- ナノ -


そこはやさしい奈落(喜八郎)


穴を掘るのが好き

何の変哲もない地面が急に崩れて、突然出現する蛸壺

どこに、どんな風に、どうやって、

深さや土の硬さ、配置も含めて

ありとあらゆる条件を考慮して、それらを何事もなかったかのように隠す作業も全部好き

私は私の手で、私なりの考え方で、私だけの穴を掘るのが好き



(それを、したいだけなのに)

『喜八郎、少しは皆と同じように行動しろ あまり悪目立ちはするな』


ガミガミと口うるさく説教してきた滝夜叉丸の先程の言葉にまた胸のなかがムカムカする


(悪目立ちするな、なんて 滝にだけは言われたくない)


そんなことをぶつぶつ心で思いながら喜八郎は相変わらず土を掘っていた

誰かの目なんて気にしたくない

誰かのことばかり気に留めていたくない

だってそんなことばかり気にしていたら何もできなくなる

誰かの顔色ばかり窺うなんてまっぴらごめん

だってそんなことをしても相手のことなんてわからないのだもの

誰かの流す噂に振り回されるつもりだって毛頭ない

そんなの好奇の目と悪意に踏み入れるようなものだから



ザクザクと土を削り、嫌な想いも全て捨てるかのように穴を掘る


『そんなことばかり言っているから!上級生に目をつけられるのだアホハチロー!!』


もう知らん!と入学してから一体何度目になるだろうか

そうやって怒鳴って去っていった滝夜叉丸の後ろ姿を思いだしてジクリと気分が悪くなった

半ば力任せに地面を掘り進めていた時である


ゴツッ!

