- ナノ -

「おばちゃん!私A定食!!」

「私はB定食で」

「はいはい、お残しはゆるしまへんでー」




盆をもって、どこか空いている席があるかと見渡す

時刻は夕餉時、1番混む時間帯になってしまったせいか、あまり席は空いていない


「混んでるなぁ」

「鴇」

「ん?ああ、小平太あそこに行こう」


呼ばれた声に視線を向ければ、文次郎と仙蔵がこちらに軽く手を挙げている

呼ばれるがままに向かい、私は仙蔵の前に、小平太は文次郎の前に腰を降ろした


「珍しく遅いな 小平太」

「私はもっと早く来たかったんだ」

「悪かったな、遅くて」

「鴇は意地悪だな、私はお前と食べたかったから問題ないのに」


ずず、と鴇が味噌汁を啜りながら小平太が嬉しそうに笑う

それを見た鴇だって小さく笑っている

相変わらずの関係かと仙蔵は口に煮物を放り込んだ


「長次はどうした?」

「明日の夜まで任務だ」

「鴇、今夜は?」

「まだ仕事が残っている」

「えー まだやるのかー?」


嘉神鴇は六のろの学級委員長である

六年で学級委員長ということは、自然と学級委員長委員会委員長ともいえる

組の役割でいえば小平太の監督役

長次も面倒見はよいが、小平太の押しに弱いところがある

それに比べて鴇は容赦ない

定規でびしりと線を引いたかのように真面目で正しいことを口にする


「小平太、口にものを入れた状態で喋らない」

「ふ、ん?」

「飲み込んでから話せ」

「(コクリ)」

(まるで躾だ)


ガシャガシャと掻き込んでいた小平太が、鴇の一言で黙り込む

それを見届けて、鴇も箸で豆を摘み、口に運ぶ

そんな様子を横目で見ながら、文次郎が口を開く


「相変わらず仙蔵と鴇は食が細いな」

「何を言う、ちゃんと食べているだろうが」

「そうじゃあない、精のつくものを食えという話だ」


文次郎の言いたいこともわかるつもりだ

文次郎と小平太は唐揚げ定食

私と鴇は煮物定食

肉を主体にとる文次郎達と、魚や山菜を主とする私と鴇

身体の細さや落ち着き具合も大差はない

そのせいか、私と鴇はよく似た忍びだと思われがちだがそれは違うと仙蔵は思っている


「鴇、夜なんだがな」

「言ったろう、夜は仕事を片付けるんだと」

「それからでいーんだ」

「嫌だ 終わったら私は寝る」

(はじまった)


鴇も兵法や火器を上手く利用する頭脳派のようにみえるが本質は違う


「えー 鴇、もう3日も夜の鍛錬を怠っているぞ?」

「む、」


"鍛錬"という言葉に鴇もひくりと反応する

そう、間違ってはいけない

嘉神鴇は学級委員長委員会委員長であり、身体も細く色も白いが


「……わかった、子の刻までには相手になろう」

「本当か!」

「身体を鈍らせるわけにもいかないしな」

(根はやはり六のろか、)


嘉神鴇

彼は学園きっての武闘派である七松小平太と中在家長次のクラスの委員長

そして暴君、獣と呼ばれる小平太の鍛錬相手を6年間続けている男である

猫のようにしなやかな筋肉とバランス感覚

スピードやパワーこそ小平太がぶっちぎりで1番だが、瞬発力と身体のバネは鴇の方が上である

時折見せる動きは、小平太のそれを凌駕する


「で?今日は何 苦無か?槍や?」

「んー 久しぶりに組み手がいいなぁ」

「時間制限は?」

「なし!まいったと言うまで!」

「阿呆、そう言ってこの間は朝まで決着がつかなかっただろう」

「じゃあ地面に這いつくばらせた方の勝ち」

「いいだろう 私は負ける気はない」

「私だって!」


背筋の凍るような会話をしながらも、鴇の表情は穏やかで

小平太は鍛錬を想像しているのか、どこか興奮した様子だ


「わくわくしてきた」

「待て、お前達 明日は外での任務だというのを忘れたのか」

「……ああ、そうか 忘れていた」

「私は平気だぞ!」

「女装しての潜伏行動だぞ 顔を腫らした女にどこの男が靡くというのだ」

「むー、鴇、鍛錬したい」

「は?するよ?」

「え?」


諦めかけた小平太に、何を言ってると言わんばかりな表情の鴇

聞いてなかったのか、と怪訝そうな表情をする仙蔵と文次郎に大丈夫だと鴇が笑う


「髪紐奪いに変更で」

「おお!久しぶりだ!!」

「奪えなかったら引き分けで、相手に傷を負わせても失格だ」

「うん!それでいい!!」


まさか鴇から上手く調整してくれるとは思っていなかったのだろう、再度OKをもらった小平太が嬉しそうに飯をかき込む


「ごち、そうさまっ!!鴇、私髪紐とってくる!!」

「だから夜の仕事が終わってからだと言うに… ああ、もう、私のもとってきてくれ 文机の上に置きっぱなしのはずだ」

「わかった!!」

「それ以外は触るなよ 書類を崩したら今日は相手してやらん」

「!!気を、つける!!」


勢いよく飛び出していった小平太を見送って、鴇がふう、と溜め息をつく

小平太は気付いていないのか、仙蔵が聞こうか迷ったあげく口を開いた


「鴇、大丈夫なのか?」

「何が?」

「お前、ここ3日ろくに睡眠をとっていないだろう」

「……根拠は」

「お前の目の下に隈が見え始めるのが徹夜4日目からだ」

「うーん、仙蔵には敵わんなぁ」


はは、と苦笑する鴇に文次郎がふん、と鼻を鳴らす


「今は各委員会の決算内容を確認している時期だろう 身体がもたんぞ」

「年がら年中、目の下に隈作ってる奴に言われたくはない」

「あ?」

「よせ、文次郎」

「…いや、悪い 気遣いありがとう」


ふわ、と欠伸をしながら鴇が盆をもって立ち上がった

文次郎の言葉を皮肉ってかえした自身に嫌気がさしたのか、仙蔵と文次郎に謝る鴇

仙蔵の言う通り、肩を回す姿はどことなく疲労感が漂っている



「うん、まあ大丈夫だ」

「阿呆、相手は小平太だぞ 気をぬくと腕の1本や2本簡単にもってゆかれるぞ」

「それなら私はあれの足の2本や3本もぎとってくれる」


忠告を、と思ったが、コキンと首を鳴らして鴇が嗤う


(なんとまぁ、嬉しそうな)


結局のところ、小平太が鴇を至極好いているのと同じように鴇も小平太を大層気に入っているのだ

弱音は吐かないし、疲れだってあからさまにはださないだろう

じゃあ、と立ち去る鴇の背中に仙蔵もではな、と手をあげた

勝敗がわかるのはきっと明日の朝食時分だろうと安易な想像をしながら




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(…おい、その頬の傷はなんだ)

((…………))

(白粉のはたき方が足らんのではないか、ええ?鴇)

(…ちょっと、久しぶりでテンションあがってしまってな、その。)

(すごいんだぞ、仙蔵!鴇のやつ、私がこう裏拳を伸ばしたら、)

(貴様ら、そのまま山田先生のところに行ってこい)

(!ま、待て ちょっと鉢屋に頼んで…)

(この鍛錬馬鹿どもが!)

02_6年生



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