- ナノ -


後編


ずんずんと、自分の前を男らしく勢いをつけて嘉神が歩いて行く

グイグイと手を引かれながら長次はそれについていった

目の前で嘉神の薄い灰色の髪が揺れていることしか確認できないが、繋がれた手は思っていたよりも力が篭もっており、嘉神の気が立っているのだけはわかる

どこまでいくのかと思っていれば、校庭の木陰の下で嘉神がピタリと足を止めた


「どうして、」

「………?」

「どうして、説明をしないんだ」


睨みつけるように長次に鋭い視線を向けて、嘉神が低い声で尋ねて来た

さっきの話のことだろう、やはり彼は自分を守ろうとしてるのに黙りこくった私の態度が気に入らなかったらしい


「………すまなかった、」

「別に謝ってほしいわけじゃない」


普段聞くよりも数段低い鴇の声に長次が戸惑う

先程の喧騒は通りがかった学級委員会委員長と図書委員会委員長によって和解となった

鴇が想像していたとおり、図書委員長が長次に本の修理を試しにやらせてみたらしく、その解体作業中にあの3年生がやってきたのだ

図書室ではなく空き教室でやっていたこと、一人で作業をしていたことから妙な誤解が生まれたらしい

悪かったなぁと謝る図書委員長を見て3年生も渋々だが悪かったと謝ってくれた

鴇も自分のところの委員長に手招きされて、何かを耳打ちされていた

その次の瞬間、鴇は慌てた様子で学級委員長委員会委員長に食ってかかったが、委員長はニヤニヤと笑って鴇の頭を撫でていた

委員長同士が二言三言話をし、急遽長次はお役御免になった

そして何かを言い使ったらしい鴇は長次の手を引いて、その場を後にしたのだ

そしてこの状況である


「疚しいことなんて何もしていないのに どうして説明をしない たまたま委員長達が通りがかってくださったから良かったものの、」

(…どうして、と言われても)


どうせ話したところで耳に届かない、そうボソリと長次は呟いた

この言葉さえ、届きやしない そう思っていたのに


「そんなのは、口にだしてからの話だろ!」


ぐっと胸ぐらを掴まれ、後ろの木に身体を押しつけられて長次は戸惑った

さっきの呟きが、しっかりと聞こえていたらしい鴇はぎゅっと眉根をよせて長次に怒鳴る


「沈黙は放棄と同じだ!意志表示もしないなんて、怠慢だ!!」

「………………」

「言葉にださなくて、伝わらないのなんて当たり前だろ!人はそんなに上手くできてない!」


珍しく感情的に怒っている鴇を眺めながら、それでも長次は黙っていた

どう答えれば鴇が納得するのか、さっぱりわからなかったし、納得させれるだけの言葉を紡げるほど自分は器用ではない

視線は合うのに口を開かない、そんな一律した態度をとった長次に鴇の怒りがヒートアップする

ぎゅっと寄った眉根は酷い苛立ちをみてとれる


「何とか、言ったらどうだ」

「……………何、も」

「……っ!!」


言うことはない、と言いかけた長次に鴇がキレる

噛みつくように鴇が長次に吠えた


「そんなだから、皆がお前を暗いだの不気味だのと好き勝手言うんだ!」

「………別に、気にして…」

「気にしろ!!なんでそんな勿体ないことするんだ!」

「……?言ってる意味が」

「何も知らないくせに!あんな好き勝手言われて、腹立つっ…中在家はそんなんじゃないのに!」

「…………?嘉神?」

「………っ!!」


途中からよくわからない言葉が混じったと思い、名を呼べば、はっと気付いたらしい鴇が長次を見た

長次が首を少し傾げれば、みるみるうちに鴇の顔が赤く染まる


(嘉神が、何で私のことを気にするんだ?)


