- ナノ -


前編


上級生ともなれば、多少ハメを外したい時もあるのだろう

難しくなっていく授業、少なくなっていく仲間

人を傷つけ、欺き、命さえも奪うことだって増えてくる


そのせいか、上級生には少々の規則違反者が出やすい傾向がある

煙草や賭博、夜遊びなど

ようするに羽目を外したいお年頃、というやつだ

そんな不健全なものに走られると、管理する側としても大変なのだが



「………おい、鉢屋」

「申し訳、ありません」

「鴇先輩、怒っちゃやーだー」

「嘉神先輩、俺っ、頑張って生物委員会の星になりますっ!!」

「そうか、勝手になってろ」



酒に手を出して泥酔って、やはり不健全なのだろうか

カクンカクンと自分の身体を揺らしてくる尾浜をポコリと殴って、鴇が深く溜め息をつく

竹谷は涙やら鼻水やら出るもん全部出しながら近寄ってきたので鉢屋に介入してもらってご遠慮願った


「ことの元凶は誰だ」

「はーい!鴇先輩の可愛い後輩、勘ちゃんでぇっーす!!」

「…よりによってお前か 尾浜」

「えっへっへー そうれーす!」

「……帰っていいか 鉢屋」

「嫌です 居てください 私1人では手に負えません」


耳元近くで全力で返事をする尾浜をまたポコリと殴れど、ふにゃふにゃと尾浜は笑うばかり

とりあえず事情聴取を始めてみたが、これはどうせ大した話にならないだろう

半分諦めて逃げ出すことも考えていたが、そうはさせまいと三郎が鴇の裾を掴んだ


「離せ 私だって、こんなの手に余る」

「いてくれれば、いいんです…! 一人は嫌です」

「…その台詞、黒木や今福に言われたかったなぁ」

「顔だけでよければ、変えますが」

「そんな小手先の気遣いはいらん」


あっはっはーと笑う尾浜を五月蠅いとまた叩いて、鉢屋の後生だから、という願いに渋々残ってみたがやはり面倒だ

どうも酔っていないのは鉢屋だけのようだ

完全に取り残された様子をみれば、まあ素面の人間にいてほしいと思うのも無理はないかと思わなくはない


「というか、何だ?酒盛り初めてだったか?」

「いえ、そういうわけではないんですが、その…」

「?」

「うちは酒より、甘味とか飯を食う方に力をいれる人間が多かったので」

「私もその認識だ…で?それでどうやったらこうなるんだよ」


不破も尾浜も甘味を浴びるように食べるし、鉢屋だって甘い物は好きだ

6年のように酒だ肴だのと老けた嗜好にはまだ走っていなかった

ある意味健全な内容にそれはよかったと思えど、それが何故こんな酒瓶だの濁酒だのが転がることになったのかがよくわからない


「まず、勘右衛門がちょっと良い濁り酒を手に入れたって持ってきまして、」

「うん」

「次に寺の住職に届け物をした礼にもらったと兵助が日本酒の一升瓶を持ってきて」

「…うん」

「最後にハチがどうせなら試したことないくらい強いの飲んでみようぜ☆って芋焼酎を持ってきて」

「…で?混ぜたのか?」

「…混ぜました」

「何を阿呆なノリで進めてるんだ」

「返す言葉もありません」


要するにチャンポンか

あまり酒を受け付けない体質らしい鉢屋は、ちびちびと舐めているうちに周りから取り残されていたようだ

そういえば委員会でも寒い日は甘酒くらいなら飲むが、酒よりは菓子と抹茶が好きだった

尾浜はしっかり強かったはずなのだが、酒が身体内で混ざったのと同時に意識も見事に混ざったらしい

キャッキャウフフと幸せそうに笑っているが、あれは近づいたら面倒な奴だ

そもそも尾浜はセーブして飲むなんてこと端から考えてない

こうなれば鉢屋だけでもまともなのが残っていたことを喜ぶべきか、見回りに来て厄介なものを見つけてしまったものだ


「…そもそも、尾浜のもってきた酒は学園長先生への手土産で届いたやつだろう なんか見たことある瓶だと思った」

「奇遇ですね 私もどこかで見たと思ってたんです」

「止めろよ 学園長先生になんて言い訳するんだよ」

「委員長が少し口添えしてくだされば、大抵のことを学園長は許してくれます」

「初っ端からその構えでいくの嫌だといつも言ってる」


交換条件のハードルがあがるの辛い、と呟けば鉢屋が気まずそうに髪を掻いた

覚えはあるらしいが、今回の件については鉢屋を責めるのも少し的外れかと思い、しょぼんとしている鉢屋に鴇は小さく溜め息をついて笑った


「まあ、いいか 慣れてるっちゃぁ慣れてる」

「……お手数おかけします」


とりあえず片付けるぞと、ひょいひょいと部屋に転がる酒瓶や零れた菓子を拾う

そう、こんな作業自体は慣れている うちの奴らだって泥酔したら似たようなものだ


(いや、暴れないだけこっちがマシか)


