- ナノ -

ドタドタドタ、と廊下から激しい足音が近づいてくる

スラスラと筆を走らせる委員長の顔を伺い見ながら、今日もまた獣の到来だと私は小さく息をつく


「鴇!!メシに行こう!!」

「却下」


スパーン!と開いた障子と同じく声高らかに空腹宣言をした七松先輩の顔も見ず、委員長はばっさりと要請を却下した


「なんで」

「見てわかるだろう 委員会中だ」

「嫌だ 腹が減った」

「お前の都合は聞いていない」

「今日は唐揚げ定食だ!」

「お前には耳がついていないのか」


一向に引く気配のない七松先輩を未だ1度も見ずに委員長は筆を走らせ続ける


「先にいってろ」

「今日は一緒に食事を摂ると約束したはずだぞ! 鴇」

「委員会が終わっていたら、とも約束したはずだ」


ぐっ、と言葉に詰まる七松先輩の敗戦は濃厚だ

あの普段はいけいけドンドンな暴君が赤子のようにあしらわれている

恐るべし我が委員長、そして今日も見目麗しい


「腹が減ったぞ」

「だから先にいけというのに」

「嫌だ 鴇と行く」

「だからまだ委員会中だ」

「だって鴇っ」

「小平太」


コトリ、と筆を置いて初めて委員長が七松先輩に視線を向ける

ようやく相手をしてくれるのかと嬉しそうに笑った七松先輩の動きが止まった


「喧しいのは、嫌いだ」


粘ったのが裏目に出たようだ

委員長の不機嫌そうな声色が、切れ味の鋭い言葉を吐く

ピリ、と震えた空気に駄々をこねていた七松先輩がビクリと肩を揺らす

ようやっと交わった視線と言葉がずっと厳しいもので、かの暴君の口から呻き声が聞こえる


「で、でも」

「喧しいのも粗暴なのも埃臭いのも嫌い」

「私、は鴇と」

「それに、何度も言うのは好きじゃない」


すっぱりと切れ味良いナイフのように会話を打ち切って、委員長が再び視線を手元へと戻す

しおらしく、枯れるように勢いを無くしていく七松先輩を他人事ながらに気の毒に思う

ショボンとうなだれる七松先輩に、委員長が、嘉神鴇先輩が溜め息をつく

その溜め息にさえ凹む七松先輩を他所に、委員長が私に声をかける


「鉢屋、残りの議題は?」

「…作法委員会で管理しているフィギュアが不気味だと、」

「それは難しい話だね」


いないもののように扱われている七松先輩が不憫だ

それでも諦めたくないのか出て行かない七松先輩は勇者だと思っていれば、向かいに座っていた庄左ヱ門達が困ったような顔で私を見ている

ああそうか、入ったばかりの一年生はこのやりとりは初めてなのか


「とりあえず、管理場所と管理方法を把握しておくか 尾浜、見取り図あるか?」

「はーい、少々お待ちください」

「小平太、そこにいては邪魔だ」


部屋の中央まで踏み入っていた七松先輩に退室宣言がなされる

絶望的な追随にふらりと踵を返しトボトボと歩くその背中に委員長が口を開く


「小平太」


これ以上はやめてあげてください、と庄左ヱ門が口を開く前に勘右衛門がしい、っと指で口元を指す


「風呂に入ってこい」

「鴇っ…」

「その埃が落ちる頃には委員会も終わるはずだから」

「!」

「それからでいいのなら、私も空いている」

「それでいい!!」


まるで光がさしたようにパアッと明るくなった七松先輩がものすごい勢いで廊下を駆けてゆく

あれだけ突き放して最後に甘やかすとは、


(なんて激しい鞭と飴…)

「騒がしいのは嫌いだと言うのだけれど、」


はあ、と溜め息をつきながらも委員長の口元は緩く弧を描いている

その美しい横顔に背筋がぞくりと泡立つ


「さあ、もう少し頑張ろう 目安はそうだな」


アイツが風呂からあがる数分だ

コトリと筆を置いた委員長に、庄左ヱ門達がハイと元気に返事を返した




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(鴇っ!綺麗になったぞ!)

(だから静かに入ってこいと言っているのに…)

(鴇っ、鴇っ!メシ!!)

(本当に仕方のないやつめ、)

01_彼らの日常



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