- ナノ -

初撃は突然振ってきた

背後に突如湧いて現れた気配に慌てて飛び退けば、今まで身を潜めていた岩が粉々に崩れる


「尾浜!」

「大丈夫です!!」


風圧に耐えられずふっとんだ勘右衛門を留三郎が呼ぶ

体制こそ崩れたが、怪我はないため勘右衛門も問題ないと叫び返して

パラパラと、岩が崩れ落ちる音と舞い立った土煙が辺りを曇らせる

口布はつけているため、咳き込むようなことはないが、いかんせん視界が悪い

一旦距離を置くべきかと考えていれば、メキメキとまた嫌な音が続く


(!この音、)


それが何かを言及する前に咄嗟に後ろへと跳ねれば、また酷い風圧が前髪を抉るように飛んできた

チリ、と掠る音が聞こえたが、通った気配はそんな可愛いものでは断じてない

ひやりと背筋を伝った汗に思わず愚痴が零れる


「おいおい、マジかよ」

「ほう、よく避ける」


風が土煙を吹き散らす

パラリと舞った前髪に冷や汗を流せば、敵の姿のお目見えだ


「1度、来てみたかったんだよ 忍者の学校とやらに」


初撃をお見舞いしてくれたのは酷くガタイの良い男であった

自分たちよりもずっと背が高く、二の腕は丸太のように太い上に厚い胸板が力強さを物語る

隠れることもせず、実に堂々としたその立ち姿に留三郎が小さく笑う


「…食満先輩、」

「ああ、また別の意味で面倒くさそうじゃねぇか」


勘右衛門も感じるものがあったのだろう、どこか強張った声色だ

男は首をゴキリと鳴らして気軽に留三郎に話しかけてきた


「忍術学園の生徒だな わざわざ出迎えご苦労なこった」

「お生憎だな 俺たちは追い返すために此処に来た」


岩を拳で砕き、生えた木を引っこ抜けるような相手だ 

何もこんな子どもばかりの学園で腕試しなんぞしなくてよかろうに

冗談まじりで言葉を返せば、わはは、と豪快に男が笑う


「知ってるか、坊主ども この周辺の山は帰らずの山だと恐れられていることを」

「知らねぇなぁ、そんな物騒な山になってるなんてのは」

「お前達だろう 山に入った者達を隠しているのは」

「さあ?迷い込んだ奴らには真っ直ぐ帰るように忠告はしてるはずだけれどな」


男の言葉に覚えはある

此処、忍術学園は秘密を抱える学園だ

表向きにも忍者育てています、だなんて公には言いやしないし、悟られるのもご法度

忍術学園だとわかったうえで狙ってくる輩だっているが、そんな連中には門前払いが鉄則だ

撃退にあたるのは主に自分たち上級生

5、6年はこれを常としている


「忠告を無視すればどうなる 消されるのか?」

「乱暴な物言いは心外だな 俺達は聞き分けのない無法者を相手するだけさ」


男の目には怯えもなければ狂気もない

落ち着いた声色に、堂々とした振る舞い

笑えばどこか愛嬌があり、人らしいといえば人らしい

それでも留三郎と勘右衛門の表情が和らぐことはない

「それ」が意味する印を、留三郎がすっと指さす


「あんた、鵺の手下だな」


男の太い二の腕には"虎"の入れ墨

大木雅之助が話していた鵺の仲間の特徴、幹部の人間だ

それを指摘すれば男がまた豪快に笑う


「手下か、そうだなぁ、まあ鵺の旦那には世話になってる」

「?」

「鵺の旦那は上下関係には緩くてね 別に命令にこだわりはないのさ」


まあ、それでもこの証にはそれなりの力と契約があるわけだと男は言う


「俺は強い奴に会いたいと言い、鵺の旦那はそこへと連れて行ってくれる ならば要望には応えんとなぁ?」

「そんな道楽だけで学園に手を出されちゃ、たまったもんじゃねぇんだよ」


男の与太話を聞きたいのではないし、聞いたところでむかっ腹が収まるわけではない

懐から鉄双節棍を抜き出し、留三郎が構えれば、男がほうと興味深く息を吐く

目が語る、これは生粋の勝負好きな男の目だ


「答えろ てめぇらの目的は何だ 鴇の命か」

「鴇…? ああ、嘉神鴇か?あの抜刀術がお家芸の息子を見つけてこいって話だったな」

「…あんた、目的も曖昧で大丈夫かよ」

