- ナノ -

ふらりと揺れた身体を立て直して鴇は戸板にもたれ掛かりながら立ち上がった

聞き流すには、力強い言葉だった

強い意志のこもった言葉は、一年生が発するそれではない

先ほどまでの、どこか虚勢を張った強がったものでもなく

泣きだしそうな震えるそれでもない

痛みを追い出すように強い息を吐いて、鴇は思案した

そして一言告げる


「私に、武器を」

「武器、ですか?」

「小太刀が使い物にならなくなってきている」

「何がいいですか」

「お前に任せるよ 黒木」


鴇の言葉に、ドキリと庄左エ門の心臓は跳ねた

それが焦りからくるものなのか、頼られた嬉しさなのかは正直わからない

ただ、要求がでた

それを請うた自分は、それを満たす責任がある

ぐるりと庄左ヱ門が倉庫を見渡す

先程三郎が倉庫の中を把握しておけといったのが生きてくる

此処には槍や火縄銃、手裏剣など備品がいくらでもある

その中で庄左ヱ門は迷わずあるものを手にした

戸の前に急いで戻り、鴇に問う


「鉈二振りで、如何でしょう」

「ではそれを」


他に何かないかと問うことなく、即座に鴇がそれを受容したことに庄左エ門は少し驚いた

それでも、それ以上を鴇が求めることはなく、庄左ヱ門が鉈を格子戸から外へと出す

鉈を受け取った、鴇がそれを握る


(同じ型が二振り、比較的新しく、手入れもされている)


そして何より


(小太刀とほぼ変わらぬ長さ)


槍や銃など距離をとって戦える武具を差し出してくるかと鴇は正直思っていた

しかし、槍も銃も間合いに入られれば終わりだし、複数の敵に対峙するには向いていない

この鉈は、自分が扱いやすい武器と同じサイズ、そして小太刀より強度がある

破壊力に長けた鉈は今鴇が求める武器のなかでは最も理想に近い

ひゅん、と一振りすれば違和感なく手に馴染む


「ありがとう黒木 それじゃぁ、」

「鴇先輩」


よし、と再び倉庫から離れようとした鴇を庄左ヱ門が呼び止める

何かと問えば、庄左ヱ門が格子戸から手を差し出した

まだ小さく、苦無ダコの1つもできていない柔らかい手だ


「代わりに小太刀を、此処には富松先輩と金吾がおります」


その言葉を聞いて、一瞬戸惑った鴇であったが、込み上げる感情に頬が緩むのを感じた

心臓が痛い

戸惑いのあとに込み上げるこの高揚感、


(この感情を、何と呼ぼうか)


何という方向から自分を抉りにくるのか

まだ幼く、自分について回るのに必死だと思っていた少年は、しっかりと頭を回転させていた

何か発しないと、という自己責任から申し出てきたかと思ったソレは、そんなものではなかった

期待以上のソレに、この数か月でここまで食らいついてくる彼の力強さ

それは身体中の痛みを掻き消して、叫びたくなるくらいの喜びを鴇の中に渦巻かせる


「……鉢屋と尾浜を、よく見ているなぁ 黒木」

「まだまだ僕は、足下にも及びません」

「いや、驚いた 最善の、申し入れだ」


狼の血が滴る小太刀を、鴇は一度じっと見つめた

そして、それを手拭に包んで庄左ヱ門に渡した

赤黒い染みが広がったが、それを拭うような配慮はしなかった

戦いの前であれば、きっとこれでさえも鴇は庄左ヱ門に渡すのを嫌だと思っただろう

しかし、今の彼の、庄左ヱ門が伸ばした指先が少し震えているのを見てそれは不要だと判断した

渡す際、庄左ヱ門の指先を鴇は自分の両手でぎゅっと包み込んだ

ビクリと震えた庄左エ門の手は冷たく、それでもしっかりと武器を握らせてゆっくりと離す

他に何かないか、と顔を覗かせた庄左エ門を背に、鴇はもう振り返らなかった


「黒木、」

「…何ですか?」

「何も疑わず、何も恐れず」

「?鴇先輩?」

「私を真っ直ぐ見つめていてよ お前が信じてくれる限り 私は無敵だ」

「え?」

「大好きだよ 黒木」


その言葉に、庄左ヱ門の目が大きく開いた

そしてやはり振り返ることなく、鴇が再び倉庫から去ってゆく


「…………………」


ずるずると、庄左ヱ門は扉の内側に座り込んだ

布に包まれた小太刀からは強い血の匂いと赤い染みが滲んでいる

これに嫌悪感を抱くわけではない

ましてや恐ろしいと思うわけでもない

そんなことは守られている自分が思ってはいけないのだ、決して

それでも、


(心臓が、痛い)


鴇は自分にとって最も尊敬する忍たまであった

穏やかな気性と、何でもそつなくこなすその人は、憧れともいえる存在であった


(あの人のように、なりたいと思った)


