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翌日より、学園側も対策を練ることとなった

普通なら襲撃されると聞けば、慌てふためくものだが此処は普通の学校ではない

忍者を育てる学校、忍術学園である


実を言うと、今までだって何度か学園は襲撃をうけたことがある

学園長の暗殺に、教師への個人的な恨み辛みを果たしにきたといった小規模なものから

優秀な忍者を輩出する学園そのものへの乗っ取りや、戦の邪魔をされた城の兵達による強襲などの大規模なものまで


その度に学園側は生徒への実習も兼ねるという肝の据わった対応で乗り越えてきた

今の一年生以外は実戦経験もあるし、こういったことにあまり動揺はない

たがたが少年達に何ができると思われど、学園の教育だってそれほど柔な生徒は育てていないのだから

学年にもよるが、鴇達の世代は特にそれには慣れている世代であった

昨年だって、此方が攻め手ではあったが、春と秋に1度ずつ大きな実戦があり、見事に勝利を収めている


役割は大抵決まっていた

例年通りにゆくと、仙蔵と鴇と教科担当で兵法に強い土井半助を中心として戦略や陣形を決めるところから始まる

それが実現可能かどうかを実技担当の教師達で判断し、それぞれの役割の取り纏めとして上級生が中心となり教師が補佐につく

ただし、今回は普段と違う点がある


好条件なのは相手が次の満月の夜、と襲撃日を指定したこと

悪条件なのは相手の規模と力量、そして相手の目的がいまひとつ明確でないことだ

どこまで信じてよいかは少し首をかしげたいが、相手の情報については鴇が曲者より入手したものがある

情報がだだ漏れな戦も多いが、未知のものとの戦いも多いため、多少の情報不足はさして気にしなくてよいだろう

しかし、目的が不明確というのはいただけない

本来、戦というものは互いの目的によって陣形や戦略が大きく変わる

攻める場合と攻められる場合によって、人の配置などに考慮が要るのは容易に想像がつくだろう


(こういった場合、攻めるより守る方が難しい)