「俺はとりあえず学園に乗り込むのが仕事だ」


ゴキン、とまた首を鳴らして男が山の向こうに目をやる

男は本当に鴇のことは二の次のようであった

こちらの情報を探るわけではない、鴇の名前を聞いてもそれ以上の反応はない

それよりも、


「忍者の学校ってぇことは、強ぇ奴も多いんだろ?俺はそれを1つずつ潰して楽しませてもらうさ」

「……俺らがそれを許すとでも思ってんのかよ」

「なら止めてみせるんだな」


笑顔で吐かれた言葉は容認できるようなものではない

これはこれで厄介なのははっきりしてる

殺気立ってきた留三郎に目をつけたのか、ニヤリと笑った男が挑発がてらに手を招く


「見たところ、腕に自信はあるのだろう?」

「なくてもお前は通さない それが俺らの仕事だ」

「謙虚さが美徳と思ってるような性格ではあるまいに こんな学校に通っているんだ がっかりはさせないでくれよ?」


にやりと笑った男の目はいたって本気である

それは時折小平太がみせるソレに似ていて、空気が凍るのがわかる


「…尾浜、援護 頼む」

「はい」


低く、短く、息と言葉を吐いた留三郎に、勘右衛門も気を引き締めるのであった












(重てぇ………!)


拳の一振り一振りが、まるで棍棒のように衝撃が強く、固い

武器を使って上手くいなしていた留三郎であったが、数発目にして手が痺れる感覚に思わず眉根を寄せた

ギシギシと鉄双節棍も悲鳴をあげている

全く楽じゃないよな、と溜め息をつきながら留三郎は小さく舌をうつ


「どうした?」

「別に、なかなかしんどいな、と思っただけだ」

「お前さんが此処を通してくれたら、俺は勝手に遊んでくるがね」

「だから、そういうのは許さねぇって言ってんだろ」


男の腕を躱しがてら、裏拳を叩きこむが、やはり熱い腹筋がダメージを通さない

じんじんと逆に痺れが増えた感覚に腹がたつ


(こんな理由で、嬲られるなんて納得いくわけがねぇ)


留三郎にとって、今回の戦は鴇よりも下級生を案じるものである

留三郎は鴇に対しては何も心配してはいない

別に不仲というわけでもない

同級生で、これまでも切磋琢磨してきた仲間の一人である

そして、嘉神鴇と聞いて連想するのは皆似たようなものだ

学級委員長委員会委員長

眉目秀麗、清廉潔白

細くすらりとした手足に、柔らかい物腰

中性的で、どちらかというと優男のような印象だが、留三郎はあれがそんな柔な男ではないのを知っている

3年の実技で初めて鴇と対峙した際、上記のような印象を留三郎ももっていた

腕がたつとは聞いていたのだが、一発殴れば泣いてしまうのではないか

それほどまでに鴇は線が細く、柔らかい印象であったのだ

そんな遠慮も働いて、様子見も兼ねて少し加減して組み手をすれば、ニコリと鴇が笑った

その表情はやはり美しく、男とわかっていてもドギマギとしたのだが


(あー くそ、思いだしちまった)


次の瞬間、鴇は思い切り留三郎の横っ面をぶん殴ったのだ

その挙動にも驚いたが、殴ったその威力もまあ強いこと強いこと

何が起こったかわからなかった留三郎は自分が吹っ飛んだことだけを理解していた

グラングランと揺れる視界と、それまで!と終了の合図を出した先生の声

その向こうで鴇があの綺麗な顔でこう言った


「なめんなよ」と


目を白黒させて驚く留三郎をよそに、鴇は自分の組へと戻り、小平太、長次とハイタッチを交わす


「流石だ、鴇! これで私達の全勝だ!」

「長次も勝ったな?よし、は組はこれでおしまい」

「次はい組だな 私、文次郎とやってくる」

「戦略は?」

「ない!とにかくボコる!」

「まあ、アリだな」

「鴇は仙蔵か?どうするんだ?」

「大して変わらんよ 注意しながらボコるさ」

「!ははっ! 鴇大好きだ!!」

「はいはい 私も大好きだよ」


なんと攻撃的というか、男気溢れる会話か

呆気にとられる留三郎に、伊作は笑いながら言ったものだ

「鴇は見た目で判断したら、痛い目に合うよ 留三郎」 と


ガキン!!


