- ナノ -

順を追って紐解こうと思う

自分は鴇の過去を知ってはいるが、今鴇が何に駆られているかは推測の域をでない

自分は過去のあの日を遡るだけ

彼と出会ったあの日を辿るだけ

鴇を救ってやりたいとは思えども、それをあれが受け入れるかどうかは別問題なのだ












そう話を切り出した大木雅之助に皆が頷く


「つい、2ヶ月前だ 帰ってきた鴇には何も異変はなかったと、儂は認識しておる」


この言葉のとおり、鴇は元忍術学園教師、大木雅之助と同居している

正確に言えば雅之助は嘉神鴇の後見人、親代わりだ

2日前、畑仕事に精をだしていた雅之助に学園から1通の文が届いた

宛名は野村雄三 自分のライバルの名

果たし状かと思いつつ、開けてみれば書かれていたのは鴇のことであった



『何がどう、と問われてもわからぬのだが、1度様子を見てはくれないか』



曖昧すぎる文面だったが、あの野村雄三が自分に手紙をよこしただけで何かがあると判断してよいだろう

神経質そうな、細いが達筆な文字で、鴇の近況がそこには書かれていた


『同じ2年い組の担当である松千代先生が、鴇の最近の忍務の取り方が極端だと相談してきた』


野村雄三も鴇のことは気に入っている

几帳面で綺麗好きで優等生な鴇を、い組の担任である雄三が気に入らないわけがなかった

いつぞや、自分のもとで暮らしていると鴇に悪影響を及ぼすと言って鴇を引き取ろうとしたこともあったくらいだ

それもあったのだろう、何かしらの異変に気付いて連絡をくれたライバルに、今となっては感謝をせねばならない

もしやという気持ちと、鴇に限ってという気持ち

半々で学園にやってきてみれば、そこは修羅場であった


「鴇の過去と、さっき報告をうけた内容 この2つを知らねばきっと話はつながらん」


仙蔵や三郎からこの一週間の鴇の様子をこと細かに説明されて、とうとうこの時が来たかと溜め息をつく

そしてきっと誰にも話してないのだろう、床に臥した鴇の腫らした顔と痩せた身体が瞼の裏に焼き付いて離れない


「きっかけは、一週間前に仙蔵が共にしたという忍務だろう」

「しかし、私達は敵にすら遭遇していないのですよ?」


人と遭遇すらしていないのに、何に怒りを覚えるのか

確かに現場は酷い有様であったが、薄情な話、鴇や私には一切関係のないことだ

そう反論した仙蔵に、雅之助が口を開く


「状況が、酷似しすぎている」

「何の、」

「鴇が、全てを失った時の状況と、だ」



















「7年前の冬のことだ 儂とあれが出会ったのは」


知っているものは意外と少ないが、嘉神鴇は武家の子である

嘉神といえば、剣術に秀でた一族だ

国の大名の剣術指南役まで担っていたというその一族は、ある夜突如消滅した

嘉神家の主、嘉神鳶(とび)は学園長と交流の深い人物であった

いつものように学園長が鳶からの文に目を通していた時、何やら物騒な文句が連ねられている


"巷では、辻斬り衆が横行しているとのこと、不覚をとることのないよう気をひきしめたいものだ―…"


学園長がその手紙を受け取った時期と、その噂の辻斬りが鳶の住む城下町付近で出現したという時期はかなり近く

それを案じたのか、学園長は偵察がてら雅之助を嘉神家へと派遣したのである


(何だ、これは)


夜遅く、雅之助が嘉神家に到着した時、辺りは静寂に包まれていた

立派な門には門番もおらず、家の灯りが所々消えている

別に正面から入っても学園長からの紹介状があるので問題ないが、ここは忍らしく雅之助は嘉神家にそっと侵入した

何か胸騒ぎがしたのだ

屋敷の中には物音1つなかった

これだけ広く、屋敷全体には人が生活をしていた空気が確かにあるというのにだ

不審に思いながら廊下に着地し、歩きだす

大きな渡り廊下に足を踏み入れれば、そこから異変は始まっていた


死屍累々


どう見ても事切れている家臣らしき男がゴロゴロとそこには転がっていた

うつ伏せている身体を返してみれば、そこに走っていたのは刀傷


(これは、見事な)


