- ナノ -


髪一房でさえも、愛おしい(三郎)


ギィンッ!

振り向き様に木刀を振り切れば、槍の柄の銅金が鈍い音を立てる

そのまま強く地面を蹴って勢いをつければ、ギチギチと力が拮抗し、互いの得物が震えた

それでも押し切れる気がしないのが腹立たしい


「どうした、鴇 腕が震えてるぞ」

「やかましい こちとら算盤じゃなくて筆をもつのが主体なんだよ」

「鉄製の筆でも貢いでやろうか」

「はっ、次回の予算会議でも、同じように余裕かませるといいなぁ 文次郎」


風の冷たい冬空の下、額に汗をかきながら2人の忍たまが鍛錬に励んでいた

6年い組の潮江文次郎と、ろ組の嘉神鴇である

鍛錬組と称される6年の忍たまはこれに加え、ろ組の七松小平太と中在家長次であり、2人は今回観戦に回っていた


「ほらみろ 鴇、委員会ばかりにかまけてるからだ」

「外野は黙ってろ」


冷やかし混じりに小平太が野次を飛ばせば、口元を引きつらせて鴇が笑う

力の拮抗をいなして躱した文次郎が槍を引いてひゅんと回転させる

すかさず矢先がこちらに向いて最速で繰り出される

1つ、2つと躱しつつ、時折木刀で受け流す


「また、速くなったんじゃないか?」

「お褒めに預かり光栄だ」

「見切れないとは言ってない」


ひとしきりの武器は人並み以上に使えるのが上級生の忍たまであったが、長物を得意とする文次郎は鴇のよい鍛錬相手であった

鴇は普段より刀剣の扱いに長けていた

棒術の延長戦として、薙刀や槍だって得意分野のひとつである

相手と多少の距離をとっての戦法が鴇には合っていたのだ

そういう意味では、小平太のように苦無ひとつで状況を打破できるほどの超接近戦を鴇はあまり好まなかった

1点集中よりも全体を把握してから行動に移る方が何かと慣れていることもあるし、一撃必殺で相手を倒せるような筋力が鴇にはないからだ

そんなわけで、6年で自分の武器よりも間合いの広い槍を得意とする文次郎との鍛錬は昔からよくやっていた

しかしここ最近、委員会の仕事に没頭していたせいか感覚が鈍った気がする

溜まっていた仕事に解放されたと同時に、そこを小平太たちに指摘される形で鍛錬に付き合えばこのザマ

自分が思っていたよりも上手くついていかない身体は大分鈍ってしまっているようだ


「遅い!」

「っ!!」


学園一忍者をしている男というだけあって、文次郎の動きには無駄がない

瞬発力に長ける小平太や、熟練した判断力をもつ長次とはまた違って、最も型にそぐった動きを彼は得意とする

型にはまっているということは、すなわち最短で動けるということだ

ほんの一寸、考え事をしていれば、あっという間に距離をつめられる


「とった!」

「やらせるか!」


文次郎の下から振り上げられる槍を、鴇が木刀の刃に沿わせて押し上げる

武器同士の摩擦で重みが倍増したが、力に逆らわずに打って流す

両者が武器を弾かれ、無防備な体制へと逆戻り

勝負の分け目はこの一瞬であった

互いに先手を打とうと最も得意な体勢から攻撃へと転じる


「そこまで」

「………くそっ、」

「………それは、こっちの台詞だ」


静かだが、力強い長次の制止の声に、両者が肩で息を吐く

文次郎の槍の先は鴇の首に、鴇の木刀の切っ先は文次郎の喉元に

2人共、もう一足でも踏み込めば致命傷となる距離だ

引き分け、と長次が告げると同時に額に浮かんだ汗を拭うかと鴇が腕をあげた時であった

ハラリ、


「「あ」」


鴇の前髪と横髪の一部が風に流されるかのように落ちたのは





















「………おお、結構切れたなぁ」


長次に持ってきてもらった鏡を覗けば、バラバラな長さの髪が不恰好に映る

文次郎が振るった槍の軌道通りに切れてしまった髪はどこかへと散ってしまった


