- ナノ -

「…………」


鴇は夕暮れをじっと見つめていた

あと3時間もすれば日が完全に落ちる

今宵は満月、約束の日である


日にちの指定こそあれど、時間までは指定されていないため、これから各自の持ち場に向かい、敵の襲撃に備える

道場には生徒全員が集められた

事情は各担任が説明したのだろう、皆慌てることなく落ち着いたものである


「髪を、結わせてください」


場がざわめくなかかけられた声に鴇はゆっくりと振り向いた

そこにはいつもどおり鉢屋がいて、普段と変わらぬの要求をしてきた

それが何だか可笑しくて、鴇はそっと笑った


「お前も好きだね」

「…これをしないと、落ち着かなくて」


それほど乱れた結い方はしていないつもりだが、鉢屋の好きにさせようと頭巾をしゅるりと解く

それが合図かのように、いつも通り鉢屋が櫛を使って鴇の髪を梳く


「体調は?」

「問題ないです」

「今日の動きは頭に入っているな?」

「もちろん」

「…何か質問は?」

「何も、私これでも優秀なので」

「そうか、そうだな」


ふふふ、と笑えば、鉢屋も笑う

特に互いに不満はない

委員会でだって、難易度の高い任務の出発前の自分たちはいつもこうであった


「さて、と」


耳の後ろの高さ、いつもの位置で鉢屋が鴇の髪を結い上げて、できましたと鉢屋が呟く

ありがとうと返事をして、鴇も最後の身支度を整える

松葉色の見慣れた制服に、頭巾と口布

そして見慣れない山吹色の巻き布を首に巻けば、鉢屋がそっと眉根を寄せた


「……やはり、目立ちますね それ」

「そのために巻くんだよ」


敵味方関係なく目を引くその色は、それだけ鴇の身を危険に晒すからやめろと皆が言ったが、鴇は譲らなかった

あくまで敵の目的は鴇であるのに対し、自分たちは皆似たような背格好をしている

初めは区別がつかぬであろうソレは、身を隠すのには有効だが鴇がしたいのはその真逆だ


(私をはやく、見つければいい)