「あ」


大きな岩が埋もれていたのだろう

ガキンと堀り棒が折れて、喜八郎の身体の軸もグラリと崩れる

全身の力をこめていたこともあり、一気に力が支えられなくなった堀り棒はぐしゃりと折れ、破片が手の甲に掠って、血がタラリと垂れた


「痛っ…」


ジグジグと痛む手と身体の中心、なんだかそれが無性に虚しくて意味がわからなくて、喜八郎は穴を掘る手を止めた

掘り進められない地面と、壊れた使い慣れない道具

じっと見つめていれば、目の奥がジワリと熱くなる

何だって大好きな穴を掘っているのに、こんなにモヤモヤとしていないといけないのか

そんなことを思っていた時である


「綾部?」


俯いていた喜八郎に影が被り、柔らかい声が振ってくる

それが誰のものか、容易には思い出せなくて、綾部はゆっくりと頭上を見上げた















自分の髪の色よりも、濃い灰色の猫っ毛のある髪がふわりと揺れる

見上げてきた大きな目はぱっちりとしていて顔立ちもとても整っている

ただその可愛らしい見た目とは裏腹に、この子はいつも泥にまみれているなと鴇は小さく笑った


綾部喜八郎


今年入学した忍たまであり、同級生の立花仙蔵と同じ作法委員会に入った一年生である


「また穴を掘っているのかい?」


そう問えば、綾部はコクリと頷いた

そう、と鴇も邪魔しては悪いかと思って去ろうかと考えたが、綾部の手に握られている堀り棒と、傷ついた手を見て目を丸くした


「綾部、怪我をしているよ」


そう言えば綾部はまたぼんやりとした表情でソレを見て、「はい」とわかるようなわからないような返事を返してきた

そうだった、

この子は穴掘りばかりに興味があって、自身に対しては無頓着だと仙蔵が言っていたことを思いだして、鴇は穴の中の綾部に手を差し出しこう言った


「とりあえず、手当をしようか」


そう伝えれば、また綾部はただコクリと首を縦にふるのであった








桶の水で手の泥を洗い落とされて、清潔な包帯が器用に巻かれていく

随分手慣れた様子にじっと見つめていれば、私の頭の上で先輩が、嘉神先輩が小さく笑った


「小平太がよく怪我をしてくるからね 簡単な手当ならお手の物になってしまった」


あまり人の名前を覚えない喜八郎でも、よく目立つこの人、嘉神鴇は知っている

三のいの学級委員長、ならびに学級委員長委員会副委員長

六年生の学級委員長委員会委員長のすぐ隣で、今年入学した喜八郎達一年生に色々と説明をしてくれた忍たまだ


「木で擦っただけだね 木屑はできるだけ排除したし、擦り傷だからすぐに治るよ 今日はバイ菌が入るから土には触れないこと」


かさぶたができてから穴掘りをすること、あと痛かったら木屑が残ってるのかもしれないから診せにきてね

そう言った嘉神先輩が私の顔を見て困ったように笑った


「そんな顔をしても駄目だよ いくら穴掘りがしたくても、傷が塞がるまでは許可しません」


穴を掘れないことへの不満が顔に表れていたのだろう、ふて腐れた表情を見た先輩がごめんね、と悪くもないのに謝る

ブラブラと縁側で足を振っていれば、少し待っていてと嘉神先輩が自室へと戻る

何だろうと待っていれば、すぐに戻ってきた彼の手には茶と茶菓子の乗った盆


「甘い物は好き?」


とても、とても柔らかい声と優しい声に逆らう気もせず、そして香る茶の良い匂いにつられてコクリと頷けば、良かったと嘉神先輩がまた笑った











わかりにくいのは嫌い

言いたいことがあるならはっきり言ってよ

私はそう思うのに、先輩方は歯に何かが挟まったような物言いばかり


それでも結局は同じことを言っている

皆と仲良くしろ

和を乱すな

自分の好きなことばかりをするな


上級生の威厳とやらか、高圧的な口調と絶対的な態度は私にとっては苦しいものばかり

なかには気の優しい先輩もいたが、どこか自信なさげに言われるものだから、それが本当に正しいのか、思案はそこから始まった

委員会の先輩である立花仙蔵先輩は、私にとっては接しやすい先輩であった

あの人は感情だけで言葉を吐かない

したいことがあるなら、すればいいと言ってくれたし、ならぬものはならぬとはっきり言う人だった

立花先輩も人に媚びるような素振りは見せるような人ではなかった

どちらかというと上級生からは好かれないタイプの人で

ご自身と重なるものがあったのかもしれない、私のこれからを心配したのか一人の忍たまの名を挙げた


『困ったことがあれば、私か鴇に相談しろ あれは信頼してもよい男だ』


立花先輩が絶対の信頼をおいていたのが嘉神鴇という先輩の同学年の忍たま

あまり人の名前を覚えようとしない私でもわかる人を選んで推したのだろう

挙がったその名は喜八郎でも知っている忍たまであった


喜八郎にとって嘉神鴇の第一印象は悪くなかった

いやむしろ、喜八郎にとっては鴇は悪く思う必要が全くない忍たまであった

端正な顔立ちと穏やかな気質、背筋のピンと伸びたその人は、優雅でありながらどこか動きにキレのある人

ただ深く関わることもこの数ヶ月なかったので、"見ている分には"という感想だが


「ところで綾部、お前の愛用の踏鋤はどうしたの?」


茶を啜っていた喜八郎はピタリと動きを止め、鴇を見た