庄左ヱ門は知っている

鴇がただ穏やかなだけの忍たまではないことを

学級委員長委員会に所属して、それはほんの数週間で気付いたことだ

この委員会は酷く偏った年次の集団であった

6年の鴇を委員長として筆頭に、5年の鉢屋三郎と尾浜勘右衛門と上級生だけで回していた集団で

自分と彦四郎を除いて間の学年は誰もいなかった

学級委員長なんて、各クラスには必ずいる存在だ

それでも学級委員長委員会に所属する人間は限られていて、それが何を意味するのか理解する必要があった

他の委員会と、何が違うというのか

数週間所属して、それは次第にみえてきた

昼間の委員会と、夜の委員会

昼と夜、表と裏

そんな明確な何かはないものの、それは確かに存在した

時折のことである、庄左ヱ門達1年生は呼ばれないなか、静かに委員会は動いていた

学園長先生の庵から出てくる鴇と、それを控えて待つ三郎と勘右衛門

その表情は至極真面目で、庄左ヱ門の心がざわつくのは頻繁なことであった


彼らが学園から姿を消すのは他のどの委員会の先輩よりも多かった

必ず誰か1人は学園に残り、自分達を放置することなく委員会を開催する

いない2人がどこに行ったかは明確にされることはなく、ただ「おつかい」とだけ知らされた

数日を経て、いない人達が帰ってきたことは風の噂で耳に入るのに、何故か姿を見ることが敵わない日が続く

それとなく聞いてみたものの、「ちょっと疲れたから休んでるみたい」とぼやかされ、隙を見せないような笑顔にそれ以上は問えなかった

酷く寂しい思いはしたものの、それを口にすれば先輩たちを困らせるのだろうと、自分と彦四郎は暗黙の了解のように理解していたものだ

だけれども、


『学園長先生のおつかい、僕達もついていきたいです』


縁側でお茶会をしていた時、鴇に一度だけ言ってみたことがある

唐突に自分が口にしたその言葉に、隣に座った彦四郎はビクリと肩を振るわせて、三郎と勘右衛門の表情が強張るのが見えた

まあ、三郎も勘右衛門もまたすぐに表情を戻したが鴇の方をちらりと伺うように見た

それでも庄左ヱ門はその言葉を撤回しなかった

何も知らないふりをして、何もわからない無知な子どもを装って、ただ鴇の答えを待っていた

はぐらかされるかもしれなかったが、それでも何かしらの、答えが欲しかったから


『庄左ヱ門、何をいき』

『鉢屋、いい』


誤魔化そうとしたのか、平常心を装って会話に割り込もうとした三郎を鴇が止めた

きっと鴇は気付いていたのだ

庄左ヱ門の目が正面から見据えるものであったことに

何も気付いてない忍たまのもつ、純粋な好奇心に満ちた視線ではないことに

だからだろう


『今はまだ、つれていけない』


真剣な表情でそう告げて、はっきりと却下した

曖昧な、返事ではなく 静かだが揺るぎのない答えであった


『力のない者は、連れていけない』

『!委員長、』

『お前達が大事 だからまだ、"コチラ側"には呼ばない』


これ以上問うても、きっと何も鴇は教えてくれない

そのくらい、鴇の態度も言葉もはっきりしていた

そして鴇が教えないと言ったものを、三郎達が教えてくれるわけもない

この話は以上、そう言った鴇に心配そうに彦四郎が庄左エ門の顔を覗き込む

色々思うところはあったが、庄左ヱ門もこれ以上問うてはならないと理解している


『…わかり、ました』


何がわかったというのか、思い出しただけでも笑いたくなる


(何もわかっちゃいなかったけど、それを口にするのは憚られて、)


興味本位ではなかった

ただ、問う権利、暴く力も持ち合わせていなかった

未熟、その情けなくはっきりとした事実だけが大きな壁であった

庄左ヱ門と彦四郎は気付いていた

庄左ヱ門と彦四郎は知っていた

鴇達が長期間不在の時は、"そういう"おつかいなのだろうと

三郎が酷く荒れて、冗談の一つも言わない時は"そういう"事があったのだろうと

勘右衛門が姿を見せなくて、鴇がその日の委員会は休みだと言った時は"そういう"日なのだと

忍装束の下に巻かれた包帯と、気付かれないようにそろそろと手足を引きずっていた日

扉の向こうに気配はあるのに、まだ帰ってないよとやんわりと立ち入りを禁止された日

そのどれもが、血生臭い現実を必死に隠そうとした優しさで

それは全て自分達への先輩達なりの絶対の気遣いであったことを


「庄左ヱ門?」


今日、これを渡すのだって鴇は嫌だったに違いない

それでも自分にコレを渡したあの人の心境はどうだったのか


(役に、立ちたい)


カタカタと震える手をぎゅっと押さえる

あの日、はっきりと立てられた分厚い壁が、少しだけ薄くなった気がした


(あの人に、応えたい)


庄左エ門に頼み事をした鴇にとっての判断が、間違いではないと証明したい

あの人の力になりたい

自分達を大事に想ってくれて、必死に守ろうとしてくれているあの人の命を、少しでも繋げるように何かしたい

ふっ、と息を吐いて庄左ヱ門は布をバサリと解いた

滲む血を布で拭い、じっとコチラを見つめていた作兵衛と金吾に頭を下げる


「この刀を、研いでください」


此処には揃っている

刀を研ぐ道具も、武具の手入れに慣れている用具委員会の作兵衛も、刀に詳しい金吾も


「あの人の命を守る刃を どうか」


頭を深く垂れて答えを待てば、馬鹿野郎と作兵衛が呆れたように溜め息をついた


「嘉神先輩の得意な武器、全部言え」

「富松先輩、」

「いくらでも研いでやるから、さっさとしろ」


ありがとうございます、そう言って庄左ヱ門と金吾は慌ただしく動き始めるのであった

45_貴方が息をしてる間、ずっと変わらないことがある



prev | next