- ナノ -


小指の先まで美しいひと(年末_学級)


「いーやーだー!!」

「喧しい ほら、そっち持て」

「なんで!なんでよりによって今日なの!?」

「お前がずっと逃げ回ってたからだよ 尾浜」


寒空の下、何事かとひょっこり顔を覗かせてくる他の委員会のメンバーに適当に愛想笑いを見せて、鴇が溜め息をついた

なかなか動こうとしない勘右衛門を待っていれば、横を会計委員会が通った


「何だ、鴇 揉めてるのか?」

「いいや ちっとも」

「尾浜 鴇を困らせんなよ」

「困ってるのは俺ですー!」


ぎゃあぎゃあと喚く勘右衛門の様子を見て、ちらりと鴇を一瞥した文次郎であったが鴇が半ば勘右衛門を無視しているのを見て放っておくことにした

そもそも、あと数日で年末

文次郎とて他所の委員会に構っている暇はない


「ほら、さっさとする 終わらんだろうが」

「だって!俺、寒いのめっちゃ嫌い!!」

「好きなやつもおらんよ ほら、持てって」


段々鴇の目が据わり始めてるのを見て、勘右衛門は半泣きになりながら戸板を持ち上げた

隙間から冷たい風が一気に流れ込み、指先があっという間にかじかんでいく


「さっむ!つめたっ!!」

「冬だからな 当たり前だろ」

「鴇先輩、俺っ…半纏とってきて…」

「阿呆か 大掃除するのにそんなもん着て、ろくな動きできるか」


ばっさりと却下されたその言葉に、また勘右衛門が泣きそうな声をあげた

毎年鴇はこうだ

年に1度の煤払いだといって、大掛かりな清掃を委員会で実施する

委員会室前の戸板を外し、丸ごと水洗うところから始まって

畳も傷んだところや汚れたところがないか確認しながら裏返していく


「こら しっかり持ってろよ 尾浜」

「うわーん!庄ちゃーん、彦しろー!!」


戸板を後ろから支えれば、バシャリと水がかかる音が板越しに真近で聞こえる

直接かかることはないが、音だけでもう冷たい

そしてこの寒空の下、気合をいれてやるようなものでもない

そう鴇には何度も力説したのに

今年こそ真剣な表情で黙って聞いてくれていた鴇が、よし、といった時、今年は通じたと思っていたのに


「俺、言ったじゃん!大体、鴇先輩普段から委員会室綺麗に使ってんじゃん!!」

「当たり前だろ」

「そうじゃなくて!普段から綺麗にしてんだから、改めて掃除する必要ないって言ったじゃん!」

「それとこれとは話は別 これは年越しに必要な行事」


ガシガシと、戸板を磨いているのであろう鴇の声を勘右衛門は頭を痛めながら聞いていた

ぴゅーぴゅーと、耳が切れそうな音が響くなかバサバサと髪が乱れる

鴇に押し負けまいと戸板を支えながらそっと反対側を覗き込めば、鴇が冷たい水を張った桶のなかに手拭をザブリとつけていた

もう、見ただけで寒い

そして鴇は何だってあんなに平気そうな表情をしてるのか

ぞくぞくと背筋をのぼる寒気を感じながら勘右衛門は恐る恐る問うた


「鴇先輩…」

「何ー?」

「冷たくないわけ?」

「冷たいに決まってんだろ」

「うっそだー」

「寒いっていったら、代わってくれんの?」

「寒いっていったら、とっとと此処撤収しようと思ってマス」


ズビッ、と鼻を慣らせば、鴇が困ったように笑った

鴇も襟巻くらいはしているが、袖を捲り上げて作業をしており、手が赤くなっている


「こういうのは、ケジメと一緒だよ あやふやにしたらグダグダになる」

「俺、グダグダとかヌクヌクとかだいすきー」

「だからこうやって付き合わせてんの 来年もちゃんとやれよ」


バシャリ、と一際大きな音をたてて鴇が戸板の汚れを水で流していく

その水音に紛れて聞こえた言葉を勘右衛門はぼんやりと考えていた


『来年も』


毎年、こうやって寒空の下でやる大掃除は鴇が一緒であった

当たり前のように鴇が先導し、当たり前のように鴇が嫌がる自分を引っ張り出していた

来年はもう鴇はいない

鴇ははっきりとは言わないが、それは紛れもない事実である


「鴇先輩さぁ」

「んー…?」


