- ナノ -


足りない勇気が邪魔をする(彦四郎)


「嘉神先輩は庄左エ門とよく一緒にいるな」

始まりは、そんな一言だった






授業も終わって、一年い組の今福彦四郎は同級生の黒門伝七と任暁左吉と共に校庭の掃除をしていた

彼らと掃除をすると、大抵世間話もせずにすぐ終わるのだが、今日は少し様子が違う

つい先ほど、話題の人である嘉神鴇と黒木庄左エ門を見かけたのが事の発端である

庄左ヱ門は鴇先輩の手伝いをしていたのだろう、大きな布やら模造紙やらを両手に持っていた

鴇先輩だって本やら巻物やらを抱えていたが、余裕があるらしい

時折庄左ェ門を気遣って、持とうかと声をかけているのだろうというのは遠目からでもよくわかった

2人はこちらに気付かなかったらしく、同じ委員会である彦四郎も特に声はかけなかった

この後彦四郎は委員会に行くつもりだし、何より忙しい鴇の時間をとるような真似はしたくなかったからだ


「やっぱり、嘉神先輩は恰好いいよなぁ」


成績優秀で模範的な鴇は、エリート志向の強い一年い組にとっては目指す姿の忍たまであり、

学級委員長委員会委員長である鴇は伝七と佐吉にとっては憧れの存在であった

生徒達の尊敬の念は勿論、担任の安藤先生はともかく、厚木先生も彼への信頼は厚い

そのせいか、い組の中では何かと鴇の話題は上がりやすいのだ

そんななか、伝七が発したさっきの台詞に彦四郎も動きを止めた

鴇が庄左ェ門と一緒にいることの、何がそんなに不思議なのだろうか、と


「?だって、同じ委員会だもの」

「そんなことを言ったら、彦四郎、お前もだろ」


伝七の言いたいことがわからず首を傾げれば、先に悟ったのだろう佐吉が呆れたように溜息をついた


「わかってないな 庄左エ門に後れをとってるんじゃないのかって言ってるんだよ」

「…ああ、またその話?」


彦四郎もようやっと話がつながって溜息をひとつ

それに敏感に反応した伝七が目を吊り上げて怒る


「そうだ、"また"だ お前は悔しくないのか」


一年い組が一年は組に強く対抗意識を抱いているというのは、よく知られた話である

担任の安藤先生然り、伝七と佐吉も筆頭に立って声高らかに一年い組の方が優秀だと叫ぶ

確かに座学はい組の方が優秀であり、練習であれば実技も遥かに優秀だ

ただ、それを叫んでまで誇示しなくてはならないのは「実践」となるとは組の方が優秀だと皆が知っているからである

まあ、ようするに負け犬のなんとやらだ


「別に」

「だから、お前は頼りない学級委員長だと言われるんだ」


どれだけ佐吉や伝七が怒っても、張り合う必要はないと、彦四郎は思っている

厚木先生もよく過剰に敵視する必要はないとおっしゃっている

互いを認め、切磋琢磨することの方が本質としては正しく、歪みなく成長できると

だから彦四郎は伝七や佐吉がは組に喧嘩を売れば、庄左エ門と共に仲裁に入るし、深入りさせるつもりもない

それがどうも、この2人は気に食わないらしい


「だって、庄左エ門は本当に優秀だもの」

「そんなことを言っているから、出遅れるんだよ」

「そんなことって、」

「じゃあいいんだな、嘉神先輩の後継が庄左ェ門だって言われても!」

「そ、れは」


何の躊躇いもなく断言した伝七の言葉に、彦四郎の反応がひとつ遅れた


"黒木庄左エ門"