特徴があれば、敵のなかでも情報は駆けるだろう

奴らの視線を多少なりとも奪って、こちらに向けさせればそれだけ周囲の忍たま達からも興味が逸れるはずだ

それに、闇に紛れるには邪魔なソレは短所ばかりが先立つが、鴇の居場所が明確になるという長所もないわけではない

生徒達は互いの制服の色でしか相手を遠目から判断できないが、これなら鴇だと一発でわかる


「よし、最終確認は皆終わったな?」


教師同士の話はまだらしく、部屋の隅で集まっていたが生徒達はもう万全の状態だ

下級生達はこの道場で待機のため今から戦場に赴く先輩達を見つめている

そんななか、仙蔵と伊作が皆を呼び寄せ、何か問題がないか確認をしていく

作戦の指揮や戦術は仙蔵と鴇を中心に行ったが、ここからの指揮権は一旦救護室、つまりこの道場で待機となる伊作へとうつる

情報は1箇所に集め、そこから指示を出すのが常識であるからだ


「配給品も確認したね?食料と水、最低限の医療用品を入れてあるから、上手く使ってほしい」


鴇と鉢屋は薬の扱い気をつけてね、と伊作が念を押す

他の者より鴇と三郎への医療品、特に解毒薬の配給は少し多い

それは鴇が毒への免疫が低く、効力が回りやすいからである

だから鴇自身はもちろん、相方となる三郎も薬の扱いについては"色々"と指導をうけていた


「各自、初期の待機場所で迎え撃ち、時が変われば状況に応じて移動をしろ 判断はその場の年長者に任せる」


いいな、と問うた仙蔵に6年生がコクリと首を縦に振る

此処からは実践で、大人達の庇護下から離れる

上級生たちは自身と連れ行く後輩たちの命を握ることになるのだ


「ひとつ、深追いはするな ひとつ、負傷したら慌てず応急処置を行え」


仙蔵が最終確認の厳守次項を淡々と述べていく


「崩れた体勢はすぐさま立て直せ、それが結局後々の最善になることを忘れるな」


敵の規模が不明確であり、今回のように相手を殺す確率の高い相手には手負いで向かっても状況は悪くなるばかりだ

それを考慮した仙蔵の言葉に皆が承知していると深く頷く

あとはもう解散し、各自の忍務を全うするだけだ

他に何かあるか?と仙蔵に伊作が問えば、伊作が首を横に振る

そうか、と呟いて、それでは最後に、と仙蔵が口を開いた


「いいか、敵の強さも人数も、我々が気にすべきことではない」


仙蔵の落ち着いた声色と、発する空気が周囲の空気をひとつに束ねていく


「日頃から我々は生き抜く力を磨き、降りかかる試練を振り払ってきた」


今の心が穏やかかと問われれば、肯定も否定もできない

それでもこれだけ落ち着いていられるのは、鴇自身、どこかで腹を括り終えられたのだろう

力強く頷く皆を見つめられるだけの余裕があったことに静かに驚いていた


「各々の力を信じろ 仲間を信じろ その想いは確かな力を産み、我々の明日を呼び寄せる」


不安が少しずつ融解する

大丈夫だという空気がそこに生まれて、よい精神安定剤へと姿を変える

一息ついて、仙蔵が再度落ち着いた声で皆に告げる


「最優先すべきは"奪われぬこと"だ 命も、学園も、そこらの輩にくれてやるな」

「………………」

「失敗すれば、」


皆がゴクリと喉を鳴らした瞬間、ポン、と鴇の肩を仙蔵が叩く

それに驚いて仙蔵を見上げれば、仙蔵がニヤリと笑い


「鴇が泣くぞ」

「っ、仙蔵っ!」


かなり真面目な話をしていたはずだが、突然話の逸れた仙蔵の言葉に、皆がクスクスと笑う

そりゃあ、何かあればなんて考えるのさえ嫌な状態なのだ、泣くぞと言われれば泣くどころじゃすまないとは思うが、こうやって改めて言われると羞恥が込み上げる

ブン、と仙蔵の手を振り払えばニヤニヤと他の6年も笑っている

一気に強ばった空気が融け、どこかいつも通りの空気が漂う


「固ってぇんだよ、鴇は! こんなんパッと始まってパッと終わるってぇの」

