- ナノ -

嘉神鴇は曲がったことが大嫌いな人間だった

忍としてはそれはどうかと首を傾げるが、それでも筋を通し続ける彼の姿勢はとても美しかった

それは別に全てが正しいことではない

彼だって無茶なことを口にするし、常識から外れる発言もある

しかし、彼の、嘉神鴇の言葉には力がある

それは彼が彼の心に嘘偽りなく行動をするからだと三郎は思っている

そんな人だから、自分はどこまでもついていこうと決めたのだ


「三郎、」

「んー?」

「鴇先輩、今日どんな感じだった?」

「何だ、そのふわっとした質問は」


ゴロリゴロリと畳に転がっていれば、自然と集まってくる5年の忍たま

勘右衛門と八左ヱ門が菓子を持ち込み、雷蔵が適当に座布団をばらまく

男の部屋だから多少の部屋の汚さは許容範囲だ

そんななか、久々知兵助はいつもの通り美味い茶を沸かしていた


「だから、鴇先輩の様子」

「別に、いつも通りあの人は美しくていつも通り正しいさ」

「勘ちゃんは?」

「明日、女装の授業があるってー」

「そう!そういう情報!!勘ちゃん最高!!」

「でしょー?兵助、私にお茶ー」

「任せて勘ちゃん」

「兵助 私にも」

「情報秘匿を謀った三郎には出涸らしで充分だよ、兵助」

「煽るな、勘右衛門」


ひょいと煎餅をつまみながら、雷蔵は友の横顔をちらりと盗み見た

会話を聞いてお気づきのとおり、兵助は学級委員長委員会委員長に心酔している1人だ

三年から四年へと進級しようとした冬に、心酔するだけの何かがあったらしい


(それを兵助は絶対に口にしないし、鴇先輩も口にしない)


鴇先輩も兵助も話さないという時点で兵助にとってはあの人は孤高の人だった

兵助が髪を伸ばしているのも、鴇先輩が兵助の艶やかな黒髪を褒めたからだし、

兵助が茶を美味く煎れれるようになったのも鴇先輩がお茶には五月蠅いからだ


「兵助は本当に鴇先輩好きだよね」

「そうだね」

「立花先輩じゃダメなの?」

「あの人は心根が悪い」

「…そういうの、思ってても口に出すなよ」

「そうだな 壁に耳あり障子に目ありというからな」

「「………………」」


兵助の爆弾発言に絶句すれば、第三者の声が突然ふってくる

ずざざっ、と八左ヱ門がその場から恐ろしいスピードで離れ、雷蔵は困ったように笑った


「あー 鴇先輩ー」

「お前は本当に緊張感がないね 尾浜」

「えへへー 褒めてますー?」

「うん、まあそういうことにしておこうか」


ゴロリと転がったままの勘右衛門に突然現れた鴇が笑う

一方で寝そべっていた三郎はいつの間にやらすっと背筋を伸ばして正座だ

えらく正反対な態度だが、これが日常である


「何かありましたか?」

「すまんな、夜中に ちょっと聞きたいことがあったんだ」

「いえ、問題ありません」


どこか人を見下すことの多い三郎だが、鴇にはそういった態度をとらないことを雷蔵は知っている

それは三郎が彼を尊敬している証明でもあり、少しでも頼られる存在でありたいと思っているからだ


(わかる、気がするけどね)


鴇は三郎と雷蔵を容易に見分ける

どれだけ三郎が雷蔵よりも雷蔵を演じても、どれだけ雷蔵が三郎よりも三郎を演じても

過去に1度たりとも自分達の名を呼び間違ったことはない

出会ってすぐの頃、三郎はそれが面白くなくて、躍起になって鴇を騙そうとしたことがある

その時に言われたのだ


『お前は酷く矛盾しているな 鉢屋』

(あの時の三郎は、滑稽なほど鴇先輩の言葉が響いていたっけ)