じっと見つめ返し続ければ、胸ぐらを掴む手の力が緩められ、とうとう鴇は俯いてしまった

意味がいまひとつわからなかったが、耳まで赤くなってしまった彼が何だか小動物のように思え、髪を思わず撫でる

ビクリと肩を振るわせたが、しばらく撫でていれば、落ち着いてきたらしく鴇が居心地悪そうに身を捩った

様子を見ていると、鴇は口を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返している

何かを言おうかどうか、迷っているようであった


「……………」

「…嘉神?」

「……………」

「…………黙っていたら、わからない」

「……………お前が、言うな」


それもそうだと思って黙れば、いや違うと一人で何かを決め込んで鴇がごめんと謝った


「………私、中在家の声、好きだよ」

「……………………」

「確かに小さいかもしれない、でもちゃんと聞こえる」

「………それは、ありが、とう?」

「そうじゃ、なくて」


何か一世一代の告白でもしようというのか、泣きそうな表情で自分を見つめた鴇に長次も妙に緊張する

視線を左右に泳がせていたが、決心がついたのか中在家、と呼んだ鴇に長次も見つめ返す

ゴシゴシ、と手を制服でこすった鴇が、上擦る声でこう言った


「私と、友達になっては、くれないか」


真っ赤な真っ赤な顔をして、手を差し出した鴇に長次は考える間もなくコクリと頷き、手を握ったのであった







「へぇー!今の嘉神先輩からは考えられないですね!」


興奮交じりの様子で上げた雷蔵の声が図書室に響く

当番にあたっていた雷蔵にせがまれて、長次との馴れ初めを長次が語っていたところに出くわしたのが運の尽きであった

話は終盤、やめろと言うのに雷蔵が悲しそうな目でコチラを見たら、無理強いはできなくなっていた


「何でそんなに躊躇ってたんですか?」

「もう勘弁しておくれよ 思い出すだけでも恥ずかしい」


顔が熱くなり机に突っ伏していれば、修復作業に一段落ついた長次が、大丈夫かと髪を撫でる

長次だって何故鴇があのタイミングまで言葉を切り出せなかったのかは知らないはずだが、追求するつもりはないらしい

ねだる雷蔵に本の返却にきた2年生がいたと教えれば、いけない!と雷蔵が慌てて受付へと向かう

鴇から打ち切ることができなくなっていたのを悟った長次なりの逃がし方だとすぐに気づく


「…ありがと、」

「……………」


相変わらず長次は喋らないが、言葉の代わりにまた髪を撫でてくれた

口元が弛むのを隠しもせずに、長次の手に擦り寄り、目を閉じる


(まるで、初恋のようだった)


あの時の感情は、今でも鮮明に覚えている

鴇にはたくさんの級友がいたが、鴇も騒がしいのは苦手な本分で、鬼事をするよりは読書を、川遊びをするよりは日向ぼっこをする方が好きだった

ただ、自分は断る術をなかなか持てずにいたのだ

学級委員長という立場が、それを曖昧にしていた

そんななか、静かな環境を求める鴇の視界によく入ってきたのが長次であった

静かで落ち着きがあって、本を読む長次のすっと伸びた姿勢はとても美しいと思ったし、皆の知らぬところでさりげない気遣いのできる長次はとても大人に見えた

級友達がつまらない奴、と告げてくる長次の纏う空気が鴇は好きだった

それはとても崇高で、憧れのようなものであったのだ


(ずっと、友達になりたいの一言が言えなくて、苛ついていたっけ)


長次と友達になりたいと思う反面、何かと人に声をかけられることの多い自分は長次の世界を壊しそうだと思って躊躇ってばかりだった

私はどこか遠巻きでしか長次を見つめられなかったのに、級友達はズケズケと長次に近づき、愛想がないだの不気味だのと笑う

それがどうしようもなく腹だたしくて、勿体ないとずっと思っていた

あまりにも一方的な長次への偏見に、級友達に殴りかかりそうになったことだって正直な話何度かあった

それでも歯を食いしばって睨みつけるだけに留めれば、級友達は皆意味がわからないと首を傾げたものだ


「……鴇」


あの日、その苛立ちが沸点に達した

同級生のみならず、上級生まで好き勝手言いだしたことに我慢の限界は超えた

完全弁論に歯止めがかからなかったのがその証拠だったし、何より自分の委員長がそれを見抜いていた


『好きだって、お前はちゃんとあの子に言ったのかい?』


あの日、あの時、耳打ちされた言葉に顔面から火が出そうだった

モジモジと悩む私の秘め事を委員長はド直球に言い当てたし、最短の道を簡単に提示したのだ


(…あの人は、お前達は似たもの同士だなと笑われた)