少し歪んだ戸板の修理までしてしまおうかと悩んでいる鴇に勘右衛門は声をかけた


「卒業、しちゃうの?」

「そりゃあ、ここまで来て留年は勘弁だなぁ」

「ふーん」


何を馬鹿なこと言ってんだとでも言われるかと思っていたが、鴇は静かに笑うだけであった

勘右衛門は知っている

鴇の卒業に関して、もっと過敏になっている奴がいるせいだろう

鴇は学園を去ることに関しては、冗談も言わなければはぐらかすようなことも言わないようにしているみたいであった


「俺、泣いちゃうかも」

「はは、私も自信ないな」


汚れた手拭を洗い、パンッと水気を飛ばすように勢いよく鴇が手拭を引いた

そこには迷いなんてものがあるようには見えず、言葉のような後ろ髪をひかれるような様子もない

自分の知る、常に凛と前を向く鴇の姿であった


「………………」

「こらこら、お前までもうそんな雰囲気に入っちゃうの?」


ぼんやりと鴇を見つめていれば、鴇が困ったように笑って勘右衛門の前に立った

戸板の修理は後ですることに決めたらしい

代替の戸板を嵌めなおした鴇がワシワシと勘右衛門の髪を撫でる

鴇の手はキンキンに冷えていたが、それでも勘右衛門は声ひとつあげずに傍受した

こうしてもらえるのも、あと数えるほどなのだろうと思って


「お前までって?」

「掃除を始めて早々に、鉢屋がそれで感極まった」

「…ああ、だから三郎いないんだ」

「仕事にならんから、別件頼んだ」

「しまった、そういう逃げ方があったなぁ」

「阿呆 鉢屋はちゃんと仕事してるよ」


ポン、と手をうてば鴇がピンと勘右衛門の額を指で弾く

三郎のことを思い出したのであろう鴇が少し困ったように眉を潜めた

その様子を見ると、自分がすべきことは鴇に気を遣わせないことくらいだろうと勘右衛門は思った


「「戻りましたぁ」」


さて次は、と顔をあげた鴇が、声の方を振り向けば、そこには井桁の制服の忍たまが2人

鴇の表情が明らかに嬉しそうに綻ぶ


「やあ、早かったな 重かったろう」

「いえ、片道だけでしたし大丈夫です」

「鴇先輩、中在家先輩に先にお話しを通してくださってたんですね とても早く手続きしていただきました」


労いの言葉をかけた鴇の言葉ににっこりと笑って庄左エ門が礼を言えば、大した話ではないと鴇が返す

そのまま渡り廊下にトトト、と駆け寄ってきた庄左エ門と彦四郎に鴇が慌てた様子で待ったをかける


「こらこら、寒いから、中に入ってなさい」

「鴇先輩こそ、手も頬も真っ赤です」

「こちらもすぐに終わるから ほら、風邪をひいては大変だ」

「……俺は風邪ひいてもいいんですかー」


へっくし、と大きなくしゃみをした勘右衛門に目を丸くした鴇が、可笑しそうに笑った


「よくないな お前も中に入ってな 尾浜」

「何言ってんですか 委員長一人でこれを片付けるおつもりで?」


全員中に退避させようとしていた鴇の背後に突如三郎が現れた

げ、と声をあげた勘右衛門を一瞥して、三郎が溜め息をつく


「だから言ったんですよ 勘右衛門は使いものにならないって」

「お前がまず使いものにならなくなったんじゃないか」

「ぐっ……あれは、委員長が悪いんです」

「えー… 私かぁ?あれ」

「…最近、涙腺弱いんですよ」

「年寄みたいなことを言うなぁ」

「ちょっと!人のことを役立たず呼ばわりして放置とか、何なわけっ!!」


鴇の手をとり、指先を温める様子はまるで恋仲のようだ

鴇の白い手が真っ赤になっていることに眉を潜めている三郎と、女じゃあるまいしと笑う鴇は勘右衛門のことなんて眼中にないようで

それに苛立ちながら勘右衛門が割って入れば、2人がきょとりとした表情で勘右衛門をみる


「え、役に立ってるつもりだったのか?」

「どこをどう役に立ったのか説明できるならやってもらおうか」

「むっかー!そういうとこ!俺、手伝うの嫌んなるんだからね!!」


プンスカと勘右衛門が怒れば、くいと袖を引っ張られる

引かれるまま下を見れば、どこか心配そうに庄左エ門と彦四郎が勘右衛門を見上げていた