優しい声とは裏腹に、鴇は真剣な顔をして此方を見つめている


「…今日は、踏子はお休みの日です」

「たしか手鋤も持っていたと思うのだけれど」

「テツコと二人揃ってのお休みです」

「2人揃ってなんて、ゆるい管理しているの?」


鋭い指摘と誤魔化さないでとばかりの口調で鴇が喜八郎の目を覗きこんでくる

その真っ直ぐな視線に、気が優しく面倒見のいいだけの忍たまでないことに気付く

きっとこれが立花先輩が私に彼を推薦してくれた理由

一癖も二癖もある立花先輩が、ただ気の良い人を紹介するわけがないと今更理解した


「大事に道具を使うお前が、踏鋤と手鋤を同時に壊すわけはないと思っているのだけど」

「………………」

「綾部、」


曖昧な回答を求めていない鴇に諦めて、喜八郎が渋々と口を開く

別にどうしてほしいわけでもない、ただ話すだけだと自分に言い訳をしながら


「……失くしました」

「?どこかに置いてきてしまったの?」

「いつも通り、私の部屋の用具入れに大事に仕舞ってました」

「…最後に見たのは?」

「朝使って、朝ご飯を食べに行って戻ってきたら、失くなってました」


喜八郎だって四六時中鋤を持ち歩いているわけではない

ただ、忽然と消えてしまった大事な自分の鋤がどこに行ったのか気にならないわけではない

朝から探し続けても見つからない、それでも穴は掘りたい

その欲求に負けて適当な道具を見つけて穴を掘ってみたものの、怪我はするわ上手く掘れないわ

思い入れのある道具でない虚しさを再認識するだけであった


「心当たりはないのかい?」

「…………………」

「…沈黙は、多くを語るよ 綾部」


ぎゅうっと握りしめた拳を鴇が膝に乗せて、お止めとほどく

喜八郎と向かい合うように、縁側の向こうにしゃがんで、鴇が下から喜八郎を見上げる

はぐらかすことを許さない、強い視線が真っ直ぐ喜八郎を射貫いていた

その視線に堪えるように唇をぎゅっと噛めば、鴇が口を開く


「話してごらん 綾部」

「貴方に話しても、どうにもならないもの」

「それは、話してみないとわからないよ」

「………………」

「諦められるような、話なの?」

「っ!!」


鴇のその一言に、衝動的に喜八郎は顔をあげた

そうすれば、ほら、とやはり話せと鴇が優しい目で見つめている

その視線に朝から胸のうちに溜まっていた想いが零れ出る

この人は、聞いてくれるといった

だから私は話すのだ


「用具委員長に手伝ってもらって作った、私の鋤」

「うん」

「毎日欠かさず磨いて、大切に使ってました」

「うん」

「私の、私の大事な鋤、」

「うん」


ボロボロと零れる言葉に、喉の奥がきゅうっと狭まる

気を抜けば泣き声に変わりかねなくて、でもそれが情けなくて口を閉じようとしたが、鴇が更に質問を続ける


「どこに、あるか検討はついてるかい?」

「…………っ……」

「綾部、」


優しく握られた手から伝わる温度が、胸のなかに仕舞いこんでいた言葉を溶かしていく

言おうかどうか迷ったのは確かだった

憶測の域はでないし、言っても無駄だとわかっているから

それでも目の前のこの人は先を促す、私の不満を感じ取ってしまっているから


「悪いようには、しないから」

「………多分、……先輩、達が」


消え入りそうな大きさの声で、思い当たる鋤の在処を告げれば、そう、と嘉神先輩が頷く

私が挙げたのは五年生の忍たまの名

普段から私に再三絡んできた人達だ

私が可愛い一年生の振るまいをしないのが気に入らないのか

穴を掘っても、一人で地面を見つめていても、何かと言いがかりを見つけては絡んできた人達

恐らくあの人達が持っているとは思うのだが、私が何を言っても簡単にあしらわれて巻かれてしまう始末

どこかで諦めなければならないかと思っていたのだけれど、そんな簡単に割り切れるほど、私はあの道具をぞんざいに扱ってはいなかった

唇を噛みしめ、固まっているとポンポンと嘉神先輩が優しく私の頭を撫でた


「綾部、私との約束 覚えているね?」

「?」

「やだな 今日は穴掘りしちゃ駄目だよって、私言ったでしょう?」


なんで今その話をするのか、意味はよくわからなかったが交わした約束を思いだしてコクリと頷く

よし、と立ち上がった先輩が、私を立たせてそっと背を押す


「湯浴みをして、今日の宿題をやって、ゆっくりお休み」

「先輩、」

「聞こえたかな?」


どこか強い声と眼差しが喜八郎に注がれる


(…この人、)


目を逸らすことも許さない、そんな鴇の気迫に押されて喜八郎がハイ、と小さく返事を返せば、鴇の目が優しく細まって喜八郎を解放する


「綾部、」


トボトボと、長屋に戻ろうとした喜八郎の背から鴇に呼ばれ振り返る


「話してくれて、ありがとう」


それじゃぁね、と手を振って去っていった鴇を、喜八郎はただ呆然と見送るのであった








「!」


朝起きて、布団を片付けようとしていた喜八郎は部屋の隅にあるものに釘付けになっていた

昨日はポッカリと空いていた用具入れの隙間に、喜八郎の大事な鋤、踏子とテツコがすっぽりと収まっていたのだ

慌てて持ち上げて点検してみれば、土も綺麗に落とされて丁寧に磨かれた跡まである


(なんで、これ…)