それは彦四郎にとっては同じ委員会の仲間であり、良き友であり、そして何かと比べられることの多い名である

普段より、彦四郎は庄左ェ門と競い合ったりいがみ合ったりすることはない

それは自身がしっかりと成長していればいいという先輩方の言葉に従っているからだ

ただ、それは当人たちの間の話で、他人にそこまで言われていいよと言えるほどまでの精神的余裕はあまりない

弱気な態度が見えた彦四郎に、今度は佐吉が溜息をつく


「いいか?学級委員長委員会には1年い組とは組の学級委員長が従事してるんだ そこでお前が頼りなければ、い組全員がそうだと嘉神先輩に思われるんだぞ!」

「…鴇先輩は、そんなこと思われないよ」

「いいや、思うね!現にお前より庄左エ門の方が有望だと思っておられるから、ああやって庄左エ門にばかり指導をされるんだ」


その言葉に、ズン、と何か重たいものが彦四郎の胸のなかに落ちる

それは、指摘されたくない言葉であった

彦四郎にも覚えがある

いつだって庄左ヱ門は自分より早く委員会に来て、鴇先輩と楽しそうに話をしている

鴇先輩も打てば響く性格の庄左ヱ門が可愛いのだろう、柔らかい眼差しで一生懸命な庄左ヱ門の話に耳を傾けておられる

遅れていった自分は、それが羨ましいと思ったのは事実だ


「大体、お前は気が弱すぎるんだ 折角嘉神先輩の傍にいられるのに、その機会を奪われてばかりじゃないか」


もやもやと、胸のなかで何かが渦巻く

はっきりとはわからないが、黒くて淀んだ何かだ


「……掃除、終わったよね 僕、委員会あるから行くよ」

「あっ、おい!彦四郎!!」


まだまだ不平が飛び出してきそうな2人の言葉を聞きたくなくて、彦四郎は足早に校庭を去った

これ以上は、何か嫌なものが育つ気がして







黒木庄左ヱ門は、優秀な忍たまであった

はっきりとした物言いと、明朗快活で堂々とした振る舞い

決断力に溢れる彼は、一年生でありながら肝も据わっており、彦四郎にとっては眩しい存在である


(わかって、いるよ)


ずんずんと、委員会室へと向かうなか、先程の言葉がぐるぐると巡る

学級委員長委員会委員長である嘉神鴇先輩は、とても多忙な忍たまである

大量の書類と生徒達の起こすゴタゴタを適切に対処され、その上ご自身の学業や忍務にも手を抜かない

そして、そんな鴇が1番長く時間を割いてくれるのが、学級委員長委員会だ

鴇は委員会活動を優先してくれるけれど、何よりも自分たち後輩の言葉に耳を傾けてくれることを忘れない

それが僕らの自慢であった

少し荒立たしく廊下を進んでいた彦四郎の足が止まる

視線の先にいたのは、委員会室前の縁側で読書に耽る鴇であった

積まれた大量の本を傍らに、静かに手元の紙面を眺めている

キラキラと光る灰色の髪が時折風に靡く

その様子はさながら一枚の絵のように神聖なものであった


(…庄左ヱ門はいないみたいだ)


今会ってしまえば何だか嫌な言葉を吐いてしまいそうな気がしていたため、ほっと一息をついて彦四郎は鴇の元へと歩みを進めた

その気配に気付いた鴇の視線がふと交じる


「鴇せん、」


声をあげようとした彦四郎に、鴇が指を1本立てて口元にあてる

静かに、と苦笑したその意味がわからないまま、慌てて黙った彦四郎を鴇が手招く

そーっと鴇に近寄った彦四郎が、鴇の影に隠れていたものの存在に気付いて思わず息を呑んだ


(庄、左ヱ門)


そこにいたのは、座布団の上で静かな寝息をたてる庄左ヱ門であった


「さっきまで起きていたのだけどね」


身を固くした彦四郎に気付くことなく、鴇が小さく笑う

よく見てみれば、庄左ヱ門は本を握ったままだ

何かわからず問うように鴇を見上げれば、鴇がああ、ともう一度笑った


「兵法の本、ちょっと難しかったみたい」


本が傷まないようにそっと庄左ヱ門の手から抜き取り、鴇が彦四郎にそれを手渡す

興味があるかと言われれば正直ないが、折角渡された本だ

パラパラと捲ってみたが、今の彦四郎にはちんぷんかんぷんであった


(庄左ヱ門は、こんな本を読もうとするんだ)


同じ年齢、体格だって同じくらい

それなのにこの差は何だろう、それがやはり彦四郎の胸へと重くのしかかる


「今福?」


黙りこくった自分に何かを感じ取ったのか、自分の名を呼んだ鴇に、はっと彦四郎は顔をあげた

首を傾げてこちらを見ている鴇が、そっと言葉を落とす


「…元気ないね 何か悩み事?」

「な、何でもないです!」


慌てて首を横に振った彦四郎に、そう、と鴇が呟いた

そのまま少し鴇は待っていたようだったが、彦四郎が何も口にしないのを悟るとそれ以上は何も問わなかった

そして、自身が着ていた羽織を鴇は脱ぎ、寝ている庄左ヱ門へとかけた

その眼差しはとても優しくて、また彦四郎の胸のなかがモヤモヤと蠢いた


(何を、嫉妬してるんだろ)