持つべきは後輩だった

泣きそうになりながら勘右衛門が庄左エ門たちに縋りつく


「庄ちゃん、彦四郎、言ってやってよ 俺!頑張ってるのに!!」

「尾浜先輩 こういうのは、一気にやってしまうのが結局一番の近道なんですよ?」

「僕たちもお手伝いしますから、頑張りましょう?」


鴇先輩の手を煩わせてはなりませんよと困ったように言った後輩達に勘右衛門はぴしりと固まった

何だ、この委員会

どんだけ委員長ラブなんだと思いながら、鴇をぎこちなく見れば、鴇がにっこりと笑う


「よし、なら一気にやってしまうか すまないが、黒木も今福も手伝っておくれ」

「庄左エ門、彦四郎 襟巻してやるから、こちらにおいで」

「「はーい」」


きゃっきゃと楽しそうな様子を横目に、勘右衛門はつまらなさそうに雑巾を手にとった

手桶のなかの冷たい水に手を入れる勇気がいまひとつわかない

はーっ、と深いため息をつけば、鴇が横に立って笑う


「こら、不貞腐れるなよ」

「……だって、鴇先輩 俺に期待してないじゃん」

「まあ、今の働きぶりだとなぁ」


口を尖らせる勘右衛門に鴇が笑って自分の首に巻いていた襟巻を勘右衛門の首へと巻いた


「ほら、これ貸してやるから も少し頑張れ」

「…鴇先輩は?」

「私はなんとでもなる」


首元だけでもかなり寒さが軽減されたが、これでは鴇が寒かろう

そう思えば次の瞬間、別の襟巻がすぐさま鴇に巻かれた

驚いて鴇が振り向けば、三郎が仁王立ちで鴇をビシリと指さす


「委員長!貴方も風邪ひかれては困るんですからね」

「これくらいではひかんよ」

「そういうとこ!風邪ひくのも本意ではないでしょう!!」

「看病してくれるだろ?」

「もちろんですよ どんだけ美味しい立ち位置だと思ってんですか」

「…そこ、反応おかしくないか?」


ぎゃあぎゃあと口煩く言う三郎の様子に鴇が肩をすくめてみせれば、勘右衛門もくすりと笑った

少しだけ治った勘右衛門の機嫌に鴇も口元を綻ばせた


「尾浜」

「?はーい?」


手招かれて近寄れば、鴇が耳元でそっと呟いた

それにパッと表情を明るくすれば、鴇がにやりと笑う


「頑張れるだろ?」

「もちろん!!」


結局、鴇はいつもこうなのだ

この憎めない性格も言動も、自分はどうやったって好きなのだ

ここにいるメンバー全員、それはずっと変わらないのだろう


「よし、手早くやるぞ 私と鉢屋で雨戸の修理 尾浜は渡り廊下の雑巾がけ 黒木と今福は障子を剥がしておいて、後で私が貼りなおす」

「委員長、雨戸の修理私一人でもできますが」

「片方押さえていた方がズレも少ないだろ」

「そりゃそうですね」

「尾浜、何かあれば黒木達手伝ってやって」

「はいはーい」


袖を巻くって勘右衛門はよし、と息を吐いた

結局鴇は気を遣ってくれたのだろう

室内とまでは言わないが、それでも大分風当たりの少ない廊下掃除を割り当ててくれたのだ

ザブリと雑巾を手桶に入れて、ぎゅっと絞る

それなりに長い廊下だが、そんなのは気にならないくらい勘右衛門の機嫌はよかった


『終わったら、汁粉食べよう』


だから頑張れ、と言った鴇の言葉

結局鴇は後輩にとても甘いのだ

そして、年もほぼ変わらない1つ下の自分をこれだけ甘やかす鴇が、本当に勘右衛門は好きなのだ


(俺も、単純だよね)


ふふふと笑って、勘右衛門は雑巾がけに勤しむのであった






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(…大掃除ひとつするのに褒美を用意しないといけないんですかね)

(ん?汁粉嫌いだっけ?)

(いえ、大好きです)

(だろ?あんだけ喜んでくれるなら、準備しがいもあるってもんさ)

(…ところで、あの小豆)

(そこ、聞いたら共犯になるぞ)

(……学園長のところからですか)

(まあ、伝手はいろいろと)







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