「そうそう、今回どんだけ気合い入れたかわかってる? 馬鹿じゃないのってくらい大量に罠も爆薬も仕掛けたし」

「むしろ保健委員がそれにかからないかの方が不安だわ 俺」

「!そうか、あわわ、僕ら絶対外でないからね!」

「おう、そうしてくれ 俺も助けに行かなくてすむ」


六のはコンビが笑いながらパン、と手を叩いて出立の挨拶を告げる

んじゃ俺はそろそろ行くわ、と留三郎が腰をあげ、相方の勘右衛門を振り返れば、勘右衛門はいはいと足取り軽く立ち上がる


「…尾浜」

「鴇先輩、これ終わったら委員会で花見に行くんですからねー」

「は?」


何と伝えるのが正解か、言葉に詰まってしまった鴇を他所に、勘右衛門はいつもどおりにっこり笑って指を折る


「団子に葛きりに羊羹に干菓子、俺食べたいのたくさんあるからどれ頼むか考えときますね」

「…いつもの定番でいくと、白鷺庵の桜餅だがな」

「あ、忘れてた!それ、庄ちゃんたちには絶対食べさせないと!…って、わわ!」


屈託なく笑う勘右衛門の頭を鴇は少し強めに撫でた

突然の鴇の行動に驚く勘右衛門を他所に、鴇は勘右衛門をぎゅっと抱きしめる

鉢谷と違い、勘右衛門は自分とは別行動だ

届かぬ手に、不安がもたげた


「尾浜、」

「はいはい、何ですか?」

「…無事に戻れ」

小さく呟いた言葉に、勘右衛門が大きな溜め息をつく

酷く心外だが、年上な自分の方が弱気な発言をしてる自覚はあった


「…なーに言ってんだか、それはこっちの台詞ですけどぉ」


軽い憎まれ口を叩きながらも、勘右衛門も鴇の背をポンポンと叩く


「知らないんですか?三郎ほどじゃないけれど、俺だって優秀ない組の学級委員長ですよ?」

「…知ってる そんなお前だから、委員会に無理やり引っ張ってきたんだ」

「それは学級委員長委員会、委員長様のお墨付きって言いふらしても?」

「勿論だ なんなら血判入りの証文だって書くよ」


小さく笑った鴇に、へへへ、と勘右衛門も笑う

食満先輩追いかけないと、と努めて明るい声をだし、手を振る勘右衛門に鴇も無理矢理笑って手を振った

本格的に始まった出立に、ゾロゾロと皆が続く


「今年は予算会議の開催も遅れてるんだ さっさと片付けんと各委員会に予算やらんぞ」

「そもそも学園の破損を防がないと、全体予算が減る一方です」

「おお、そりゃそうだ よし、全部外で止めるぞ」


文次郎と三木ヱ門の会計コンビが次の予算会議への強い意気込みを見せて去っていくのを見送っていれば、近寄る気配

鴇がそちらに視線を向ければ、少し緊張した面持ちで久々知兵助が立っていた

真面目な兵助のことだ、準備はしっかりできているだろうが固くなりすぎてはいないか

それを解いてやりたい気持ちも込めて、鴇がそっと笑えば、兵助も息を吐くように静かに笑った


「久々知、」

「俺もまだ、貴方にいろいろ教わりたいです」

「……うん」

「不安な顔しないでください 俺も勘右衛門と同じ、優秀ない組ですよ?」

「…尾浜も久々知も、同じことを言うのは心外だね お前達に関しては、力不足の心配なんてしてないよ」

「ふふ、嬉しい」


そのほんのりと浮かべた笑みが愛しくて、くしゃりと前髪を撫でれば、兵助が頬を赤く染める

そんな時間もすぐさま、行くぞ、と文次郎が駆けた大声がかき消す

応と返事を返し、駆けようとした兵助であったが、あ、と声をあげて突然鴇に抱きついた

驚く鴇を他所に、兵助が耳元に言葉を残す


「ご武運を」

「…ありがとう、久々知」


ぎゅっと一瞬だけ強く抱きしめて、ぱっと離れた兵助に鴇は小さく呟く

一組、また一組と去っていく仲間、去っていく後輩

別れに込み上げてくるものはあるが、これが終わりなどでは断じてないはずだ


(恐れるな、)


奪われることも、対峙することも、正直な話をすれば恐ろしくてたまらない

それでも、恐れを抱いた分が隙としてつけこまれるのであれば、鴇は恐れなど抱いてはいけない


(恐れるなよ、嘉神鴇)