「…悪かったな」

「いや、私の鍛錬不足だ 気にするな」


全く気にした様子も無くヒラヒラと手を振る鴇に対して、文次郎が何とも気まずそうにボソリと呟く

鍛錬中のこういったことはよくあることなので、鴇の言うとおり気にする必要はないのだが、文次郎の気まずさも横で見ている長次と小平太は何となく理解できた

仙蔵と鴇の髪については、そんじょそこらの男共と同じように扱ってはいけないというのが彼らの中の暗黙のルールである

それもこれも、仙蔵も鴇も見目が整っており、女装は彼らにとっての武器でもある

本人たちにはその気がないのだが、その商売道具ともいえる容姿については周囲の方が気を遣っていたりする


「どうしたもんか…」

「別に構わんというのに」


そういって懐から出した小刀を手に、おもむろにもう反対側の横髪に刃を当てようとした鴇の腕を小平太が慌てて掴む

あまりの突然で自然な動きに珍しく小平太が上擦った声をあげた


「!鴇っ!? な、何が始まるんだ!?」

「は?いや、こっちも同じくらいにしようかと思って」

「ちょ、ちょっと雑じゃないか?」

「え、そんなにずれてる?」

「そういう問題じゃなくてな?」


唐突に反対側の髪も切り落とそうとした鴇の手首を小平太が掴んだ

今回ばかりは小平太が正論だと文次郎と長次も落ち着けとジリジリとにじり寄る

その様子に鴇が何事だと眉をひそめた


「?細かいことは気にするな」

「こ、細かくないと思うぞ!」

「女じゃあるまいし、大体失敗してもすぐ伸びるって」

「だから、ちょっと待て!」

「…鴇」

「なら鏡持ってよ 見て切るから」

「…鴇」

「いや、だから私が言いたいのはそういうことじゃなくてな」

「…鴇」

「…さっぱりわからん 言いたいことがあるならさっさと言え」

「鴇」

「何、長次………」


白熱してきたせいか、長次の声が届かなくなった鴇に長次が諦めて肩を掴めば鴇が煩わしそうに振り向く

すっと半身をずらして、長次が向こうの方に立つ忍たまを指させば、鴇がギクリと身を固くした


「……………」

「……………」


じーっとこちらを凝視している彼の髪が、太陽の光でキラキラと輝いている

ジリっ、

一歩あちらが歩を進めれば、鴇が一歩下がる

もう一歩、歩を進めればもう一歩鴇が下がる

動きの止まった鴇の肩越しに相手を見つけた小平太が、助かったとばかりに声をあげる


「お、いいところに 斎藤ー!鴇の髪、整えてやってくれ!」

「ば、馬鹿 小平太 余計なことを!」


小平太の声を皮切りに、斎藤タカ丸がニッコリと笑って走ってくる

両手に携えた鋏がカシャカシャと鳴る

それを見た鴇が逃げようと後ずさるのを小平太が腕を掴んで阻んだ


「どうした、鴇」

「私、あの子苦手なんだよ」

「しかし、本職じゃないか 整えてもらえ」

「私にだって都合がある!」


相変わらず逃げようとする鴇の腕を小平太は離さなかった

珍しく力任せに振り払おうとする鴇を逃がすかと小平太が拳に力を込めた

当然だ、さっきの鴇のぞんざいな髪の扱いを見れば、髪切りが本職である斉藤タカ丸に頼めば間違いないと思うだろう


「何で逃げる」

「何でって…!それは、」

「委員長の髪を切るのは私の役目だからですよ」


突如現れた声に小平太が嫌そうに太い眉を顰めた

鴇の肩越しに小平太を睨みつける鉢屋三郎がそこにいたからだ


「またお前か、鉢屋」

「また私ですよ 七松先輩」


にっこりと小平太を笑顔で制し、鴇に向かって走ってくるタカ丸を三郎は一睨みした

その意味を理解した斎藤タカ丸が降参したように両手を挙げて立ち止まる

タカ丸はしばらくその場に止まっていたが、三郎の睨みが解除されないため今度はくるりと反転して立ち去ることにした


(今日こそは、と思ったんだけどねぇ)


