が疑問で不満なんだろ?」


頬杖をついて、指さした勘右衛門の言葉とモノに三郎は眉根を顰めた

見透かしてしまっている勘右衛門に意地を張っても仕方がないかと一瞬で鴇の変装を解き、机の上に置いた1通の手紙に視線を落とす


「………どうしたものか」


そしてまた、大きなため息を零すのであった







それは全てのタイミングが悪かった

その日、三郎は久しぶりに基本に戻るかと思った

変装名人を名乗る以上、誰にでも化けられる必要があった

そして、丁度鴇が外出しているというのがいけなかった

普段ならほとんどしない鴇の姿を模して、学園内を歩いてみる

別段何かをしようと思ったわけではなかった

悪戯をする気もさらさらない、だってこの姿は鴇のものだ

自分が鴇の評判を落とすようなことをするはずがないし、ちょっとしたことでもそれは三郎自身が許せなかった

だからなのか、

だからであったのか



「鴇先輩、」


後ろからかけられた声に、そっと振り返る

あまり聞きなれない声は異性のものであった

目線はかなり下の方


(たしか、くのたまの)


三郎はあまりよく知らないが、少女はくのたまの3年生であった

鴇のもとへは、くのたまが時折訪ねてくる

特に下級生が多いのは、鴇への信頼の象徴とでもいおうか

キリっと勇ましくなってきた上級生のくのたまよりも、余程柔和な印象が強い鴇の方が相談がしやすいという謎な事象が起きていた

わかる気はする

鴇は静かに話を聞くことに長けていたし、いわゆる「男ってほんと無神経!」というアレには当てはまらない

口が堅く、何なら少しの手助けでかなり事態が好転するというのはよくあることであった

ここで、まず三郎は対応を間違えた

本来であれば、自分は鴇ではないとすぐにばらすべきであった

しかし、少しの興味が頭をもたげる


『異性、そしてこのくらいの学年のくのたまであれば、通用するのではないか』と


じっと少女を見れば、少女は顔を赤らめてふいと視線を下へと向けた

照れてろくに顔もみれないのであれば、尚更だろう

いわゆる会話や対応だけで自分を鴇でないと見破れるか、だ


「…何か、あったのかい?」


鴇がよくやるような、そっと落とすような声色で少女に声をかける

俯く少女は緊張しているようであった

悩みを抱えている人間にはよくある姿で、三郎はまず彼女の緊張をほぐす必要があると察した

悩みがあると言っても所詮3年生

まだまだ低学年から抜け出したばかりの少女の悩み事くらい、解決できると三郎は思っていた

だから、少女の前にしゃがみ、頭のひとつでも撫でてやれば緊張もほぐれるだろう

そう思っていたのに、


「好き、です」


三郎が彼女に触れるよりも早く、少女は顔を真っ赤にしてそう言った

決して大きな声ではなかった

しかし、消え入りそうな弱々しい声でもなかった

顔から耳からを真っ赤にして、少女はずっと握っていた何かを、

手紙を真っ直ぐに差し出してこう言ったのだ


「好きなんです 鴇先輩」


ガツンと頭を石で殴られたような気持ちであった

本当は、すぐにでも変装を解いて自分が鴇ではないことを伝えるべきであった

しかし、その場の空気がまずそれを許さなかった

子どもだと判断していた少女は、三郎が思っていたよりも強い意志でこの場に臨んだのだ

力が入って少し皺の寄った手紙と、それを差し出す彼女の手が震えていた

泣きそうな声ではあったものの、はっきりと言い切ったその言葉に何と返せばいいのかわからなかった


(委員長なら、)


鴇なら何と返すのだろう

それは、思っていた以上に三郎の頭に大きな疑問として圧し掛かった

そして、この告白を面白く思えない自分が確かにいた

普段、鴇が時折少女たちに呼ばれて会話をしている姿をよく見ていた

中には告白をしたものもいると噂で聞いた

しかし、それに鴇がどう対応していたのかを知らなかった

知らなかったのか、知りたくなかったのか

きっとこれは、三郎が見たくなかった光景のひとつだ

南蛮の愛の告白をする行事があると聞いたくのたま達がこぞって鴇に菓子を持ってきた時、三郎は片っ端から鴇に遭遇させまいとしたことがある

その時、鴇は特段気にしてなさそうで、むしろ煩わしさから逃れて助かっていたとも思っている


(それでも、これは)