彦四郎は、その胸のなかの感情は嫉妬であると気付いていた

庄左ヱ門に対しての劣等感と、自分の不甲斐なさ、そして鴇に大切にされる庄左ヱ門への妬みと悔しさ

それが勝手なものであることは承知しており、悩んだところで簡単に覆るものでもないことを知っている

それなのに、この晴れない気持ちの扱い方がわからない


「今福」


再度呼ばれた自分の名と、やはり自分を見つめる鴇にギシリと胸が鳴る

今度は顔さえあげられなくなってしまって、彦四郎は小さく笑った


「ごめ、んなさい」

「どうしたの 今福」

「違うんです ごめんなさい」


もう駄目だ、まともに鴇先輩の顔も見れない

ぎゅうっと握った拳にばかり力が入って、グルグルと嫌な感情が渦巻く

一言口に出せばいいだけだ

聞きたいことを、尋ねもしないで答えが欲しいだなんて我が儘以外の何でもないのだから

それでも、足りない勇気が邪魔ばかりする


(みっとも、ない)


逃げ出したい衝動に駆られているうちに、ひょいと身体が浮かび上がる

え?と思わず顔を上げれば、目前に鴇の顔が近づく

両脇から、まるで猫のように持ち上げた彦四郎を、鴇が正面から見つめている

泣きそうな表情を見られたくなくて、慌てて逃れようとしても鴇はしっかりと彦四郎を確保していて抜け出せそうにない


「逃げないでよ」


小さく笑って、彦四郎の身体が鴇の膝の上にポンと乗る

温かい体温と、キラキラ光る鴇の灰色の髪が彦四郎の間近にある

その距離感に彦四郎がドキリとする


「今福は、いつも遠慮しているな」

「え?」

「我慢は、よくないんじゃないかな」


鴇の第一声に驚いて、思わず声をあげてしまった彦四郎に鴇がごめんなと呟く

そっと落ちるような、優しい声が彦四郎に降り注ぐ


「今福は周りを優先してくれるから、言いたいことも言えてなかっただろう」

「そんな、こと」

「甘えたがりが、私の周りには多くてね」


それは誰のことを指すのか

鉢屋先輩に尾浜先輩、綾部先輩や七松先輩など、何でか思い浮かぶのは上級生ばかりで彦四郎は苦笑した

それでも、そこに庄左ヱ門は浮かばない

それがやはり自分との違いだと苦笑して、彦四郎も小さく呟いた


「…庄左ヱ門みたいに、しっかりしないと、って思ってるんです」

「うん?」

「僕、決断力もないし、知識も庄左ヱ門みたいに多くなくて、せめて鴇先輩の邪魔になりたくなくて、それで」

「今福」


モゴモゴと言い訳のように口を開けば、少し強く鴇が自分の名を呼んで黙らせる


(し、まった)