わかってはいたのだ

タカ丸が髪を整えたいと思う忍たまの上位に嘉神鴇の名はあるが、入学してから今まで、一度たりとも髪を切らせてもらったことはない

切るどころか結うことも、だ

それは鴇がやんわりとタカ丸の頼みを却下するせいもあるが、大半は鉢屋三郎が譲らないせいである

一度威嚇を無視して鴇の髪に触れようとすれば、酷い殺気を向けられたことがある

その時はそれに気付いた鴇がそれとなくおさめてくれたが、それでも触らせてもらえなかった

兵助からも、あそこには関わるなと釘をさされている

はぁ、と溜め息をついてその場を去ったタカ丸は諦めたようだが、小平太は完全には許さないようである

鴇の腕をつかんだままだし、離せと睨む三郎の視線もどこいく風だ

鴇が三郎の登場で安心したことも気に食わないのだろう、小平太と三郎の睨み合いは続く


「鉢屋がやるなら私がやる いいだろ、鴇」

「七松先輩が?委員長の髪を?ご冗談でしょ?」

「お前も私も髪結いじゃぁない 変わらないだろ」

「委員長の髪をばっさり切り落とす気ですか」

「ああ、いっそそれも楽かもな」

「委員長は黙っててください」


小平太の理屈はよくわからないが、三郎からしてみたらとんでもない申し出だ

お前まで何を言い出したと断固拒否の姿勢をとっていれば、段々面倒になってきたらしい鴇までもが適当に相槌を打ち始める

それにぎょっとして、三郎が慌てて鴇の腕を引く


「何、鉢屋」

「何だじゃないですよ!人がどんな思いでここまで整えたと思ってんですか!?」

「それについては悪いと思ってるが、切れたものは仕方がないだろう」

「大体、何してたんです一体!」

「鍛錬 事故だよ事故 熱が入ったんだ、悪いことじゃぁない」

「切ったのはどちらさまで」

「文次郎だが?」

「へえ?」


てめぇこのやろう、と視線だけで射殺せそうな鋭い一瞥を三郎が文次郎に送れば、うるせぇとばかりに文次郎が溜息をついた

文次郎も切ってしまったことに悪気はあったが、こうやって後輩に噛みつかれると苛立ちが沸き起こる

ガリガリと髪を掻いて、溜め息がてら呟く


「鴇も言ってるじゃねぇか 切れたものは仕方ねぇって」

「切られた人間と切った人間だと立場が違うのですがね」

(……面倒くせぇ)


一向に睨むことをやめない三郎に文次郎が折れた

とにもかくにも、この後輩は自分の委員長が絶対だ

文次郎には理解できないが、鴇の身なりを何故か鉢屋がものすごく気遣っている

鴇自身、だらしのない恰好などはしないのに、だ

そんな鴇の髪を切り落としたのだ

これ以上長引けばさらにネチネチグチグチと嫌味が降りかかってくる

それならば、と妥協案をだすことにした


「あー、悪かった悪かった おい、小平太 お前どうせ上手く切れねぇんだから鉢屋にやらせろ」

「そういう問題じゃない これは私の沽券に…」

「そういう問題だろうが お前、失敗した日には鴇に合わす顔がなくなんぞ」

「…………むぅ…」


小平太も自身に三郎のような器用さがないことは十分承知なのだろう

自分からはひけなかったが文次郎に諭されるように言われれば仕方なしと鴇を掴む拳の力を緩める


「じゃあ、すまん ここでお開きだな」

「いや こっちも悪かった 上手いこと整えてもらってくれ」

「私は失敗しませんからね」

「こら鉢屋 しつこいよ」


軽く三郎の額をこづけば、三郎がスミマセンと棒読みで返す

口ではブチブチと言いながら、進む三郎の足取りが軽いのをふてくされた表情で小平太は見送るのであった














シャキン、シャキン

はらはらと落ちる灰色の髪を見ながら、鴇がすまないなと呟けば、三郎が首を傾げて鴇の顔を覗き込んだ


「何がです?」

「毎度面倒をかけて、かな」

「私は好きで髪を切らせてもらってますがね」

「そうなのか?」

「そうですよ」


ふーんと何ともいえない相槌をうった鴇を笑って、三郎は少し遠巻きに全体を眺めた

後髪と横髪は整えたが、それらに対して前髪が少し長い気がする


「前髪も整えても?」

「ん、頼む」


意図がわかった鴇がそっと目を瞑った

正面に回り、三郎の手が鴇の首をそっと包んでそのまま少し上を向くように頼めば三郎の言葉に従って目を瞑った鴇が顎を上げる

顎に手を添えて、三郎が手に鋏をもっていても鴇は何の疑いもなく三郎のなすがままだ

これほど無防備な姿を曝け出すのは正直どうかと思う

鴇が斎藤タカ丸の調髪を拒むのには理由がある

普段の様子からみると意外かもしれないが、鴇は人に自分の領域に踏み込まれるのをすごく嫌がるのだ

髪結いや仕立て屋など身の回りを整えることを生業にする商人まで拒む人も珍しいが、鴇はそれに該当した

忍としてか、武士としてか

そんな可能性を昔は考えてみたものの、同じ時を過ごすにつれてそういうことではないのだと気づいた

恐らく、それが鴇の人との付き合い方で、距離の保ち方なのだ

得体のしれないものは懐に一切いれない

逆に信頼を得られていれば、鴇は一切の疑いを持たず身をさらけ出してくれる

今の自分のように

その心地よさが三郎にとってはとても嬉しいものなのだ


「鉢屋 まだ?」

「まだですよ」


何もせず、ただ鴇を見つめていただけだからだろう

痺れを切らした鴇が問うた言葉に三郎は慌てて答えた

前髪はもう整え終わっている

それでも目を閉じている鴇の表情は整っていてそれがじっと待っているのだから三郎は思わず口元が緩むのを感じた


(思えば、なんと我儘な話だったのか)


