- ナノ -

「文次郎」

「!仙蔵、戻っていたか」


仙蔵達が北の森より戻ってすぐ、文次郎たちが西の山より帰還した

長距離を駆けたせいか息は多少荒いが、傷などを負っていないことから大きな戦闘はなかったのだと仙蔵は理解した


「全員、無事だな」

「おう、こっちはハズレだ」


仙蔵が投げてよこした巻物に、溜息をつきながら文次郎は自分達が見回った範囲に印をつけていく

こうやって記載していくと敵はただまっすぐ学園へと侵攻していることがよくわかる

なめられているのかよくわからないが、面白くはないなと仙蔵は思った


「鴇を見かけたか?」

「いや、動きまわっているようだ」

「学園内にはいるんだろうな」

「ああ、小平太を追うような馬鹿な動きはとってない」


そうか、と頷いて暗い学園内に目を凝らす

此処忍術学園は校外の敷地はもちろん、校内だって恐ろしく広い

点在する建物と、演習でも使われる生い茂った木々や罠はどこまでも続く

一度深く潜れば、丸三日探しても見つからないことなんてよくあることなのだ

ある程度の時間を決めて、合流場所を設けておいた方がよかったかもしれない


「どうする 引いてきたが、また散るか?」

「文次郎、お前は救護棟に行って伊作と指揮を立て直せ」

「お前は?」

「私達は学園内へ忍び込んだ輩を討つ 久々知、お前も来い」

「はい」


戦略の立案者である仙蔵ではなく、文次郎が戻るのか?と首をかしげたくなるかもしれないが、仙蔵と文次郎の間ではこれは普通のことである

迎撃を得意とするか、奇襲を得意とするかで分類すると間違いなく前者が潮江文次郎なのだ

腰を据えて構え、迎え撃つ

槍術を得意とする彼の戦闘スタイルに適した方法だ

ある程度の展開を予想した戦略は出し尽くした

次は戦略をたてるというよりは、指揮系統をしっかりさせておく方がいい

そして、それをするのであれば、文次郎の方が適任である


「外から戻ってないのは?」

「長次と不破、小平太だ」

「…放っておいても帰ってくるな 仙蔵、お前達のやることは決めているのか?」

「1-2-2、で分散するつもりだ」

「承知した 基本は判断に任せるが、一刻で必ず一度戻れ」


よし、と呟いて仙蔵が文次郎よりまだ未使用の苦無や手裏剣を譲り受ける

補給地点に戻らないための一時的な補填方法だ

火種やら煙玉やらを文次郎が仙蔵に手渡す間、仙蔵がそっと文次郎に耳打ちする


「臨機応変に、だぞ 文次郎」

「わかっている」

「鴇に遠慮はするな 持ち得る戦力全てを鑑みて答えをだせ」

「…それもわかっている」


それまでの仙蔵と文次郎の会話に、なるほどと耳を傾けていた兵助であったが、最後の仙蔵の言葉に小さく息をのんだ

ガリガリと、髪をかいた文次郎が溜め息混じりに返事を返し、三木エ門に伝えるために場を離れた

獣笛で学園内へと使役する獣たちを再配置する八左衛門と、2人で行動するように命じられた滝夜叉丸と喜八郎

各々が思案に耽るなか、仙蔵が兵助の横へと立った


「聞いていたな 久々知」

「……耳に、入っただけですよ」


六年い組、作法委員会委員長であるこの忍たまが、正直兵助は苦手であった

鴇と仙蔵、この2人は似た傾向の先輩だと思っていた時期がある

どちらも各組の戦術担当で、この人たちの行う組別対抗戦は常に手の内の探り合い・化かし合いからの正面突破だ

冷静沈着で、回転の速い頭脳をもつこの人は、かなり先見の明があって、鴇とはまた違った賢さを、彼はもっている

ただ、大きく違うところ、それは


「…下級生達に、戦闘を強いるつもりですか」

「なんだ、お前も反対か」

「…いえ、そういうわけでは ただ、鴇先輩は」

「それだ お前達の甘いところは」


やはりそれか、と仙蔵は小さく笑った

ただ、兵助にとってはそれは聞き流せるような話ではなかった

下級生たちの参戦

それは、この日を迎えるにあたり、鴇が口にするのさえ嫌がった案であった

だが、先を見据えるものであればいつか気づく

人手の足りないこの状況で、学園の半分を占める人数の下級生を戦場に出さないことが不可能であることを


「強いるつもりはない しかし、必要とあれば覚悟せねばならん」

「……それは、そうですが」

「鴇の我儘に付き合うつもりもないし、必要もない」

「我儘、ですか」

「お前達は鴇を何だと思っている あいつは甘いのだ だから身動きがとれなくなる」

「……………」

「鴇は絶対に自分からは言わんだろう これはあいつが始めた戦なのだから」

「それは、」

「好きで始めたものではないことなんて、皆知っている それなのにあいつは私達を戦力として計算するのを嫌がっている それでどこまで防げると思っているのか」


馬鹿め、とため息をついた仙蔵に、兵助は思わず苦笑した

それを横目でみて、仙蔵が首を傾げる


「何だ 笑われるのは心外だ」

「いえ、すみません 貴方らしいと、思いまして」


昔から思っていたが、鴇に沿うように動く上級生が多いなか、この人だけはいつも真っ向からぶつかりにいく

それは理不尽でも無謀でもなくド正論だったりするものだから鴇もよく耳を傾けるのだろう

落としどころはつかないことも多いが、鴇と仙蔵の討論はいつだって聞きごたえがあるのはそのせいだ

兵法の教えを乞う際に、火薬委員会顧問である土井半助はよく兵助に言ったものだ


「同じ状況、同じ条件で鴇と仙蔵ならどう組み立てるか、それを学びなさい」


2人のとる戦法は、よく似ていた