そう無理やり納得して片付けていた時である


「鴇先輩もー 飲ぉみましょー」

「は?…ぐっ…!」


しゃがんでいたのがまずかったのか、後ろからのし掛かってきた尾浜に潰されるように畳に這いつくばれば、人の上で尾浜がケラケラと笑う

何をすると思っていれば、突如力任せに仰向けへと転がされる

鴇が驚いて受け身をとる前にするりと尾浜の腕が鴇の懐へと入り込む

そういえば尾浜は寝技が得意であった


「えっへっへー つーかまーえた」

「………おい、」

「あー 勘右衛門ずるいー」

「うぐっ…!」

「!?雷蔵!?」


退けと言おうとした鴇の身体にさらにずしりと重みが加わる

内臓が口から出そうだと思いながら腹の上を見遣れば、尾浜の後ろから柔らかそうな茶色の髪が見える

鉢屋が慌てていることからみても、きっと不破なのだろう


「ら、雷蔵、委員長が潰れるから、退いてくれないか…!」

「やだよー だって退いたら鴇先輩逃げちゃうじゃない」

「そうそう、捕まえとかないとー」


ホワホワと酒で頬を赤らめている姿は可愛いが、言ってる言葉は全然可愛くない

ねー、と酔っぱらい同士で意見の一致した尾浜と不破にくらりと目眩がする


「…鉢屋、とりあえずコイツら退けてくれ」

「は、」

「三郎はー どっちの味方なのさー」

「三郎だってぇ、鴇先輩と一緒にいたいでしょー」


だからこうして捕まえとくんだー、と笑う勘右衛門と雷蔵の言葉に、三郎は思わず返事に詰まった

そう、確かに最近は6年の先輩方に何かと連れていかれてしまって、こうして話す機会さえかなり限られていたのだ

ニコニコと、笑う2人の誘いは三郎にとっても甘いものであることは間違いではなかった


(まずい、孤立し始めてないか?私)


段々と反応の悪くなってきた三郎に鴇が除々に身の危険を感じ始めた、その時である


「先輩、」


ひょっこりと上から覗き込んできた声の主に、鴇もほっと息をつく

よし、まともな人間がいた、と

思って、いたのだが、


「く、」

「ずっと此処にいてくれるんですか?」


助けてくれと目で訴えるも、トロンとした目で此方をじっと見つめる兵助に鴇の口元も引き攣る

この子は眠たげな表情でなんて愛らしい言葉を吐くのか

これが恋人であったら、私だって絶対に離れない


(って、馬鹿なことを考えている場合じゃないな この状況!)

「く、久々知 そういうわけにも、」

「いてくれなきゃ、やです」

(駄目だ 久々知も酔ってる…)