攻める方は拠点の破損や誰もいないところへの見回りなど、気を遣う必要もないしタイミングだって融通が利く

どちらかを選べと言われれば普通は攻める側をとるが、今回は攻められる側

しかもなるべく被害を最小限に抑える必要のある戦である


過去にも守勢を中心とした戦はいくつかあった

例えば学園長の暗殺阻止の事例を振り返ってみると、

相手が学園の見取り図を手に入れていること、目的が学園長であることを考えると学園長の庵が物事の中心になる


「大将は動かさない」が鉄則であり、それが矜恃


そして相手の向かう先がわかっている分、この場合は陣形も組み立てやすい

庵を中心に波紋のように360度に生徒・教師を配置し、それを幾重かずらす

そうすることで互いが互いの守備範囲に重なるため、守りの堅い陣形がとれた

あれはなかなか手堅かったが、学園長の威厳なども考慮すると少し実直すぎた守備であったともいえる


さて、話を戻すが今回の襲撃について、目的は嘉神鴇であることに認識の違いはない

ただ、相手がよこした文言と過去の実績からいくと相手はその場に居る者全てを手にかけている


それも爆破や罠といったものではなく、1人残らず対峙して斬り伏せるという執拗な手口

これはつまり、生徒が遭遇すれば、たとえ一年生であろうとも攻撃されるということだ

いかに学園関係者の身の安全を確保するか、いかに学園の破損を防ぐか

これが今回、最も苦慮すべき点である











「……厄介だな」


眉を顰めて呟いた仙蔵に、同じように鴇と半助も眉を潜める


「もう一度確認させてください 下級生は学園内に残しておくのですね?」

「外で匿うには人手が足りないんだ 本当は寺にでも預けたいが、目を離すと戻ってくるからなぁ 特にうちのクラスは」


学園長も学園からは下手に出すなとおっしゃってたし、と半助が胃を押さえる

すみません、と謝れば、これは「は組」の子達の特性であって、嘉神のせいではないよと半助が優しく笑う


「下級生の配置と、あと鴇をどこに置くかが問題だな」

「え? 鴇、私と一緒に出ようよ」

「そういうわけにもいかんだろう 馬鹿たれ」


普段、鴇は戦略をたてる側にも立つが、実戦の際は指揮もとるため先陣を切ることも多い

典型的な戦法でいくと六のろトリオの場合、小平太が先鋒、長次が補佐にまわり、2人の横をすり抜けた敵を鴇が仕留める連携技

小平太が鴇は出ないのか?と首をかしげたのもそのせいだ


「そうか、鴇先輩が動き回ると、相手も拡散して目的地が絞れなくなる」

「そうだ、相手の先鋒に大将がいるとは考えにくいからな 気付かない間に懐に入られるぞ」


流石い組というべきか、文次郎の懸念を理解した兵助に仙蔵が正解と頷く

だが、それを理解こそすれど、すぐさま次の懸念点が上がってくる


「しかし、鴇を動かせんというのもかなり痛い 稼ぎ頭の1人だぞ、鴇は」

「鴇も鍛錬組に分類されるからねぇ…」


後方支援に回ることの多い仙蔵と伊作が唸る

鴇はこの細腕からは想像し難いが、中・近距離戦を得意とする立派な武闘派だ

5人使えるのと4人使えるのでは戦が大きくなればなるほど響き方が違ってくる

鴇をカウントできないとなると個人の守備範囲はかなり厳しい


「構わない 中央に、配置してくれ」

「鴇」


学園の見取り図の、中央に自身を示す駒を置いた鴇に仙蔵が眉を顰める


「嘉神、そんな手は感心しないよ」

「それでも、これなら大分戦略も立てやすくなります」

「阿呆、こんな見晴らしのいい場所、的にしかならんではないか」

「それでいい 此処が集まるべき場所だ」


仙蔵より先に、半助が首を横に振ったが、鴇も引く気はなかった

鴇が示したのは校庭だ

隠れる場所もなく、確かに対峙するにはうってつけだが狙撃や多方向からの攻撃に関しては何の対策も練れない

これは忍がとるべき配置ではない


「それならせめて、最奥に配置して背後からの襲撃は考えなくていいくらいにしないと」

「最奥には下級生を配置する 一番危険から遠くて、一番守りやすい位置に私なんかを置いてはいけない」

「嘉神」

「土井先生、私は本来、最前線にいるべき人間です 私を守ることは、優先事項では………っ!!!」

「お前はもう少し、穏やかな発想ができんのか」


ガツン、と降ってきた拳骨に鴇が声にならない呻き声をあげて頭上を睨みつける

どこに行っていたのか、今頃やってきた雅之助は何か大きな紙をもっていた

痛みに声無く唸る鴇と、あわわと慌てる三郎と小平太を鼻で笑って、雅之助がもってきた見取り図を今まで使用していたモノの上にかぶせれば、それは今まで見ていたものより広範囲の地図


「前線を、もっと押し上げろ」

「!なるほど、それがいい」

「しかし、これは」

「鴇、少し黙っとれ」


雅之助の提案に口を出そうとした鴇を黙らせて、雅之助がすい、と指で図をなぞる

ぱっと見たところの欠点は雅之助だって理解しているが、それでもこの配置には意味がある


「仙蔵、意味がわかるな?」

「森を、使うのですね」

「そうだ 学園で待つだけでは後手にまわってしまう 討って出る方がいいだろう」


忍術学園は味方も多いが、学園の意味合いから狙う敵も多い

そうなることを考慮していたのか、立地には恵まれている

周囲は山や谷に囲まれ、正面には深い森、独力では容易にたどり着けないようになっているのだ


(背面からの襲撃はあまり考慮しなくていい)


