- ナノ -

荒れ果てた戦場

岩は砕け、所々大地は凹み、木々は倒れている

その中に大の字でぶっ倒れている男は、異様であった

はあ、とため息をつけば、ご苦労さまですと勘右衛門が手を差し出す


「狙ってたのか?」

「へ?あぁ、まさか 万力鎖を使うことしか考えてませんでしたよ」

「そのわりには、迷いのない動きだったじゃねぇか」

「中途半端になるなら前に出ろ、鴇先輩の教えです」

「……そこは手堅くいかねぇのな ほんと、お前ら好戦的だよな」

「へ?」

「こっちの話」


よっこらせ、と倒れた男の手足を縄でしっかりと結わえながら、留三郎は渇いた笑みを浮かべた

意識を失った男を地面に転がしておき、学園の方へと耳を澄ます

中央の森から夥しい数の気配がするし、罠も大分作動している

この東の森は、これ以上の追っ手はいなさそうだ

この男は手下を引き連れて動くような性格にはみえないのだから


「この人、学園に連れて行きますか?」

「いや、此処に転がしたままでいい」

「情報吐きそうにありませんもんね」

「それに、誰が運ぶんだよ こんな重てぇの」

「ははは、俺パスでーす」


笑いながらも座り込んでしまっている勘右衛門を留三郎が盗み見る

出血するような傷こそないが、肉弾戦となった今回は疲労が激しい

本来であれば、鵺の手下の代表格であるこの男は連れ帰って情報を吐かせるのだが、如何せん人手も体力も足りない


「じゃ、首、とりますね」


しばらくの沈黙の後、ポツリと発された勘右衛門の言葉に留三郎がゆっくりと視線を向けた

視線を合わせない勘右衛門は、殺るならさっさと殺ってしまおうというつもりなのだろう

手の中でクルリと弧を描く苦無は鈍く光っている

表情の崩れこそないが、どこかとってつけたような笑みに何を思うのか

それに対して、留三郎も口を開く


「そこまでは、いらねぇ」

「何言ってるんです?放っておいたら、学園まで来ますよ この人」

「そうならないように縛ってるんだろうが 終わったら役所に引き渡す それでいい」



決定事項のように述べたその言葉に、勘右衛門が留三郎を睨みつける

勘右衛門も我が強い、納得いかなければ言うことは聞かないだろう


「理由、聞いてもいいですか?」

「俺の勝手な判断だ」

「なんですか、ソレ 甘いんじゃないですか?」


男の目には狂気も悪意も残忍さも浮かんでいなかった、それが留三郎の判断基準であった

甘いと言えば、甘い

それでも留三郎には彼の命を奪う必要性が感じられなかった

止められない憎悪と悪意は確かに世界に満ちている

そこには理屈なしに強制的に断つ必要のあるものだっている

しかし、


『留三郎、尾浜をよろしく頼む』


出立する直前に、駆け寄ってきた鴇の言葉が再度蘇る

先ほど鴇は勘右衛門との別れを済ませていた

助言だってし終わってるはずだというのに、何故こんなに鴇は心配そうな表情を浮かべているのか


『何だ?お前の自慢の後輩だろ 心配いらねぇって』


からかい半分そう言えば、鴇が困ったように笑う

それでも、曖昧な相槌を打とうとしない鴇は、歯切れがとても悪かった

それが何とも気持ち悪くて、何なのだと留三郎が問えば、鴇がポツリと呟く


『あの子は、感情を隠すのが上手だから』

『……………』

『割り切りすぎるところが、あるんだよ』


鴇の物言いは、時々伊作に似ていると思う

どこか善人的で、どこか矛盾の生じる考え方

大事な後輩に道理を外させたくないのだろう

この道に立つ人間が、それではいけないと留三郎は思う

それは鴇の我が儘で、思い上がりというものだ

けれども、自身は別として、後輩にそれだけの心配と願いを抱く鴇の気持ちだってわからなくはない

留三郎には上級生の後輩はいないが、これから此方の道に入ってくる作兵衛達を見守っていてやりたい親心のようなものが確かにある

それと似たようなものなのだろう


「全部殺してたら、キリねぇよ」


血を血で塗り重ねる、そんな世界に自分達は立っている

ただ、それを望んでいるわけではない

できれば人を殺めたくないし、延々と続くその無限の理の回廊には、まだ陥りたくない


「…本当に、」


本当にそれでいいのか?そう問いたそうな勘右衛門の目を、留三郎は正面から捉えた

鴇に問うた時も、同じように正面から見た

そのうえで、鴇は言ったのだ


『面倒なことを言ってすまん それでも、私は』


ぐしゃりと勘右衛門の前髪を手荒く撫でれば、わわっ、と勘右衛門が拍子抜けした声で慌てる


「殺すばかりが、道じゃないさ」


その言葉に勘右衛門がピクリと跳ねる


「自分の目で判断しろ お前は、それができるだろ?」

「…………………」

「俺の目も、お前の目も、そんなに変わんねぇよ ソイツは、殺す必要がありそうな男か?」


じっと答えを待てば、勘右衛門が大きく息を吐く


「……鴇先輩に、何か吹き込まれたでしょ 食満先輩」

「おお、バレバレか」

「あの人、人のことばかり 自分の身が危ない自覚ないんですもん」


あー、もう!と乱れた前髪を直しながら勘右衛門が小さく笑う

