- ナノ -

「お願い、します」

「断る」


先ほどからのこのやりとりに、場は静まりかえるばかりだ

断れど断れど、頭を下げ続ける鉢屋に鴇もまた、首を横に振るばかりであった











陣形が決まった後、配置については実にあっさりと決まった


「くっそ、結局いつもの位置かよ」

「あはははは! 私正面ー!」


場所決めに関しては、いつも通りジャンケンである

こういうものは傾向があるというか、勝ち率があるというか、大体小平太が一抜けして一番面白いところをもってゆく

「面白いところ」というのは、「一番戦闘が激しいところ」を指すが、小平太はペロリと舌を舐めて満足気だ

文次郎と留三郎も同様にそこを狙うが、どうしても小平太にそれが当たる確率が高い

最前線となる正面の森に小平太、正門に長次、東西に文次郎と留三郎


(無難に収まったな)


鴇としては小平太の後ろに長次が構えている形は理想のため、少し安堵する

それでも多少の不安は拭えない

小平太の戦闘力に何も不安があるわけではない、しかし小平太が激しい戦いになればなるほど制御が外れやすくなることも知っている

この先、ずっと彼の安否を気遣えるわけではない、そしてそれが自分の要らぬお節介であることも理解している

ただ、得体の知れない相手であることが鴇の心中に渦を巻かせていた


「遊撃は私が行こう 伊作は避難所待機」


テキパキと仙蔵が配置を割り振り、地図に書き込んでいく

結果だけをみると、いつも通りになったというか何というか

安定する形となり、それに関しては鴇も仙蔵も異論はなかった

異論があったのは、この次の組決めである




















2人1組の組決めには取り決められた制約などはない

基本、相性や戦力差を考慮してそれぞれが自身の適したところへと身を寄せる

普段の実習もこれに習うことが多く、例えば長次と雷蔵はよく組む

他の5年生では汲みとれない長次の意図を雷蔵は汲めるし、迷い癖のある雷蔵の性格を考慮して長次が誘導することなんてザラだ

こういう時はやはり普段の交流関係がモノを言う

ただいつまでも相手に頼るばかりもよろしくないため、敢えて相性の悪い者通しで組んでの実習だってある

文次郎と留三郎は普段は犬猿の仲だが、実習となれば互いに文句を言わずに忍務を全うする、これだってプロになるための訓練だ

しかし、それは例えば普段より少し軽い忍務であるなど余力のある時に使える訓練であって、実戦ではなかなか勇気のいる話

そうなると組決めはいつも通り、相性のいい者で組む流れとなる


「はいはい、じゃあまず立候補ー」

「はーい 俺、食満先輩んとこ行きまーす」

「な、中在家先輩、お願いできますかっ?」


下手な介入を避けるため、ここからの取り仕切りは伊作が行う

救護班である伊作のもとに戦力をこれ以上寄せても仕方がないからだ

まずは互いの意志を尊重するということで手際よくすすめていこうと問えば、勘右衛門が軽いノリで留三郎へ、雷蔵が緊張した面持ちで長次へと手をあげる


「おう、よろしくなー」

「…構わない」


留三郎と勘右衛門は仲が良いわけではないが、個人の戦力にバランス、相性がいい

基本個人の意思を尊重する留三郎だから、自由気ままに動こうとする勘右衛門を連れていてもこじれることはないだろう

留三郎と勘右衛門、それに図書委員コンビについては5年、6年双方の同意がすんなりでてあっさりと決まった

それを見た小平太が5年生を見やり、間を開けず、口を開く


「ふーん じゃあ、私竹谷でいいや」

「え、俺っすか?」

「はい 竹谷と小平太ねー」

「ちょっ、え、俺の要望は聞いてくれないんですか!?」

