- ナノ -


おまけ



「…なんだ、機嫌悪そうだな 鉢屋」

「別にそんなことありません」


先ほどの鴇と雷蔵の位置が逆転した

鴇の背中にぎゅっと抱き着く三郎に寄り掛かりながら、鴇が呟くように問うた

何故かわからないが八左ヱ門に変装してやってきた三郎が、姿を戻したと思ったらこの姿勢

しばらく鴇も黙って付き合っていたが、この寒空の下いつまでもというわけにはいかない

だんまりを決め込む三郎に、鴇が少し悩んで口を開く


「もしかして不破と間違ったの怒ってる?」

「!間違ったんですか!?私と雷蔵を」

「まぁ、後ろ姿だけじゃ流石にわからん …でも、それに怒ってるわけじゃないんだな」

「…っ……」


悪びれた様子もなく言う鴇に、三郎も流石にそうかと微妙な納得の姿勢を見せる

別に何かが気に食わないというわけではないのだ

ただ、少し面白くないだけだ

自分だって鴇をずっと待っていた

寒空のなか、屋根で待つのをやめろと言ったのは鴇自身だ

だから大人しく委員会室で待っていた

部屋を暖かくして、湯も沸かして

それなのにどうだ、待つなと言われた場所にいた委員長が、雷蔵と一緒に笑っている

それも、委員長の腕のなかなんて特等席で

あれが皆から見える私と委員長の姿なのかもしれない

でもあれは私ではない、雷蔵だ

私の唯一譲れない場所に、雷蔵が入り込む

嫌悪とまではいかなかったものの、嫉妬の感情が一瞬で自分の胸のなかに渦巻いて

思わず三郎は屋根へと駆けあがったのだ


「………………」

「だから、だんまりは止めろよ 言いたいことがあるなら言いなさい」

「…別に、そんなんじゃ」

「大体、構ってほしいならいい加減顔を見せろ ちゃんと遊んでやるから」

「…言いましたね」

「あ?」


ぐいと鴇の身体を後ろに強く引き、三郎は瞬時に鴇の腹の上に跨った

ようやっと正面から見た鴇に、三郎の口元が自然に綻ぶ

鴇の胸の上に置いた掌が、じわりと温かい


「星なんて見てる余裕ありませんから」

「…へぇ?お前の頑張り次第じゃないの?」


目を丸くした鴇が、三郎の言葉にニヤリと笑う

その表情にドキリとすれば、鴇の細く長い指先が三郎の目元を緩やかに撫でる

少しひんやりとした指先に三郎の身体がびくりと跳ねる

その隙を逃さず鴇が上半身を起こせば、一気に鴇と三郎の距離が縮まって


(ちかっ…!)

「とりあえず、部屋に行こう 流石に冷えた」


ぎゅっと思わず目を瞑った三郎の髪を、鴇がポンポンと撫でて小さくクシャミをした

ムードも何もなくなったソレに、三郎の顔に急激に熱が昇る

それがなんだか悔しくて、三郎は鴇の懐にそのまま勢いよく飛びつくように抱き着いた


「…今のどこにそんなに赤くなる要素があった」

「知りませんよ!貴方こそ、誰彼構わずそんなことしてたらいつか刺されますからね!」

「安心しろ 私にこんなことさせるのはお前くらいだよ 鉢屋」


くつくつと、鴇が三郎の頭の上で笑う

まだ顔が熱い

ぎゅっと鴇の懐で服を掴んで三郎は小さく唸った

自分ばかりがこうやって鴇の一挙手一投足に振り回されてるのを感じながら、それが心地いいと思うのだからタチが悪い


「まあ、とりあえず」

「?」

「ただいま 鉢屋」

「……おかえりなさい 委員長」


どうやったって自分がこの人に敵うわけがないのだ

互いに少し冷えた身体を庇うように、三郎も小さく笑うのであった





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