受け止めた衝撃で、身体がずずっと後方へと下がる

力負けなんざしてたまるかと息を短く強く吐く

ビリビリと腕が痺れながらも相手をぎっと睨みつければ、男が楽しそうに笑う


「いいねぇ 一番手でこれだけもってくれると、これからの期待が高まる」

「これからなんてねぇよ 俺達で終わりだ」


悪意に満ちた相手ではない、しかし男の口からは略奪を匂わす言葉が出ている

これは此処で止めねばならない

鴇のためなどではない

鴇なんか心配する必要もないのだ


(ここで、仕留める)


ちらりと勘右衛門を振り返れば勘右衛門も肩で息をしている

何度も打ち込んではいるのだが、相手の頑強さに体力の消耗ばかりが進んでいく

このままではジリ貧なだけだし、性には合わない

響く鈍痛を振り切るように、留三郎が動いた

指を数度振り、合図を送れば勘右衛門からも了解の矢羽が返る

鉄双節棍の端を握り直し、遠心力を利用して相手の足に絡めればガッチリと絡む


「………っ!」

「地味だなぁ もっとあるだろう 血で血を洗うような、心躍る戦い方が!」

「ねぇよ!そんなのは、よそでやりやがれ!」


男の足元に集中している留三郎は上からの攻撃には無防備だ

男の勢いのある拳が何度も留三郎に降りかかる

それを腕だけでやり過ごせているのは相手が刃物をもっていないからだ

しかし、片腕で何とか耐えるも、痛みは腕を通り越して頭部へとじわじわと届く

それでも渾身の力を籠めてぐっと手前に鉄双節棍を引けば、男の体制が少し崩れる


「どうした、もう根負けか?」

「うる、っせぇ!」


この程度が何だ、そう嘲笑うかのように余裕を見せた相手に留三郎も挑戦的に睨み返す

自分はあくまでも第一の布石、そう捨て駒のような状態だ


タタタタタッ


闇の中を静かな、忍にしか届かない音が駆ける

その気配に道を譲れば、黒い塊が宙を舞う

暗い闇に月明かりで鈍く何かが光る

男がそれが何かと判断できたのは、ジャラリと鎖が音をたてたからだ


「!!」


意図を理解したのだろう、相手が力任せに足の鉄双節棍ごと振り切ろうとするのを留三郎が踏ん張る

体格差からくる力の差は激しく、手のなかの鉄双節棍が引きずり込まれるように引っ張られる

掌のなかで武器と手の皮の摩擦による熱が交差するが、これを放すわけにはいかない

ブチブチと、手の皮が切れる音がするがそんなのは気にしてる場合ではない


「尾浜ぁっ!!」

「わかってますって!!」


怒鳴るように叫んだ勘右衛門が、男の首目掛けて万力鎖を放つ

素早く投げられたそれがぐるりと男の首に巻き付くも、腕ががら空きであった男の太い腕が勘右衛門へと伸ばされる

胸倉を掴まれ、グン、と勢いよく勘右衛門が引き寄せられる

いくら鎖が男を捉えたからといっても、これでは攻撃のしようがない

まずい、と焦る留三郎

取った、と笑う男

そして、


勘右衛門もにこりと笑った


「っ!!!!!!」


引き寄せられる勢いに抗わず勘右衛門が男へと手を伸ばし、ゴキン!と鈍い音が場に響いた

留三郎は見た

捕まれる反動に合わせて男の頭を抱え込み、飛び膝蹴りのように両の膝を勘右衛門が男の顔面に押し込んだのを

その衝撃に、勘右衛門を掴んだ男の手の力が緩む

その隙を逃さず素早く身を捩って、勘右衛門が宙がえりで距離をとる

身軽に留三郎の横に降りたてば、何事もなかったように男がギロリと2人を睨む


「……おい、」

「問題ないです」


やはりこれもダメージは通らないのか

次の対策を打たねばならないかと留三郎が勘右衛門に問えば、勘右衛門はしれっとした顔で答えた

男が無表情で一歩を踏み出そうとした その次の瞬間


「顎、いれてます」


巨体がゆっくりと倒れ、地面が揺れる

覗き込んでみれば、男は白目を剥いて意識を失っていた

パンパン、と埃をはたいて立ち上がった勘右衛門を留三郎が見つめる

よくもあの体制からあれだけの攻撃を仕掛けたなと、違う意味で冷や汗をかいていれば、また勘右衛門がにこりと笑う


(そうだった、コイツも だ)


この笑みが、留三郎は苦手だ

鉢屋三郎の余裕綽々の笑みも

尾浜勘右衛門のこの屈託のない笑みも


(尾浜も、学級委員長委員会だった)


学級委員長委員会の後輩達は、皆似たような笑みで笑う

そう、学級委員長委員会委員長の

3年の時に留三郎が目の当りにした嘉神鴇を彷彿させるような笑みで笑うのだ

その笑顔に、留三郎はヒクリと口を引き攣らせるのであった

31_どうしようもないことを手探りで引き寄せる



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