切り立った崖と水量の多い河川から忍び込む輩は過去ほとんどいなかったのがその証明だ

侵入を警戒すべきは側面と正面

雅之助が利用しろと言っているのがこの正面の森だ

確かに森は忍者にとっては絶好の戦場だ

罠も張り巡らしやすいし、姿も隠しやすい

ただそれは相手にも言えることで、森での戦闘は経験値がものをいう


「お前も仙蔵も、えげつない罠をしかけるの得意だろうが」

「…しかし、」

「どうせ三方向の森と裏山には罠を張り巡らせねばならんのだ 渋るな、鴇」

「む、」


鴇が嫌がっているのは味方のことを考えたからだろう

いくら味方にはわかるように罠を張るのが常識だといっても、敵と対峙した際は注意力も散らされる

その時に恐ろしく威力のある罠だと5・6年生はともかく4年生以下は躱すのがかなり難しいのだ


鴇と仙蔵が今まで張ってきた罠は「そういう」類のものが多い

かかったら最後、仙蔵のは手足がふっとぶような、鴇のは声をたてることなく相手が地に伏すような強烈なもの

敵に情けはかけない、それが鴇と仙蔵のやり口であった


「……いい、こちらで加減はしておく」

「まあ、多少は考慮しよう」

「……多少?」

「前線をあげた代わりに、中心もずれてくるぞ 鴇、お前も気合いを入れろ」

「愚問だ 気合いは端から入っている」


むす、と不機嫌そうに返した鴇に笑いながら、雅之助が半助に図示するよう顎で見取り図を指す

結局、鴇は腹を括らねばならぬのだ

中途半端な配置、中途半端な罠なんて使っていたら綻んでしまう

それは鴇だって理解しているのだ


「大きな配置は6ヶ所 学園の外3方向と正面の森に1ヶ所、そして学園内2ヶ所」


朱色の墨で、雅之助の言葉のとおりに印をつけていく


「学園内はたった2ヶ所で足りるんですか?」

「足らん だが、学園も恐ろしく広いからな とりあえず固定するのは下級生達の保護区画である最奥と、鴇が居る中央区画」

「残りは遊撃部隊でフォローするしかないな 校舎内とか一切考慮してないから、忍び込まれたら厄介だ」


教師をフル動員させてもまだ隙間が空く

真っ赤になってきた図に苦笑して、半助が雅之助を見上げると雅之助も苦笑していた

どうにも厄介な相手だとぼやきながら、生徒達の声に耳を傾ける

まあ、外もある程度終われば学園内に戻るのが一番効率がいいなと仙蔵が呟いたところで終盤である


「下級生達の保護は、学園長と先生方が責任もってやるからお前達は心配せんでいい」


一番気掛かりであった下級生の保護の確約に、鴇の眉間の皺が幾分か和らいだ

それを見て仙蔵もほっと息を吐き、鍛錬組をジロリと見て煽る


「貴様等、わかっているな?外3方向で取り逃がしたら全部学園内に流れ込むぞ」

「私は全部仕留めるし、文次郎達が取り逃がした分ももらうから大丈夫だ!」

「「誰が取り逃がすか 阿呆!!」」


ギャーギャーと喚く連中を鼻で笑いながら、仙蔵が鴇を盗み見た

相変わらず難しい顔をしているが、それの意味くらいは理解している

鴇が言わずとも、皆わかっている

一方向だけでも何百メートルとある学園の塀だ

一番侵入しやすい正面は森と正門と2重構えにしたものの、一切の漏れなく外部だけで敵を仕留めるなんて不可能だろう


(それでも、やらねばならない)


流れた敵は、鴇のところへ行く

流れる敵が多ければ多いほど、鴇の負担になり、その量は鴇の友への心配を煽るのだから

これを懸念して心配を口にすれど、鴇は全部叩きのめすとしか言わないだろう

守るべきは後輩と学園と、この頑固者

それは何も変わりやしないのだ


「これで大体の配置は決まったな」

「あとは各々好きなところを持って行け どうせ儂らが決めてもお前ら納得せんだろう」

「私!正面がいい!!」

「あ、てめ小平太 毎回いいとこばっかもってくな!!」

「ちょっと、その前に組み分けするよー」


ぎゃあぎゃあと喚く友の姿を見て、少し鴇の表情が和らいだ

それでいい

心配されねばならぬほど、こちらだって劣ったつもりはないのだから


「よし、恒例のペア決めといくか」


まだまだ課題はあるのだが、とりあえずざっくり決めていくかと仙蔵も大きく息を吐くのであった




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(鴇!私と森で遊ぼう!!)

(貴様は何を聞いていた!鴇は後ろだ後ろ!!)

(…仙蔵はどこ希望だ?)

(私はいつも通り後方支援だな 騒がしいのも暑苦しいのも奴らに任せるさ)

(……ハチ、僕らに選択肢あると思う?)

(ないな どうせまた適当に連れてかれんだぜ 俺ら)

((ですよねー))

24_会議は踊る



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