人の死を悼むより、先にそんな感想が出たのは職業柄か

しかし、雅之助が思わず感嘆の息を吐くほど、その傷は見事なものであった

右上から左下に走った刀傷

何の迷いもなく、何の躊躇いもなく

人の命を奪ったこの傷を、果たしてどう捉えるべきか

気を引き締めねばいけないことだけを理解して、雅之助は廊下の先を見据えた

広がる血の海と、むせ返るような血の匂い

長い廊下は、進むにつれ血の匂いが濃くなっていく

クラクラと目眩さえ引き起こしそうなこの匂いの先はきっと、

誰の目を憚ることなく、雅之助の足も自然と駆け足となった

目指すは一番奥の部屋

嘉神家当主、嘉神鳶との謁見の間の戸を開ければ、そこは壮絶な景色であった












辺り一面の血の海と、転がる屍

場はここ最近、雅之助が行ってきた忍務のなかでも類をみない惨状であった

剣術の試合も行えると聞く部屋は大層広かったが、それに比例して転がる屍の数も半端ではない

家のなかの人間の大半が此処に集まったのか、倒れている人間は様々で重臣らしきものから若手の門下生まで折り重なるように倒れていた

全ての者の時が止まっている

全滅した嘉神家の者達の報告をどうするべきか、そう悩んでいた雅之助の視界に、不自然なものがとまった

背筋をピンと伸ばして座っている子どもの後ろ姿だ

薄い灰色の髪と子どもであること以外はわからないが、あれも死んでいるのだろうか

それが無性に気になって、近づいて覗き込んだ雅之助は思わずぎょっとした


(この童、)


子どもは確かに生きていた

静かに呼吸をし、何かを見つめるように真っ直ぐな視線を向けていたが、その目には何も映っていない

まるで、まるでそう、虚空を映したような目には真っ赤な血の海だけが反射するように映りこんでいる

その子どもは、さらに小さい子どもの遺体の手を握っていた

そちらは完全に事切れており、他の者同様胸に刀傷を負っている

ただ呆然と、ただ何も感じることのないように、

見た目には傷1つ負っていないその子どもに、雅之助は話しかけた


「おい、大丈夫か」


その一瞬である

子どもの目がギョロリと雅之助を捉え、傍らに落ちていた刀に手を伸ばしたのは


(…この童!)


ダン!と力づくに踏み込んだ音と

空気が切り裂かれる音が雅之助の耳のすぐ横で鳴った

全くの停止状態から、反射のようにまっすぐ引かれた白刃は不気味なほどに美しく、

籠手に巻いていた薄い鉄板がギシリと嫌な音をたてて刃を受け止める

ビリビリと大気が震え、ピッ、と頬を痛みが走る

刃こそ届かなかったが、風圧で頬が切れた


(なんと見事な抜刀か)


まだ10にも満たないであろう子どもが抜くには鮮やかすぎるその抜刀に目を見張りつつ、雅之助は後ろへ大きく跳ねて苦無を構えた

空気を裂いたその音も、ぶれないその抜刀も天性のものを感じる


(…抜刀、?)