目に焼き付いたあの夜の光景が、胸に焼き付けた友や後輩達に降り注ぐなどあってはいけない

鴇は心を、これ以上恐怖に侵されるわけにはいかないのだ










「じゃあ、僕たちもそろそろ行くよ」

「雷蔵、気をつけるんだぞ」

「もちろん、三郎もね」


こちらも別れの時間であった

常に共にいた片割れを、三郎も見送っていた

雷蔵と三郎が拳をコツリと当てて別れを告げれば、思い出したように雷蔵が口を開く


「三郎、アレは?」

「………用意してる」

「じゃあ、出して」

「しかし、雷蔵」

「ほら、早く」


何かを渋る三郎に対し、時間がないんだからと雷蔵が急かせる

懐から出した布でくるんだソレを雷蔵が半ば強引に三郎から受け取り、同じように懐に忍ばせる

どことなく心配そうな表情の三郎に気付いた雷蔵が、いつもどおり朗らかな笑みを浮かべて笑う


「はい、確かに」

「…すまない、雷蔵」

「やだなぁ、三郎1人で決めた話じゃないんだよ?僕だって同意している」

「しかし、」

「そんな弱気な表情、お前には似合わないよ」


眉間の皺をピンと弾き、ぐに、と三郎の頬を引っ張って雷蔵が笑えば、いひゃい(痛い)と三郎が情けない声をだす

いつもと正反対のソレに雷蔵がクスリと笑えば、気まずそうに三郎が視線を泳がせた


「不破雷蔵のいるところに鉢屋三郎あり、ってね 僕らはどこにいても一緒だよ 三郎が守りたいって思うのなら、それは僕だって守りたいものだ」

「雷蔵、」

「ははは、泣いたらまた変装やり直しになるよ?」


長次と二言三言と言葉を交わしている鴇を視界の隅に捉えて、雷蔵が三郎の手をぎゅっと握る

三郎の手は冷たかった

それは三郎の緊張感を如実に表していたが雷蔵はかき消すように強く握りなおす


「大丈夫、こんな夜はすぐに明けるよ」

「あぁ、」

「いつもの夜が来て、いつもの朝がくる 三郎も僕も、何も変わらない」

「…そうだな」

「三郎は鴇先輩を信じていればいい あの人は、キミが悲しむようなことは絶対しないから」

「雷蔵、私は」

「残り1年、こんなことで時間を潰すのは、あまりにも勿体ないじゃない」


また鼻の奥がツンと痛み出した三郎を他所に、挨拶が終わったらしい長次に呼ばれて雷蔵がじゃあ、と離れる

雷蔵だって不安がないわけではない、それでもここでソレを口にだすわけにはいかない

三郎は鴇だけを見ていればいい

だって三郎が大事にしている鴇は三郎と共に行動するのだから

雷蔵は思っていた

相対をしたあの日から、三郎は鴇の傍を離れるべきではないと

だって三郎にとって鴇は半身以上の存在なのだ

あれだけ傾倒してきた鴇のこれからを、三郎はその目に焼き付けねばならないのだ

隣に立つという責任はどこまでも重い

それは三郎の実力や想いの強さなんて測れない何かでは言い訳さえさせてくれないはずだ

鴇に万が一があった時、三郎は一番矢面に立たされる

そんなのを三郎は百も千も承知しているが、一番思い詰めるのも間違いなく三郎なのだ

三郎は許さないだろう

鴇を脅かす存在を、鴇を奪われることを

そして、


(お前はきっと、自分を許せなくなるだろう)


それは火を見るよりも明らかだった

隣にいたくせに、間近にいたくせに、そんな後悔がきっと三郎に押し寄せる

そこまでわかっているのに、三郎は鴇の隣にいたいのだ

見えぬ距離を嘆き、見えぬ鴇に想いを飛ばして気が漫ろになるのであれば、真横に立てばいい

誰かの過失でなく、自分の絶対の矜持にかけて鴇の隣で刃をふるう

それが三郎の心を真っ当にさせる術であったのだ


「僕に遠慮は不要だよ 三郎」


優柔不断な雷蔵にしては、酷くはっきりと、強い言葉が三郎に向けられた

どこか不安げであった三郎の背筋が、その声をきっかけにしゃんと伸びる


「キミは大胆不敵に笑っている方が、格好いいよ」

「……君には、敵わないな 雷蔵」

「ふふ、いってきます」


長次との別れを終えてやってきた鴇に深く頭を下げて、長次と雷蔵も道場から姿を消すのであった





















東に、西に、仲間が去ってゆく姿を見送る

待機場所の遠い者たちはほとんど出発してしまった

鴇は再び廊下から外を見やった

日はもう完全に視界の範囲からは消えている

それが落ち着かなくて小さく息を吐く


「鴇」


後輩との話も済ませてきたのだろう、小平太が駆け寄ってきて鴇の隣に並ぶ

いつもの少しだらしのない恰好ではなく、きちんと身支度を整えていることは見た目にもはっきりしていたが、鴇は決まり文句のように問うた


「…準備、できたか?」

「もちろんだ」

「竹谷との確認は?」

「あんましすることなくてな、とりあえず見つけた奴から叩きのめしてく」

「そうか」


適当な答えのように思えるが、小平太は小平太なりに作戦を立てられるし竹谷だって自立して行動できる

そもそもこの2人、あまり前もって作戦立てるのは得意でなく、直感と本能で突き進み、危険も回避できるタイプだ

それを承知の上で組ませているため、鴇も特にそれを指摘せず、2人に任せている

慣れないことを強制しては、逆に危ない


「鴇は、準備できたのか?」

「まあ、それなりに」

「もう震えていないか?」

「…馬鹿にする…」


馬鹿にするなよ、と反論しようとした鴇であったが、小平太の視線に息が思わず詰まった

てっきり笑っていると思っていた小平太が、真剣な眼差しを自分に向けていたからである


「……………」

「……………」


真っ直ぐ、射貫くような小平太の視線は鴇を見据えていた

生半可な答えも、誤魔化しの聞いた相槌も、どれも許してくれそうになくて鴇は視線を思わず逸らした

だが、反射的にとってしまったその行為に鴇は自分で嫌気がさして首を小さく振った


(…今更、何を隠す必要がある)