覚めきっていない頭をフル稼働して、心当たりがひとつだけあった

それが脳裏をよぎった瞬間、髪を結い上げるのもそこそこに、喜八郎は三年長屋に向けて走り出していた











「痛い、痛い痛いっ!!」

「阿呆、じっとしていろ」

「小平太、離せ馬鹿っ!」

「むー、だってな、鴇」

「離すなよ小平太 離したら今後一切鴇の情報はやらん」

「すまん、鴇」

「こんの裏切り者っ!」


了承も得ずにガラリと鴇の部屋の戸を開ければ、そこには朝から大勢の忍たまがいた

一瞬ビクリと身体を震わせ、後ろにさがろうとした喜八郎であったが中心にいたのが鴇と仙蔵であることに気付いて踏みとどまる

こちらも驚いたが、向こうは向こうで突然の来訪者に驚いたらしい

仙蔵が首をかしげて声をかけてきた


「おや、喜八郎 どうした?」

「何を、されてるんですか?」


部屋の中央には背後から七松小平太に羽交い締めにされている鴇と、その鴇に向けて説教をしている立花仙蔵

そしてその様子を静かに見守っている中在家長次と潮江文次郎の姿

三年生の中心メンバー達である


「どこぞの馬鹿が、五年相手に喧嘩を売ったらしくてな その治療中だ」

「誰が馬鹿だ それに喧嘩じゃない、交渉に行ったんだ」

「交渉に行った奴が、なんで怪我して帰ってくるんだ 阿呆め」

「阿呆と言うな 私は悪くない」

「…鴇、やっぱり私、お礼参りに行ってくる」

「いらん 大体、負けた覚えもない 目的も達成してる、何も問題ない」

「問題ないはずがあるか 貴様、また目をつけられるような真似しおって!」


よく見れば、鴇は唇の端を切り、身体のところどころが青くなっている

それを片っ端から仙蔵がせっせと湿布を貼って治療し、要らないと突っぱねる鴇を小平太が押さえているらしい


「…先輩、その傷」


それがどういう経緯で出来たのか、喜八郎は知らないがきっと自分のせいだろう

そこまで疎くはなく、ごめんなさいと謝ろうとした喜八郎を仙蔵が止める


「待て、お前が謝る話ではない 喜八郎」

「そんな、わけないです だって私の、」

「お前は鴇に鋤を取り返してくれとねだったのか?」


ねだってはいない、でも、あんなのはねだったも同然だ

黙りこくった喜八郎に仙蔵が心配は要らぬと窘める


「鴇が勝手に軽率な行動をとったのだ お前が気にする必要はない」

「軽率とは何だ 突っかかってきた相手からの正当防衛だ」

「保健室送りにまでするとは何事だ」

「どさくさに紛れて人の身ぐるみを剥がそうとしたんだ それくらいは仕方ない」

「!鴇、そんなことされたのか!やっぱり私も一発ぶん殴って、」

「「いらんことをするな阿呆」」


とんでもない内容の話にギョッとして、ギャアギャアと騒ぐ小平太を黙らせ、殺気だった長次に大丈夫だったから、と宥めて

泣きそうになっている喜八郎に気付いた鴇が困ったように笑って手招く


「綾部、あれで、合ってた?私には他の鋤との区別があまりつかなくて」

「ごめ、」

「あの人達とは、相性が悪くてね ガタガタ五月蠅いから、思わず手がでちゃった」


喜八郎の言葉を遮り、何でも鴇が笑う

そしたら彼らの部屋に鋤があったから持って帰ってきたと言って


「どうして、」

「ん?」

「何で、ここまでしてくれるのですか?」


そう問えば、きょとりと不思議そうに鴇が首を傾げる

質問の意味がわからないというが、喜八郎にだって、顔見知りでしかない鴇が何故ここまでしてくれたのかがわからなかった


「何で?」

「だって、私」


いい子じゃないのに、

自分の好きなことばかりやっているし、

人の迷惑になる穴ばかり掘ってるし、人の声にだって知らんぷり

嘉神先輩が気にかけてくれるほどの人間ではないです

そう呟けば自分より大きな手が優しく喜八郎の髪を撫でる


「だって、お前は可愛い後輩なのだもの」


当然のように、鴇がそう言って笑う


「好きなものは譲ってはいけないよ それは、誰かが否定していいものではないのだから」