まさか、と思い、問う


「お前、嘉神の血の者か」


嘉神家は剣術、特に抜刀術に秀でた一族であった

生き残りの可能性をかけて問えど、童の強い警戒心は解かれなかった

ゆらりと立ち上がったその子どもの瞳孔は先ほどとは違い、開ききっていた


「賊に名乗る名など、ない」


そう吐き捨てるように言った童の目の奥の揺れが酷い

混乱と怒りと恐怖 

全てが混ざった状態に、気がふれかけていることに気付いく

無理はない、そう納得できるほど現状はおぞましく酷かった


「落ち着け、儂は賊ではない」

「五月蠅い」


再度振りかぶられた刀を苦無で受けたその手で払い、童の腕を掴む

子どもが扱うにはまだまだ重いのだろう、抜刀と比較すると随分未熟な剣の腕に、一瞬過ぎった犯人説が簡単に消える

どう考えてもこの童の仕業ではない、そう確信した雅之助は童の保護にとりかかることとした

ここに置いておいては駄目だ、それだけははっきりしていた


「離せ!」

「落ち着け、儂の話を」

「離せと言っている!」


それでも掴んだ腕を放さずにいれば、童は呟くように言葉を落とす


「殺すなら、さっさと殺せ!」


悲鳴のようなその声を、占めていたのは恐怖より懇願であった

それに違和感を覚えながら、雅之助は否定する


「そんなことはせん 儂は、」

「どうして、」

「は?」

「殺せっ!!」


安心させるつもりだった

それなのに、激昂する童に驚く


「父も母も、皆死んだ その仇もとれない私を、何故生かす!」


生きていることに理由が必要なのか、それが雅之助にはわからなかった

それでも目の前の童は何かに傷つき、嘆いている


「誰彼構わず斬ったのに、殺さないでくれと嘆く皆を斬ったのに、何故私は」

「!お前、犯人を見たのか!?」

「見た、私だって、ちゃんと見た 私も当然殺されると思った それなのに、」


その童の表情に冷たい何かが背筋を駆ける

痛ましい姿には思えなかった

それが何か言いようのない危険性を含んでいるのだけはわかった

これは悲しみからくる表情ではない、これは


「何故、殺してくれない」

(死ねなかった自分を、嘆くというのか)