聞き苦しかったのかもしれない、そう思って身を固くすれば、鴇が自分の方へと抱き寄せる

温かい手がそっと背を撫でた


「どうしてそこに黒木の名がでる 私が知りたいのは、お前のことだよ 今福」

「だ、から」

「勘違いをしないで 私は、誰かとお前を比べたいわけじゃないよ」


鴇の声は怒ってはいない

けれど、静かな声であった

一体この人は、どこまで気付いてしまっているのだろう

核心をつかれそうな言葉に息を呑めば、鴇がまた静かに言葉を落とす


「言いたいことを言ってごらん、聞きたいことを聞いてみてよ 何も、気遣う必要はないからさ」

「………………」


そこまで鴇に言わせたというのに、彦四郎は何も口に出せなかった

何を言うのが正解で、何を聞くのが間違いかがわからなかった

一番怖かったのは、鴇に呆れられることであった

ただでさえ、自分は鈍いのだ そんな姿を改めて鴇に見せるのは抵抗しかなかった


「まだ、少し怖い、か?」


うーん、と苦笑する鴇先輩にごめんなさい、ともう一度謝る

言いたいことを口にすれば、酷く我が儘な自分になると思った

聞きたいことを聞いてしまうのは、それまでに心が破裂しそうだった


「じゃあ、まず私から聞きたいことを聞こうか」


その言葉に緊張と不安がぎゅっと押し寄せる

何を言われるんだろう、いい加減にしなさいと怒られるかもしれない

だって、僕は


「私は、お前達に寂しい想いをさせてないか?」

「へ?」


思っていたような話とは全く異なった話に思わず間の抜けた声が出てしまった

慌てて口を押さえて鴇を見上げれば、恥ずかしさに顔を赤らめている先輩がいた

こんな鴇は見たことがなかった

自分の知る鴇は、もっと大人で、もっと冷静で


「…恥ずかしい話なんだけど、まさかこの年で一年生の後輩ができると思ってなくて、どうやって接したらいいか正直不安でね」

「…………………」

「厳しすぎると文次郎の二の舞だし、甘やかしすぎると気味悪がられるぞって仙蔵はからかってくるし」

「…………………」

「本当は長次みたいにどっしりと構えていたいんだけど、学園長先生のおつかいばかりでお前達の普段の様子が見えないことが多くてね」

「…………………」

「鉢屋や尾浜にちゃんと見といてよって頼んでるんだけど、鉢屋は鉢屋で構わないと拗ねて情報くれなくて」


尾浜はお土産あげないと教えてくれないんだよ、って溜め息をつく鴇に彦四郎は思わずクスクスと笑った

普段あまり見ない、兄のように気軽に話しかけてくる鴇がとても身近に感じられた

こう少し砕けた話し方は三郎や勘右衛門にとっている姿はよく見るが、自分たちにはあまりないからだ


「…笑うなよ 結構真剣な悩みなんだ」

「だって、ふふふ、鴇先輩っぽっくない」

「私だって、悩みの1つや2つ、恥ずかしくて聞けないことの3つや4つ持ってるよ」

「そんなに、ですか?」

「そうだよ 足りない勇気が邪魔ばかりするんだ」


先ほど自分の胸に過ぎった感情と、同じ感情が鴇の口から出たことに彦四郎は目を大きく見開いた

これほど完璧な人が、自分たちのことなんかで悩むのかと知って、驚いた

そして純粋に嬉しかった

鴇を悩ます原因が自分たちであったことに、だ

少し落ち着いた彦四郎を見つめていた鴇が、ゆっくりと口を開く


「黒木と、比較されてるって思ってる?」

「……え……っと、」


油断したところに突然放り込まれた核心の問いに、思わず息を呑めば鴇が困ったようにニコリと笑った


「さっき、黒木を見て身体が強ばったから、何かそういう話でもあったのかなって思って」

「………………」


身体の中を、ぶわりと緊張が駆け巡る

一度気を抜いた後でのこの問いは、とても恥ずかしいものであった

自分が口にするまでもなく、全て見透かされているのだと思えばそれは羞恥でしかなかった

再び貝の口ように黙りこくれば、鴇が彦四郎の頭をそっと撫でた


「鉢屋と尾浜もね、昔そういう話で揉めたことがあったんだよ」

「…鉢屋先輩と、尾浜先輩も?」


意外な名前が鴇の口から飛び出て、思わず彦四郎はそれに反応した

少し肩の力が抜けた自分に鴇がそっと笑う


「うん なかなか長期戦だったな 誰かに言われたんだと思うのだけど、2人とも意地を張って口を開かないから私も全然わからなくて」

「…でも、僕の場合は、僕がそう勝手に思ってるだけで、庄左ヱ門はそんなこと思ってもいないです」


きっと鉢屋先輩と尾浜先輩は、どちらも優秀だから白黒つけたかったのだろう

揉めるまでに至ったお2人の気持ちはわからなくはなかった


(でも、僕は違う)