少し舌足らずの言葉で駄々をこねるように首を振る兵助に鴇が天を仰ぐ

前言撤回、これは救世主になりえそうにない

あと誰がいたか、と視線を周囲に配ろうとすればグイと顔を掴まれて視線を合わせるよう強要される

猫のような綺麗な目がじっと自分を見つめる

吸い込まれそうなそれを、こんなに間近で見たのはいつの日ぶりだろう


「…えっと、…?」

「鴇先輩、よそ見しないで」


睫毛長いな、とか酔っているせいか泣きそうな顔で、またそれが艶っぽいなとか思っていれば


「く、」


あっという間である

あっという間としか言いようがない

突然重なった唇に鴇の思考が止まる


「…………!!」

「んっ……せん、ぱい」


拙い動きで唇をはむ兵助に鴇の動きは遅れた

両手は塞がっているし、それをいいことに兵助はやりたい放題だ

細い指先が鴇の顎を持ち上げて、ゆっくりと、しかし何度も深く口を塞ぐ

続かない息に抵抗していた鴇の身体の力が思わず抜ける


「あ――っ!!兵助っ!!」


それに気付いた尾浜や不破がぎゃあぎゃあと騒ぐが兵助は全くもって自分のペースだ

上がり始めた鴇の吐息さえも飲み込むように、そっと、しかし有無を言わさない口づけが続く


「…っ、ぁ」

「ふふっ」


離れる間際に唇をぺろりと舐めて、兵助が幸せそうに笑う

普段の真面目でお堅い様子を一片も感じさせないくらい柔らかく


「ごちそぉさまでした」

「…お、お粗末さまでした」


律儀に馳走であったと言われて訳のわからない回答を鴇はせざるをえなかった

ポテン、とそのまま倒れてもにょもにょとしている久々知を見て、怒れる奴がどこにいるのか

くそ、可愛いなぁ オイと思っていれば、腹の上の尾浜達が暴れ出す


「ずるいー ずるいずるい!鴇先輩、俺も!」

「ぼくもー!!」

「なっ!? はぁっ!?」


連続はキツイと思う前に、こいつらは人の唇を何だと思っているのか

顔をよせてくる尾浜と不破を引っぺがそうと腕をあげれば、ガシリと誰かに掴まれて押さえつけられる

誰だと思って視線をあげれば、顔を赤くした竹谷が真面目な顔で鴇の腕を掴んでいた


「ナイス ハチ!そのまま押さえてて!」

「ふ、ざけんなよ 竹谷!離せ!!」

「嫌っす」


意識が混濁してるのか、ボーッとしながらも竹谷の腕の力は通常運転だ

上から押さえられているというのも手伝って、全く動かない


(まずい、喰われる)