「残念だけど、竹谷の意見を聞いてくれるような相手じゃないよ」

「…ですよねー」


伊作の言葉どおり、竹谷の意志は関係ないらしく、小平太が有無を言わさずについてこいと命じる

これももう慣れた話であり、竹谷も抵抗をしない

実際その時になっても、小平太は別に竹谷を使って連携をとるわけではない

小平太は独力で、そして竹谷は飼育している山犬や鷹などを上手く操って戦う

それでも小平太は小平太なりに考えているのだと伊作は思っている

戦力としては小平太だけでも問題ないが、数で来られるとどうしても取りこぼしが出る

正面の、そして最前線を守る立場にあるのであれば、数をこなせる連れがいた方がいい

動物や虫を用いた広範囲への威嚇が可能な竹谷の戦法は小平太にとっても学園にとっても最適な配置といえるのだ


「さて、あと残っているのは」


五年生が鉢屋と久々知、そして四年生

斉藤は今回救護班へと回ってもらっている

今年入学したばかりの彼は、年は六年生と同じといえど実戦経験は皆無

手先も器用だし、落ち着きのあることを考慮すると伊作を手伝うのが妥当だという結論に至ったのだ


「なら、田村は俺と来い」

「は、はい!」

「怖じ気づくなよ まあ、頼みたいのは後方支援だから大丈夫だ」

「はい!」


会計委員会のつながりだからか、田村を指名した文次郎がニヤリと笑う

火器の扱いが得意な三木ヱ門だが、四年生はやはり他の上級生に比べると実戦経験が少ない

そういった意味では気心の知れている先輩との方がやりやすいだろう

三木ヱ門自体も少し安心した表情だ

そんな様子を見て、ふむ、と首をかしげた仙蔵が自身の後輩を見る

緊張している様子は皆無だが、視線があればじっと向こうも視線を外さない


「喜八郎、どうする?」

「なら、お供しまーす」

「よし、平 お前も一緒に来い 私も喜八郎の面倒ばかりは見てられん」

「お任せください!この平滝夜叉丸、普段より喜八」

「そういうわけだ 伊作」


今回の小平太に後輩への気遣いは無理かと判断した仙蔵が、喜八郎と共に滝夜叉丸を指名する

自信たっぷりに同意を示そうとした滝夜叉丸の言葉をぶっつり遮って、仙蔵はそこからどう動こうかと思案に入る

流れるように決まってゆく組決めに、鴇の眉間の皺が少し深くなっていく

それをちらりと見ながら仙蔵がさてと、と本題に出た

粘ったとて仕方がない、こんなのはさっさと決めるに限るのだから


「久々知と鉢屋、貴様等どうする」

「「…………………」」


残る選択肢はいくつかある

これまでに決まった箇所で一番戦力的に厳しいのは文次郎のところ、人数が多くなるにこしたことはないのは遊撃の仙蔵のところ

そして、まだ手の上がっていないのが鴇のところである


(上がっていないという言い方には語弊があるな)


仙蔵だって理解している、何もこの2人決まってないわけではないのだろう

残った2人は鴇を特に慕う後輩だ

皆遠慮したのだ、久々知か鉢屋、もしかしたら両名が鴇のもとに手をあげることを考えて

そもそも仙蔵としては、遊撃は万能型の忍をつれていくのが好ましい

遊撃隊は守備範囲が学園全体と広く、どこで敵と遭遇しても撃破できる能力が必要とされる

そうなれば総合力の高い久々知と鉢屋、どちらかでも欲しいところだが今回の戦の意味を考えるとほんの少し、本人たちの希望を聞いてみたくなった

五年、六年とそれは皆思うところがあったらしく、誰もどうこうしろという助言も進言もないまま2人を見遣る

気持ちだけを捉えると、鴇と共に戦いたいと思うだろう

わかっているからこその問いである


(…鉢屋は、聞くまでもないな)