完全に空気にあてられている

本来なら死者への追悼やら悲しみやら、自分に降りかかった災難への恐怖が込み上げていいものなのに

あまりにも膨大な死と暴力に包まれて、生き残った自分をこの子どもは「恥じて」いる

横並びに降りかかった災厄を、力もないのに回避できてしまった己を恥じている

"生きている"そのことを子どもは否定したがっていた

それに気づいた雅之助は眉を顰めて彼の前にしゃがんだ


「取り違えるな 生き残ったことは、恥ではない」

「恥以外の、何だと言うのだ 皆の痛みと無念を知りながら、価値のない私が何を喜ぶ」

「運だって何だっていい お前はまず、」

「いっそ、このまま…」

「この馬鹿者」


堂々巡りの回答に苛立ち、思わず雅之助は拳骨を彼の頭に落とした

鈍い音が響き、童が驚いたように自分を見上げた

それが雅之助には一々勘に障った

何故このような当たり前のことを言わねばならない

もう吐き出してしまえと雅之助が童に怒鳴った

大人らしい気遣いも、優しい言葉も全部なくして、


「餓鬼のくせに、何を小難しいことばかり考えとるんだ」

「…何を、」

「いいか、お前は生きている それは変わらん事実だ」

「だから、殺してくれればいい 私には価値が、」

「"価値"で人の命を数えるんじゃない!!」


語気荒く怒鳴れば、童はビクリと肩を大きく震わせた

聞き分けのない彼にに言い聞かせるように雅之助がしゃがんで童の頬を手で包む


「いいか お前が今から考えるのはどう死ぬかじゃない、どう生きていくかだ」

「………どう、」

「今のお前が未熟で力がないことなんかお前が言わんでもわかっとる それをお前は"価値がない"とほざくのだから」

「そう、だ 私は、」

「だから殺せだと?そんなのは生きることから逃げようとする臆病者の台詞じゃ」


臆病者

その言葉にぎっ、と自分を睨みつけてきた童に雅之助は少しの手応えを感じた

なんだ、そんな目がまだできるではないか、と

第三者の勝手な物言いに腹が立ったのか、童が感情のままに叫ぶ

今宵、雅之助が彼と会って一番感情の籠った、彼自身の心の声だ


「皆の屍の上を、歩けというのか!大層な目的も何もない私が、何故笑って生きてゆける!!」

「目的なぞ今は要らん 今は我武者羅に生き抜くことだけを考えろ」

「そんな馬鹿な話があるか!目的もなしに、歩いてゆけだなんてっ」

「道は開けている 前に進むだけじゃ」

「共にゆくものがいないというのに!!どうし…」

「お前、1人が恐ろしいのか」


わめく言葉を遮り一言問う

ドン、と拳を童の胸に当てれば、童がビクリと身体を震わせた

それは"芯"を捉えていたのだと思う

一番弱くて、一番柔らかいところを雅之助は抉る

放棄していた未来を真正面からぶつけたその質問は、少年の未来の不安定さを如実に表していた


「答えろ 1人が恐ろしいか」


そうとわかっていながら、雅之助は再度尋ねた

石のように固まった童が目を見開く

トクトクと、拳の先から心音が静かに響き、童がぎゅっと眉根を寄せた

パクパクと何か口実を探したのだろうか、じっと自分を見つめる視線に堪えきれなかったように童が視線を落とす


「恐ろしいに、決まっている」


ポツリと零れるように、童は言葉を吐いてゆく


「大好きだった人が、いつも一緒に居た人が、いなくなってしまった」

「甘やかせてくれた人も、叱ってくれた人も、笑わせてくれた人も、いない」

「此処が、私が生きていくはずの家で、此処が帰ってくるはずの家だというのに」


言葉にすると、人はそれを現実的に捉えるという

目の前の童もそうなってしまったのだろう、今まで堪えていた何かが壊れた



「もう誰も、私の名を呼んでくれない」



その言葉と共に、童の目からボロリと大粒の涙が零れた

1度決壊してしまえば、あとは溢れるばかりだ

ボロボロと零れる涙はもう止まらない


「ひとりは、いやだ」


ぐしゃぐしゃになった顔を一生懸命擦る童を雅之助が抱き上げれば、ぎゅっとしがみついて子どもが絞るような声で泣く

声をあげて泣き出した童のなんと小さいことか

しがみつくその手の、なんと細く小さいことか

張っていた気が全て緩んで、現実に突き落とされた童の背を、ポンポンとあやすように叩く


「1人になんか、なるものか」


だから、と雅之助が静かに問うた


「お前の名を教えろ」


少しの沈黙の後、小さな、本当に小さな声で童が鴇と名乗ったその瞬間、雅之助は鴇を引き取ろうと決意したのであった




「あの日から、今日まではあっという間だったな」

鴇を引き取るにあたり、はじめに確認しなければならないことがあった

大木雅之助は忍術学園の教師である

そして鴇はこの春9つになるといい、学園長からも嘉神の一人息子が来春より入学予定だとは聞いていた


「儂は鴇に問うたよ」


"お前は、復讐を考えるか"