これは、あの時の熱量とは全く違う

全力の、なけなしの気持ちを振り絞ってきた少女が目の前にいる

3年生という低学年で、最高学年の鴇に想いを伝えるというのはどれだけの勇気がいるのだろうか

ましてや、忍たまとくのたまの敷地を超えて単身乗り込んできたのだ


「………………」

「うま、く 言葉にできないので手紙をかきました」

「…………えっ、と」

「……ごめん、なさい」


何も返さない鴇に彼女の方の気持ちも限界を迎えたのか、少女が戸惑う鴇…に模した三郎の手に手紙を押し付けるようにして、

そして駆けだした


「あ、ちょっ…!」


引き留めようとした三郎の手は空気を切り、足は縫い付けられたようにその場から動けなかった

手元に残った1通の恋文と

自分が大層なことをやらかしたことだけが明確で、三郎は天を仰ぐのであった






















「中は読んだの?」

「…読むわけないだろう お前は私を何だと思ってるんだ」


今度は煎餅に手を伸ばした勘右衛門が、へぇと意外そうな声をあげた

それは思ったよりも失礼な反応だと思いながら、三郎も眉を顰めて否定した


「俺、てっきり三郎は鴇先輩に告白してくる子達、全部排除してるんだと思ってたよ」

「……そこは、委員長の自由だろう」


へぇ!とまた目を丸くして驚いた勘右衛門に五月蠅いと呟いて三郎は手の中の恋文をじっと見た

面白くないのは確かである

鴇が誰か1人に固執する姿を見たくないと思うし、ましてやそれが自分のよく知らないくのたまであれば猶更だろう

ただそれは、鴇がくのたまなんかを歯牙にもかけないということを知っているからかもしれない

鴇が何度か年頃の町娘に声をかけられる姿を見たことがある

鴇の行きつけの、和紙や筆を取り揃えている店の売り子は、美しい娘であった

綺麗に髪を結いあげて、そっと引かれた紅も過剰すぎず、鴇の隣に並ぶその姿はとても絵になっていた


(それでも、委員長は全く興味を示さなかったけれど)