鴇はこの4年間、三郎にだけ髪を結わせてくれている

別に鴇自身が不器用で髪を結えないわけでもなんでもない

これは三郎が強請ったのだ

身の回りの世話まで焼く必要はないという鴇に、これだけはと何とか頼み込んだのだ

自分の手先の訓練に、とかなんとか無理やりな理由を並び立てて

三郎と鴇の間には1年の差がある

これはどうしても埋められない差であった

委員会だけの繋がりでは満足できず、鴇の日常の一部に関わりたかった三郎の我儘だった

そんなのでお前が満足するなら、と鴇は不思議そうに頷いてくれたが、今思えば三郎が引かないことを念頭においた返事だったのかもしれない


(それでも、これは私が得た権利だ)


ゆっくりと、鴇の髪を梳くあの時間が好きだ

正面から話をするような緊張感もなく、大して内容のない世間話でも鴇は静かに聞いてくれる

どれだけ時間をかけても、鴇は怒らなかった

むしろ長くなればそれは三郎が少し話しにくい内容なのだろうと鴇は悟った

ゆっくりと、ただゆっくりと三郎に時間を割いてくれる鴇が好きだった

苛立ちも、悩みも、全てゆっくりと昇華させて、鴇は静かに三郎を受け入れてくれた

この時間は、三郎に、三郎だけに許された特別な時間なのである

重要なのは、それを鴇が意識している、ということだ

下級生や年下のくのたま達が甘えて鴇の髪を時折いじることを許しても、整えることに関しては三郎だけに許されていた

髪をいじられた後、鴇は律儀に三郎を探して、髪紐をほどいて三郎の前にすとんと腰をおろしてくる

とても自然に、当たり前のように


『鉢屋、髪なおしてよ』


それがどれだけ三郎を満たしただろうか

互いに、それを口実によく話をした

話をすればするほど、鴇の考えを知れた

自分の方向性がおかしくないか、三郎はそっと確認したものだ


「…何かいいことでもあったか?」

「何でです?」

「何となく?」


ふふふ、と笑う鴇には全部ばれている

それでも三郎の気分の良さは変わりはしない

これは自分のお気に入りの時間なのだから

自分の好きな人を、自分の好きなように綺麗にできる

それのなんと楽しくやりがいのあることか


「なあ、目 開けていい?」

「まだだと言ったはずですが」

「汗がひいてきたから寒いんだけど」

「それはそれは、気が付きませんで」


鴇の首に巻いていた布を外し、切った髪をはらりと払いのければもう完成である

前から、後ろからと全体のバランスを確認して問題ないと確認もとった

ただまだ何となく一緒にいたくて三郎は何の気なしに鴇を後ろからすっぽりと抱きしめた


「何だ、どうした」

「これなら温かいかなぁと」

「まあ、温かいけど何かおかしくないか?」

「何も 全然」


突き放すことなくまた笑った鴇に三郎もくすくすと笑った

折角整えた髪がまた崩れるだとか、そんなことは一言も言わないでいる鴇が三郎は本当に好きだった

こんな幼稚な感情を馬鹿にするわけでも、嫌悪するわけでも、侮蔑するわけでもなく

鴇はただいつもそこで笑っている


「ちなみに、午後の予定は?」

「特にないですよ」

「汁粉でも食べにいこうか 散髪の礼にご馳走するよ」

「…勘右衛門たちも一緒にですか?」

「どちらでも お前と2人でも別に構わんよ」

「行きます!」


どうやったって、鴇が三郎はとてもとても好きなのだ

だから、本当は勘右衛門たちも誘ってやればいいのだが、こうやってこっそりと鴇を独り占めしたいと思うのも、また仕方のないことなのである

緩む表情を隠しながら、三郎はやった、と鼻歌まじりに鴇の腕にしがみつくのであった






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おちも何もないですね

イチャコラしたい。。最近三郎祭りです。 誰か私に刺激をください…!




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