親と知り合いを一気に失った直後の鴇にそう問うことが正しくないのはわかっていた

それでも確認はせずにいられなかった

憎しみをもって育つのであれば、自分の環境に鴇を連れ込むのは過ちだ


「そんなもの、結局過去に囚われて生きていることになる それならば儂も学園長も鴇の入学を許すわけにはいかんかった」


鬼を育てるのと同じことなのだ

目的を果たしたら、そこできっとおしまいで、それは鴇の人生をそこで断つのと同じことで

そんなのは彼の未来を案じた感情とは真逆の結果だったのだから


「鴇は、何と」


皆の目が雅之助に集う、息を呑む音と共に、雅之助もガリガリと髪をかいた


「鴇は言った "それはきっと、愚かなことなのだろう"と」

「…それは、」

「そうだ 回答になっておらん」


世間一般の模範解答を真似ただけの答えだ そこに鴇の意志はない

それでも問い詰められなかったのは、その時の鴇がまだまだ不安定であったからだ

子どものくせに賢くて、口が達者で、落ち着きをもっていた鴇を、せめて同じ年頃の子どもの集うこの学園で育ててやりたいと勝手に芽生えた庇護欲から思ったまでだ


「アレは酷く賢かった だから目の届くところに置いておこうと思った 道を踏み間違うのなら、近くで正せばいいと思うことにした」


回りからは無理だと言われたが、雅之助は鴇を引き取った

始めは自分をどこか警戒していた鴇だったが、時間と共にそんな隔たりは失せていったと思う

だらしのない生活をする自分を叱咤しながらも、元来面倒見の良かった鴇は段々気を許すようになっていった

氷のように変化のなかった表情も、大分柔らかくなっていくのが、純粋に嬉しかった


「この6年間、鴇は周りの連中と何の障害もなく暮らしてきただろう 鴇の目は揺れることなく、未来を見ていたはずだ」


学園に勤めていた初めの数年間、鴇のことも心配して指導してきたが予想に反して見事な忍たまに育っていった

真面目で清廉潔白で、そのくせ融通も利く鴇は自慢の息子でもあった

だから雅之助は些細なことで教師を辞めようと決断できたのだ

鴇に相談すれば、何を阿呆な理由でと溜め息はつかれど、やりたいことがあるならいいんじゃないかとアイツは静かに笑った

不摂生だけはしないようにと母親のような小言を口にしたアイツに、ならば長期休暇は必ず戻ってきて儂の食生活を正せと言ってやった

鴇の目には、穏やかな光が宿っていたのをこの目でしかと見たのだ


「きっかけは確かに仙蔵と共にした忍務だろう、しかし行動に移したのが何故今なのか それがわからん」


鴇は忘れたつもりはなかったと久々知兵助に言ったという

胸のどこかに秘めていた感情が爆発したとでもいうのか、そんなのはきっと見当違いだ


「アレは賢い 自身の行動が、どれほど学園内で目立つものか知っている」


ならば、学園を卒業して自由の利く身体で、言い方が悪いが誰の目を憚ることなく目的を果たせばいい

何故今なのか、何が鴇をそこまで駆り立てたのか、それは第三者である自分にはわからない


「こればかりは、本人の口から聞かんとわからん」

「しかし、」

「アレは、喋らんのだろうな」


だからこのような事態になっているのだ

とりあえず、と大木雅之助は生徒に言った


「これを聞いて、お前達はどうするつもりだ」

「どうするとは、」

「鴇を問いただすか?」


復讐に囚われることを非難しているわけではない

それは人の感情で、鴇が選んだ道でもある

好ましくはない、正しいとも思えない

それでもそれを第三者が否定するのは勝手な話だ


「…我々が何を言ったって、そんなことで鴇は納得しない」


ぽつりと始めに呟いたのは長次であった

それに対して6年の面々がコクリと頷く


「問いただしても無駄でしょう 鴇は口が固い」


続けた仙蔵の言葉にも皆が頷く

鴇は芯をもっている、それがブレないことも共に過ごしてきた仲だ、嫌というほど知っている


「まあ、まだ鴇が本当に復讐を果たそうとしているかどうかもはっきりせん あまり先読みするのもよくない」


ガリガリと髪を掻い大木雅之助が腰をあげる


「どちらへ」

「ん?食堂でメシでも食うてくる 鴇はしばらく起きんだろうからな」

「鴇には、」

「会うとも 馬鹿息子に、皆に迷惑かけるなと一言言ってやるさ」

「大木先生、」

「ん?」

「どうして、この話を私達に」


鋭い仙蔵の言葉に振り向いて、雅之助が困ったように笑う

一番親しいはずの七松と中在家にも話してなかったようだし、勝手に過去を話したことは、鴇の逆鱗に触れるだろう

親でも何でもないくせに、と手痛い言葉が返ってくるやもしれない

そんなのは予想できたし、何もそうなりたかったわけではない


「…そうだな、」


それでも覚悟はできている

これは鴇との仮初めの親子ごっこを全力で楽しんだ自分が曖昧にしていたツケだ

アレが抱えていた闇を、時間が癒してくれるなどと甘い考えをもっていた自分への罰だ


「儂だって、お前達と同じようにアイツを失いたくないんだよ」


そう一言だけ呟いて、部屋を出て行った雅之助に仙蔵達は深く頭を下げたのであった









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あの日のお前を覚えている

あの日の言葉を覚えている

あの日はとても暗くて寒い夜で

あの日はどうしようもなく無慈悲な夜で

そんな世界にお前を取り残すのはどうにも酷で





お前にはどうしようもなかったのだと、儂が証明するし

お前が恥ずるようなことは何一つなかったのだと、何度でも証言するよ

ただ、あの日を思い出す度に疑問がわく

儂は本当にお前を救えていたのか

儂の陳腐な言葉が、逆にお前を追い詰めやしなかったか

お前が笑う姿を見れば嬉しくて、これで良かったのだと自信をもてるのに

お前が忍装束を纏って武器を構える姿を見れば心がぐらりと揺れるのだ

お前の手を引いたのが儂で良かったのか

凛と咲くように生きる武士でなく、泥に埋もれて生きる忍の儂で良かったのか

恐ろしくて、問うことすらできやしない


なあ、鴇


お前はこの6年間、幸せだったか?

18_彼が全てを失った日



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