それが定石であり、筋の通った考え方であったのだろう

しかし、たまに大きく意見が分かれたことがあった

それが、2人の性格の違いであり、思想の違いでもあったのだ


「…鴇は、優しすぎるのだ」


ふい、と視線をそらした仙蔵が、ポツリと呟いた

眉間に寄った皺が、仙蔵の心境を物語っていた


「鴇は心を捨てきれない だから、あんな戦略をたてる」

「…あんな?」

「鴇の戦略には、自身への配慮がない 想いを遂げるためなら、死をも恐れないとでも言うのか」

「…とても、鴇先輩らしいと思いますけれど」

「馬鹿か あれは、」


相槌をうった兵助の言葉に、さらに表情を歪めて仙蔵が思わず大声をだした

思ったより響いたソレに仙蔵がはっと我に返り、溜め息をついて額に手をやる


「あれは、武士の生き方だ」


別に好き嫌いの話ではない

だがそれではいけないのだ

少なくとも、生存率の話をあげるのであれば


「あいつはいつもそうだ 己の賭けれるものの先頭に、自分の命をもってくる」

「…………」

「何故、生き急ぐ」


もっと先を見据えてほしいと思う

仙蔵にとって、鴇は切磋琢磨できるライバルであり、信頼のおける相手で


(良き友だ 失いたくない、大切な友だ)


皆がそう思っている

あれは、生きねばならない男なのだ

たしかにこの時代では明日の命も保証されたものではない

ただ、何故それを受け入れることが前提なのだ

一日、一時間、一分、一秒

抗ってでも生きたらいいのだ

鴇のやりたいこと全てを成したらいい

鴇の願うこと、全てを得ればいい


(私は、鴇がそれを望むことを望むのに)

「あの人は、」


黙ってしまった仙蔵に、少し迷ったあげく兵助は口を開いた

安易な相槌は仙蔵に誤解を与えたかもしれない

ただ、兵助はこう思う


「鴇先輩は、自覚されてますよ」


兵助はよく知っていた

鴇が愚直な戦略をとるような忍たまでないことを

鴇は鴇なりに最善を考えて考えて、考え抜いたのだろう


『なあ、久々知 何かひとつ、自分のなかに確かなものをもっておくんだよ』


鴇の戦略はわかりやすい

それは戦術が甘いとか、隙があるという話ではなくて

中に一本通った筋が、とてもはっきりしている

鴇が捨てられないものを、鴇がその命で補填しようとするのはそのせいだ


『守りたいもの、譲れないこと、許せないこと、失いたくないもの 何だっていい1つでいい』


あの夜、この手が震えたなか鴇が重ねてくれた言葉

泣きたくなるくらい不安だった自分の心に流し込んでくれた熱を、いまだに兵助は大事に覚えている

あの時零れ落ちた、鴇の静かな声を兵助は忘れることができないのだ


(あれは、あの人が生きるために懸けた願いだ)


あれがぶれることはない、絶対にない

だって、あれは鴇が自身に科した誓いなのだ


『それさえあれば、生きていける 強く、在れるんだ』


情を捨てるくらいなら、手足の一本や二本でももっていけと鴇は言うのだろう

そのかわりに鴇は絶対に譲らない

自分が愛してやまない者達の幸福を

鴇は十二分に覚悟している

それが鴇の生き方で、そこの優先順位は決して変わらない


「ならば、なおのこと阿呆だ」


ばっさりと切って捨てた仙蔵の言葉に兵助は拳を強く握った

言葉の意味は十分理解できているつもりだ

この人の言うこともまた、正しい

でも、言葉にしないであろうあの人の想いを自分は否定したくない

それがあの人をどれだけ苛烈な戦場に放り込もうとも


「…それでも、足掻くあの人が、俺は好きです」

「そうか」

「あの人が優しくて、そしてそんな不器用な人だから、俺も、三郎もあの人を慕うんです」

「…それが、最悪を呼ばないかが、私は気になるのだがな」


肩をすくめて仙蔵がそっと呟いた

鴇が悩む姿を、仙蔵だってずっと見てきた

鴇には心を殺せと、義理や道徳の上に忍は生きていけないと忠告し続けた


(それは、貴様のエゴではないのか 鴇)


鴇はどこまで気付いているのだろう

鴇の周囲にいる人間が、どれほど鴇を生かしたいと思っていることを

鴇が仲間の幸福を祈るのと同様に、仲間だって鴇の幸福を願ってやまないのだ

それは感化なのか、思慕なのか

よくはわからないが、「感化」されている後輩を仙蔵はちらりと見やる

久々知ではなく、自分の後輩である綾部喜八郎を

いつもはぼんやりとマイペースな彼が、何かを探るような目で周囲をみているようなのが少し気になっていた

それが何かと問うたところで、喜八郎は何も言いやしないのだが、


(我の強い連中ばかりだ)


再度溜め息をついて、仙蔵は切替えることにした

これの答えがすぐにはでないことは、もう何年も前から知っているのだから

ちらりと文次郎を見れば、方針が決まったのだろうコクリと頷いて指示を出す


「無駄口はここまでだ 仙蔵は長屋、久々知と竹谷は学舎、綾部と平は学園長の庵からあたれ」

「敵を見つけたら?」

「討つか捕縛かは個人の裁量に任せる 敵わないと判断したら引け、それだけだ」

「「了解」」

「定期的な連絡はいれろ 先生方も方々で戦っておられる、判断に迷えば助言をもらえ」


散、と告げればあっという間に皆が消える

学園内の空気がざわついている

重く、深いそんな夜はさっさと終わらせたいものだと思いながら、文次郎と三木エ門もまた闇夜に消えるのであった

39_きれいごとの戯れ



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