庄左ヱ門の方が明らかに優秀で、僕はそれを羨んでいるだけ

手持ち無沙汰にぎゅっと握った手を彦四郎はじっと見つめていた

どう言葉を紡いでも、後ろ向きな言葉しかでそうになかった

黙りこくった彦四郎に鴇が告げる


「比較は、するよ」


そう告げた鴇にやっぱり、と肩を落とせば、そのまま鴇が言葉を続ける


「黒木は曖昧な物言いを好まなくて、今福は含んだ言葉から物事を読むのが上手」

「………え?」

「黒木は算術や兵法を試すのが好きで、今福は文学や術を知る方が好き」

「…………??」


黒木は少し苦めの抹茶が好きで、今福は甘いほうじ茶が好き

黒木は向日葵や水仙のようにくっきりとした色の花が好きで、今福は菜の花や菫のように淡い色の花が好き

次々と出てくる言葉は、庄左ヱ門の方はわからないが、自分についてはピタリと言い当てられている

それに驚いて目を丸くしていれば、合ってる?と鴇に尋ねられて首をブンブンと縦に振った


「な、んで」

「だって、こうやって違いを知っておかないと、お前達を喜ばせることができないもの」

「え?」

「ふふ、良かった 合ってるか心配だったんだ」


きょとんとした彦四郎の髪をくしゃりと撫でて、鴇が笑う

とても、嬉しそうに


「それくらいだ、私が気にするのは どっちが優秀とか、どっちが可愛いとか、そんな査定みたいな見方してるつもりないよ」

「鴇、先輩」

「鉢屋と尾浜にも言ったことがある 優劣なんて、小さな世界に興味はない 私が知りたいのはお前達自身で、興味があるのはお前達が笑ってくれるかだ」

「……はい」

「この際だから、言っておきたいんだけど」


え?と首をかしげれば、鴇が少し躊躇って、そっと呟く


「もう少し、甘えてきてくれないか」

「え?……え?」

「その、鉢屋は寂しいと構えって態度にでるし、尾浜は言われなくても飛びついてくるし」

「………………」

「黒木は積極的に来てくれるから、私も遊んでもらうんだけど 今福はちょっとわからなくて」

「………………」

「あまり構われるのが好きじゃない子もいるんだ 四年生の大半はそうだし、二年生も照れるからそうだし」

「………………」

「1年、なんだ 今福」

「え?」

「私に残っているのは、あと1年」


その言葉に彦四郎が少し背筋を伸ばす

鴇が卒業するまでのその短い時間は、必ずくるものだ


「もっと色々話もしたいし、相手してほしいんだけど」


どうかな?と問う鴇にお腹の奥が急に熱くなる

この人は、常に温かい言葉を僕らにくれる

優しくて、柔らかくて、心地のいいもの全て

全力で注がれる想いを、どうして僕は疑ったのだろう


(こんなにも、溢れるくらいはっきりしてるのに)


ぎゅうっと鴇の首に抱きついて、彦四郎は口を開いた

突然のその行動に、驚いた鴇が少し後ろに倒れそうになったが、それでも彦四郎は構わずに述べた

自分の気持ちを、自分の言いたいことを


「もっと、もっと構ってください」

「今福、」

「たくさん、たくさん遊んでほしいし、話もしたいです」

「そうだな もっと、私たちは互いを知っていいはずだ」

「僕、鴇先輩が大好きです」

「私も、大好きだよ 今福」


自身の背に添えられた鴇の手が、ポンポンと優しく背を叩く

ようやっと言えた言葉に、胸のなかがすっと軽くなった

耳の横で嬉しそうに笑った先輩の声が、いつまでも耳に残る


「じゃあまずは、」


黒木が起きるまで、私とお喋りをしようか

そう言った鴇に、彦四郎ははい、と返事をしたのであった













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(何あれ、超可愛い)

(……それは、彦四郎のこと?それとも鴇先輩のこと?)

(全部だ全部 委員長の横で安心しきって寝てる庄ちゃんも超可愛い)

(はいストップ その顔、犯罪者の顔だからさっさと直しなよ)

(勘右衛門、紙と筆を! この瞬間を書き留めておかねば!)

(いいけど、俺先に行くよ?)

(阿呆か お前があの中に入ったら、価値が半減する)

(え、どういうこと?俺の癒し度を侮るなよ)

(そのアイドルポーズやめろ イラっとくる)

(………っていうかさぁ、いつ出てくんだよ 俺達)

(とりあえず、このスケッチが完了するまでは無理)

(……………………)







というわけで、さやか様からのリクエストで『足りない勇気が邪魔をする』でした
(お相手:今福彦四郎 傾向:ほのぼの 彦四郎が庄左ヱ門のように先輩と仲良くしたいと思って奮闘する話)




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