鉢屋の視線はずっと鴇を向いたままだ

それに気付いているのだろう、鴇も視線を合わせずずっと眉間に皺を寄せたままだ

こんな態度をとる時点で、この2人が拗れるのは見えている


「俺は、潮江先輩のところに行きます」


まず動いたのは兵助であった


「周辺の張り込みが終わったら、学園に戻ってきていいんですよね?」

「ああ、構わない」

「だったら、俺はまず外を守ります」


意外な回答というより、大人な回答であった

客観的に考えれば、久々知の選択は最良のものである

五年、六年のペアを基準と考えるならば一番戦力が劣っているのが四年生である田村を1人連れている文次郎のところだ

いくら文次郎が補佐するといっても、本分は前線の守備でありこれが疎かになっては元も子もない


「いいのかい?」

「はい」


久々知だって希望だけを述べるなら、やはり鴇の元に行きたかっただろう

しかしそれがこの場合、我が儘に近い自己主張になると判断できた彼は、やはり模範的な忍なのだ

名残惜しそうな視線を押し殺して、兵助が文次郎へと会釈した


「文次郎、いいよね?」

「ああ 助かる」


伊作が兵助の名前を記すと同時に、場が静けさを取り戻す

言葉は発しないが、空気が全てを物語っている

ここが一番厄介なのは、皆が気づいている

そんな中、鉢屋が真っ直ぐと鴇を見つめ、深く頭を下げた


「お願い、します」

「断る」


間髪いれずに断った鴇の言葉が空気を裂く

しかし、断られるのは百も承知だったのだろう、驚くことなく鉢屋が頭を下げ続ける

鉢屋の気持ちもわかるが、鴇の気持ちだってわかりやすい

敵の最終的な獲物となる鴇は後輩を巻き込みたくないとまだ思っているのだ


「1人でなんて、無謀です」

「仙蔵のところを手伝ってやれ 四年生が頼りにならないわけじゃないが、経験値が足りていない」

「話を逸らさないでください」


強めの語気で、ぴしゃりと指摘した鉢屋にむっ、と鴇の眉間の皺がまた一層深くなる

しかし、此処で声を荒げても意味がないことは鴇だって理解している

なんとか言うことを聞かせようと鴇が口を開く


「鉢屋、」

「私にだって希望を述べる権利はあるはずです」


それを許すまいと間髪入れずに反論した鉢屋にまた鴇の苛立ちが増す


「…なら私にだって選ぶ権利がある 私はお前と組みたくない」


想像以上に冷たい声と厳しい言葉に鉢屋の眉間にも皺がよる


「何故?私では力不足だと?」

「誰もそんなことは言っていない お前ほどの腕ならば、もっと有効に使える配置があるだろう」

「っ、私は!」

「はい、そこまで」


鉢屋も頑固な鴇の言葉にカチンと来たらしい

鉢屋が怒鳴る直前で、やれやれと伊作が払う

円満解決が見込めないのははっきりとわかっている、それであれば第三者が誘導するしかあるまい


「双方、妥協する気はないんだね?」

「ありません」

「ない」


なら、と伊作が2人に問う


「意見がぶつかった時の決め方はわかっているね 2人とも」


その言葉を聞いた鴇が嫌そうに伊作を見たが、伊作はそんな鴇を無視して話を進める

鉢屋はただじっと鴇を見ている


「意見を通したければ、自分の力で勝ち取ってごらんよ」


中庭への扉が開かれた瞬間、鴇が小さく溜め息をついた























学園での物事の決め方にはいくつかルールがある

基本は年功序列、倫理性や正当性を経験豊かな者が判断し、それを諭すことができればそこで終わり

そして今回のようなケース

双方の意見がぶつかった場合、鴇が鉢屋を諭せるほどのものがあれば良かったのだが、今回はそうもいかないようだ

鴇だって理解しているのだ、自分のソレがただの感情論だということを

だから第二のルールの発動を仕方なく受け入れざるを得なかった

自分たちは忍であり、この時代は弱肉強食である

強き者に従うのは当然という世論に基づき、決まらない場合は実力行使で従わせるのを学園は良しとしている

つまり当事者同士の一騎打ち、相対だ


鉢屋は初めからこれを狙っていたのだろう

戸惑うことなく中庭へと降り、鴇を待っている

鴇もこれを鉢屋が望んでいたことは勘づいていたらしい、どう転ぶかを気にしているようで伊作をじっと見つめている

鉢屋と鴇、双方の試合だというのに何故鴇が伊作を気にするのか、答えは簡単だ


「じゃあ、勝利条件だけど」


純戦力だけで言えば、上級生が勝って当たり前

鉢屋の場合は、時折上級生に実力でも勝つため、一概には言えないが、基本はそうだ

そのため、こういった相対の場合は審判が提示する「勝利条件」というものがある

この内容によって勝敗は大きく異なってくるため、審判が誰かというのも重要だ


(よりにもよって、伊作が審判か)


此処では静かな駆け引きというものがある

相手が無謀なことを言っている場合、「抑止」という意味を込めた条件を上級生が含ませてやることだって大事なことだし、可能性を伸ばすという意味で「譲歩」を条件に含めることだって可能だ

最初から純粋に公平ではないことがこれの嫌なところだ

そして、鴇は先ほど伊作が興味深そうに鉢屋と鴇を見比べたことが気になっていた

鴇は後輩相手の相対が苦手だ

実習などは遠慮も何もしないのだが、こういった互いの気持ちを通すための相対は正直好きではない

自分の手で、相手の願いを断つことになるのだから

赤の他人であれば問題ない、しかし鴇は人の感情には聡い方だ

相手の情をくみ取れてしまうこの性格は、忍としては失格である

それも踏まえて、伊作が鴇の味方についてくれるのか、それとも鉢屋を優勢にするのかは条件でわかる

そして、


「"参った"と言わせた方の勝ちね」


その言葉にどちらを伊作が推しているのかが判断できて、鴇は静かに目を閉じるのであった

25_譲れぬ想い



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