ぼんやりとその時のことを思いだしていれば、用件が終わったのか三郎がまた私の隣に腰をおろす


「もういいの?」

「ん?ああ、大丈夫だ」

「すまない鉢屋、助かった」

「いえ こちらこそ足を運んでいただき、ありがとうございます」


深く一礼をすると、目元をそっと和らげて鴇が微笑む

それをぼーっと見惚れている兵助に気付いて勘右衛門がゆるりと声をかける


「鴇先輩」

「何?尾浜」

「お茶、飲んでいきません?」

「ん?でも、もう遅い…」


くん、と鴇の鼻が小さく鳴った

温かい湯と香りの良い茶に気付いた鴇が、煎れた主の兵助に視線を送る


「……………」

「先輩?」

「…久々知が煎れるの?」

「へ、あ、はい!」

「それなら頂いていこうかな」

「あ、よ、喜んで!!」


顔を真っ赤にして茶を煎れる兵助を、勘右衛門と八左ヱ門がニマニマと見つめる

書類の束を脇によけ、正座した鴇が兵助から湯呑みを受け取る


「ど、どうぞ」

「ん、ありがとう」


コトリと置かれた湯呑みを口に運び、ほう、と鴇が感嘆の息を吐く


「やっぱり、私は久々知の煎れる茶が好きだな」

「俺や三郎だってお茶くらい煎れられますー」

「うん、まあそれはそれでありがたいことなんだがな」


決して私達の煎れる茶がマズイとは言わないこの委員長が勘右衛門は好きだった

普段は茶を煎れるのが上手い庄左ヱ門に一任されていることから、鴇の味の好みはなかなか厳しいものがある

しかし、どんなに口に合わないものであっても自分のためにと用意されたものに関して、鴇は1度だって否定したことはない

それが彼が大人であり、尊敬できる人であることの証明であった

…三郎はさらなる精進に励むだろうが


「濃さとか温度とか、凄く私好み」


もう一口茶を口に含んで、鴇がほわりと笑う


「うん、美味しい」


その一言を聞いて、ようやく安心したのか兵助の緊張も少しだけ和らいだ

それから数分、軽い世間話だけして鴇が退室しようと腰をあげた


「遅くにすまなかったな 今度は美味しい茶菓子をもってくるよ」

「あ、はい」


そんな鴇に勘右衛門が先輩、と声をかける


「これからどちらへ?」

「ぐるりと棟内の見回りをして、小平太の鍛錬相手だな」

「えー 今からですか?」

「全くだ この寒いのに」


開いた障子から冷たい空気が流れ込む

ほう、と吐いた鴇の息が白く闇夜に融ける


「ほら、兵助 先輩のお見送りよろしくー」

「いや此処でいいよ 寒いしな」

「い、いえ そこまでですがっ!!」


勘右衛門の意図に気付いた兵助が、慌てて立ち上がり戸の外へと走る

三郎が不機嫌そうにしているのを知りながら、いってらっしゃい、と勘右衛門は手を振る

(たまには、ね)

そう親友を応援しながら














「うーん、やっぱり寒いなぁ」

「そうですね」


ちらつく雪を見て鴇が苦笑する

廊下は深々と冷え、歩く度に新しい冷たさがこみあげてくる

吐く息も大分白い、小平太には了承したものの、考え込むと億劫になりそうだ

こりゃあ、見送ってくれた兵助も外れくじと思ってるかもしれない、そう思ってちらりと隣を歩く後輩を見た鴇は首をかしげた


「久々知、どうした?顔が赤いよ」

「い、いえ そんなことは」

「悪かったな、寒いなか」

「い、いえ!全然…!」

「熱とか出てるんじゃないか?耳も赤いし」

「ね、熱なんて……!!」


コツン、とあてられた額とドアップの鴇

数秒で離れてしまったが、睫毛の長さや整った顔に心臓が五月蠅いくらい鳴る


「少し、熱いか? 温かくして休むんだよ」

「は、はいっ…」

「布団も、足りなければ言うんだよ」

「はいっ…」

「久々知」


真っ赤な顔と大人しい兵助に鴇が真剣な表情で問う

あの日のように


「困っていることはないか?」

「は、い?」

「申し訳ないとは思っているんだ 六年の人数が足りないばかりに、火薬委員会はお前に任せきりになってしまっている」


竹谷も同じなんだが、向こうはまだ人手があるからな そう言って鴇が眉を顰める


「予算会議も肩身が狭そうだし、斎藤もあの調子だからな 苦労をかける」

「そ、そんなことは!」


ありません、とポツポツと兵助が口を開く


「鴇先輩には、いつも気を遣っていただいてます 随分、甘えてしまって申し訳ないのは此方の方なんです」


知っている、気付いている

六年の委員長が予算の奪取を意気込むなか、六年のいない火薬委員と生物委員の申請内容をこの人はいつも気にかけている

例年、抜き打ち監査だと厳しい顔をしてやってきて鋭い指摘をして帰っていくが、後に考えてみればそこが会計委員長に指摘される箇所であったことに気付く

何かと上手く予算を勝ち取れそうになく、我慢しようかと後輩を申し訳なく振り返れば、折れるなと鴇先輩が会計委員長を言い含めてくれた

体調を崩したとき、誰にも言っていなかったのに土井先生には言っておいたといって、鴇先輩が委員会をとりまとめてくれていたことだって記憶に新しい


(誰よりも忙しいはずなのに、それを微塵も感じさせなくて)


兵助が知るなかで、鴇は誰よりも精錬潔白な人物であった

鋭い言葉と洗練された動きは忍びとして敬うべき人であったし、有言実行で深い懐は人として敬える人であった


「お前は優秀だから、私たちがお前に甘えてしまってるんだよ 久々知」

「俺なんか、まだまだです」

「久々知」


否定を何度したところで、この人はそれを許さない

あの日、俺が嫌った自分を、この人は大切にしてくれている


「お前は強くなってるよ 自分を否定するな」

「俺、は」

「友ができ、お前の手足も伸びた 知識も技術も、ちゃんとその身についている」

「でも、」

「お前は自分を甘やかさないのだから、せめて私に甘えなよ」


ポンポン、と温かい手が兵助の頭を撫でる

高学年になって、それが気恥ずかしい反面、じわりと心に染みわたる

いいね、と笑う鴇に兵助の顔がますます赤くなる


「う、あ…」

「さあ、部屋にお戻り 私は此処で充分だ」

「………はい」


鴇先輩に見送られて、今来た道を戻る

部屋の前でもう一度振り返れば、此方を見て穏やかに笑う鴇先輩


「おやすみ 久々知」

「おやすみなさい、先輩」


これではどちらが見送ったのかわかりやしない、そんなことを考えながら兵助は静かに部屋へと戻った






--------------------------

(あ、おかえりー)

(遅かったな、って兵助!?)

(……………)

(どうしたの、顔真っ赤!!)

(…勘ちゃん)

(ん?)

(…ありがと、)

(ふふ、どーいたしまして!)



03_憧れの人



prev | next