此処にはいない、自分が尊敬する委員長に、勘右衛門は何を思うのか


「甘いことばかり言って、苦しくなるの自分だってのに」

「………………」


ぎゅっと握り直した勘右衛門の苦無の動向を見守る

生かすも殺すも、勘右衛門の判断にゆだねた状態だ

考えを捨てて、苦無を垂直に切れば命は絶てる

生かすのが正しいだなんて言わない

殺すのが正しいとも言えない

ただ、闇雲に血で己の世界を汚すのはどうなのか

それはきっと、これからの俺達を形成していく

じっと見つめていれば、勘右衛門が大きく溜め息をついた


「それでも、大好きなあの人の言葉なら、って思うところが俺も甘いですよね」

「………………」

「…これだけ間が開いたら、殺しにくいったらありゃしない」


苦無を握る手が、そっと解かれる

苦無を懐にしまって、勘右衛門がもっていた縄でさらに男をきつく縛った


「いいのか?」

「そこでそんなこと聞くんですか?意地悪ですよ」


改めて問えば、勘右衛門がぷうっと頬を膨らませる


「可愛くねぇ」

「別に食満先輩に可愛く思われたいわけじゃないんでー」

「あっそ」

「あーあ 俺もやっぱ鴇先輩に付いておけばよかったかなぁ」


パンパン、と忍装束の埃を落とす勘右衛門にそういえば、と首を傾げる


「何で俺のとこに来たんだ?」


別に自分と勘右衛門は仲がいいわけではない

どこかで引っかかっていた疑問を口にすれば勘右衛門がだって、と口を開く


「食満先輩は俺に興味ないでしょ?俺は、観察されながら戦うの嫌いなんで」

「じゃあ小平太にでもついてけよ」

「え、嫌ですよ 苦労を自分から背負い込みたくないです」


しれっとした物言いは相変わらず失礼極まりないが、飄々としたこの気質は後腐れがなくて留三郎は結構好きだったりする


「ま、鴇先輩以外だったら誰でも良かったんですけどぉ」

「?普通逆じゃねぇの?お前、鴇と任務だって普通に組んでたろ?」


よくわからないことを言う勘右衛門に首を傾げれば、ぐーっと伸びをして勘右衛門が闇夜を見上げて呟く

少し寂しそうな、苦笑いを浮かべて


「俺は、あの人の横にいると甘えてしまうから駄目です」

「?」


また意味がわからんと首を傾げた留三郎に、勘右衛門は適当に笑って誤魔化した

理解される必要はない

これは鴇にだって言ったことがないのだから


(俺は、三郎みたいに鴇先輩の横に並び立ちたいと思ったことがない)


あの人の背中はとても大きくて、あの人は届かない人だといつも思い知らされていた

あの人の指先の優しさは、勘右衛門にとって誘惑であった

触れられれば自然と口角があがり、怠け癖が前面に出てしまう

三郎のように甘える反面、切磋琢磨して追いつこうという感情がどうしても芽生えない

あの優しさは、勘右衛門にとっては甘い毒なのだ

だから勘右衛門は鴇と一定の距離をとる

自分が自分で在れるために

鴇が自分を背負わなくてすむように

あの人は、自分ではない誰か大切な人のために生きればいい

そんなあの人の斜め後ろあたりを、のんびり歩いているのが自分の性に合っている


「とりあえず、働く分は働いて、後はダラダラします」

「…よくわからねぇけど、おう、働け」


よいしょと大分回復した体力を確かめて、勘右衛門と留三郎はその場を離れることにした

どこかすっきりした表情の勘右衛門をちらりと盗み見て、留三郎は小さく笑った









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『なあ、留三郎 あの子を、尾浜をよろしく頼む』

そう言った鴇は、どこか思い詰めた表情であった

鴇が何を心配しているかわからずに問えば、鴇は説明しづらそうに言葉を紡ぐ


『あの子、賢いんだよ』

『へえへえ、学級委員長の後輩は、そりゃあ優秀だろうさ』

『そうじゃない、そうじゃなくて、…こっちが心配してると、気付いて何でもないフリするんだ』

『は?』

『鉢屋とは違った意味で、心配なんだ』

『………………』


私がヤキモキしたところで、何も変わらないのはわかってるのだが、と呟いて

それでも鴇は俺に懇願する

後輩の身を、彼のこれからを


『絶対の答えなんてない 感情も感覚も殺して、それを選択するばかりじゃ駄目だ』

『…感情は刃の下に隠せと習ったじゃねぇか、それが忍だ』

『知っている わかってる 面倒なことを言っている自覚もある それでも、私は』


絞りだすように願った、鴇の声がいつまでも耳に残っている

あれは、とても諦めが悪く、とても優しい男であった


『屈託なく笑う、あの子がとても好きなんだ』



(永遠の子どもではいられない)

(いつかは道も違えるだろう)

(こんなぬるま湯のような関係はいつか崩壊し、重く冷たい現実がのしかかる)

(それでも、それでも一時の温もりを)


それを願った鴇に、俺は何と答えただろうか

何と答えてやれば、あの男は安心して前を向けたのだろうか

32_あいをまぜていたいのだろう



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