ガヤガヤと響く人の声に邪魔されたくなくて、戸を閉めてもう一度小平太を見れば、今度は困ったように小平太が笑った

静かに、真っすぐに小平太が鴇の方へと歩みを進める


「私は、怖いぞ 鴇」


人の声と視線も遮断したためか、小平太が鴇を抱き寄せて、鴇の肩口に顔を埋めた

固い髪が首筋に触れたが、それよりも思っていたよりもずっと静かな小平太の声に鴇は戸惑っていた

てっきり、いい加減腹をくくれとでも言われると思っていたからだ


「戦は怖くない 私は誰にも負けないからな」

「……小平太」

「怖いのは、お前がいなくなることだ 鴇」


この匂いも、この体温も、

この声も、この心臓の音も、もう傍にあることが当たり前になってしまった

それが突然消えたとき、自分がどうなるのか、小平太は容易に想像ができていた


「たとえお前が手足を無くしても、私は鴇が大好きだ」

「…いきなり縁起の悪いことを言うなよ」

「失明しても、声がでなくなってもいい、私は鴇と一緒にいる」

「聞いちゃいないだろ お前」

「鴇、とにかく死ぬな」


その言葉を告げた時、小平太の喉が震えたことに鴇は気づいて思わず口を閉ざした

そして小平太が言いたいことも理解した

小平太はこう言っているのだ


心臓が脈打つことが重要で

呼吸がままなることが重要なのだ

美しい散り際も、勇ましい背中も小平太は望んでいない

大義名分も、誇りも意地もどうだっていい

小平太は鴇に息をしろと言う

それはとても簡単で、とても難しい要求であった


「お前がいないこの世界なんて、私はいらない」

「………阿呆、」

「鴇は、私のだ」


小平太は理解している

自分の胸を焦がすようなこの感情の名前を

それを口にすれば忍としては失格だが、抑え切れるほどの柔い感情でないことを

それを鴇に押しつけるつもりはない

しかし、自分だけの想いでも留まらないことは嫌でもわかっている

受け入れて、受け止めて

その先に続く未来を、どこかで確かに小平太は期待している

だから何度だって言う


「みっともなくてもいい 惨めでもいい でも生きろ」

「……………」

「約束をしろ、鴇」

「……なに、を」

「生きてさえいれば、私は必ずお前を迎えに行く だから、」

「ご心配なさらずとも、委員長はちゃんと私がお守りしますが?」


突如割って入った声と戸がスパンと開き、ふて腐れた表情の鉢屋と苦笑まじりの竹谷が姿を見せた

邪魔してすんません、と気まずそうにする八左ヱ門とは違い、三郎はまだ出発しないのかと非難の視線を向けている


「む、またか 鉢屋」

「またですよ 七松先輩」

「空気の読めん男はもてないぞ」

「…あんたにだけは言われたくないですね」

「こんなところで無駄な体力を使うな すまん、竹谷 もう出発しないといけないよな」


小平太と三郎の睨み合いは避け、鴇が八左ヱ門に問えば、コクリと頷いた


「小平太、」

「…わかってる」


渋々と鴇から離れ、出発するために荷物を身に着ける小平太を鴇は見た

いつもと何も変わらぬ姿だというのに、ザワザワと胸が騒ぐ

それを鴇が感じたのと、思わず小平太の腕を掴んだのはほぼ同時であった

クン、と腕を引かれた小平太が驚いたように振り向いた


「?鴇」


鴇はじっと小平太を見つめた

6年間、共に肩を並べていた男は、随分大人びた表情をするようになっていた

幼く、我儘も快活さも全て余すことなく見てきたというのに、いつの間にこんな


「…私もだよ 小平太」

「?」

「私もお前を、探しにゆくよ 約束する だから、」


気を抜けば、声が震えそうだった

それをぐっと押し込み、唾を飲み込んで喉の奥へと押しやる

馬鹿みたいだ

こんな明日会えるかも分からないような任務、今まで何度もあったではないか

その時にはこんな想いを抱えることがなかったのに

なんで、なんだって今日は


「だから、お前も死ぬな」


そう鴇が真剣な表情で呟けば、小平太の目が大きく見開いた

そして、そしてとても嬉しそうに笑った


「ああ、約束だ」


拳をコンとあて、小平太はそこから振り向くことなく外へと踏み出した

言いたいことは伝えた

返事もちゃんと聞いた

あとはやることをやるだけだ


「いってくる!」

「よろしく頼む」


そう言って、最後のペアが学園を後にしたのであった



29_君達とただ朝を迎えたいだけ



prev | next