「………………」

「困った時は、ちゃんと相談においで 今回みたいに都合良く解決できる場合だってあるのだし」

「でも、」

「この怪我は別件、綾部の困り事とは関係ないよ それに、」


ビッ、と鴇の肩に湿布を貼り付けた仙蔵を見て鴇が小さく笑う


「仙蔵のお気に入りだからね お前は」

「というか、貴様の後輩である前に、喜八郎は私の後輩だ」

「そんな固いこと言わないでよ」

「貴様には鉢屋がいるだろうが」

「手、出さないでよ」

「あんな癖の強いの、誰がだすか」

「む、可愛いのに」


また話の逸れだした鴇と仙蔵をぼんやりと見つめれば、トントンと肩を叩かれ振り返る

そこには中在家長次がいつの間にか座っており、喜八郎の耳元でボソボソと何かを呟く

伝えられた言葉にコクリと喜八郎が頷き、鴇の前へと出れば鴇と視線が合う


「嘉神…鴇先輩」

「?どうした?」

「ありがとう、ございました」


ペコリと頭を下げ、顔をあげれば、そこには嬉しそうに笑う鴇の姿


「どういたしまして」


それでいい、と口元を緩めて一緒に笑った仙蔵にも頭を下げて、喜八郎は部屋をあとにしたのであった








バクバクと、心臓が痛いくらい強く鳴る


「"ごめんなさい"より"ありがとう"の方が、鴇は喜ぶ」


耳の奥で長次に言われた言葉が何度も響く

桔梗のように、ただ清楚な印象の強かった鴇の、花が開くような笑顔を目の当たりにして心臓が五月蠅く鳴っている


「喜八郎!一体どこに、」

「滝」


何でお前は一言言ってから行動できないのか、とまた口うるさく説教をしようとした滝夜叉丸にズイ、と喜八郎が迫る


「な、何だ どうした?」

「私、鴇先輩が好き」

「は?」

「綺麗、可愛い、素敵」


とりあえず胸に浮かんだ感情を全て口に出せば、滝夜叉丸が何の話だと首をかしげる


「鴇先輩って…嘉神先輩か!お前、またご迷惑を…」

「滝も好き 小姑みたいだけど、いつもありがと」

「はぁ!?」


褒められているのか貶されているのか、その判断に遅れた滝夜叉丸の隙をつくように、パッと服を着替えて踏子を肩に担ぐ

心が軽い、今ならとんでもなく良い穴が掘れそうだ


「じゃあ私、蛸壺38号の制作があるから」

「意味がわからんぞ、喜八郎!」

「お昼ご飯までには戻ってくるから」


ひょいひょいと部屋を出て、目当ての場所へと向かう

昨日堀りかけた穴に見向きもせず、愛用の踏子を突き刺してザクザクと掘り進める


大丈夫、大丈夫


息苦しいと思った此処は、そんな小さな世界ではなかった


大丈夫、大丈夫


歯に挟まったような、モヤモヤとしたものはどこかに消えた

一人で彷徨っていた霧が、綺麗に払拭される


(好き、うん、好き)


ザクザクザク


軽快なその音と、じわじわと心から漏れ出すその感情に、喜八郎は珍しくニコリと笑ったのであった










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(鴇先輩、)

(おや、綾部 穴掘りはどうしたの?)

(私決めました 穴掘りの時間と、鴇先輩の時間作ります)

(うん?)

(構ってください)

(…よくわからないけれど、いいよ?おいで)

(わーい)




喜八郎と鴇の回でした

三郎や兵助が忍ぶ恋なら、小平太と喜八郎はどストレートな恋

小平太は鴇に嫌われたくないので臆病になりがちですが、喜八郎は一切遠慮なしだと思います(笑)

こうして突然現れた恋仇に触発されて、三郎が焦りだしたらいいと思う

まあ、まだ恋というよりは好意という状態ですが

ちなみに、いつか書こうと思いますが、鴇の世代は1つ上と2つ上の学年との折り合い悪いです
(1つ上はまだマシですが、2つ上とはかなり険悪)

なので、鴇は四年生の時に学級委員長委員会委員長代理となりますが、かなり苦労します




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