別段、この集団は鴇とそういう関係になりたいと思うような集団ではなかったはずだ

それなのにこの不安を煽る状態はどうしたものか

改めて身の危険を感じて応援を呼ぶ

唯一絶対自分を裏切らない後輩の名を


「は、ちや!」


この体勢のわりには声は通ったと思う

「……………………」

「……は、はちやー」

「……………………」

「たすけてー はちやー」


だが、来ない

来ないという前に音が全くしない


「三郎なら、ダウンしましたよ」

「は?」


何度呼んでも全く反応が返ってこないことに不審と焦りを覚えていれば、頭の上で平然と竹谷が妙なことを口にした

睨むように竹谷を見れば、竹谷が神妙な表情でぶつぶつと呟く


「はっきりしない三郎が悪い、んすよ ごちゃごちゃ、五月蠅いからぁ…」

「……五月蠅い、から?」

「飲ませて黙らせましたぁ」

「ハチ、よくやったー!」

「こ、の阿呆が…!」


ケラケラと笑う尾浜達の後ろには一人倒れている鉢屋の姿

無理矢理飲まされたのだろう、鉢屋は此処から見えるだけで肌が真っ赤になっていた

屍のように倒れている鉢屋を見て、あれはあれで大丈夫だろうかと心配になるが状況は何一つ変わっていない

まずは自分の身の安全の確保が必要だ


「そんなわけでぇ、大人しく、俺達に構われてください せん、ぱい」

「はいわかりました、って返事するとでも思ってんのか」

「しないよねー、鴇先輩はいーっつもそう!いいんだー 俺達好き勝手するもーん」

「っ!」


するりと着流しの懐を割って、尾浜の手が鴇の胸元へと侵入してくる

まだ春も遠く、気温も低いせいか、尾浜の指先は冷たい

不躾にペトリと触ってきたかと思いきや、気を抜いたらそれなりの手つきで弄ってくるからタチが悪い

ちなみに知りたくなかったが、尾浜の「そっち」の成績はかなりいい

木下先生があの色ボケめ、と愚痴ってたくらいには上手いと聞いている


「んっ…っ…!」


擦れるような、触れるか触れないくらいのところで蠢く指先にゾクリとする

背をのぼるような快感を逃がしたくて顔を逸らし、息を吐こうとすれば、生温い舌が鴇の首筋をゆっくりとなぞった


「…っ! や、めろ 尾浜っ…!」

「えへへー 鴇先輩かわいいー」


ビクンと跳ねた鴇の身体の上で、尾浜が楽しそうに笑う

鴇だって、それなりに経験があり受け流す術くらいもっているが、それはある程度の抵抗が許された状態で、だ

こんなにも身じろぎひとつとれない無抵抗な状況では全く勝手が違う

繰り返される情事一歩手前の真似事に鴇の息も次第にあがってきた

というか、ここまでくれば殴り倒しでもしない限り止められる気がしない


「ぅぁ……っ…こ、のっ……!」

「んー… 良い声ぇー」


熱でクラクラしてきた鴇と、酔っぱらい3人

3人の目には、ほんのりと情欲が灯る

そういう趣味嗜好があるのかは知らないし、知りたくもないが、羽目の外れたこの状態は次どう転ぶかさっぱりわからない

マズイマズイと危険信号は延々と察知しているものの、腕も身体もろくに動かない


「鴇せんぱいー、俺達のこと好きー?」

「この状況でよくもそんなこと聞けたなっ…!」

「俺たちのこと好き?」


ケラケラと笑ってたかと思えば、突然真面目な顔で問うてきた尾浜に鴇も眉根を寄せた

酔っているのかいないのか、よくわからんと思っていれば尾浜が小さく呟く


「鴇先輩は、ずるいよね 」

「…何を、」

「なかなか、隙を見せてくんないじゃん」


勢いがあったのは初めだけか、

鴇の上でウトウトし始めた不破がまずポテリと倒れ、竹谷も眠いのかグラグラとしている

押さえられた腕はきっともう数秒で簡単に自由になるだろう

それに集中出来ないのは、思ったよりも尾浜が苦々しく笑っているからだ


「…何だ 寂しかったのか?尾浜」

「寂しいですよー ずーっと こうやって無理矢理でもしなきゃあ、先輩は俺なんて見てくんない、もん」

「…そんなことはない お前は遠慮なんてしないくせに」

「俺はぁ、そうだけどぉ」


顔を真っ赤にして、とうとう限界を迎えたのか、言葉が覚束なくなってきた勘右衛門がちらりと遠くに視線をやり、鴇もその先を追う

見やったと同時にドサリ、と大きな音を立てて竹谷が倒れた

これで両腕は奪還したも同然だ

鴇がそんなことを考えてる傍らで、俺ももう限界と尾浜が笑う


「おぼえててよ、鴇せんぱい」


グラリと鴇の胸元に倒れ込んできた尾浜を慌てて受け止めれば、ちゅっ、と頬で小さな音が鳴る


「どうしたらいいか、さえ 難しいと思うんだ」

「………………」

「大分我慢して、る奴だって、いるんだよ」


それだけを告げて、へらりと笑った勘右衛門もまた深い眠りについたのであった








「…阿呆共め、」


畳に散らばった菓子やら猪口やらを片付けて、顔を真っ赤にしている5年生達を並べて寝かせる

結構な重労働だと息を吐き、部屋を見渡す

布団は完全に足りてないが、毛布を適当にばらまいて頭巾や腰紐を少し緩めてやれば、楽になったのか穏やかな寝顔

小さく溜め息をついて、勘右衛門の顔にかかった髪を払って額をゆっくりと撫でる


「お前もまだ、子どもだったか」


そっと笑って鴇は呟いた

勘右衛門はいろんな意味で大人びた後輩であった

三郎が思っていた以上に感情の振れ幅が広く、鴇にとってはわかりやすかったのに比べ、勘右衛門は難しかったのを覚えている

勘右衛門はおそらく、模範的な学級委員長の気質をもっていたのだ

皆の中心に立ち、皆の混乱と衝突を上手くいなせる技量をもっていた

そこに勘右衛門の感情はあまり必要ではなかったのだろう

勘右衛門は常に笑っていた

是か非かをはっきりと言うことは忘れず、非であってもそれは勘右衛門の我儘であるかのように振舞って、クラスが対立するようなことがないよう意識していた

問題を起こしつつ最終的には実力で上手くまとめてきた三郎と比較して、勘右衛門はそういった揉め事を起こしてきたことがほとんどない

鴇の手を煩わせることなく、鴇に助けを求めることなく勘右衛門は鴇の後ろを当たり前のようについてきたのだ


「お前がする無茶は、度が過ぎてるのだけど」


それが年相応なものであれはあるほど、鴇は安堵するのだ

この後輩は、自分のしたいことをやれているのかと鴇は心配していた

三郎と勘右衛門、どちらを贔屓にしてきた覚えもない

2人とも大事で可愛い鴇の後輩だ

それでも、手のかかりようからいけば断然勘右衛門は手がかからなかったのだ

当然、接した時間は三郎のそれよりも大分少ない認識は鴇にもあった


「お前はどう思ってたかわからないけれど、私は大事にしてきたつもりだよ」


愚痴まじりのあの言葉は、どこまで本音だったのだろう

普段のらりくらりと本音を言わずはぐらかす勘右衛門にしては、やたらと具体的な愚痴であった

こんなタイミングであんな強請られ方をされるとは思っていなかっただけに、鴇としては結構ショックだったりする


「残された時間だって、ちゃんと自覚してるさ だから、」


ぐう、といびきまで掻き始めた勘右衛門に呆れながら鴇は呟いた

それが勘右衛門に届いたかどうかは知らないが、それでも


「今度は素面の時に、我儘を言ってよ お前の我儘は、いつだって可愛いものなのだから」


ポンポン、と眠る勘右衛門の頭を鴇が撫でれば、勘右衛門はどこか満足そうな寝顔を見せるのであった







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五年全員はなかなか厳しいですね。。

後半は三郎のターンです。




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