そうだ、簡単なことだったのだ

友達になっての一言を、私だって口にだせやしなかったのだ


「鴇」


吐息のようにそっと呼ばれる自分の名前にゆるゆると目蓋をもちあげる

この声が、自分の名を呼んでくれることの幸せ

こうして穏やかな時間共にいていくれる幸せは、あの人が背を押してくれたからだ


「何?」

「…まだ、」

「ああ、修復作業?長次が待ってていいって言ってくれるなら、もうちょっとこうしてたい」

「………………」

「駄目?」

「かまわ、ない」


そう、と頷くと鴇は組んだ腕に顎を乗せながら、長次を盗み見た

空気に融けるような、彼の息づかいとそっと落ちる声が好きだった

たくさんのものを守れる、彼の大きな体躯とゴツゴツとしているが器用な手先が好きだった

言葉ではなかなか聞けないが、後輩や本を大切にする長次の静かな眼差しが大好きだ

そんな食い入るような鴇の視線に気付いたらしい長次がまた自分の名を呼ぶ


「……鴇?」

「長次、」


あの日、とうとう我慢できなくなって長次に妙な勢いで友達になってもらった

初めてだった

友達になってほしいだなんて言ったのは

あの日から、鴇の世界に新しい世界が広がった

長次が勧めてくれる本はどれも面白くてためになったし、長次が連れて行ってくれる場所はどこも静かで安らぐ場所だった

私が迷えば、長次はそれを静かに見守ってくれて、

私が困った時はいつだって寄り添ってくれた

小平太と出会ってからは何かと感情が表に出やすくなった私を、長次はいつだって宥めてくれた


「…今日は、どうした?」

「ん?」


いつにもなく、どこか思い出に耽る鴇を長次が不思議そうに眺める

そういえば用件も伝えてなかった、そう思って口を開こうとすれば、


「鴇っ!長次連れてくるのにどれだけかかってるんだ!?」


バタバタと廊下を走る音が近づき、勢いよく図書室の戸が開く

そこにはどこか不満そうな顔をした小平太が立っていて、室内の様子を見てズンズンとこちらに近づいてきた


「………あはは、ごめん 時間はまだ大丈夫かと思ってゆっくりしてた」

「ずるい、2人で何の話だ」

「何を食べに行こうか、って話だよ」


小平太、図書室では静かにおしよ、と長次の顔色を窺いながら鴇が注意すれば、小平太がだって、と口を尖らせて鴇の隣に座る


「私、ずっと門で待ってたのに」

「外出届けは出してくれた?」

「とっくに出した」


2人だけで楽しそうにしてるな、とぎゅうぎゅうと鴇を抱きしめて小平太が不満そうに唸る

そんなことはない、と鴇が適当にかわそうとするなか、何の話かわからずに長次が視線で鴇に問う

そういえば、小平太も鴇も制服ではなく私服である


「さっき、校庭できり丸達を見かけてね」

「……………」

「3人で町に行くんだ、って嬉しそうに言われちゃって」


とても楽しそうだったから、何だか私も急に2人と出かけたくなっちゃったと鴇がヘラリと笑った

鴇が見た3人というのは言わずとしれた1のはトリオのことだろう

そういえば今日は町におつかいだと言っていた気がする


「最近、鴇が忙しくて出かける暇なかったからな!今日は3人とも夕食当番じゃないから、行こうと思って」


それで鴇が長次を呼んでくるって言ったのに、帰ってこなかったんだ、と小平太が鴇の肩に顎をのせながら口を尖らせる


「でもまだ約束した時間には1時間もある」

「早く行けるなら行けばいいじゃないか 飯食って、店を見て回るくらいはしたい」

「む、それはそうだけど」


重い、と口では言いながら小平太を払いのけない鴇は、本当に機嫌が良いのだろう

小平太に寄りかかってゴメンと素直に謝っているところからもそれは伺える


「で?長次、まだか?」

「もう少しかかるって言うから、もう少し待つことにしてる」

「えー 私お腹空いた」

「駄目だ そこは委員会優先でいい」


焦らなくていいからな、と鴇が申し訳なさそうに言うが、長次も時計にちらりと視線を送る

委員会自体、つまり図書室の開放時間は10分ほど前に終わったし、最後の利用者も雷蔵が手続きして完了している

修復していた本やら道具を片付け始めれば、鴇が焦ったような声をあげた


「ちょ、長次、まだ作業途中だろ?私達待つよ?」

「お、長次も腹が減ったのか?」

「馬鹿小平太!私達に気を遣ったんだ ああ、もう、だから時間決めての待ち合わせにしたのに!」

  
気持ちを汲んで慌て出す鴇と、細かいことは気にしない小平太らしい会話に小さく笑う

鴇は私によく気を遣ってくれる

他者との仲介や、意志の確認、随分世話になったものだ

好意に甘えられるだけの信頼関係は、とうの昔にできあがっていたがいつだってそれは嬉しいものであった


「帰ってからでも、充分できるから、いい」

「よし!長次、早く着替えてこい!!」

「〜〜っ、小平太!!」

「鴇だって、楽しみにしてるんだから、早まる方がいいだろ?」

「すぐ、用意してくる」


申し訳なさそうに此方を見る鴇の頭を撫でながら、相も変わらず他人には聞き取れないような声で呟けば、これまた相も変わらずばっちり聞き取れている鴇と小平太

問題ない、ともう一度呟けば、ようやく鴇の目元も嬉しそうに綻んだ

では、私達は門の前で待っているからな、と小平太に念を押され見送れば、片付けも終わったらしい雷蔵がふふふと笑った


「?」

「あ、いえ、いつも仲がよろしいなと思って」

「………そうだ、な」


羨ましい、と雷蔵に言われ、長次の口元もそっと弛む


「私には、勿体ないくらいできた友だ」


聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた長次の声が、ガチャリと鳴った図書室の施錠音と一緒に混じって消えた




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6のろトリオ出会い編

初めは鴇→長次でした

この頃はまだ鴇と小平太は今みたいに連れ立っておりません

先に小平太と長次が友達になって、その後になります




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