愛だの恋だの、そんなものに現を抜かすような鴇ではないのか

その一方で、あれはいわゆる人並みの幸せの入り口ではないかとも思う

鴇には親族がいない

血を途絶えさせぬことを意識しているかはわからないが、それでも家族というものは持ちたいと思うのではないだろうか

だって、その象徴が鴇の今の生き方だ

学園という小さな箱庭にいる忍たま達に平等に注がれる彼の温情は、家族愛にも似たものだ

鴇は優しい

彼は結んだ繋がりというものをとても大切にする、そういう人である





「入るぞ」


そんなことを考えていた矢先、突如上がった声に三郎はビクリと跳ねた

勘右衛門も慌てて姿勢を正したのと、部屋の戸が開いたのはほぼ同時であった


「?珍しい 何だ?休憩か?」

「い、委員長」

「あ、れ 戻るのは夕方だと」

「ああ、早く終わったんだ」


静かに笑った鴇が土産、と包みを勘右衛門と三郎に差し出した

いつもであれば、ここから茶飲みタイムが始まるのだが、今日は全く準備が整っていない だって、


「何だ?それ」

「うわぁっと!俺、これ彦と庄ちゃんに配ってきますね!」

「?ああ、ならこっちも持ってってやって 新茶が出てたから買ったんだ」

「あいさー!」

「勘右…!」

「いってきまーっす!!」


バタバタと慌てて逃げるように出ていった勘右衛門に首を傾げる鴇を前に、三郎は完全に逃げ遅れたことに気付いていた

机の上には手紙が一通

そして鴇の視線もそこにある


「珍しいもの持ってるな」

「へ?」

「それ、恋文だろ 女の子達が好きそうな色合いだ」


小さく笑った鴇が、流れるように買ってきた茶葉を急須に入れて湯を注ぐ

こぽこぽと音を立てたのも束の間、茶葉が開く特有の香りが立ち込める


「………………」

「…え?事情、聴いたほうがいいのか?」

「え?」


どう切り出したものかと言葉が出てこない三郎が俯く中、最初に口火を切ったのは鴇の方であった

弾かれたように顔をあげれば、少し困ったように鴇が自分を見つめていた


「お前がそういうのもらってるの、あまり見たことなくてさ 見えるところに置いて、それだけ思い詰めた顔してるってことは意中の人にでももらったかなと」

「い、や そうでは」

「そうかそれならいい ちゃんと、返事をしてあげなね」

「い、委員長」


何故か嬉しそうにニコニコしている鴇の様子に耐えきれず、三郎は上擦った声をあげた

その声量に驚いた鴇であったが、何を思ったのか姿勢を正し直してこちらを見つめ返してきた


「あ、の」

「うん?」

「あ、のですね」

「どうした ゆっくりで構わんよ」


鴇が小さく笑ったソレに、三郎はどう答えてよいかわからず手元の文をまっすぐと鴇へと突き出した

もう、これ以外に思いつかない

突然の自分の行動にキョトンと目を丸くした鴇が自分を見つめる


「……え、何 読めってこと?」

「………はい、」

「…それは、趣味が悪くないか お前がもらった恋文だろう そんなものを人に見せるんじゃないよ」

「いえ、そうじゃなくて」

「?」

「これ、委員長宛てです…っ」

「は?」


やはり鴇は勘違いをしていた

鴇としては、三郎の恋の悩みの相談でも受ける気だったのだろう

とうとうお前もそんな時期が来たかと言わんばかりの兄のような態度がそれを物語っていたが、そうではないと知ると、眉間に皺を寄せた


「あ、の 実は」


これほど居心地の悪いものはない、きゅうっと胃が縮むのを感じながら、三郎は覚悟を決めるのであった








「………………」


沈黙が恐ろしくて、顔をあげることができない

ことの次第を恐る恐る鴇に告げ、三郎は黙って鴇の雷が落ちるのを覚悟した


「誰から?」

「3、年のくのたまの…」

「そう」


とりあえず手紙を受け取ってくれた鴇の2、3の質問に三郎は大人しく答えた

それでもやはり顔をあげれない

不意に、鴇が立ち上がった

その音にビクリと肩を揺らし、頭を低く、維持し続ける三郎の横に来た鴇が、ポンポンと三郎の肩を叩いた


「鉢屋、もう部屋に帰りな」

「委員長、私」

「別に怒っちゃいないよ 正体を明かす期を逃したってだけだろうし」

「しかし、」

「ここから先は私と彼女の話」


はっきりと引かれた線に、三郎は思わず顔をあげた

(あ、)

ニコリと笑った鴇の表情に、三郎の背筋に冷たいものが走る

怒ってはいない、けれど穏やかなそれでは断じてない

鴇がこの表情をする時は、自分に警戒心をもたれた時だ

ここしばらく忘れていたこのヒヤリとした空気に心臓が嫌な音をたてた

謝らなくては、それが脳裏に過ぎった

それなのに、


「返事を、」

「…するよ もちろん」

「なんと、」

「お前に言う必要はないだろう」


ご尤もな回答に三郎はぐっと声を詰まらせた

不躾な質問だというのは重々承知していたし、鴇が答えるわけがないというのもわかっていた話だ

そして、三郎自身も咄嗟に口をついて出た自分の言葉に驚いていた

謝ろうと思っていたはずの自分は、今、彼に何を尋ねた?


「そ、れは そう、ですね」

「…ああ」

「………………」

「………………」

「………………」

「なあ、」

「……はい」

「どういう意図で、そんな質問すんの?」


問うてきた鴇の質問が半濁する

まさしく自分もそう思った

さっきから、メチャクチャだ

頭と行動が酷く乖離している

一体どういった了見で自分は鴇にそんな質問をしたのだろう

そして、この煮え切らない態度に鴇は苛ついたのだろう


(この感情は、何なのだろうか)


好奇心?

嫉妬?

それとも鴇の全てを押さえたいという独占欲?

グルグルとまわる悶々とした感情に雁字搦めになっていく

紡げない答えに時間ばかりが過ぎていき、鴇が小さく息を吐いてその場の終了を告げた


「鉢屋」

「は、い」

「全部知れると思うなよ 私の感情は、私のものだ」

「委員、長」

「頭、冷やしとけ」


ぴしゃりと閉められた戸と、想像以上に冷たく響いた鴇の声に三郎もまた、小さく溜め息をつくのであった




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